□謎解きはケイジのまえで
「……あのー、本当に司令には御内密でお願いしますね?」
東側の城壁沿い。保育所がある区画と同じ並びには、城で働く衛兵らが普段詰めている兵舎が存在していた。
魔王様を見送った足でそこに赴いた私とミルーエは、事務所で総務に追われていた兵士にとある頼み事をして。その話を聞いてくれたゴブリンさんが、渋々ながらも私たちを事務所の奥へと案内してくれた。
彼は階段の裏側に拵えられた鉄格子の扉前で足を止めると、腰に付けていた鍵束から形の合うレバータンブラーを取り出す。
「それにしても牢屋の見学がしたいだなんて、いったいどんなご用件なのですか? 誰か獄囚が収監されているわけでもありませんよ?」
ですから、先ほどお話ししたように単なる暇潰しの探検ゴッコですよ。
私が以前暮らしていた領主の館には、こういう施設ってなかったんですよね。
鬼の居ぬ間に何とやら。せっかくガルトライオ様が不在のこの機会、彼が立ち入りを許可してくれなさそうな場所を見て回ろうと決意した次第なんです。
そうだよね?ミルーエたん☆と、私はあからさまに乗り気でない表情で後ろに控えていたミルーエに微笑みかけた。
ミルーエはしどろもどろに頷き返し、ゴブリンさんはガチャガチャと鍵を回しながら、そんな彼女の顔から足先までをチラチラと覗き見る。
「お待たせしました、どうぞ。入って左手にランタンが掛かってますので……」
ゴブリン的にも彼女の美貌は愛慕の対象になるのだろうかと。パチパチと半眼を瞬かせていると、ゴブリンさんが鉄格子を開いてこちらに振り返った。
気を取り直して三つ編みを奮わせた私は、ミルーエの手を引っ張りながらその薄暗闇へと足を踏み入れる。
「下はかなり湿気っぽいので、足を取られないように気をつけてくださいね。私はあちらで作業してますので、お帰りの際は一声かけてください」
人間の私にも丁寧に頭を下げてくれる、何とも礼儀正しいゴブリンさんに会釈しつつ、壁に並んでいたランタンをひとつ手に取った。
そしてミルーエの魔法で芯に火を点けてもらい、地下へ向かって伸びている先の見えない下り階段を肝試し気分で照らし出す。
……おおう、思ってた以上に物々しくて雰囲気が出てるね。
「てきとうに追い返されるものとばかり思っておりましたのにぃ~」
階段をトコトコ降り始める私の姿を眺めていたミルーエが、ガッカリと肩を落としながら仕方なさそうに嘆息を漏らした。
そして大きな翼をギュッと縮こめると、灯りのギリギリ隅っこを付いてくる。
「まったくもぉ~。いくら司令が不在だからと言ってもぉ~わたしたちの城の安全管理はいったいどうなっているのでしょうねぇ~?」
あれ、ミルーエたんは気づかなかったの?
あのゴブリンさん、ずいぶんとキミにご執心だったみたいだけど。
「わたしにぃ~?」
本気で思い当たるフシがなかったのか、ミルーエは訝しむように眉をひそめて三つ編みを見据えていた。
そんな彼女の反応になんとも罪なオンナだと苦笑しつつ、私は石造りの冷たい壁にそっと右手を添える。
わりと手入れされてるみたいだけど、それでもやっぱりちょっとカビっぽい。
……いつもは物置代わりに使用されてるって言うあのゴブリンさんの説明も、特別間違いでもなさそうだね。
「と言いますかぁ~そろそろ教えて頂けませんかぁ~? どうしてロスケ様を探すのに牢屋へ足を運んでおられるのですかぁ~」
ミルーエはむうっと可愛らしく頬を膨らませると、興味深そうに辺りを照らして動く私を物言いたげに見つめてきた。
ランタンの薄明かりでそれを確認した私は、フフフと喉を鳴らし、語り部を叱咤激励する名探偵のような嘲笑を浮かべてみせる。
聞いてくれるかい、ミルーエくん?
