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4. 荒ぶる大地の巫女、我威亜の暴力 後編


 放課後の町を、土居ヤマトはぶらついてた。家に帰ってセーラー服を脱ぎ捨て、スカートを外す。その後はシャツの上から、雑に道着を羽織って飛び出しただけの姿だった。

 学校指定のジャージは履いたままに、道着の前がはだけている。つまりはだらしのない格好だった。はためく道着は腰のあたりで縛られているが、結び目はゆるくそれで印象が良くなることはない。


 町を闊歩するさまはガタイの良さと短髪に加え、好戦的な笑みを浮かべているせいで無頼漢のようであった。ガラの悪い印象がぬぐえず、すれ違う人も彼女とは目を合わせない。

 そしてそれでいいと、彼女自身が考えていた。


 土居ヤマトは目的もなく町を散策。どこかで喧嘩が起きていれば、首を突っ込んで暴れてやろうと思っていたが起きていない。この町は、平和だ。治安も普通に良い。


「しょうがねぇことだが、つまんねぇ」


 なので退屈なまま、人気のない空き地の、さびれたベンチに座る。

 ふと、座った自分の隣におにぎりがあるのを見つけた。


「あ、おにぎり」

 むんず。

「おにぎりじゃなくておむす」

 むしゃあ。


 豪快な音がした。

 無造作につかまれるまま、御ムスビ様は食べられてしまう。


「すごい、まったく躊躇してない」

 実質これは拾い食いだろと野生動物を見る視線を御ムスビ様が向けた時。

「ん? なんだこれ、手足が生えてやがる」

 少女は、自分が食べているものが普通のおむすびでないとようやく気づいた。


「ぼくの名は飯穂穂邇芸邇芸神イイホホノニギニギノカミ!またの名を御ムスビ様! つまり――」

「あの巫女な同級生の神様か。おむすび神社の祭神にして、このあたり一帯の氏神。おむすびの神様、御ムスビ様」


「そう。君は今、一口食べれば百人力なぼくの体を食べたわけだ。縁起がいいね」


「なるほど、うめぇ。けど何つーか思ってたほどじゃねぇな。普通にうまいだけ。コンビニのおむすびを機械じゃなく、人の手で握ってたらこんな感じになるのかね。なんつーか、プロの料理人ならこれより美味いおむすびも作れそうだ」


「そりゃそうだよ、ぼくはあくまで大自然の化身、ただそこにあるだけの存在だ。かつては神様として、実際に取れるお米以上のおいしさを誇ってはいた。しかしこの土地で稲作が発展し、人々が生み出すお米がおいしくなるたびに、ぼくの神米も変わっていく。何時しかぼくの体を構成するお米は全て、君たち人間が作った銘柄になっていた。つまり君たちは、すでに神様(ぼくら)を超えているわけだ」


「そいつは中々アタシ好みな話だ」


「それに料理は食べる人の心によって変わるもの。特にぼくのは神様のお米だ。大自然の神秘をほのかに宿すから、食べる人の心によって大きく印象が変わってくる。

 ぼくを食べて大して感動しなかったのなら、それは君の心が揺らがないからさ。君は心に寂しさを抱えながらも、とても安定している。きっと今の時点で答えを見つけている。しずくちゃんは独りだったけど、やまとちゃんは一人なだけだ。

 すでに自分が何を求めているか把握しているから、暴れたいと言いつつ無軌道に何かを殴りつけたりはしないんだろう。自分なりに抑制しながら、存分に暴れられる場所を、殴れる何かを探している」


「――そうだな。百聞は一見にしかずというが、それはつまり百の言葉より一つの行動のが見ているやつに訴えかけるってことだろ? なら言葉じゃなくて、殴り合いの方がコミュニケーションとして合理的じゃねぇかとあたしは思う。言葉で語るより、拳で語るほうが手っ取り早いし確実だろ?」


「それは君だけだよ」

「……やっぱそうなのかねぇ。で?アンタは何だってこんなところに?」

「君が暴れられる場所を教えに来た。具体的に言うと、みんながピンチだ力を貸して欲しい」


 顔の欠けた、棒人間のような手足の生えたおむすびの神様。

 そんなゆるそうな外見を忘れてしまいそうになる眼差しの真剣さに、なるほどコイツが守り神かと土居ヤマトは不思議と納得した。なので、ただ一言だけ尋ねる。


「バトルか」

「そうだ。良くも悪くも、スポーツでは絶対にありえない闘争が君を待っている」

「上等じゃねぇか」

 御ムスビ様が告げたその言葉に、彼女は好戦的な笑みを浮かべ、笑った。



 ☆☆☆☆☆



 少し前のことだ。


「妖怪には得意な場所というのが決まっている。海ぼうずは海の中でこそ、河童は河の中でこそ強い。つまり川から生まれたこの妖怪は、河川敷にいる限りめちゃくちゃ強いということだ! 地の利は俺様たちにこそある!」


