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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
第〇-2冊目【それぞれの魔王様観察日記】
824/839

□デート?あっ、だいぶ。





 それは 胸と言うには あまりにも大きすぎた

 大きく ぶ厚く 重く そして 大雑把すぎた

 それは 正に 肉塊だった。





「………………どちらさま?」


 そんなナレーションを背景に、その三つ編みの少女は、何を考えているのか読み取れない無感情なジト目で疑問符を投げかけた。


 どこかのほほんとした雰囲気を漂わせながらも、彼女の胸元は振り返った反動で波立つような乳揺れを続けていて。

 少女がエルザ(わたし)だと信じきっていたゴブろーくんは、ほなエルザと違うかぁとミルクボーイなノリで落胆しつつ、服の下からでもハリが判る巨乳に目を奪われる。


 ――前話でも触れたように、少女の容姿はエルザと似ても似つかなかった。


 たしかに三つ編みはエルザに匹敵するほど長い。が、毛先までキューティクルが保たれている私と違い、髪質はボサボサかつ枝毛も多くて。

 たしかにまぶたもエルザに匹敵するほど半開きで。が、それは先天的な表情筋の弛みと言うよりも、単に開眼を面倒臭がっているだけに見えて。


 麻服も、どこででも入手可能な量販品と言われればそれまでで。

 長剣も、借金のカタで売られたような安っぽい造形のナマクラで。


 なにより目の下にぽつぽつと浮かんだそばかすは、曲がりなりにもエルフェン王族の血が流れているエルザには、絶対に存在し得ない身体的特徴であった。


「どうしたの? わたしに何か用?」


 ゴブろーくんがあらためて全体像を確認していると、するりと間合いの内へと踏み込んだ少女が、上体ごと首を傾げて顔を覗き込んできた。

 滑るような彼女の差し足に虚を突かれて。ワンテンポ遅れで追従してきたバストの動きで自らの無礼さに気づいた彼は、反射的なバックステップで距離を取り、緩みきっていた赤面をクロスガードで誤魔化す。