私がロスケ様の隠れ家を推理するに至った理由はいくつかあるのだけど。――端的に言えば、単純な消去法の問題だよ。
「消去法、ですかぁ~?」
なんのこっちゃとミルーエが口角を下げ、私は頷きながら正面に顔を戻す。
いやまあ、これは格好つけるほど難しい話じゃなくてね?
この一ヶ月間、私だって伊達にゴクを潰していたわけじゃない。日記帳のネタになるものを探して、城の方々を巡り尽くしていたんだよ。
……だと言うのに、私はロスケ様が寝泊まりしていそうな私室どころか、彼の仕事場すら見つけることが出来なかった。
「いつの間にそんなことを……」
彼が引き篭もれそうな部屋が城に用意されていないのであれば、次に着目すべきは隠し通路や秘密の小部屋でしょう?
だから今度は見取り図を作成して、城のどこかに余白がないか探った。しかし結論から言えば、この城にはそんなデッドスペースすら存在しなかったのさ。
しかしその一方。入浴施設の地下大浴場間取りを逆算すると、あったんだよ。
不可思議に空いている、浴場にも上下水道にも使われていない謎の空間がね。
「城に空き地がないなら地下にあるはずだとぉ~? お言葉ではありますがぁ~もしかすると城下町や全く別の土地に居を構えているのかもしれませんよぉ~?」
もちろん、そういう可能性だって十分に考えられるのだろうけど。
私が気になったのは、聖剣騒動でのガルトライオ様の失言なんだよ。
「司令の失言?」
階段が終わり薄暗い廊下が現れたところで、私は足を止めてミルーエを迎えた。
そしてランタンに浮かぶ彼女の怪訝な表情に、ニヤリと魔王様のように小憎らしく頬を吊り上げる。
宝物殿の階段を登っていたときのことさ。私のボケに反応して、ガルトライオ様がこの地下牢の話題を出したことがあってね。
その直後に、ガルトライオ様は私に向かって『最初の収監者になってみるか?』なんて古典的なボケを披露してくれたんだよ。
「それがどうしたと言うのですかぁ~?」
こちらの言わんとしていることをそこはかとなく察したのか、ミルーエは尖った耳をピクリと動かして。
私はそんな彼女にゆっくり頷き返すと、ランタンをかざして廊下の両側に並んでいる鉄格子の列を見通す。
あの堅物のガルトライオ様が、頼まれてもいないのに下らない冗談を口にした。
皮肉や嫌味ならともかく、使い古されて袖も通せなくなったようなボケを、よりにもよってこの私に投げつけてきたんだよ。
――これは“智将”にとって決してあるはずのない失言だ。
直後に『疲れている』とか慌てて言い訳していたけれど。自らそんな弱みを見せてしまうことにも、私はだいぶ違和感を感じたね。
いやむしろ、激務の最中に魔王様と私に連れ回された所為で、あの日のガルトライオ様は冗談抜きで疲労困憊だったのではないかな?
「……」
普段の冷静沈着なガルトライオ様であれば、きっと地下牢の話題など口に出さなかっただろうし、万が一洩らしてもさらりと流すことが出来たのだろうけど。
心身共に疲れきっていたからこそ、彼はうっかり零れた『地下牢』という単語を誤魔化そうとして、慣れないボケを振り撒いて私の思考を逸らした。
……この地下牢にそれだけの“秘密”があると仮定すれば、彼の迂闊なピタゴラスイッチにも説明がつくと思わないかい?
以上。推理という名の女の勘を披露し終えた私は、再びミルーエに振り返った。
そして彼女が諦めたように頷き返すと、自尊心が爆発してデレデレと身悶える。
でっへっへー☆ どうどう、結構良い感じに名探偵できてたんじゃないかな?
私ってばひょっとして灰色の脳細胞を持って生まれて来ちゃったのかも、とか?
