表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
第〇-2冊目【それぞれの魔王様観察日記】
840/842

□〇月×日 魔王様とエイペックス





「侵入者を目視で確認! 成体のウルファン一人と……ヒュームの子供です!!」





 エルフェンは洋服を着ない。


 魔王様が無策で踏み抜いた鳴子に反応して、御神木の根元にある祭壇に緊急招集用の篝火が焚かれ、集落中の小屋からエルフェンたちが飛び出してきた。

 そんな森の住民の恰好は、非常事態なのを加味してもほぼほぼ全裸で。老若男女関係なく、下着や腰布を巻いているならまだマシな方で、中には裸一貫に矢筒を背負っている美青年エルフェンも混じっていた。


 彼らの恥じらいのなさには、一種の清々しさすら感じてしまえたが。夜闇に松明を掲げてこちらを凝視する様は、むしろ縄張りに侵入した外敵を狩らんとする蛮族のそれに近しいものと言えるかもしれない。


「おいユニバアシル、なんか下にぞろぞろと集まってきてないか?」

「大丈夫、ここまでは織り込み済み。御神木を盾にするように登れば、弓の遠距離狙撃は回避できる。魔王様はとにかくこのまま登り続けて」

「……ったく、俺様を顎で使う奴なんてオマエとエルザくらいのもんだぜ?!」


 愚痴るようにそう毒づきながらも、魔王様の頬は牙を剥くように吊り上がり、眼下に迫る喧嘩の匂いに歓びの感情を隠せないでいた。

 おかっぱ頭を揺らしてその横顔を見つめた私は、背中に引っ掛けた麦わら帽子の首紐をもう一度確認してから、魔王様におんぶする両腕に力を籠め直す。


 私たちは現在、魔王城の全景を超える太さを誇る御神木の幹を這い上っていた。


 その勾配はすでに100%を超えており、山の登攀でも道具を必要とする段階に来ていたけど。アイゼンの代わりに自らの爪を突き刺しながら、魔王様は私を背負った状態で御神木を木登りしていく。

 不意に背後の景色を振り返れば、森の木々を見下ろす標高に到達していて。月夜に照らされる俯瞰風景に、私の胸にも魔王様と同種の高揚感が沸き上がった。


「“屋外照明(フレア・インサイドダークネス)”!!」


 シュポンシュポンと地上から魔力弾が打ち上げられ、花火のように膨れ上がった人工太陽が私たちのいる地点を照らし出す。

 魔王様の黒い毛皮は保護色としても優秀そうではあったが、そこにおんぶする私が決め手となって、エルフェンたちはこちらの現在位置を正確に把握した。


「照準を固定化された。ここからは誘導弾に狙われるから、頑張って避けて」

「チッ、簡単に言ってくれるよなぁ!」


 言ってる傍から“魔法の追尾弾(マジック・ミサイル)”が雨霰と発射されて、魔王様は舌打ち混じりの急加速で幹を垂直に駆け出す。

 御神木を傷つけないよう調整された魔力弾は枝葉を縫いつつ私たちを包囲し、とうとう樹皮に足を打ち付けた魔王様は、重力に抗うように上体を仁王立ちさせて空いた両手を握り締めた。


「こんな火遊びで俺様を止められるもんなら、止めてみろてんだ!!」


 数多の異世界がそうであるように、“魔法の追尾弾”とは必中の攻撃であり、発動した瞬間にダメージロールが確定する魔法である。

 だがしかし、そんな世界観的に回避不能な弾丸に対して、魔王様は蠅を叩き落とす感覚で次々と拳迎撃していった。


 否。正確には、魔王様の拳はきっちり世界観通りに負傷しているのだけど。

 その物理(システム)的な損傷(ダメージ)ヤセ我慢(フレーバーテキスト)誤魔化(キャンセル)した魔王様は、チリチリと焦げつく(ゲームマスターの)毛皮(抗議)手首のスナップ(気づかないフリ)払い消す(スルーする)