「あっ、その、知り合いと似てたもので!? ごめんなさい、ヒト違いです!!」

「??? ……べつに間違えてないよ?」


 此処に居ぬ第三者に言い訳しようと必死に両手を押し出すゴブろーくんに対し、少女は泰然自若とした真顔で身体を起こした。

 ギュッと目を閉じて“見てないアピール”をしていた彼は、その返答に呆けた顔をあげて。少女は半眼を瞬かせると、そばかす越しに自分自身を指し示す。


「わたしエルザ、エルザ・リーゼンフェルト。――エルザお姉ちゃん、だよ」

「っ?!」


 そんな偶然があり得るのかと、えっへんと巨乳を反らして年上ぶる少女を前に、ゴブろーくんの思考が再び渋滞した。


 キャラクターとしての“記号”がたまたま一致することはあるだろう。それが複数個重なることも、広い世の中では稀に良くあるかもしれない。

 だがしかし、少女とエルザの類似性はコスプレの域に到達していて。その上で名前まで同じとくれば、これはもう悪質な海賊版と呼んで差し支えなかった。


 もしかするとドラゴンや法王が仕掛けた何らかの策謀なのではと、ゴブろーくんは警戒するように重心を落として彼女を睨む。

 そんな彼としばらく見つめ合った自称エルザの少女は、青空に視線を向けてぽくぽくと考え込んでから、途端に全て理解したみたいな勢いで手鎚を叩いた。


「なるほどそっか~。これが“ナンパ”ってやつなんだね☆」

「……。……はい?」


 キラキラと語尾に星を舞い散らせ、少女はまたしてもヒュバッとゴブろーくんの間合いに踏み込むと、そのまま彼の右上腕に抱きついた。

 彼女の身長が勝っているものあって、関節技の前段階にも見えたが。少女は彼の腋を強引に引っ張りつつ、すぐ近場で開店していた大衆食堂を指差す。


「立ち話もなんだし、あそこでお食事しよっか。わたし、お腹ぺこぺこなんだ~」

「えっ、ちょっと待って、荷物が……!?」


 躊躇なく押しつけられた胸の感触に怯んでいる隙にズリズリと引き摺られ始めて、ゴブろーくんは仕方なくズタ袋を握り直して彼女に従った。

 少女は無感情なジト目からは想像もできないテンションで店内に踏み込むと、魔族の襲来にギョッと竦むウェイトレスに向けてピースサインを振りかざす。


「安くて美味しいオススメの料理を二人分、席はカップルシートでお願いします」

「カップルシー……?」


 彼女の要望に戸惑いつつも、勢いに負けたウェイトレスは適当なカフェテーブルへと二人を案内して。長椅子でないことに頬を膨らませた少女は、仕方なくゴブろーくんの下家へと自分の椅子を移動させた。

 ゴブリンと若い女の子の組み合わせに、客や店員は困惑していたけれど。それ以上に困惑した様子のゴブろーくんは、大人しく荷物を降ろして席に座る。


「ええと、エルザさん? さっきも言いましたけど、貴女のことは人違いで――」

「エルザでいいよ。敬語もいらない。なんたって、キミとわたしの仲だからね☆」


 そう口を挟みながらムフーッとアルカイックスマイルを浮かべる少女の様は、調子に乗っているときのエルザそのものだった。

 しかし一方で、三つ編みが彼女の感情に呼応し自立稼働するなんてことはなく。読めぬ真意に尻込みするゴブろーくんへと、少女は両肘をついて半眼を細める。


「キミのお名前も、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな~?」

「……ギルガヴォルト・マクガフェロン。あと、たぶんオレの方が年上だよ」

「ぎるがおるど?」


 とてもタメ口できる心境ではなかったのだが。溜息混じりにゴブろーくんが相手に合わせると、少女は途端に舌っ足らずになった。

 そのまま『キルカホート』『ギルガボンド』と不正解を繰り返してから、最終的に腕を振りかぶって彼に人差し指を突き出す。


「ゴブリンだから、ゴブろー! これからキミのことは“ゴブろー”って呼ぶね☆」

「はい……?」


 まさかの慣れ親しんだ愛称への帰結に、ゴブろーくんは目を点にした。

 その反応を快諾と受け取った少女は、己がネーミングセンスにほくそ笑みつつ、ウェイトレスに向かってボトルワインとグラスを二つ注文する。


「ねぇ、ゴブろーは魔族なんだよね? こんな人里まで出てきたら、怖い冒険者に討伐されちゃうぞ~? かく言うわたしも、ゴブリンとは初めてお喋りするよ」


 どうやら彼のが年長者だという忠告は聞き逃されたらしい。ぺらぺらペチャクチャと、少女はお姉さんぶるように言いたいことを捲くし立てた。

 片やゴブろーくんも、今更ながらに自分が押しの強い女性に弱いことを自覚すると、諦め気味に肩を落としながら胸の冒険者章をかざしてみせる。


「たしかにオレは魔族だけど、冒険者でもあるんだ。この町にも、ディシオルを訪ねる道すがらで立ち寄っただけだよ」

「やった、お揃いだ~。実はわたしも冒険者、と言っても駆け出しだけど……」


 半眼を輝かせて彼の紋章を見つめた少女は、胸の谷間へと無造作に右手を突っ込むと、擦り傷もない真新しいエンブレムを取り出した。

 その過程で露わになった右肩と上乳に、ゴブろーくんの首が回れ左して。しかしてウリウリと彼女に詰め寄られると、彼は薄目でペンダントに焦点を合わせる。


 彼らが語る冒険者の紋章とは、国家錬金術師の銀時計に近しい装飾品だ。


 金銀銅が織り交ぜられてデザインされたその証は、貨幣と同様に損壊や偽造が固く禁じられており、免許証と階級章とドッグタグを兼ね備えている。

 表面にはその代のグランドマスターを象徴する紋様(現在は黒狼に跨り剣を掲げる騎士の画)が描かれ、中には冒険者の氏名や登録番号、そしてこれまでのクエスト履歴などが刻まれているのだ。


