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女神の奇跡か、魔女の呪いか



大国ルクレシアの中でも、最も美しい教会レディリリーでは葬儀が行われていた。


レディリリーは輝かんばかりの白い外壁を持つ教会で、太陽光に当たると光を反射し、この世のものとは思えない美しさを放つ。

その麗しい見た目から、初代王からこの国の国花である百合の名前を賜った程だ。

やがて誰かが女性のような美しさだからとレディリリーと呼び始めたことにより、その名が定着したのであった。

100年以上、この国の主要な教会として活用されているにも関わらず一切、汚れたり破損したりすることがないのには理由があった。

もちろん、教職者が手入れを欠かさないことも理由の一つだが、大きな理由として魔法の結界が張られていることがある。

この世界には、魔法が存在している。

火や水など属性は様々なものがあるが、教会に仕える者の多くは光の魔法を使うことが出来た。光の魔法は聖力と呼ばれ、魔を退けたり、傷を癒したりすることが出来る。その為、教会自体に聖力の結界を張ることで魔物や悪いものが近寄らなくなるという訳だ。聖力の光もあい余って、よりレディリリーは輝いて見えていた。

教会の天井には青や水色を基調とした巨大なステンドグラスが張り巡らされ、葬儀の参列者達に碧光が降り注いでいた。その光は、棺の中で眠る少女の頬さえも照らしている。

その棺はガラス製であった。金で縁どられたそれは、誰の目から見ても芸術的で価値の高いと分かるものだったが同時に棺の中の人物が生きていないことを思い出すと、父親の悲しみと彼女への愛がありありと伝わってきた。

少女は、この国の中でも皇族の次に位の高い公爵家の出身であった。

名をシャーロット・バレンシア・オブライエン

16歳だった彼女は色恋沙汰の末、傷つき、自ら命を絶った。

自室のベッドで毒を飲み、冷たくなっているところを発見されたのだった。

彼女は婚約者を別の女に盗られ、婚約破棄を言い渡された。

相手の男はシャーロットの初恋の相手だった。

シャーロットの淡い恋心は、彼女の命と共に永遠に散ってしまったのだった。


父親のダン・オブライエンは、最前席で自分の娘の死を悼んでいた。

それもこれも、全てはあのノーバートンの倅のせいだった。いつもは控えめな娘が珍しくお願いしてきた為、身分は伯爵家ながらも娘の願いを叶えるために彼奴を婚約者として選んだというのに。

