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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
一冊目【脳筋魔王様とツッコミどころの多い仲間たち】
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□補足5:不始末の後始末





 クーデターの事後処理は驚くほど早く、具体的にはおよそ半日で終了した。





 ウォルカーとの一騎打ちを目撃した“人間許さない派”の皆さんはすべからく投降し、魔王様と四天王の前に文字通り平伏した。

 現場に居なかった魔族も、そのほとんどが魔王様帰還の報を受けて武器を落として、それでも抵抗を続けようとした者たちはディアボロスフェア様の手でことごとく打ち倒され拘束された。


 いやはや。アレはこんな一文で省略しちゃうのがホント勿体無いぐらいの、天下無類国士無双ダブル役満の大活劇だった。


 柳葉刀一本サラシに巻いただけのディアボロスフェア様が、立ち塞がる魔族を千切っては投げする様は、まさにタクティカルアクションと言った格好良さで。

 むしろ極限まで肉体を鍛えれば、ウォルカーのような移動系魔法を使わずともあんな超高速の立体機動が可能になるのかと正直感動してしまった。


 ……まあ、そんなディアボロスフェア様の頭の上で呑気に欠伸を伸ばしていた黒猫の胆力にも、いろんな意味で戦慄させられたのだが。


 そんなこんながあって。多少の怪我人は出ていたものの、幸いにして死亡するにまで至った魔族はおらず。

 メンド長さんを含めてウォルカーに斬られてしまった者たちも、メイド部隊の応急処置の早さと駆けつけたフォウリー様の治療が功を奏し、無事峠を越えて意識を取り戻すことができた。


「というか、むしろ以前より体調が良くなっているように存じるのですが?」

「せっかくの機会だから、臨床試験がてら新作のヒールポーションを投入してみたのよ。新陳代謝が上がりすぎて、しばらく体力を奪われるかもしれないけど。そうだ、効能に関して後日レポートを提出してもらえるかしら?」

「……」


 すみません。メイド長さんに助けられたご恩は一生かけてでもお返しするつもりですが、お願いですから今はそんな目でこちらを見ないでください。


 結論として。


 城中引っ掻き回してどったんばったん大騒ぎしたわりには、最終的な死者はウォルカーさんただ一名のみと、実に平穏な実績を残してクーデター騒動は幕を下ろしたのだった。

 ……などと、そんな簡単に済まされるような事態ではもちろんないわけで。


 故ウォルカーさんの思惑が何処にあったところで、多くの魔族が人間(わたし)の排除を訴えて反乱を起こした事実には変わりなく。

 今回クーデターに加わらなかったと言っても、私が魔王様のペットであることに不満を抱えている潜在的テロリストが山のようにいるのを想像すれば、それで話を終わりにすることなど出来はしなかった。


 それじゃあ、魔王様たちはどのようにしてこの逆境を乗り越えるのだろうかと。

 私がちょっぴり興味本位で成り行きを見守っていた矢先、魔王様は拘束した反乱兵やそれ以外の魔族たちも、全員を“謁見の間”に集めてこう宣言したのだ。


「おまえら、まだるっこしいんだよ! 不満があるなら聞いてやる。喧嘩を売りたいなら買ってやる。文句があるならウダウダと雑魚同士で小競り合ってないで、ドンと構えて俺様に直接言いに来やがれ! 分かったか!!」


 シャラップ魔王様、そういうのを火に油を注ぐと言うのです。


 というか、魔王様に直訴したところで最後には『だったら俺を倒せ』みたいな展開になっちゃうじゃないですか。

 むしろそうやってドンと構えて魔王様に直接不満をブチ撒けた魔族の末路が、いわゆるウォルカーさんなのですからね?


 まったくもー、仮にも大隊長クラスの魔族を気軽に殴り殺しておいて、よくも図々しく言えたものですよ。

 ようやく真面目に魔王様らしいことをしてくれるのかと期待していたのに、有能な怠け者どころか無能な働き者では何の意味もございません。


 なんかもうお願いですから、残りの火消し作業は全部ガルトライオ様に任せて魔王様は何も喋らないでください。

 あとついでに可能なら、一思いに呼吸も止めちゃってください。先ほどお召し上がりになられた香草スープの臭いがこちらまで届いて不快なんですよ。


「……こんな小動物ですらこれだけ面と向かって大口叩けるってのに、てめぇらそれでも恥ずかしくないのか?」


「「「「「 ……………… 」」」」」


 私の頭頂部に特大のゲンコツを落とした後で、魔王様は“支配者の威厳”を発しながら眼下の魔族たちを睨みつけた。

 それに意見できる魔族がこの場にいるはずもなく。痛む頭を擦りながら脇を盗み見ると、くたびれた表情のガルトライオ様が「いいから貴様はもう喋るな」と殺気混じりのアイサインを送っていた。