 自身の優位性を語るソウリュウに呼応するように、一ツ目の川妖怪が膨張。川の水を吸収し、急速に体を膨らませていく。

 当然、3人の巫女はそれを黙って見ていたりなどしない。白兎の巫女は攻撃のため跳躍し、不死鳥の巫女は炎を展開。雨の巫女は、青いオーラを全身にまとい駆け出した。――だが。


「そしてお前たちには弱点がある! 3人中2人が近距離アタッカーで、残る1人は炎使いである点だ!」


 川妖怪の口から吐き出された激流に、3人はまとめて飲み込まれた。

 一部とはいえ河川敷の土手を超え、町まで侵入しかける水の量。川妖怪が河川から溢れさせた水は、洪水時のように河川敷の一部、鉄橋付近をプールに変えた。


 これでは叩きつけられた水により、強制的に水底へ沈められたようなもの。膨大な水量が生み出す激流に、のまれた3人は絡めつかれ動けない。おぼれているのと、何も変わらなかった。


「まだまだァ! 水の力は押し流すだけじゃない。飲み込む力込みだ!」


 そのまま、川妖怪は土手の一角を沈めた洪水を一気に吸い込んだ。

 これは同時に、激流に翻弄されていた3人の巫女ごと飲み込んだということ。

 川妖怪の水の体に、3人は取り込まれてしまう。


「ガボゴボがボッ!」

「ボゴゲボバーッ!」

(まずいですわ! わたくしは大丈夫ですが、2人は――!!)


 水の巫女なこともあり、アクア・レインだけは激流渦巻く中でも息ができた。流れにかき乱される中でも上下左右を把握できていた。しかし、他の2人は違う。水中では息ができない。洗濯機で洗われる衣類のように、上下も左右も分からない。


(『青気功・泡仮面(あわかめん)』!)


 とっさに雨の巫女は、気功術で泡を作成しその中に息を吹き込んだ。酸素ボンベ代わりのそれを2つ、流れに乗せて2人の顔元へと届ける。


「ガボッ、ゲホッ! ――プハァっ、息ができる!」

「ありがとう『レイン』、助かったよ……」


 泡のマスクの空気により、何とか2人は息ができる。

 だがここは川妖怪の体の中。激流により、声は届かない。


(どうしましょう、泡の酸素もいずれ尽きます。わたくしのパワーでは、この激流は突破できない。このままでは……)


「作戦成功!! ざまぁみさらせ小娘ども! これで俺様の作戦勝ち、どうだスゲェだろ俺様は! ハァーッハッハッハ!!」


 勝利を確信し、笑みを浮かべる妖怪ソウリュウ。それは、土居ヤマトが河川敷の土手を登り、現場に到着した正にその時のことだった。


「なんか凄そうなのがいるー!!」


 遊園地ではしゃぐ少女のような声に、ソウリュウの意識が引き寄せられる。

 笑みを浮かべる彼女の手の内では、『神様勾玉』が大地の色に輝いていた。

 瞬間、ソウリュウの高笑いしていた表情が固まった。彼の首筋の龍鱗を、嫌な予感とともに冷や汗が流れる。


 そして、卍句(バンク)が唱えられた。


「『変身、お山の石猿』!」


 少女の瞳が赤茶に変わり、金色の虹彩と共に輝き出した。

 短いざんばら髪は大地色に染まり、風に揺れる柔らかさを手に入れた。

 そして、衣服にまで及んだ彼女の変化は、しだいに豪快で野性的なものへ変わっていく。道着が背中の真ん中で上下に別れ、虎柄の毛皮に変わり、赤茶に変わったジャージが下履きとなる。2重の茶と黒の帯は、まるでしっぽが腰に巻き付いているかのようだった。


 それは如意棒と筋斗雲だけでなく、頭にハマッた金の輪っかまでもたない孫悟空のような姿。


「『荒ぶる大地の乙女』! ――『土』の巫女、『我威亜(ガイア)』参上!」


挿絵(By みてみん)


「まッッた新しいのが出やがったかァァァッ! だがどうした!だからなんだ! ここは河川敷、川の妖怪が本領発揮する場所! アイツも飲み込んでしまえ!」


「オソ!」


 土手の内側に降り立った大地の巫女、我威亜(ガイア)

