表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

番外編:エリオット殿下とお忍びデート。


「デート、ですか?」

「そう。……と言っても、お忍びで、だけど」


 私は首を傾げてエリオット殿下を見た。

 学園を卒業してから早数ヶ月。エリオット殿下は王太子として、城の仕事を任せられているらしい。とは言え、働き過ぎは身体に悪いってことで、陛下たちに休むように言われたらしい……。ワーカーホリックですか、殿下……?


「お忍び……?」

「そう、平民っぽい服を着て、王都を見回ろう。カリスタは市場の活気とか知らないだろ?」


 小さくうなずく。買いたいものがある時は、その店の人を屋敷に呼ぶからね……。一度お忍びで王都に向かおうとしたら、秒で見つかってお父様とお母様に滅茶苦茶怒られた……。


「それは……、楽しそうですね」


 自分の目で見て回る……それを想像して私はぱぁっと表情を明るくさせた。すると、エリオット殿下が心底愛しそうな眼差しを私に向けるから、ハッとして顔を背けた。


「学園を卒業してから、カリスタの魅力が増えたような気がするよ」

「……それは、学園を卒業する前は魅力がなかったということですか……?」

「まさか。君はいつだって魅力的な女性さ。ただ、最近は肩の力が抜けたように思うから、余計に魅力が増したんだよ」


 肩の力が抜けた……。エリオット殿下にはバレバレか。悪役令嬢として断罪されるハズだったのに、卒業パーティーでは全然違う展開になった。マリー様はあれからどうなったのかわからないけれど、姿を見なくなった――いや、私も王妃教育で余裕がないからそう思うのかもしれないけど。


「平民っぽい服って、どこで手に入れたのですか?」

「秘密。カリスタの分もちゃんと用意してあるからね」

「ありがとうございます」


 ……あれ、私の服のサイズを知っていると言うこと……? な、なぜ……? もしや殿下には千里眼でも……!?


「カリスタも利用したことのあるデザイナーに頼んだんだ。なぜか燃え上っていたよ」


 ああ、なるほどー! それなら私のサイズも知っているよね。って言うか……私も利用したことのあるデザイナーって誰だろう。平民っぽい服を作るのに燃え上る……?


「カリスタも、王妃教育の休暇が必要だろう?」

「……そうですね、流石に疲れました」

「……うん、そうやって弱音を言ってくれるの、嬉しい」


 エリオット殿下はそう言って私の頬に触れた。悪役令嬢として、きちんとイベントをしなくちゃ! って強く思っていたから……。……ゲームのシナリオが終わったことで、私はきっと、ちゃんとエリオット殿下のことを見ることが出来ているのだと思う。

 そして、そんな私のことを、エリオット殿下は見守ってくれていたのね。そのことに気付いて、私は自分が恥ずかしくなった。好きなゲームの中に転生して、攻略対象たちに会って舞い上がっていた。

 悪役令嬢として、私はダメダメだったと思うけれど……。それでも、大事なことに気付けたから……。


「エリオット殿下も、弱音を言ってくださいね。ちゃんと聞きますから」

「……わたしは、どちらかと言うとこうして触れていると幸せだからなぁ」


 え? と思っているうちにエリオット殿下の顔が近付いて来た。反射的に目を閉じると

ちゅっと軽いリップ音を立てて、額にキスをされたようだ。……ゲームのエリオット殿下と、現実のエリオット殿下の違いってここでもあるのよね……!


「真っ赤」

「……いきなりは反則ですわ……」

「可愛いなぁ、わたしのカリスタは」


 ぎゅーっと抱きしめられて、恥ずかしいけれども嬉しさもあって、あぁあ、もうっ。穴があったら入りたい!