 魔王様が上から抑え込んで、ガルトライオ様が下から丸め込む。

 結局のところ、この国はそうやってなんとなく上手に回っているのだろう。


 ――話題は変わって、ミルーエ関係の話だ。


「ですからぁ~、百年前に討伐された先代の“大魔王ヴァナルガンド”というのはぁ~わたしのひい御爺様にあたる御方なのですよぉ~♪」


 あー、えっと、うん……

 情報としては認識できているんだけど、いまだに脳が理解を拒んでてね……


 ミルーエ・フォン・デュ・チヨコレイトとは仮の名前。

 その本名はミルーエ・フォル・デルレイトであり、また彼女は四天王マックロック・ロスケという二つ名も使って、魔王軍の陰で暗躍していたのである。


「戦争中もロスケとして戦線に立つことはほぼありませんでしたしぃ~名前と設定だけを独り歩きさせた偶像ような存在なんですけどねぇ~」


 そう言って耳を揺らすミルーエの姿に、私は複雑な表情で頭を持ち上げた。


 ロスケのアトリエにて私が興味を惹かれた油絵の肖像画。

 何を隠そうあれこそが、教会で語り継がれる邪悪な大魔王その人で。信仰心など微塵もないこの私ですら『古の勇者が魔王を討伐する図』の宗教画だけは目撃したことがあるくらい、人間社会ではメジャーな魔族の一人だった。


 地を割り天を砕くほど苛烈で暴虐だった大魔王の子孫。それがこんな可憐な美少女だなどと告げられて、はたして何人の司祭が信じることができるだろう。

 実際私も、何度彼女に説明してもらってもその真実を受け止めることができず、暴れる三つ編みを握り締めたまま唸り声をあげ続けていた。


 今から五年前の、魔王様が王権を主張する以前。


 幼少期のミルーエは、ウォルカーさんら大魔王ヴァナルガンドの復権を望む魔族たちに囲われ、次代の魔王として祀り上げられていた。

 そこへ当時風来坊だった魔王様が軍勢を率いて乗り込み、ミルーエの命と共に“魔王”の座を簒奪した。……表向きにはそういう話になっていたらしい。


 しかし本当のところを言えば、ミルーエの境遇を知った魔王様が彼女を殺したことにして、王座を奪って他の眷属たちを強引に抑え込んだと言うのが真相で。

 それ以降の五年間、ミルーエは四天王兼メイドとして、ずっと魔王様の庇護下に置かれていたのである。


 ……私もたいがい波乱万丈な人生を歩んできたつもりだったけれど。

 ……キミも子供の頃からずいぶんと壮絶な魔族生を送って来たんだねえ。


 ふと彼女の境遇と胸の内を想像した私は、思わず同情的な顔で彼女を見据えた。

 ミルーエはそんな失礼な私にもニパッと天使の笑顔を返すと、翼を大きく羽ばたかせながら可愛らしく両手を合わせる。


「あまり深く考えないでくださいよぉ~。わたしがメイドのミルーエでぇ~エルザ様のお世話係であることには変わりないのですからぁ~♪」


 ……本当にいいの、ミルーエ?


「はぁ~い、よろんでぇ~♪」


 ミルーエは私の愚問に戸惑いなく返事を返し、私も彼女のありのままを受け入れる決心をして三つ編みから手を放した。

 そうして二人で穏やかに見つめあってから、ようやく私はギギギッと首を鳴らして、ここまで目を逸らしてきた背景の映像にピントを合わせる。


「……あうう……あううあー」

「け、けへへ、けへへへへっ」

「ぽぴー、ぽぴー、ぽぴぴー」


 私たちの後ろには、見事に頭がアッパラパーになってしまっている“人間許せない派”の皆さんが転がっていて。

 瞳孔の開いた瞳で虚空を見上げていたり意味不明な言語を繰り返していたり、アヘ顔ダブルピースをしていたりと、全員惨憺たる有様だった。


 これは何事かと問われれば。


 言わずもがな、ミルーエの正体はこの国のトップシークレットであり、彼女に関する箝口令はこれからも変わらず継続されていくことになる。

 そのため前回のシーンを目撃してしまった魔族は、ミルーエ自らの手で記憶を改竄する魔法が掛けられることになったと言うわけだ。


 そして、その結果がこの惨状なのである。


 ……あのー、ミルーエさん?


「明日の朝には元に戻りますから安心してくださぁ~い。――たぶんな」


 よし、私は何も聞かなかったぞー!


 ってか、私の記憶は消しとかなくていいの? いやべつにアッパラパーになりたいわけじゃないけどさ。

 でも私はこの通りお喋り娘だし、もしかしたら何かの拍子にうっかり口を滑らしちゃう可能性だって考えられるんじゃない?


「そのときはそのときと言うことでぇ~♪」


 それって私のことを信頼してくれてるんだよね?

 間違っても『口を滑らしたらおまえもアッパラパーにしてやるからな☆』とか脅迫的隠喩を込めてたりはしないよね?


 冷や汗を垂らして必死に予防線を張る私に対して、ミルーエは天使のようにはにかむだけで何も答えてはくれなかった。

 まあ、それでこれからも彼女との日常が続けられるのであれば、深いことは考えないようにしようと。私は頭を掻きながら明後日の方角に視線を逸らす。


 ……

 …………

 ………………


 ねえねえ、ミルーエたん。

 ちなみにアトリエに置いてあったあのえっちぃグッズって――


「えへへぇ~♪」


 うん、カワイイ(あ、何でもないです)


 とにもかくにも。私とミルーエはその場で固い握手を交わして、再びかりそめの主従契約を結んだのだった。





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