 その威容に歯ぎしりしながらも、ソウリュウは彼女を倒すべく指示を出した。

 川妖怪の水の体が、河川の水を吸収して膨張。再びその口から大量の水が、洪水のように吐き出された。


「だから何だぁッ!」


 その大量の水が、大地の巫女の腕のひと振りで振り払われた。

 単純な質量による水の激流を、彼女の力が上回ったのだ。

 押し流そうとする力が、それ以上の怪力で押し戻される。


「ハァーッ!?!?」

「なに驚いてんだ、これはさっきお前が言ったことだろ」


 鉄塔の上で驚愕するソウリュウに対し、距離の差など物ともしない声量で大地の巫女が言ってのける。


「河川敷で戦う川妖怪(コイツ)は強い。なら、『土』の巫女であるアタシは大地の上でこそ強い! その時点でアタシとコイツは五分五分! そして――」


 そのまま彼女は大地を殴りつけた。『土』属性の力がこもった重たい拳が、河川敷を揺らし鈍い音を響かせる。この衝撃により大地の一部が隆起した。複数の岩塊が壁のように、地面から突き出てくる。


 それが川妖怪と河川敷の間で起こった。岩塊の壁に河川の水が遮られる。


「これで川とお前らを分断。あたしらが有利になったな」


 これにより、河川から大量の水を引き込み、それを返す循環によって生み出していた激流が弱まった。それはつまり、中にいる3人の巫女が、浄化技を発動できる余裕を取り戻したということ。


「『浄火炎』!」

「『青気功』!」

「『神威――陽光波』ーッ!」


 赤、青、白。新入りにばかり活躍させられない、自分たちもやるべきことをやり抜くんだと言わんばかりに、川妖怪の体内で三色の光が輝き出す。

 陽・火・水の属性が溢れ出し、その体は少しづつ水に戻り始めていた。


「オソ、おそ……おそ、れ…………」


 水に墨汁を垂らしたかのような、濁流で出来たその体から濁りが薄れていく。

 これを受けて大地の巫女は、その一ツ目にとどめとばかりに追撃をくわえた。

 天地万物の循環を象徴する、五行の力のひとつ。『土』属性のエネルギーが、彼女の右腕に集まっていく。


 その結果、『土』属性の気は質量を持って実体化。

 岩石で出来た巨人の腕の形をとる。

 そして大地の巫女の怪力は、重たくなった右腕をも軽々と振り回す。


「トドメはアタシが決める。こいつを食らっていきな、『我流・我威亜拳(ガイアフィスト)』!」


 一ツ目を包んで守る水の壁を物ともせず、大地の巫女の拳は川妖怪を撃破。

 魔の力を物理的に打ち砕き、河川の浄化に成功する。


「チクショーっ!また負けたーッ! おのれ次こそは必ずぅぅぅぅ!!」


 そして、退散したソウリュウが影の世界に沈んだことで、存在しないはずの妖怪は存在しなかったことへと因果が集束。河川敷に残る傷跡は、綺麗サッパリ消失したのだった。



 ☆☆☆☆☆



 人を殴るための形をしている、ゴツゴツに鍛えられたヤマトの手。

 皮はかたく、ぶ厚くなっており、筋肉と骨も独自の変形を遂げている。

 だが、自分たちを助けたのは間違いなくその手だと、上白きずなは彼女に対し握手を求めた。


「助けてくれてありがとう。あなた、意外と周りを見てるのね」

「何でか知らんがよく言われる」

 これに素直に応じた彼女との間で、手と手が堅く結ばれた。


 川妖怪をまず殴るのではなく、大地を殴ぐることで河川と分断しその力を削ぐことを大地の巫女は優先した。だから、水の体に取り込まれていた自分たちが抗えることが出来た。

 その選択と視野の広さを、上白きずなは高く評価する。


「何となくあなたのことが分かった気がする。殴るのが好き、殴られてもそれをあんまり不快に思わない。そういう(さが)、そういう(ごう)を背負って生まれきた。それはそれとして、別に誰かを傷つけるのが好きなわけじゃない。ヤマト、あなたはきっと自分みたいに殴られても気にしないような、殴りかかったら殴り返してくる相手と思う存分殴り合いたいのね」


「そうだな、そういう感じだ。あたしは何かを殴ったときの感触が好きだ。それが一番、自分のことを伝えられてる気がするからだ。

 だからより強く殴れるよう、高い威力で殴れるよう色々やってるうちに、殴る用に作り変わっていく自分の体が好きだ。だったらサンドバッグでも殴ってろよとよく言われたが、それじゃあつまらん。サンドバッグは殴り返してこない。

 かと言ってスポーツみたいなルールがあるのも好かん。ルールで縛られてたら伝えられるものも伝えられない。だからあたしはルール無用の殴り合いがしたい。けどルール無用の場で暴力を振るう奴は、拳じゃなくてナイフとかを持ち出してくる。だから、あたしが求めるようなルール無用の殴り合いはどこにもない」


「それが分かっているのなら、わたしたちはあなたと上手くやっていけるかもしれない。この戦いの中で、あなたが求める殴り合いの場が見つかるかもしれない。何も、確約はできないけど。それでもよかったら一緒に戦わない?」


「いいぜ。バケモン相手なら、思う存分暴れられそうだからな」


 こうして、『土』の巫女が覚醒した。

 残る陰陽五行の力は3つ。『木』『金』『陰』だ。

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