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厄災2


「――――まずは、何故俺様が下界に降りたか。その辺りの話から始めようか」


 デウスはそう切り出した。

 デウス・ミュートスはこの世界の最高にして唯一の神だと、もう一度強く言う。

 俺様は天界から来たのだと、子供に言い聞かせるようにエレナに言う。


 そんな彼が下界に降りた理由は、この世界――“アトランティス”の調和と安定の為だ。

 アトランティスは満ち溢れた魔力と、初代唯一神パラディによって定められた摂理と法則によって構築されている。


「だが、アトランティスは今、危機的状況にある」


「危機的状況?」


 デウスは続けた。

 アトランティスに溢れる魔力に乱れが確認され始めた。

 魔力が乱れるということは、アトランティス全体に影響が表れ始める。

 あるところでは湖が枯れ、あるところでは疫病が蔓延し、またあるところでは自然災害に見舞われているという。


 勿論、ある程度の影響は必要だ。しかし、今現在はデウス自身も対処に追われているほどの乱れが生じている。


「天界ではこれを“厄災”と呼んでいる」


 アトランティスに影響を与える“厄災”

 厄災を鎮め、アトランティスを安定させるのがデウスの仕事だ。


「つまりアンタはその厄災ってのを防ぐ為に来たってこと?」


「いや、少し違うな。確かに俺様の仕事は不必要な厄災を抑えることにある。だがそれは天界にいても出来ることだ」


「じゃあ何なのよ」


「魔術をろくに扱えない貴様には分からんだろうが、厄災を抑えるには莫大な魔力を要する。魔術を行使すれば魔力を失うのと同様、俺様も力を使えば魔力を消費する。失った魔力は時間が経てば元に戻るが、俺様の場合その消費量に回復量が追い付いていないのだ」


 この世界では魔力を消費する場、消費した分の魔力を空気中に含まれる魔力を吸収して回復することが出来る。

 デウスの場合、膨大な魔力を頻繁に使う為、自然回復では追いつけていないわけだ。

 

 一応下界には魔力を回復させる薬もあるが、それは一時的な回復に過ぎず、根本的な解決にならない。

 その薬すらもデウスにとっては脱水症状の人間に水一滴を与えるぐらいにしかならないという。


 しかし、デウスには自然回復や薬物以外にも魔力を回復する方法があった。

 それは自然回復よりも早く、多く回復することが出来て、消費した魔力を完全に回復することが出来るほどだ。


「それが“信仰力”だ」


「信仰力?」


「そう。信仰力とは人々が俺様を崇拝する思いのことを言う。俺様は下界の人間による敬虔な祈りを魔力に変えて、消費する魔力を保管していた。だが、俺様が下界で培った信仰力は神になり天界で過ごすようになった2000年の時の間に俺様の名すら分からない程に廃ってしまった。それだけじゃなく、あろうことか他に神を作り讃えてしまっている事態。このままじゃどうなるか、貴様は理解出来るか?」


「アンタの魔力が回復しないということは、いずれアンタの魔力は無くなり、厄災を抑えられなくなるってこと?」


「そうだ。厄災が抑えられないということは、やがて魔力の乱れは酷くなり、アトランティスは空間から崩壊する事態に陥る。俺様が下界に降りた理由は、厄災を抑えることよりも、失った信仰を復活することにある」


 信仰力が戻れば、デウスは全盛期の力を取り戻し、再び厄災を抑えることができる。

 理由を聞いたエレナは取り敢えず、納得の素振りを見せると、


「で、アンタの話が本当だとして、なんで勇者が必要なのよ? さっきの話だったら、アンタが勝手に解決すればいいじゃない」


 デウスはエレナにこの世界を救う勇者に選ばれたと言った。

 だが、デウスの目的はあくまで信仰力の回復。ならば、勇者など選抜せずともデウスが勝手に行動し、勝手に目的を果たせばいい。


 エレナに言われ、デウスは無念の表情を浮かべた。


「そういう訳にもいかない。神である俺様は下界に過度な干渉は出来ない。本来、こうして下界で行動を起こすこと自体もグレーなくらいだ。時が来れば俺様は天界に帰らなければならない。そうなった時、もし俺様が注目を浴びる存在になっていれば、消息を絶った途端にパニックに陥る。それでは本末転倒なんだ」


