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厄災6


 焼き焦げた街。

 建物は崩れ、跡形もない。

 そんな街の一か所は、整備された地面がめくられ、地肌が目立つようになっていた。

 その場所には大量の墓が立てられて、その一つに少女は拝む。


「アリス……あたし頑張るから、天国で見守っててね」


 少女は立ち上がり、覚悟の決まった目は後ろで待つ男を見た。

 

「もういいのか?」


「うん。こういうのは長くいると逆に辛くなるから……」


 金髪の少女――エレナは儚げな表情を浮かべた。

 それでも、彼女の眼は前にしか向いていない。

 

「で、その服装はどうしたの?」


 エレナは目前にいる端正な男――デウスの恰好を見て訊ねた。

 どこから調達したのか、白シャツに黒ズボンと普通の青年のような身なりをしていた。

 昨日までは貫頭衣に金色の装飾といった如何にも時代に合わないものだったのにだ。


 デウスは自分の身なりを確認して、エレナの疑問に答えた。


「これか? 身なりも時代が進んでいることはこの街にきて理解したからな。流石にあの格好で貴様に同行するわけにもいかないだろ。この街の奴らをモデルに再現した」


「再現って……」


「俺様のこの首飾りは“現ト虚ノ外套(オニロ/クライナ)”という神器で、俺様の思う服装を再現してくれる」


 一瞬だけ、デウスは元の貫頭衣姿に戻り、再びシャツに戻った。

 そして、自分の身なりに説明をつけたデウスは、反対にエレナを見た。


「貴様こそ、その恰好はどうした?」


 エレナも出会ったときとは明らかに身なりが違った。

 高価ではなさそうな胸当て、籠手、脛当てといった防具に、動きやすさか、それともオシャレか知らないが、膝上ぐらいのスカートと腰元には細めの剣を携えていた。


「これから危険な旅になるんだし、防具は必要でしょ。駐屯所の武器庫にあったものを拝借したわ」


「ふむ。俺様は別にどうでもいいが、そのスカートは短くないか? まぁ貴様が逆さづりにされて下着が公衆の面前にさらされても気にしない、むしろ見てほしいというのなら構わんが……」


「ちゃんとスパッツ履いてるわ!? 羞恥プレイは望んでないし、やっぱり女の子だから~オシャレだってしたいし~みたいな~」


「そうか。行くぞ」


「ちょっと待ちなさいよ!」


 身体をくねらせて、頬を赤く染めて言うエレナに、デウスは簡単に返して歩き出した。

 あまりの冷めた反応に噛み付きながら、エレナも後に続いた。


「これからどこに向かうの?」


 街を出て二人は歩く。

 だが、エレナは目的地を知らない。

 

「盗賊を捕まえた報酬に貰った金で旅の支度をする。貴様も曲がりなりに勇者になるんだ。そんな鉄屑ではなく、しっかりとした装備を整えるべきだ。という訳で、ここから一番近いエストリアの街に向かう」


 エストリアはアルトナから南に数キロ言ったところにある街だ。

 アルトナを襲った盗賊は、エストリアにも手を出した奴らも多く、エストリアの衛兵に盗賊を突き出した報酬に、結構な金額の金を用意してくれた。


 エストリアはアルトナと比べるとまだ大きめな街だ。

 近くにあるエストリア鉱石場で採掘される銀鋼石を素材に作られた銀装備(シルバーズ)はエストリアの特産品であり、代表的な名物である。


「えっ、いや銀装備(シルバーズ)ってめちゃくちゃ高いやつじゃない!? いくら何でもそんな物買える程お金なんて貰ってないでしょ?」


「確かに、エストリアにも危害を加えていた奴らを捕まえたというのに、奴らは銀装備も精々一つしか買えないくらいの金しか寄越さなかった。だが、銀装備を手に入れるのに金など必要ない」