 その日はそのまま王宮で休むことにした。急な話だけど、明日、お忍びデートをすることになったから。……と言うか、エリオット殿下が既に手を回していた。明日は私も休みだから、ゆっくり休んでくださいねと城のメイドに言われた。

 ……エリオット殿下、いつの間に……。

 私はゆっくりと息を吐いた。


「……明日、デートなら丁寧に手入れをしなきゃ……っ」


 ぽつりと呟くと、「お嬢様?」と声を掛けられた。メイドのエリノーラだ。私の屋敷で働いている子も連れてきていた……と言うか、エリノーラは私の侍女だから、ついて来てもらったのだ。伯爵令嬢であるエリノーラは、私よりも年上である。


「聞きましたよ、お嬢様。明日は殿下とデートなのですね?」

「は、はいっ」

「では、いつも以上に丁寧にお肌と髪の手入れを致しましょう!」

「は、はいっ!」


 ガシッと手を握られて、エリノーラにお風呂場へと連れていかれた。……髪と身体をそれこそ丁寧に洗われて、「明日はファイトですよ、カリスタお嬢様!」と熱い声援をもらったわ……。

 エリノーラにはお忍びだってことを説明したほうが良いかしら……と思いつつ、止められるかもしれないなぁとも思って、言わないことにした。


「服装はどうしましょうか」

「あ、それは大丈夫……、エリオット殿下が用意しているから……」

「まぁ。それはそれは……うふふ」


 何か含みがあるように笑われて、私は首を傾げる。エリノーラは私にこう囁いた。


「男性が意中の相手に服を贈るのは、脱がせたいからって聞きましたわ」

「え、えええっ?」

「うふふ、お嬢様も年頃ですものねぇ」


 そんなことを言いながら、ものすっごく丁寧に手入れをされた……。お、お忍びだから、お忍びだから服を用意して下さったのよ……!

 お風呂から上がり、これまた丁寧に髪、顔、身体の手入れをされて、ネグリジェを着て休むことに……。


「おやすみなさい、お嬢様」

「おやすみ、エリノーラ」


 ……目を閉じると、エリノーラの言った内容が……。う、ううん。エリオット殿下はそんなことを考える方では…………、私、ゲームの彼は知っているけれど、この世界のエリオット殿下のことは詳しく知らないことに気付いた。

 明日のデートで、きっと色々なエリオット殿下のことを知ることになるだろう。

 ちゃんと向かい合わないと、ね。

 ……緊張して中々眠れない、なんて……私にそんな可愛い感情があったのかと改めて驚いた。

 カリスタとして生きた十八年。婚約破棄イベントをちゃんとしなくちゃって、そればかり考えて生きてきたから……。でも、もうそのイベントは終わってしまった。かなり意外な形で。……だからこそ、私はちゃんと、私の気持ちにも向かい合わないといけないのよね……。


☆☆☆


 翌朝、扉がノックされる音で目覚めた。私はガウンを羽織り、扉に近付く。


「カリスタ、君の服を持って来た」

「……! 殿下が自ら……?」


 扉越しに声が聞こえる。私はそっと扉を開いた。その隙間から服を受け取って、「すぐに着替えます」と口にして扉を閉める。平民の服なら、私でも一人で着替えられるだろう。そう思ってパタパタとベッドの近くで着替えた。

 ……平民っぽい服、に偽りなく、肌に触れるそれは肌触りの良いもので……。ロングスカートに長袖のシャツ、それからショールを身につけ、帽子を被る。靴も用意されていたからそれを履く。……帽子と靴まで用意していたとは……。姿見に映る姿を確認して、私は扉を開けた。


「……うん、ドレス姿じゃない君を見るのは新鮮だね」

「……殿下の姿も新鮮ですわ」

「行こう、今なら抜け出せる」


 すっと手を差し出されて、私はその手を取った。……こんなにラフな格好のエリオット殿下を見るのは初めてだ。それでも、殿下から溢れ出す気品は隠しようがない。こんな平民居ないだろうとツッコミを入れたくなったけど、殿下の表情が明るかったから、何も言えなかった。

 まだ早朝と言うこともあり、あまり人の気配がないような気がする。殿下は「ここ抜け道なんだ」と抜け道を教えてくれた。外に出ると、そのまま市場へと向かう。城から市場に向かうのにも近道があるようで、そこも教えてくれた。城を抜け出してから小一時間も掛からず、市場へと……。


