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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
二冊目【テンノと私と彼女の裏設定】
77/824

□反撃のエルザ





 ――――――――――





 その悲鳴はもはや言語にすらならなかった。


 布団から上半身を起こしながら放たれたのは、吐き出した息が声帯を揺らしているだけの奇音。

 振り絞るようにそれを叫びつつけ、肺の中の空気がなくなっても必死に横隔膜を震わせた。


 普段開かれることのない半眼が限界を超えて見開かれ、乾燥以外の理由で眼球が涙を流す。

 開きっぱなしの口からは涎がこぼれ出し、引き攣り切った頬が今度は砕けんばかりに奥歯を噛み締める。


 衝動が止まらない。どうすれば止められるのかもわからない。

 とりあえず手元にある布団を握り締めて引っ張ると、上質なシーツの反発を受けて逆に私の指の関節が軋んだ。


 もっと。もっと。もっと。


 泣かなければ。

 叫ばなければ。

 暴れなければ。


 このままでは私の心が壊れてしまうに違いないから。


 それならいっそこんな脆弱な肉体など内側から弾けてしまえと、私は全身を痙攣させながら、天井を見上げてもう一度声にならない絶叫を放った。


「――エルザ様!!!」


 本当に肉体が爆ぜてしまう寸前、私は横から柔らかい何かに抱き締められた。

 その柔らかい何かは豊満な乳房で顔を包み込むと、両腕で私の頭をしっかり抱き留め、その頬で頭頂部に蓋をする。


 縋る相手を見つけた私は、布団から手を離してその矮躯にしがみ付いた。

 左手が彼女の華奢で細い後ろ腰を掴み、右手が彼女の白い翼の根元を掴む。


 それがメイド服を着たミルーエだと気付いたのは、窒息前に呼吸することに何とか成功した後で。

 私は母親に泣きじゃくる幼子のように彼女に抱きついたまま、胸の隙間から彼女の顔見上げた。


「落ち着いて下さい、エルザ様。貴女はちゃんとここにいますよ」


 優しく諭すように、ミルーエは慈愛の笑みを浮かべてみせた。

 私は何かを話さなければと口を開いた瞬間、肺よりもっと下の方から熱いモノがせり上がって来る感触を感じる。


 ダメ。

 お願いミルーエ、私から離れて。


 言葉に反して彼女から離れることができない自分を感じながら、私は小さく震える声で呟いた。

 それを聞いた彼女は、天使のような微笑みを浮かべながら頭を抱く手に力を込める。


「何も気にしないでください。……このままで、私は大丈夫ですから」


 ぁ……


 泣きたくて、笑いたくて、困りたくて、怒りたくて。

 色々な感情が綯い交ぜになった顔で頬を緩めながら、私は簡単に臨界点を迎えた。


 彼女の胸に顔を埋め、彼女に縋る手に思いっきり力を込めながら。


 私は彼女の腹部に胃の内容物を残らず吐き出した。





 ……本当にごめん。


 あれから三十分は経過しただろうか。

 いつもの三つ編み麻服姿に着替えて部屋の中途半端な場所に立ち尽くしていた私は、メイド服のエプロン部分を外して作業しているミルーエの背中に頭を下げた。


 ちょうどベッドのリネンを新品の物に交換し終えたミルーエは、えへへぇ~♪と緩い笑みを返してくれる。


「わたしの方から促がしたのですからぁ~なぁ~んにも気にしないでくださいよぉ~」


 うん、カワイイ(私に天使が舞い降りた)


 いや、でも、しかし。

 酒に酔ったわけでもないのに人に抱きつきながらけろけろしちゃうなんて、正直これ以上ないほどの人生の汚点なわけで。


『酒に酔ってたとしても十分人生の汚点だと思うぞ』


 ってかマスターって酒癖悪いよなーと。作業の邪魔になるからと窓辺に移動させられていた聖剣がボヤいた。


 了解。

 今度けろけろするときは“招聘(アポート)”したおまえに抱きつきながらその瞳にゼロ距離射撃してやるから覚悟しておけよ。


『……そんな鬼畜な発想がスルリと出て来るのなら、もう大丈夫そうだな』


 聖剣は嘆息するように瞳を閉じると、心からの安心した声でそう返事を返した。

 換気のために全開にされた窓から、爽やかな早朝の風が滑り込んでカーテンを揺らす。


 振り返ると、ミルーエが困ったように少し眉をしかめながら微笑んでくれていた。


「今日も例の夢を見られたのですかぁ~?」

『まったく、毎日毎日地獄の有様だな。これで何日連続だ?』


 知らん。一週間を超えたあたりから数えるのを諦めた。

 というか、最近はなんか日付の感覚すら曖昧になって来ちゃってるんだよね、私。


 それにしても今日のは本当にひどかった。何十人どころか、何百人分の死の記憶が一度に襲い掛かって来やがったんだよコンチクショウ。

 冗談抜きでSAN値ピンチって感じで、不定の狂気すらすっ飛ばして永遠の狂気に陥りかけてたさ。


 ぶっちゃけ、ミルーエのおっぱいがなければ発狂(そくし)だった。


「……その言い回しはやめてもらってもいいですかぁ~?」


 マンメンミ!と私がナイスを連打していると、ミルーエは本気で迷惑そうな反応を返した。


 だがしかし。こうも毎日悪夢にうなされ続けていては、精神衛生上よろしくないことは明白だ。

 いくら私がゾンビメンタルの持ち主とはいえ、再生を上回る速度でダメージを与え続けられたらそのうちやられてしまうかもしれない。


『最近のマスターはいったい何キャラを目指してるの?』


 そんなわけでミルーエッセンスの定期的な摂取が現在の私には急務というわけなのだよ!