奴は男爵家の娘にうつつを抜かし、シャーロットを傷つけただけでなく、オブライエンの名前にも泥を塗った。そして、あんなに優しい娘を死に追いやったのだ。

公爵の心は復讐に燃えていた。

シャーロットの何が不満だというのだ。内気ではあるが、賢く、慎ましく、優しい。それでいて可憐な風貌は、まさに理想的な花嫁ではないか。

何としても彼奴を生かしてはおけない。



パイプオルガンの音色と優しい聖歌が、彼女の悲しみに寄り添うように天井まで響き渡る。


やがて歌が終わり、教皇が祈りの言葉を紡ごうとしたその時だった。

教皇は思わず、眉を寄せた。

棺の中のシャーロットが身じろいだように見えたのだ。

しかし、死人が動くはずはない。

気の所為だと、己に言い聞かす。

再び口を開こうとしたその時、思わず息を飲んだ。

シャーロットはガラスの棺の中でゆっくりと伸びをした。

やがて瞳を開き、ふわりとその身を起こす。

瞬間、彼女の美しい銀色の髪が広がり、ステンドグラスの碧光でより一層輝いた。

起きた拍子に彼女の周りに飾られていた花々が一斉に宙を舞う。

舞い落ちる花々の中で光に照らされる少女。それは、人々の目にまるで女神のように映った。

彼女はと云うと、小さな口を手で抑え呑気にあくびをしている。

神々しい時間は永遠に続くかと思われた。

しかし、その時間は短くも破られた。


「う、うわあぁぁ!!!!」


教皇の叫び声によって。

教皇は哀れにも大理石の床で腰を抜かしている。


それにいち早く反応したのは彼女の父親である。愛しい娘の元へ素早く駆け寄る。


「シャーリー!僕の可愛いシャーリー!!」



そして、彼女の母親と兄、妹もそれに続く。


「シャーロット!!」

「お姉様!!」


家族に取り囲まれた彼女は、キョトンとしている。


「どうして!あなた、自殺なんて」

「全てあの○○の倅のせいだ!」

「嬉しい。本当に生きてるんだわ!」


感動するオブライエンの面々。

そんな中、少女はこんなことを思っていた。



誰だ、この派手な顔の奴らは? と。




オブライエン家の会話によって、参列者たちはようやく、この異様な光景に正気を取り戻した。


「シャーロット様が生き返った……」

「そんな、まさか……」

「……奇跡だ!」

「彼女こそ!女神の生まれ変わりだ!」

「きっと彼女が聖女様なのだ!!!」


参列者達は口々にシャーロットこそが聖女の生まれ変わりだと言い称える。

その波は、ざわざわと広がり教会の中に一種の混沌が産まれた。


聖女というのは、この国に伝わる伝説の一つである。膨大な光の魔力を持ち、奇跡を起こし、降りかかる魔から人々を護る女神の生まれ変わり。

そんな馬鹿みたいなチートキャラは100年に一度に産まれるとされている。

昨年、聖女の生まれ変わりだったソフィー様が亡くなったので、今現在のこの国に聖女は存在していない。

何故、100年に一度なのかと言うと魔の力の周期がちょうど100年なのだ。そのせいで魔王の力が高まる為、その度に聖女の力で封じ込めなければならない。



「静粛に!!!」


切り裂くような一声で、静寂が訪れる。

声の主はシスター長を務める、シスターマーガレット。


教会の後方に居たらしいマーガレットは白色の修道服の裾を持ち上げながら、ゆっくりとシャーロットやオブライエンの面々の前まで来た。



「ごきげよう。私、レディリリーのシスター長、マーガレットと申します。

ミスターオブライエン、ミセスオブライエン

今日の葬儀はもうお終い、というか無しでいいですわね?

弔う人が居なくなってしまったんですもの。

葬儀は続けられませんわ。

喜ぶのは、そちらに方をつけてからでも遅くはありません。でしょう?」


「これは、失礼しました。シスター長。娘の身に起きた奇跡に感情が昂ってしまって……!!」


シャーロットの父、ダン・オブライエン公爵は素早く服装や髪を整えた。


母親であるサラ夫人もいつもの落ち着いた態度を崩してしまった自分の行動にを恥じ、頬を赤らめた。


兄のウィルソン・オブライエンは、まだ8歳になったばかりの妹を抱き締める。


その姿に、優しく目を細めるシスターマーガレット。


「無理もありませんわ。神に仕えて長い私でさえも、こんな奇跡は初めて目にしたのですから」


続いてマーガレットはシャーロットの方を向き、視線を合わせた。


「シャーロット様の瞳の色は、紫色だったのですね。瞳を閉じていたから分かりませんでしたわ。体調はいかがですか」


「え、ええ。悪くは無い、と思うわ」


「そうですか。それは良かったです」


にこりと微笑むシスター長の顔は、年相応のシワがあるが、それを感じさせない程に魅力的だった。


「紫だって?!」


声を荒らげたのは、兄であるウィルソン。


「昨日までは、グリーンだったのに何故だ?」


ウィルソンは、妹のイザベラを抱き抱えるとシャーロットの瞳を覗き込んだ。

続いて、両親も瞳を覗き込む。


「シャーリー、ちゃんと見えているか?」

「痛みなどはありませんか」

「まぁ、紫も素敵よ。お姉様!」


またもや、派手な面々に囲まれてしまった。


「あ、はい。ちゃんと見えております。」


とりあえず、正直に答えるシャーロット。


「さぁ、皆様お開きにしましょう。あら?教皇様はどちら……。そんな所で何をされているのですか?」


「こ、腰が抜けてしまって」


「まぁ、大丈夫ですか?さぁ、つかまって」


シスターマーガレットはにこにこ顔で教皇を支え、こう耳打ちした。


「さっさと終わらせろヘボ教皇」


「ひいぃっ!……お集まりの皆様、大変申し訳ありませんが、シャーロット・オブライエン様の葬儀はこれにて取り止めとさせて頂きます。理由は……まぁ見ての通りです。あ、痛い!シスター長痛い!……女神様は彼女に対してご慈悲をお与えになりました。これは奇跡です。しかしながら、彼女が聖女様だという確証は何もありませんので、それを吹聴するのはやめて頂きたく……。え?拍手?

…それでは皆さん、この奇跡に大きな手拍子を!」



大衆の誰もが思った。


頑張れ、教皇と。




シスター長の計らいのおかげで何とか葬儀は、(よくわかんないけど、まぁ、生き返ってるし、家族も喜んでるし、拍手してるし、良かったね!)的な雰囲気で終えることが出来た。




しかし、一人だけ訝しげな表情をしている者が居た。


それは奇跡の中のその人シャーロット本人であった。


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