 だが、少女の冒険者章には数回の採集依頼しかカウントされておらず。まっさらなログを見せつけられたゴブろーくんは、同時に彼女の本名が『エルザ・リーゼンフェルト』で正しいことを検め、背負われたままの長剣に目を向ける。


「オレは魔王軍で働くのが窮屈になって抜け出したクチだけど、キミはどうして冒険者に? 見た感じ、まだ独り立ちさせられる年齢でもないよね」

「フフン。魔族のゴブろーには、人間の年齢は見分けがつきづらいのかもね~。わたしはこう見えても十四歳、あと半年もすれば立派なレディなのさ☆」


 少女は――エルザはそう言ってムフーッと自慢げに口元を緩めたが、見分けがつかないどころか、ゴブろーくんの見立てが完璧であることを証明しただけだった。

 その点にツッコミを入れるべきか彼が迷っていると、エルザは慣れぬ手つきで背中に腕を回し、長剣の柄を握ってチャキリと鯉口を鳴らす。


「冒険者というか、わたしは立派な剣士になりたいんだ。でもお父さんには反対されちゃうし、村の中だと剣で食べていくのも難しいから……」

「それで家を飛び出して冒険者になったってことか……」


 それはありがちと言えばありがちな、ある意味で目指す先は彼と同じと言えた。

 特に人間の子女は適齢期になると半強制的に婚姻させられる因習がある、と私から耳にしていたゴブろーくんは、彼女の苦労を推し量って憐れみの眼差しを返す。


「――で、ゴブろーはどうして人間のわたしをナンパしたの? 外でも凄い眼で凝視してたし、やっぱりこのおっぱいに釣られちゃった?」

「だからナンパなんてしてないんだけど!?」


 己が乳房を恥じらいもなく掴み持ち上げて、何故か誇らしげに頬を吊り上げるエルザに向かい、ゴブろーくんは男としての尊厳を懸けて背筋を伸ばした。

 誘惑するような指使いで胸を揉みしだいていたエルザは、正気を取り繕うように真顔へ立ち戻ると、心底不思議そうに手元を見下ろして疑問符を浮かべる。


「アレェ、おかしいな~? 『なんだかんだと格好つけても、男はみんなオマエの胸を狙ってくるから気をつけろ』って、お兄ちゃんたちも言ってたのに……」

「いやどんなお兄さんだよ」


 頭痛が痛そうに額を押さえて嘆息しつつ、ゴブろーくんはぐんにゃりと徒労感に任せてテーブルに突っ伏した。

 ディアボロスフェア様の娘たちのアピールも熱烈(ヤンデレ)ではあったけれど。こうして見るとまだ分別はあった方なのだと、彼は自らの女運のなさを棚に上げる。


 そうこうしていると、ウェイトレスが出来立ての料理と安ワインを運んできた。


「お待たせしました、鶏肉とトマトの煮込みです。……それでその、失礼かもしれませんが、お客様はどのようなご関係なのでしょうか?」


 町の食堂らしく、肉や野菜がゴロゴロと入った煮込み。それを前にしたエルザは感嘆の声を漏らし、そんな彼女にウェイトレスが恐るおそる囁いた。

 すでにナイフとフォークを構えて臨戦態勢だったエルザは、キョトンとした半眼でゴブろーくんと見つめ合うと、またしてもムフーッと鼻息を吹かしてみせる。


「そこの店先でナンパされたの。このあと彼にお持ち帰りされちゃうんだよ☆」

「ナンパもお持ち帰りもべつにしてませんからねっ?!」


 もはや彼女の説得を諦めたゴブろーくんは、ヒイッとドン引きの形相で引き返していくウェイトレスへと全力の釈明を放った。

 もちろん、キッチンのヒソヒソが収まる気配はなくて。なぜこんなことになってしまったんだとマン化する彼を放置し、エルザはトロトロの鶏肉に舌鼓を打つ。


「どうしたのゴブろー? ほらほら、冷める前に早く食べようぜ☆」

「……イタダキマス」


 今回の件がなければリピートしただろうくらい、この店の食事は美味しかった。