「わぁ……!」

「早朝でも賑わっているだろう?」

「はい、すごい活気ですね……!」


 どんなものが売られているのかな、とか、美味しそうな匂いがするな、とか、実際この目で見るとすごく活気があふれていて、みんな楽しそうに買い物をしていた。


「カリスタに見せたかったんだ。わたしたちが守るべきものを」

「……殿下」

「おっと、今は『殿下』はやめてくれ」

「……エリオット?」


 ふわっとエリオットが微笑む。そんなに嬉しそうに微笑まれると、何だか気恥ずかしくなってしまう……!


「……行こう」

「はい」


 手を繋いだまま市場を歩いていると、色々な物が売られているのに目移りしてしまう。野菜やお肉はもちろんのこと、小物までも売られていて驚く。そして、市場の人たちの活気にも。

 みんなはこんなところで日々の買い物を楽しんでいるのね……と、何だか楽しくなって来た。実際はお金を持って来ていてないから、見ているだけなのだけど。

 そんなことを思っていたら、エリオット殿下が串焼きを売っているお店で串焼きを買い、私に一本持たせた。それから、ジュースを売っているお店でジュースも。手を離してジュースもしっかり持つ。


「ベンチで食べよう」

「え、と、はい」


 ベンチも割と賑わっていたけれど、空いているスペースに二人で座る。


「オレンジジュースで良かった?」

「ありがとうございます」

「……こうやって、カリスタと一緒に食べたかったんだ」


 一緒に食事をすることはあるけれど、こんな風に食べるのは初めてだ。私は殿下に、「いただきます」と頭を下げてから串焼きを食べた。ジューシーなお肉に、丁度良い加減の塩味。一緒に焼かれている野菜は甘くて美味しい……!


「普段、わたしたちが食べているものとは違うけれど、美味しいよね」


 こくこくとうなずくと、エリオット殿下は嬉しそうに笑った。……この人は、こんな風に笑うのね、と改めて思った。そして、この国を愛しているんだわ、とも。

 だって、こんなに愛しそうに見ているんだもの。


「……愛しているんですね」

「え?」

「この国の人たちを」

「…………そうだね。うん、そうだ」


 串焼きを食べ終わり、オレンジジュースを飲む。……濃い! 美味しい!

 食べ終わり、ゴミはゴミ箱に入れてからデートを再開する。

 ちょっと不安だったけれど、もうすでに楽しい……!


「それじゃ、腹ごしらえも済んだところで、デートを再開しようか」

「はい」


 もう一度手を繋いで、私たちは市場から離れた。

 その後、私とエリオット殿下は街を色々と見回った。子どもたちが楽しそうに遊んでいるところ、女性たちがカフェでお喋りしているところ、男性たちが商談をしているところ……みんな、とても生き生きとしていた。

 色んな所を見て回り、すっかり夕方になってしまった。こんなに歩いたの初めてかもしれない。


「……城の中だけは、外の活気はわからないだろう?」

「……そうですね」


 この街の平和を守る。……私に、そんなことが可能なのだろうか……。エリオット殿下がきゅっと私の手をほんの少し、強く握った。彼を見上げると、私のことを見つめる瞳と視線が交わる。


「こっちにおいで、最後に見せたい場所があるんだ」


 そう言って街から外れていく。街の高台へと足を運んでいくエリオット殿下。周りにも人が居るから、珍しい場所ではないみたい。


「わぁ……!」


 夕焼けに染まる街を見渡して、私は思わず声を上げた。温かな赤に包み込まれる街は、煌めいて見えた。風が少し吹いて、帽子を飛ばそうとする。私は慌てて帽子を掴んだ。


「綺麗だろう? 街の全体を見渡すのにはここが一番だと思うんだ」

「はい、とても綺麗です」


 帽子を押さえたままそう口にすると、エリオット殿下はうなずいた。……彼は、本当にこの場所が好きなんだろうなって思った。……ゲームの殿下と、現実の殿下はまるで違う人だ。……いや、私が見ようとしていなかったから?