「流石は魔王様。図々しすぎて逆に格好良い」

「クハハハッ! そうだろうそうだろう!!」


 七割ほどただの皮肉にすぎなかったのだが、残念ながら私は裁定者の苦悶を魔王様に理解してもらうことに失敗した。

 いや、ここはもっと前向きに、この魔王様に()()()自分の感情を理解してもらえたということを誇りとするとしよう。


 言ってる間にも、風の魔法を纏ったエルフェンの追撃隊が私たちの傍に生えた枝にまで移動してきていて。悔しがるジィジの顔を想像しながら、これがミーファおばさんから聞いたエルフェン魔法かと、私はつぶらな瞳を輝かせる。


「止まれ!! いったい何者だ!我らエルフェンの御神木と知っての暴挙か?!」

「あん? なんだ、このデカイ木が“ゴシンボク”なのかよ」

「………………はい?」


 まさかこの手の状況で本当に無知蒙昧なパターンがあるとは思わなかったのか、追撃隊の隊長らしきエルフェンは思わずショートソードの切っ先を落とした。

 その隙に再び四つん這いに幹を掴んだ魔王様は、クハハと笑いつつ彼らに背を向けて尻尾を振りかざす。


「こいつが本当に御神木なら、登った先に“あの木の実”も生えてるんだろ? それなら俄然やる気が湧いてくるってもんだぜ!」

「なっ!? 貴様、御神木の実をどうするつもりだ!!」

「どうするつもりだって、当然そんなの食うに決まってんじゃん……?」


 御神木自体には何の興味もないとばかりに、魔王様は途端に殺気立ったエルフェンたちに向けてキョトンと無知蒙昧な疑問符を返した。

 もちろん、それはそれで彼らにとって侮辱以外の何物でもない発言なわけで。神聖なる根源の木の実をこんな野蛮な魔族に喰われてなるものかと、隊長エルフェンは握り直したショートソードに“武器強化”のオーラを付与する。


「聞こえたな! 総員、命を賭してもこのウルファンを討伐せよ!!」

「「「「「 (おう)!!! 」」」」」


 ウォークライが如き反応で一丸となりながら、文字通り決死の覚悟で戦闘態勢に入った追撃隊が、弓や魔法やの一斉攻撃を開始した。

 一方で、彼らがそこまで必死になって襲い掛かってくる理由の分からない魔王様は、猿のように枝の間を跳ね回りつつ私に怪訝な眼差しを向ける。


「なあユニバアシル、なんであいつらはあんなに怒ってるんだ? その辺に生えてる木の実なんて、べつに誰のもんでもないじゃねーか」

「この御神木はエルフェンの崇拝の対象だから。魔王様にも分かりやすく言えば、お姉ちゃんたちが菜園で育ててるグミの木と一緒」

「あー……。そういえば、あんときはガブリエムルも泣いて怒ってたなぁ……」


 昨年の秋に全てのグミを食い尽くしたときのエピソードをちゃんと思い出せたようで、魔王様は犬のような耳をパタンと閉じて珍しく反省していた。

 かと言って手心を加える気などないらしく、援護射撃と共に飛び掛かってきた追撃隊らを、後ろ手に私を庇いながらの蹴りやパンチで枝から蹴り落としていく。


「しゃあねぇなー。そんじゃあ、頂く木の実は一個二個にしておいてやるか」


 罵詈雑言を叫びつつ落下していくエルフェンの隊長を見下ろして、魔王様はさも自分が折れたみたいな口調で折衷案を提示した。

 しかし、実際それが魔王様にとって最上級の配慮であることを知っている私は、コクコクと頷いて目指す御神木の頂点へと真顔を挙げる。


「これで増援はしばらく来ない。今のうちに上を目指そう」

「……にしてもデカイ木だよなぁ。これだけ登ったのにまだ先があるのかよ」


 それもそのはず、御神木は一流のクライマーが丸一日掛けようとも登り切れない高さがあると言われていた。

 それ故に“飛行”を使える魔法使いですら頂上を望むことはできず、特殊な訓練を受けた『選ばれしエルフェン』しか挑めない聖域として扱われているのである。


「――とは申しましても、まあ例外が存在しないわけではありませんがね」


 私の解説を補足するように、魔王様が一休みに着地した枝の先から大人の男の人の声が聞こえてきた。

 全く気配を感じなかった私は言うまでもなく、魔王様まで驚いた表情で顔を向けて。そこに立っていたのは、エルフェンの通例に反して、真っ白な祭服を着流した穏やかな佇まいのオジサンだった。