 デウスが未来に確信を持った笑みを浮かべたが、エレナはそんな笑みに溜息を吐いた。


「アンタねぇ、勇者だったらなんでも貰えるわけじゃないのよ? ただでさえあたしなんかが勇者を名乗ってる時点で怪しいのに……」 


「だからこそ、貴様はエストリアで勇者であることを証明するんだ」


 それを言われて、エレナは察した。


「まさか……エストリアにも?」


「あぁ。ここからでも薄っすらと邪気が漂っている。エストリアは今、厄災に見舞われているだろうな」


「厄災が起きるんじゃなくてもう起こってるの?」


「別に珍しい事じゃない。厄災が起こっているのに対処が出来ていなければ邪気が残ったままの所もある。そういうのは人災が多いがな」


 人災は人が起こす災いで、デウスの中では厄災として認識していないが、

 人災はデウスが解決せずとも世界に影響を与えない厄災だ。

 人災は人が起こすものなので、デウスが関わるのはあまり良くないが、信仰力を回復させるためには人災も解決していかなくてはならない。


「だが、人災は厄災と違って解決しやすい。人が起こした災いは人の手で解決できるからな」




◆◆◆◆◆



 ――――エストリアの街。

 辿り着いたその街は、厄災に見舞われているとは思えない、いたって普通の街だった。

 何かに怯えている様子も感じなかった。


「ホントにこの街で厄災が?」


「なんだ。俺様を疑うのか? 貴様も感じるだろう。このこびり付く様な邪気を」


「いや全然分かんないから……」


「ふん。まぁいい。取り敢えず領主の所に向かうぞ」


 デウスとエレナは、エストリアの領主の屋敷に向かった。

 そこまで街を見回したが、やはり不審なものもなく、いたって普通の日常風景が広がっていた。


「着いたな。領主だけあって中々いい屋敷だ。今日はここに泊まるとしよう」


「そんな都合よくいかないわよ」


 エストリアの北。

 他を圧するが如き豪勢で風格ある屋敷がデウスたちの前に建つ。

 高い塀に囲われた屋敷の中に広がる庭には、大きな犬が寝転がっていて。


「で、ここからどうするの?」


 屋敷に入るには、門番の衛兵に事情を伝え、領主との謁見許可を貰わないといけない。

 あとは壁を飛び越えれば侵入は出来るが、この選択肢は後々面倒でしかない。

 

 デウスはエレナに笑みを浮かべると、滑らかな足取りで衛兵の前に顔を出した。


「ん、どうした?」


 衛兵の反応はいたって普通だ。

 彼らの目に映るのは普通の青年。

 だから、神に対する敬意など完全に無視した口調になる。

 一瞬心臓が引き締まるような不安感が溢れたが、いつもの傲岸不遜な男ではなく、普通の青年としての笑みを浮かべた。


「実はこの街の領主様にお話がありまして、是非とも謁見の機会を下さらないものかと思いまして……」


 それはエレナの知るデウスとはかけ離れた好青年で、全身に気味悪さからの鳥肌が立った。

 ただ、いくら好印象を与えようとも、街の領主が得体のしれない相手とそう簡単に会えるわけもなく。


「それなら正式な手続きを踏んでくるんだな」


 軽く一蹴された。

 予想通りと言えば予想通りなエレナは、デウスを迎えに駆け寄った。


「は~い、そういうことだから一旦戻ッグァ!?」


 近寄った途端、デウスに首元を掴まれて、引き寄せられた。

 ゴキッという危険な音を首から奏でながら、エレナは衛兵の前に連れてこられた。


「こちらも緊急要件ですので。会わせてくれないのならこちらで勝手に解決しますが、その際街の皆さんにいろいろと聴取いたしますので、貴方方が必死に隠そうとしているあんなことやこんなことが公に――――」


「あぁあ分かった分かった! 今確認するからそこで待ってろ!」


 脅迫するように言うデウスに、衛兵は慌てて口を押えた。

 そして、周りを見渡して人がいないことを確認すると、衛兵は屋敷の領主に許可を貰いに行った。

 その背中にデウスは後ろから、

 

「領主様には勇者様が来たとお伝えください」


 そう告げて衛兵を行かせた。

 代わりの衛兵が門番を務め、デウスたちを監視する時間は、なんとも気まずいものだ。


「あんた、勇者なんて言っていたが、その割には随分と質素な装備だな」


 突然、代わりに門番に就いた衛兵が話しかけていた。

 

「僕なんかが勇者様なんて恐れ多い。僕はただの付き人、勇者様はこちらのお方です」


 そう言ってデウスはエレナを引き寄せて衛兵の前に突き出した。

 訝し気な衛兵の視線に居た堪れない感情を抱きながら、この気まずい空気が永遠に感じられるほど長くて、


「おい、許可が下りた。ついてこい」


 威圧的なその声が、エレナには天の救いに感じて。

 引き寄せられるようにエレナは衛兵について行った。

 

 庭は広く、門から玄関までの道すらも少し長い。

 衛兵について行きながら、エレナはデウスに疑問をぶつけた。


「ねぇ、アンタ如何にも何か知ってる感じだったけど、ここの領主は一体何を隠してるの?」


「知らん」


 エレナの疑問に、デウスは最低文字数で簡単に答えた。

 流石にキョトンとしたエレナに、デウスは追加で説明を加えた。


「この街の邪気から何か起こっているのは確かだ。だが、貴様の言った通りこの街の住人は恐怖のような感情は感じられなかった。つまり、権力のある者がその厄災をもみ消している可能性が高い。そして、あの衛兵の反応から、推測は確証に変わった」