「つまり、アンタがその天界って所に帰っても影響が無いように、デウスのような存在、つまりは神をこの世界で作らなくちゃいけないわけね」


「物分かりが早くて助かる。つまりだ、この世界で人々を救えば貴様に向けて信仰力が集まる。その信仰力を俺様に回せば、俺様が天界に帰った後も信仰力は集まり続けるということだ」


 デウスの計画を聞き、エレナは頷いた。

 納得し、熟考し、そして、


「そ。じゃあその役目、丁重に断らせていただきます」


 断った。

 軽く頭を下げ、その行為に一切の後悔は感じられない。

 惜しみながらではなく、心から断っている。

 その様子を見たデウスは首を傾げた。


「ほう。何故に断る? 勇者や英雄など、決してなりたくてなれるものではない。今すぐに決断するのは時期尚早じゃないか?」


 デウスが疑問に思っていることに、エレナは思わず呆れてしまう。


「大体ね、あたしに勇者なんて無理よ。戦える強さなんてないし、魔術なんて学んだこともない。そこらにいる人と何ら変わらないごく普通の女よ。世界を救うなんて規模の責任は簡単に負えない」


「……なるほど、それもそうだな。ではこうしよう。三日間もう一度よく考えるがいい。俺様は北の森にある祠にいる。気が変わったら会いにこい。そうでないなら断りの返事をしに来る必要もないから、普段通り過ごしておけ」


「言われなくてもそうするわ。アンタの話を全部信じるわけじゃないけど、ま、頑張んなさい。それじゃ」


 エレナは軽く手を振ると、そのまま帰って行った。

 デウスはその姿を目に焼き付けて、


「邪気が濃くなっている。三日……それまでもつだろうか」


 何かを心中で危惧していた。




 ◆◆◆◆◆




 時間は夜。

 その姿を満面に表す月の輝きが、暗闇に自然の光を与えていた。

 子供は寝静まる時間だが、ある場所はとても賑やかだ。


「エレナちゃ~ん、酒くれぃ」

「はいは~い」

「あ、エレナちゃんこっちにも頼むよ」

「は~い。アリス、三番と七番卓、酒追加」


 酒の匂いが漂う酒場。

 魔石灯によって暖色に照らされた店内は、満席になる程の大賑わい。

 日中の疲れやストレスを発散させるように、酒を飲みかわし、騒ぎ、歌う。

 

 そんな店を駆ける金髪の少女。

 右手にはジョッキを5つ、左手には腕全体を活用して皿を持ち、卓へと早歩きする。

 

「はいお持たせ~」

「お、ありがと。どうだいエレナちゃんも一緒に飲むかい?」

「ありがと。でも今仕事中だから。あと、あんまり飲みすぎるとまた奥さんに怒られるわよ」

「ハッハ~そりゃおっかない」

 

