あるテンノの最後
世界は斯くして終焉を迎え果てた。
魔道が事象の善悪すら支配する世界。
悪なる大王の破滅と聖なる王国の復権。
正しくない者たちの排除と正しくあった者たちの保護。そして和解。
全てを救えたわけではないが、半数は救えた。
全てを守れたわけではないが、半数は守れた。
ならば、それで良しとしなければならない。
それを良しとしなければ、我らはその半数すら救うことができなかったのだから。
それ故に。
数百年の確執を乗り越えて、大団円はここに為ったのだ。
新しい過去を創るために。これからの現在を乗り越えるために。
その国は、ひとときの祝いの宴を楽しんでいた。
終わり囃子を終えた後の物語。
本来語られる必要のない舞台袖の物語。
王国の全てを見渡せる丘の上に立ち、某はその最後の幕間を遠くに眺める。
『……終わったな』
某の装着する爬虫類のような鱗状の全身甲冑。その首筋に開いた小さな瞳から声が発せられた。
某は青い空を見上げる。首に巻いた赤く長いまふらあが、一陣の風に流され大きく揺らめく。
是非もない。
これであの王国の千年の平穏は約束され、それにより物語は見事はっぴいえんどで幕を下ろした。
これにて演目の終幕は降り、この世界は静かなる喝采に包まれながら役目を終える。
『そして私たちの役割もここで終わり、か……』
それこそ、是非もない。
元より某たちは異質の存在。本来この世界に存在すらしなかったはずの者。
そんな我らが彼らと共にかあてんこおるに登ろうなどと、それこそお門違いも甚だしい話だ。
『たしかに、その通りだな』
甲冑は――らんどるぎあは瞳を閉じると、これまでの長く短い旅路を思い返すように感慨深く呟く。
某は、思い返す必要もない。
元より此度の人生は想定外の贈り物。
為すべきを為せず。
果たすべきを果たせず。
謀略と失意の中で人生を終えた某に与えられた、毀誉褒貶の後語り。
だからこそ、この次なる生は影であり。
だからこそ、この後なる生は闇であった。
『楽しかったぞ、マスター。あんたの誉れ高い甲冑に生れたことこそが、この無様な鎧人生のせめてもの慰みだった』
某もだ、らんどるぎあ。
貴公のような誇り高い甲冑をまとえたことは、我が第二の生においてこれ以上ない喜びであった。
『……さて』
それでは逝くとしようか。
某はらんどるぎあと声を合わせると、舞台を決して汚さぬよう、淀みなく戸惑いなく厳かにその場に座した。
正座をし、姿勢を正し、後ろ腰から取り出したるはこれまで某の戦いを支えてくれた短刀。
それを己が前に供えてから、某はもう一度眼下の王国を見下ろす。
米粒程度にしか見えない城も家々も、今の某には目の前に在するが如く鮮明に捉えられて。
その中に、幸せそうに抱き合う王子と妃の姿を確認した某は、分不相応と知りながらも目を細めて二人の幸福を祈る。
『本当に良かったのか。あいつらに別れの挨拶をしなくとも』
無用なり。
告げれば引き留められよう。
引き留められれば覚悟が鈍ろう。
魔道の消えたこの世界に、某のような特異能力者などただの異物でしかないのだ。
異物は異物らしく、弾かれ謗られ校正と校閲を受けて、地の文からすら消えるが定め。
――そしてなにより、某たちテンノの戦いはまだ終わってはいないのだから。
次なるテンノのためにも、この血の誓いは返さなければならぬ。
『……武士道とは死ぬことと見つけたり、ってか?』
常住死身。なるほど、つまり某はまごうかたなき“葉隠”であったわけか。
ハッハッハッと、某は高らかに笑い声を上げた。
らんどるぎあはそんな某を見つめながら遠い青空を見上げる。
『マスターのそんな笑い声、初めて聞いたよ』
それは異な物言い。
某もテンノである前に人の子であった者なれば、泣きもすれば笑いもする。
……ただそれだけの、人にも成れない物であった。
喋りすぎたであろうか。
某はいよいよ短刀を手に取ると、胸を張って腹を突き出した。
見上げれば、青い空には白い太陽がぽっかりと穴を開けていて。
そこにおわすかテンノの開祖よ!
貴殿より戴きしこの天命、“首”を揃えてお返しいたそう!
某は威勢よく名乗りを上げると、己が脾臓に短刀を突き立て一文字に切り開いた。
それでは足りぬと持ち手を変えながら、今度は鳩尾から丹田へ掛けて甲冑ごと腹部を縦に割いた。
『見事だ、今代のテンノよ! 此度の働き、誠に大義であった!!』
らんどるぎあはもてはやすように宣言すると、甲冑の自爆装置を稼働させた。
装甲の継ぎ目に赤い光が走り、それが某の全身を包み込んでいく。
光が臨界点に達し、存在の全てを影も残さぬ塵芥へと変換する寸前。
はるか遠くの王国で。二人の主人公が某に目を向けたような気がした。
「然り。醜悪なる異国の外道は暫くの御暇を頂きまする。……これにて御免!!」
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world:デイリーダイアリー
stage:魔王城 72日目
personage:エルザ
image-bgm:亡霊達よ野望の果てに眠れ(飛蘭)
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