「……王族や貴族の結婚は義務だろう? 国王や王妃は一種の職業だ。だが、わたしは義務ではなく、職業ではなく、君を望んでいる」

「……エリオット殿下……」

「学園を卒業するまで、君はどこか思いつめた顔をしていたが、最近はそんなこともなくなり、素の君が見られていると思う」


 そうね、卒業パーティーで婚約破棄イベントをしなくちゃって思いながら生きていたから。

 ……私は誰よりも、あなたに幸せになって欲しかった。国を背負う義務を持つ王太子。期待と不安の中で、それでも前を見据えて歩くあなたが好きだから。――好き?

 ……ああ、なんだ……、私、知らないうちに恋に落ちていたんだ。だからこそ、殿下と結ばれちゃいけないと思って婚約破棄イベントのことしか考えなかったんだわ。だって、恋と気付かないまま終わってしまえれば、ダメージが少なくて済むから――……。


「……私、ずっと……、殿下は私と結婚してはいけないと思っていたんです」

「カリスタ?」

「エリオット殿下は、私よりも明るくて優しくて……素直な人に惹かれると思っていたから」


 原作のマリーちゃんはそんな子だった。誰に対しても優しく、嫌がらせを受けてもそんなことを感じさせないくらい明るく、自分の気持ちを素直に言える女の子。殿下はそんな子を選ぶと思っていた。


「……明るくて、優しくて、素直な人……に、カリスタがピッタリ当てはまると思うのだが……?」

「えっ?」


 いやいや、そんなことはありません。だって私は悪役令嬢……を頑張って演じてきたのだから。混乱する私に、殿下が手を伸ばして頬に触れる。ドキドキと心臓の鼓動が大きくなる。こんなに近くに居て、心臓の音が聞こえるんじゃないかなって乙女チックなことを考えたりも……。


「君はどうかわからないが、わたしはずっと君のことを愛している。君と共に、この国を守りたいと。――カリスタ、わたしと共に生涯この国を盛り上げていこう」


 プロポーズ、としか思えない言葉を掛けられて私の思考が真っ白になった。ぽろりと涙が零れ落ちた。そのことに驚いた殿下が私の頬から手を離そうとする。私は思わず帽子から手を離してその手に自分の手を重ねた。強い風が吹いて帽子が飛ばされていく。


「――好きです、エリオット殿下が、好きです……!」


 伝えなくちゃいけないと思った。私ばかり、エリオット殿下から気持ちを頂いているから……。エリオット殿下は、私の言葉に大きく目を見開いて、それからくしゃりと泣きそうな表情を浮かべてそっと私の額に自分の額をくっつけて、「ありがとう」と泣きそうな声で言った。

 どのくらい、そうしていたのかわからない。ただ、一瞬のようにも永遠のように長い時間にも思えた。


「……帰ろうか」

「……はい」


 ただ、帰る前にエリオット殿下が私の唇に自分の唇を重ねた。びっくりして目を丸くすると、悪戯が成功したかのように微笑まれた。……その表情があまりにも格好良くて、ずるいなぁなんて思ってしまった。





 後日、あの日飛ばされた帽子は私の元に戻って来た。殿下から頂いた帽子だから、本当はすごく気がかりだったのだけど……、探す時間がなかった。それを、殿下の護衛が見つけて持って来てくれたのだ。

 ……お忍び、とは言えやっぱり護衛はついて来ていたようで……、と言うことは私たちの会話も多分聞かれていたと言うことで……、護衛の一人に、「とても感動しました!」と明るく言われて、私は思わず「わ、忘れてください……!」と必死になった。

 エリノーラからも詳しく! と詰め寄られた。

 ……お忍びと言っても私たちのことに気付いた人たちがいるようで、私たちはとても仲が良い婚約者として国民たちに知られるようになった。

 その評判にエリオット殿下は満足しているようで、上機嫌そうだった。……まさか、それが目的で私をデートに誘ったとか……ない、よね?


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんで頂けたら幸いです♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