 エレナはこの酒場の看板娘だ。

 アリスは厨房を、エレナはホールを担当している。

 活発で人付き合いがよく、相談にもよく乗るエレナは、酒場でも人気者だ。


 そんな彼女が仕事を終えるのは、日付が変わるか否かの時間だ。

 酔いつぶれた客を起こし、食器を片付け、掃除をして終わる。

 一通り終えたエレナとアリスは更衣室で変える支度をしていた。


「……ってことがあったのよ。まったく、妄想は自分の内に止めてほしいよね」


 エレナは昼間に出会った男について話した。

 話を聞いたアリスは、エレナに同情の笑みを浮かべて、


「それは災難だったね。ま、エレナったら可愛いから、何かと理由付けて話しかけたいんだよ多分」


「だったらいいんだけど。でもその時は変質者だったらどうしようって思ったわ」


「仮に変質者だったとしてもエレナなら返り討ちしちゃいそう」


「ちょっと人を暴君みたいに言わないで。そりゃ昔から男勝りなところがあるって言われてるけど、あたしは純情無垢で人畜無害なか弱い乙女よ」


 頬を赤らめて乙女の顔をするエレナに、彼女の事をよく知る幼馴染は、


「ハハ……」


 意味ありげな笑いで返した。

 その反応に、エレナは不満げに頬を膨らませて、


「ちょっと何よその反応。あたしだって恐いものは恐いんだからね!」


「あ~ごめんごめん。そうよね、エレナだって女の子だもん。特にこことか」

「――ッきゃぁあ!?」


 エレナに寄せられた手は、きめ細かい柔肌の双丘を撫でつけた。

 弾かれそうな弾力の中にある確かな柔らかさをその手で感じ、アリスは眉を寄せ、


「ぇ、ちょっとエレナ、またおっきくなったんじゃない」


「ちょ、まっ……やめ、ひゃんッ!?」


 全身に力が抜け落ちながらも、必死に抵抗するエレナ。だが、アリスの手は蛇のように絡みついて、艶っぽい声が漏れてしまう。

 

「うりうり~、お、お? ここか? ここがええんか?」

「ちょっとッんっっ!? ほんとに、待っッひぁ!?」

「むむむ……シルクのような肌触りに曲線美の美しい形。あ~羨ましいを超えて腹立たしい胸ね。何食べたらこんなになるのよ」

「んっんっっ!!」

「あら、ちょっとやりすぎた?」


 ようやくアリスの手から解放されて膝をつくエレナは、顔が赤く、息は乱れて、咄嗟に両腕で身体を隠して防衛本能を発揮させ、小さく涙が溜まった目尻は鋭く吊り上がっていた。


「ごめんごめんって。反省してるから。で、エレナはそのデウスって人に会いに行くの? 今も北の森にいるんでしょ?」


 両手を合わせて謝罪するアリス。

 エレナは一度呼吸を整えて立ち上がる。


「行くわけないでしょ。その気が無いなら来なくていいって言ってたし。それに北の森は危ないし」


「そうね。その人大丈夫かしら」


「大丈夫じゃない? あの場所に行くのは強い人か、子供の頃のあたし達みたいな、よほどの馬鹿ぐらいよ」


 その眼には、すでに興味が持たれていなくて。

 その姿を見たアリスは、会ったこともないその男を想像し、


「だといいけど……」


 




 そんな夜。

 静寂と闇が包み込む時間。

 アルトナの東にある山奥で、自然に見合わない喧騒が響き渡っていた。


 山奥に息を潜める柱や壁が風化した屋敷。

 雑多に魔石灯を散らばらせ、薄暗さに僅かな光を与えていた。

 その屋敷を埋め尽くす男達。


「野郎共。遂にこの時が来た。俺達は明日、アルトナの町を襲う」


「ついにですねお頭」


「あぁ。あの町の領主に復讐する為、俺達は長い年月をかけて勢力を拡大した。ここにいるのはあのクソ領主に恨みを持っている連中だ。明日、太陽が昇っているうちに他の仲間に作戦を伝え、夜に行動を開始する。その前に、お前達とは意志を確認しておきたくてな」


 群衆の前に鎮座する大男が闘志の籠った眼で見る群衆は、その覚悟に揺らぎの無い意志を感じさせる雰囲気を纏っていて、


「どうやら、俺の心配は杞憂だったようだ。安心したぜ。長年磨いてきた俺達の恨み…………あのクソ野郎にぶつけてやろうぜぇ!!!!」

「「「「おぉおッッッ!!!!」」」」



 燃える意志の鼓舞は、山の中に木霊して――――――――。



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