 できればもう一度ぱふぱふさせて下さい!!


『ここまで引っ張って結局正直にお願いしやがったぞ!? オレっちのマスターってば勇者かよ?!』

「……べつにいいですよぉ~?」


 最初から真の勇者だったやない↓かーい↑と、漫才していた私と聖剣は「はい?」と仲良く小首を傾げてミルーエに振り返った。

 ミルーエはくるくるとボブカットを弄りながら、シブシブというかソワソワといった感じに目を逸らす。


「エルザ様がそれで安心できるのでしたらぁ~。少しくらいしてあげてもいいですよぉ~?」


 ……


 …………


 ………………み


『み?』


 ミルーエがついにデレた!!

 やった! とうとうここまで来た! コツコツと好感度を溜め続けてた甲斐があったよー!


『なあハピオン。おまえ、こんなマスターが……で本当にいいのか?』

「……」


 本当に長い道のりだったーと私が涙をちょちょぎっている脇で、聖剣がミルーエにボソボソと何かを問いかけていたが、そんな些事はこの際どうでもいいのだ。


 さて、マドモアゼル?

 気が変わってしまう前に、それではさっそくおぱふぱふをさせていただくとしようかな?


『微妙に紳士淑女な立ち振る舞いなのが逆に気持ち悪い』


 聖剣のツッコミを華麗にスルーしながら、私はミルーエを急かすように半眼をキラキラさせながら両腕を広げた。

 やれやれとわざとらしい溜息を吐いたミルーエは、仕方がなさそうにこちらに近づいて私の頭を胸に抱く。


 絶対的ボリューム感と微かな彼女の体臭が織りなすハーモニーは、布地越しでも私に紛れもない極楽浄土のイメージを見せてくれた。

 私はどさくさ紛れに下乳へ両手を添えながら、五感の全てを総動員してあますとこなく仏の慈悲を甘受する。


 夢の中で幾度となく男性の感覚を学習したからであろうか。

 何も存在しないはずの股下が、なんだか妙にムズムズしているような気もするぞ。


 ああ、今わかりました……

 宇宙の心は彼女だったのですね……


『完全平和主義者でも助走つけて殴るレベル』

「……エルザ様、もう辞めてしまいましょうか?」


 ふぇ?


 ミルーエに囁かれて、私はキョトンと半眼を丸くしてミルーエを見上げた。

 てっきり嫌悪感に歪んでいると思われたミルーエの顔は、どころか心苦しそうに私のことを案じてくれていて。


「エリー姐さんの実験の影響か、それともテンノの術数なのかは分かりませんが。でもここ最近の私たちの活動がエルザ様の精神に影響を及ぼしているのは間違いありません。……このままでは、真実を解き明かす前にエルザ様がダメになってしまいます」


 ……


 ……


 ……


 ああもう、本当にこの娘は。

 そんなしおらしい表情で引き留められてしまったら、何が何でも成し遂げてやりたくなるじゃないか。


『マスター……』

「エルザ様……」


 よし、これにてミルーエッセンスの補充完了。メンタルリセットだ。

 私はガバッと谷間から顔を放すと、ハツラツとした笑顔でミルーエに白い歯を見せる。


 私の無茶ぶりに応えてくれてありがとう、ミルーエ。


 私を引き留めてくれて、本当にありがとう。


 おかげで吹っ切れた。

 完全に踏ん切りがついた。

 最後の未練が断ち切れた。


 こうなったらもう容赦しない。

 平々凡々普通のヒュームはしばらく休業だ。


 全身全霊を籠めてテンノの顔面に砂をぶっ掛けてやる。

 私の人生に下らん茶々を入れてきたことを後悔させてやる。

 私の天使にこんな顔をさせやがったことが最大の敗因だったと教えてやる。


 女の子にもなあ、意地があるんだよ。


 ――私を泣かせたらどれだけ面倒臭いか、その魂に刻み込んでやる!!


 こうしちゃいられない。

 行くぞ聖剣、フォウリー様のところで作戦会議だ。


 半眼に決意を灯した私は、ミルーエを振り切ると踵を返して聖剣へ近づいた。


『作戦会議って……何かあてでもあるのかよ?』


 聖剣を拾って背中に装備すると、聖剣が若干戸惑いがちに尋ねて来た。


 わざわざ聞く必要などないだろう?

 そんなものはない。どうしようもなくノープランだ。


 でもな聖剣。

 明言したことはなかったけれど。私ってば、やらないで後悔するよりやらかしてから大笑いするタイプなのだよ。


『知ってた』


 ズバッと切って捨てた聖剣だったが、その声色はどこか優しく楽しげだった。

 私はファサッと三つ編みを掻き上げると、半眼を歪めて魔王様のように邪悪な笑みを浮かべた。


 撃鉄を起こせ。天使どもから喇叭を奪い、反撃の狼煙を上げろ。


 ――さあ、虐殺だ!!





――――――――――――――――――――

world:デイリーダイアリー

stage:魔王城 90日目

personage:エルザ

image-bgm:RESISTER(ASCA)

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