「――あのクソ蛇野郎っ」
惚れ直してくれてもいいよ (*ノдノ) などと照れ笑っている私の眼前で。
眉間に青筋を浮かべて奥歯を噛み締めたミルーエが、裏社会のドンのように低い声色で忌々しげな舌打ちを放っていた。
しかし、このときの私は彼女の振る舞いには露ほども気づかずに。
しばらくして我に返ったときには、ミルーエも元の天使の笑顔に戻っていて。
「でもでもぉ~もしかしたら魔法でお部屋を隠してるかもしれませんよぉ~?」
うん、まあその可能性についてもちょいと自論がありましてね。
……宝物殿でガルトライオ様から魔法の明かりを借りたときに感じたんだ。
自覚があるのか無自覚なのかは分からないけど。キミたち魔族って、言うほど魔法を信頼してないんだなあって思うのですよ。
「ふぇっ?」
人間の私にしてみれば、魔法なんてまさに夢のチート能力なんだけどさ。
でも、そのわりには“伝心(テレパス)”とかメイド長さんのSNSとか、初級魔法のクセして日常生活ではほとんど使われてないじゃん?
私がこのことを魔族に尋ねると、決まって「誰かに魔力を辿られて盗聴されたらヤだし」って返答が返ってくるんだよ。
これって人間社会の基準で考えると、特に生活の利便性的な側面で考えると、かなり異様な光景に見えちゃうんだよね。
「そ、それは……」
ここからは、ヒュームである私の完全なる独断と偏見。
おそらく能ある鷹のように。もしくはいい大人が自分の趣味を押し隠すように。
体内で魔力を生成できるというのはキミたち魔族のプライドであり、同時にそれを外へ放出することがコンプレックスにもなってしまっているんじゃないかな。
だからキミたちは、“魔族”なのにあまり大っぴらに魔法を見せびらかさない。
使うときも実に慎ましやかに、軽く指を鳴らすような感覚でサッと使ってパッと終わらせるし、それで対価を求めたりもしない。
自らの象徴であるが故の絶対不可侵領域。
それがキミたち魔族にとっての魔法の有り様なんじゃないかなって、私はそんな結論に至ったというわけさ。
「……」
だからこそ、最強の大魔導師であるはずのマックロック・ロスケよりも、筋肉で全てを解決できてしまう魔王様の方があそこまで持ち上げられているんだと思うんだけど……ここかな?
語りながら左右を見回しつつ廊下を練り歩いていた私は、最奥の個室の前でピコンと三つ編みを持ち上げる。
地下牢はたしかに物置代わりとなっていて、この牢にも木箱や使われていない小道具が雑に放置されていたけど。確証バイアスを通して見た私の半眼は、不自然に積もった埃の下にある、誰か人が通ったような跡を見逃さなかった。
ロスケ様も魔法を信頼できない魔族の一員であるとすれば、残るは物理的な方法で部屋を隠蔽するしかない。
となると、お約束なのは壁や床に偽装した隠し扉の存在だ。
牢屋の内壁。岩壁と岩壁の隙間に指先ほどの小さな石が挟まっているのを発見した私は、その小石を迷わず指で押し込んでみる。
すると、ガゴン!と重厚感を持った物音が鳴り響いて正面にある壁のロックが外れ、人一人くらい余裕で通れそうな洞穴が顔を出した。
イエス!!!
いや実際ここまで上手く行くなんてこれっぽっちも考えてなかったけど!
イイじゃんイーじゃんスゲーじゃん! もひとつついでにアゼルバイじゃん!!
「……エルザ様」
一人で万歳三唱を繰り返していた私に、ミルーエがどこか放心した様子で歩み寄り声を掛けてきた。
私はおっといけないとランタンを持ち直して振り返り、そんな私にミルーエが翼を揺らして小首を傾げる。
「今のエルザ様ぁ~とっても吟遊詩人みたいでしたよぉ~♪」
まるでエルザという人間を根本から見直すように。満面の微笑みを浮かべたミルーエは、そう言って唐突に私のことを褒め称えた。