 お腹ぺこぺこという発言にも嘘はなかったようで、エルザは追加オーダーまで交えながら魔族(ゴブろーくん)と同じ量をペロリと平らげてしまう。

 そしてぽっこり張り出た下腹部を至福の真顔で撫でると、マイハンカチでお行儀良く口を拭っているゴブろーくんに自嘲の笑みを浮かべた。


「デザートも頼むつもりだったけど、わたしもうお腹いっぱいだ~」

「そりゃこれだけ食べればね……。もしかして、朝も食べてなかったの?」

「町に着くまで三日間、川の水しか飲んでなかった。虫はあまり好きじゃなくて」


 なんとなくそんな気はしていたが、本家(エルザ)と比べるとサバイバビリティの低い娘らしい(私も虫は嫌いなんだけど?)。

 ゴブろーくんは溜息を飲み込むように残っていたワインを飲み干し、そこでふと異様に身軽な彼女の手荷物に気づいて、ヒクリと頬を引き攣らせた。


「あのぉ。まさかとは思うけど、ここの支払いって……」

「ん?」


 エルザはぱちぱちと半眼を瞬かせると、なんで今更そんなことを尋ねるのかといった表情で硬貨袋を取り出す。

 そこから転がり出たのは、たった三枚の銅貨で。食事代どころか雑穀パンも買えるか怪しい懐具合に、ゴブろーくんは彼女以上のジト目を作った。


「最初からオレにタカるつもりだったってこと?」

「照れ隠しならいらないよ、ゴブろー。わたしも社交の予習はバッチリだからね」


 トゲのある問い掛けにも全く臆することなく、エルザは自信満々に彼を見つめ返すと、両手を握り締めてフンスと力強く頷いてみせる。


「『男は女性に平時で驕り、代わりにデートでは奢ってくれるものさ☆』って、こっちはお姉ちゃんが教えてくれたんだよ!」

「いやどんなお姉さんだよ……」


 そもそもこれはナンパでもデートでもないのにと、それでも魔族一倍お人好しな彼は、ズタ袋からギルドで貰ったばかりの報酬を取り出した。

 その中身を覗き込んだエルザは「さすがゴブろー」と謎の拍手で称賛し、対するゴブろーくんも出来の悪い妹でも叱るような口調で彼女を見据える。


「そんな持ち合わせで、今夜の宿はどうするつもりだったのさ。冒険者ギルドも、簡単に終わらせられそうな依頼はなくなってたよ?」

「わたしも町まで歩き通しでクタクタだし、お仕事は明日からでいいかな~。とりあえず今日は野宿できそうな場所を探して……」


 などと、他人事のように明後日の方角を見上げていたエルザが、無感情な視線をゴブろーくんへと戻した。

 彼女の眼差しにざわざわと嫌な予感が背筋を駆けのぼったが。彼が胸の内を察するよりも先に、エルザがピースサインを決めポーズする。


「大丈夫、安心してゴブろー。一石二鳥()()()()()()のアイディアを思いついた」

「ウィンウィン……?」


 なにその擬音と目元をひそめる彼に、エルザはムフーッとしつこくアルカイックスマイルを返した。


 ひょっとすると半眼すらも“ただのポーズ”なのではなかろうかと感じつつ、ゴブろーくんはズタ袋を掴んで立ち上がる。

 そして、そのまま怯えるウェイトレスに二人分の料金を支払っていると、追いかけたエルザが腕に抱きついてこれ見よがしに胸を押しつけた。


「ゴブろー、ごちそうさま~。このお礼はちゃんと身体でお返しするね☆」

「……もしかして、わざと人聞き悪く言ってない?」


 屈託ないエルザの宣言に、ウェイトレスと店員は互いに手を合わせながら、オンナの敵!とゴブろーくんを畏怖して。

 ここまで来たら早々にこの町を立ち去った方がいいのかもしれないと、あくまで苦労性な彼は、菩薩が如き慈悲相で腕の感触から意識を逸らしていた。





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