 額に血統を示すアミュレットを装着したオジサンは、魔王様だけでなく私に対しても、胸に右手を添えて恭しく最敬礼する。


「お久しぶりでございます、魔王殿下。然るにそちらのお嬢様は、推察するにゴッド・オブ・トゥリーの御息女でございましょうか。お初にお目にかかります」

「……俺様も、テメェのことなんて知らないぞ」

「それは失礼致しました。私はアーラン・エル・クルーマスール・アールブ、恥ずかしながら今代のエルフェン王を名乗らせて頂いております」


 絶対魔王様が忘れているだけだと思ったけど。エルフェン王を自称したオジサンは、不躾な魔王様の反論に丁寧な一礼を返した。

 そしてゆっくりと上体を戻すと、ぽとりと足元に落ちてきた御神木の枯れ枝を手に取り、何らかの魔法でそれを弓矢の形に変形させる。


「王などと呼ばれていても、エルフェン社会での役割は“番犬”と同じでございまして。たとえば御神木に近づく蟲を駆除することも、私奴の重要な仕事なのです」

「――なに一人で先走ろうとしてるのよ、アーラン!!」


 風と凪で生み出したゲートを高速通過して。ハヤブサのような速度で回転上昇してきた女性のエルフェンが、オジサンとの対角線上に着地した。

 そのオバサンも、他のエルフェンと違いしっかりと衣服に袖を通していて。手に持つレイピアを勇ましく構えると、オバサンは長い耳をピクピクと奮わせる。


「エルフェン女王、シルヴァ・エル・ヒルマー・アールブ。此処は貴方の城ではなく私たちの森よ。大人しくこの場から去るなら、不可侵条約を破った件に関して不問に処してあげるわ」


「……フカシンって何の話だ?」

「古に結ばれた盟約のこと。エルフェン族が野外で服を着ることを条件に、他種族の森への不可侵が定められた」

「はあ? なんで他人が勝手に決めた約束に俺様が従わなきゃなんないんだよ」


 魔王様の主張も共感できないでもなかった。

 しかし、当のエルフェンたちはそのために生き様を曲げているわけで。女王のオバサンも「私だってこんな服など着たくはないんだ」という本音を隠すように凪の魔法を身にまとう。


「警告はしたわよ。……アーラン!」

「仕方ありませんね。……少し痛い目を見て頂くとしましょうか!」


「ユニバアシル、しっかり掴まってろよ!!」


 そこから先は私には知覚し切れない戦いだった。


 瞬間移動のように居場所を変えるオジサンが弓を撃ち、細剣を被ったオバサンが鬼神を越えた剣舞で押し寄せる。

 立場的には、そんな二人の疾風怒濤を笑いながら捌いている魔王様を褒めるべきなのかもしれないけど。真に称賛すべきは、魔王様を相手に“防戦一方”にさせているエルフェンたちの連携力の方であろう。