 門前で衛兵に見せた、何か情報を掴んでいるような言動は完全に推測だけのもので、衛兵はまんまとその罠に嵌った訳だ。


「まぁ何が起こっているのは今から会う領主に訊けばいい」


 それはそうなんだけどという感想は口に出さず、エレナは言われるがままに衛兵について行く。

 屋敷の中に入ると広間に入った。

 右と左に続く階段やそこまでの道に赤い絨毯が弾かれており、中に入って一番最初に目を奪う絵画に描かれるのは、おそらくこの街の領主だろうか。

  

 そして、衛兵は玄関まで案内し、中にはメイドらしき女性が立っていた。


「よくおいで下さいました、勇者様とそのお供様。ここからはわたくし、フレイアがご案内致します」


 空色の長髪を後頭部で御団子にしており、メイド服から感じれるボディラインは中々なものを感じさせる。

 眼鏡越しに見える紅の瞳も相まって、大人の印象を醸し出していた。


 そんなフレイアを見て、エレナは高揚した気分を小さく出した。


「生メイドよ生メイド! やっぱりいいわね。あたしもメイド服着てみたい」


 そんなエレナをデウスは鼻で笑って、客室へと案内するフレイアに続いた。

 客室は玄関から左手側にある。

 扉の前で立ち止まり、フレイアは中のいるであろうこの屋敷の主に声をかけた。


「ご主人様、勇者様をご案内しました」


「おう、入ってよいぞ」


 扉越しに聞こえる声は野太く汚い印象を与えた。

 フレイアが扉を開き、デウスたちが客室を覗くと、そこには豪奢な家具が並んでいた。

 

 そして、フカフカそうな椅子に腰を掛ける男。

 ベストやネクタイなど、身に着けている者はとても綺麗で、はめている指輪も男の権力を訴えかけてくるようだ。

 深く座る恰幅が良い男は、葉巻を加えて客室に足を踏み入れたエレナを見た。


「これはこれは自称勇者殿。私はエストリア領主のゴルゴンです。で、本日は如何様で?」


 挑発的な言動の領主――ゴルゴンは、案内されて椅子に腰かけるエレナに、急ぐように話を進めた。

 包み込むような感覚を味わらせる椅子に驚きながら、エレナは一呼吸置いて口を開いた。


「今日この街に来たのは、この街が今、危険に見舞われているからです」


 エレナの後ろでデウスは立ったまま状況を見守る。

 フレイアに着座を進められてはいたが、立場上お供であるデウスは徹底して断っていた。

 

 フレイアが入れた紅茶の香りが、吸い終わり残り香となっていた葉巻の煙ったさをかき消した。

 そんな部屋の雰囲気は、とても良いものではなく。


「危険とは何のことですかな? 屋敷まで歩いてくださったのなら分かる通り、街はいたって安全ですよ。どうでしょう、貴方も勇者ごっこなぞ止めて、この街に住みませんか? 貴方のような麗しい少女なら、屋敷で雇うことも出来ますぞ」


 まったく相手にしてもらえないことに、エレナは喉を詰まらせた。

 事実、何かがあるというのはデウスだけが感じることのできる邪気しか証拠はなく、邪気を証明する方法は無い。

 現状では自白させるしかないのだ。


「では、こちらで勝手に行動させていただいてもよろしいですね?」


 後ろで構えるデウスが発した言葉に、ゴルゴンは少し動揺する。

 ゴルゴンの目に映るデウスの姿は、好青年には思えなくて。


「勇者様はあくまで貴方と友好関係を結んでいたいと考えこの屋敷に赴きました。ですが、貴方が最後まで口を塞ぐのであれば、我々は貴方と敵対してでも独自で情報収集を始めます。勿論、得た情報は必要になれば何も知らない一般人にも開示します。ただ、貴方が協力してくれるのであれば、なるべく極秘で行動いたしますが……致し方ありませんね」


「くっ……」


 それはもう脅しだ。

 ゴルゴンの反応から、何かを隠していることは誰でも分かる。

 そして、デウスが考えるに厄災は街中を巻き込んでいるもの。

 当然、街の人にも何かしらの情報源があり、それを聞き回られるということは、領主が広められたくない情報も広められる可能性が出てくる。  

 

 それは領主にとって最も避けたい事態ということをデウスは察している。

 だから領主は、業腹な感情を抱きながらも、


「分かった……全部話そう……」


 そう言うしかなかったのだ。



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