プロローグ
燦々と輝く太陽。一切の穢れを感じさせない青天。
透き通る風が心地よく、鼻腔を擽る花の香り。
雪積の大地のように広がる白雲の地。踏み込めば包み込まれるような感覚を足裏に感じるが、何故か動き辛さは感じない。
まさに楽園のような世界――天界。
そんな天界に住んでいても、悠々自適に日向ぼっこをしているわけではない。
「神様ッ! 下界で不安定な魔力の乱れが感知されました!」
「カミサマァ! 死者達がカミサマのお導きを待っておりますぞ!」
「かみさまぁあ!! 私の部署で天使達が不足しておりますッ! 人員派遣を要請したい!」
「かぁみぃさぁあまぁあ!! 西の天使たちが(略)」
「かみさぁ(略)」
「かみ(略)」
毎年毎日毎分毎秒、多くの天使たちが彼の元に駆け寄ってくる。
目鼻の整った端正な顔立ち。艶やかな黒髪は長く、後ろで結ばれて腰あたりで毛先が揺れる。
天使たちのSOSを一通り対処し、その男は束の間の休憩を楽しんでいた。
天界中見渡せる見晴らしの良い一室。
飲み口の広い純白のカップを顔に近づけ、立ち上る香りを楽しむと、カップを傾け喉を潤す。
「ふぅ、甘みのある香りのと優雅な味わい。やはり貴様の淹れる茶は格別だな、カイル」
男は背後で控える配下を尻目で除く。
中性的な顔立ちに、ミディアムボブの銀髪とやや目尻の下がった目が落ち着きと優しさが如実に表れている。
だが、そんな顔貌とは裏腹に、その配下――カイルの言葉は冷たくて、
「そうですか。お褒めに与り光栄です。さぁ、神様。仕事の時間です」
「フハハハハ……手厳しい配下を従えて俺様は嬉しいぞまったく」
皮肉気に男は言う。
天界と下界のすべてを監視し、管理する神様に休む時間など皆無に等しい。
そんな彼にもたらされた刹那の時間は、ふと、こんな質問を投げかけさせた。
「もし、俺様が姿を消せば、天界と下界はどうなると思う?」
少しでもこの刹那を長くしたい。
そういうつもりなのだろうと、カイルは溜息交じりに投げかけられた問いに答えた。
「危惧すべきは天界の混乱でしょう。貴方様が姿を消せば一秒も満たずに明るみになり、最初に気付いたのが私でなければ、その事実は混乱という問題を度外視して天界中に広まります。そして、貴方様のお力は絶大。故に貴方様が蒸発したとなれば、残った我々で天界と下界の管理は難しいでしょう」
「今のセリフ、言ったのが貴様でなければ気にも留めなかったが、貴様が言ったからこそ確認しよう。難しい、ということは不可能ではないのだな」
いやなところを突かれたと言わんばかりに面倒そうな表情を一瞬覗かせて、
「不可能……とは言いません。私が指揮を取って天使たちを配置し管理すれば多少の時間は持ちこたえることが出来ます。その間に貴方様が戻る、もしくは新しい神様が誕生すれば問題ないかと」
「その多少の時間、貴様の見解ではどのくらいだ?」
「三年……と言ったところでしょうか。その間、私の体力が持つかどうか心配ですが」
自嘲気に語るカイルから笑みが零れる。
そして、男は茶を飲み干して、カップを机に置いた。
「もう一つ良いか?」
「飲み終わりましたようですのでお仕事にお戻りください」
「これで最後だ。終われば仕事に戻る。貴様は……これから先、このままで良いと思うか?」
内容が明確でない質問。
だが、男の問いの意味をカイルは理解したようで、顎に手を当てて数秒の黙考。
そして、脳裏に考えを巡らせながらカイルは答えた。
「いずれは……と言ったところでしょうか。ですが、まだぞの時ではないかと。焦燥感に駆られて適当な後任を用意されるよりは、長い年月をかけてでも適任者を絞り込むべきです」
「だが、時間が無いことも事実。そこでだカイル……貴様に頼みたいことがある」
なんでしょうか。とカイルは答えた。
だが、カイルは男が何をお願いしているのか分かっているように、気を引き締めた様相をしていて、
「なるべくすぐに戻る。少しの間、貴様に任せたぞ、カイル」
男は笑う。
信頼という言葉を笑顔に変えてカイルにぶつけた。
カイルは少し溜息を零しながらも、その笑顔に一歩身を引いて頭を下げる。
「承知しました――――神様」
カイルは部屋から退出し、部屋には男一人となった。
仕事に取り掛かる前に、軽く身体を解して、もう一度視界に広がる天界を見渡した。
「さぁ、世界を救うとするか……」
すべてを統べる唯一神――――デウス・ミュートス。
彼は三日後、天界から姿を消した。
気分転換で書いていたものです。
楽しんでいただければと思います。