 私はと言えば、しっちゃかめっちゃかに暴れ回る魔王様から振り落とされないよう、その首にしがみ付いているのがやっとのことで


|「うっはー!リアルディアナたんキタコレー!!」『いいから座ってろ』|


 何か手伝えることはないかと、お腹の図鑑以外の武器になるものを探して、激闘に目を細めながらぐるぐると転回する背景を見回す。


「……魔王様!!」


 そこでハッと我に返った私は、魔王様の後頭部の毛皮を力いっぱい引っ張った。

 愉快に笑いながらどうやって二人を殴り倒そうか皮算用していた魔王様は、不満げに耳を震わせつつもこちらに視線を向けてくれる。


「いったいなんだ? ションベンなら終わるまで我慢してろよな」

「そっちも限界だけど、私に良い作戦がある。ちょっと耳を借りるね」

「そこは『貸して下さい』だろうが。エルザに似て自分勝手なガキだなぁ」


 魔王様のボヤきを無視して、私はごにょごにょと作戦を伝えた。

 オジサンの矢を弾きながらそれを聞き終えた魔王様は、高鳴る自身の腹の虫を見下ろしてから、渋々と口を尖らせて私の案に同意する。


「……本当に上手くいくんだろうな?」

「計算は済ませた。成功率は68%で十分だって、オタクのお姉さんも言ってた」


 信じて。とガッツポーズを作って見つめ返すと、魔王様は溜息を吐きつつオバサンの剣戟をバックステップで回避した。

 続けざまにオジサンの矢が放たれ、私たちは逃げ場のない枝の先へと追い詰められて。再度停戦を勧告しようと攻撃を緩める二人に、魔王様はニヤリと嗤って私の首根っこを引っ掴む。


「いいか、トチるんじゃねーぞ!」

「角度良し、風向き良し。……微調整は私がする」


 たしか母父さんから『砲丸投げ』という競技を聞いたことがあったが。真実それと同じようなポーズで私の矮躯を振りかぶった魔王様は、私が指差す方角を目掛けて四肢の筋肉を膨張させた。

 あまりに非現実的なポーズに呆気に取られていたオバサンも、それをしているのが魔王様だという事実に気づき、慌ててレイピアを振りかぶり直す。


「させるかああぁぁぁーーー!!!」

「へっ……」


 いっそ私を巻き込んでも構わないという覚悟で繰り出されたオバサンの水鳥乱舞を、魔王様は鼻で笑いながら枝から飛び降りて回避した。

 そして、しまったという表情で硬直するオバサンから視線を戻すと、尻尾を振るって姿勢を制御しつつ御神木の頂上へ向かって私を放り投げる。


「行って来い、ユニバアシル!!」

「うん。着地は任せた」


 砲丸のように、砲弾のように、私の身体は夜風を突き抜けて宙に投げ出された。

 ぐるぐると縦回転する視界の中で、足をバタつかせてスカートの裾で速度と進路を調整した私は、瞬く間に迫る(こずえ)につぶらな瞳を凝らす。


「……見えた」


 否。とてもでないが視えはしなかった。

 しかし直感で“それ”が御神木の実だと認識した私は、後頭部で暴れる麦わら帽子のツバを掴むと、手籠のように胸元で構えを取る。


「させませんよ」


 そんな行く手を遮ったのは、細枝からにょきっと生えてきたオジサンだった。

 オジサンは弓を捨てて腕を広げると、悪戯好きな子供を抱き留めようとするように、両腕を広げてこちらの進路を妨害する。


「……なら問題ない」


 弓矢で射られていたら五分五分だったけど。捕まえようとするだけなら、この投擲の成功確率は68%を超えていた。


 私がお腹挟んでいた図鑑を離すと、唐突に重石を失った身体が大気の壁に押されて数十センチ浮き上がる。

 それはほんのわずかな誤差程度の挙動にすぎなかったが。図鑑のハードカバーを避けながら私を捕まえようとしたオジサンにとっては、致命的な距離であった。


「なんと……!?」


 驚きと共に伸ばされたオジサンの指先を掻い潜って。

 最後の砦である小枝をバキバキと折り破って。


 擦り傷だらけになりながら大木の反対側へと飛び出した私の懐には、麦わら帽子に包まれた御神木の実がすっぽりと収まっていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
70パーセントは信用出来ない。何故かと言うと信用出来ないからだ。これは絶対だ。3連外ししたとか、そんなことは特にないけど信用出来ない。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