□暇を持て余した我々の遊び
……ウソでしょ、本当に行っちゃったよ。
城壁の東側にある兵隊用の裏門から、お尻を出した子一等賞感覚で砂塵を巻き上げ遠ざかっていく魔王様の尻尾を眺めながら。
ミルーエと並んでその出陣をお見送りしていた私は、三つ編みを揺らしつつ唖然とした顔で溜息を吐いていた。
空を見上げれば、ガルトライオ様やフォウリー様らが編隊飛行を始めていて。さらにディアボロスフェア様たち飛べない勢も、早馬をいななかせて陸路で彼らの後を追いかけていく。
人間の首都に乗り込もうというわりには少数精鋭の印象を受けるかもしれない。
それもそのはず、大多数の兵団は当の昔にディシオルへ向けて進軍を始めており、ちょうど現地で合流する流れになっているらしかった。
それでも、魔王様が先陣を務めるのは如何なものかと苦言を呈したかったが。
ちょっと友達ン家に遊びに行ってくる!みたいな気軽さで走り出した魔王様に対して、私は小さく手を振り返すことしかできず。
……ってか、私たち以外にお見送りの魔族がいないのはどういうことなの?
「皆さんそれぞれにお仕事がありますからねぇ~? いちいち魔王様にかまってるヒマなんてございませんよぉ~♪」
右斜め後ろで深々と頭を下げていたミルーエは、いつも以上にニコニコの笑顔を持ち上げてバサリと翼を広げた。
その様はまさに『親が旅行でいないこの数日間、自由を満喫するぜ!』と羽根を伸ばした中高生のようで。メイドにとって魔王様はそこまで畏れる相手なのだろうかと、私はちょびっとだけ疑問を感じる。
というか、私が言うのもなんだけどさ。
ミルーエたんもちょくちょく魔王様の扱いが雑になるよね?
「魔王様もわたしたちの扱いが雑なのでぇ~それでおあいこ様ですよぉ~だ♪」
うん、カワイイ(ここの魔王様って本当に慕われてるの?)
なんにしても、ミルーエの機嫌が良いのだから野暮は言わないでおこうと。私は苦笑混じりに踵を返すと、門兵さんに会釈しつつ城壁の中へ引き返していく。
でも不思議なものだ。ミルーエの笑顔を見ていると、私もホッコリしてしまう。
……これはきっと、前世で私たちが夫婦であった魂の証明なのではないかな?
「あらあらこんにちわぁ~♪ 今日は裏の果樹園のお手伝いですかぁ~?」
お願いだから聞いて?
キメ顔でさり気ない愛の告白をしていた私を完全放置して、ミルーエはすれ違いのメイドさんらにペコリと頭を下げた。
大きな手袋とガーデンハットを身に着けたメイドさん(よく見ればいつだかの咎無き二人だった)は、私たちに仰々しく礼を返しながら城門を出ていく。
……それにしても、この城はちょっとアットホームすぎやしないかい?
魔王様と下々の者の距離感が近すぎるというか、人間社会で生きてきた私からしたら、些か不用心な気がするんだけど。
半眼を正面に戻した私は、そびえ立つ魔王城を見上げながら独り言ちた。
もちろん「人が生み出した封建制度の方がシステムとして成熟している!」なんて強弁するつもりなど毛頭ないが。
それでもこの地で丸一月を生活した私の目には、鉄壁の防壁も荘厳な城砦も、全てが田舎の農村に貼りつけたハリボテの勇ましさに映っていた。
まるで鍵を掛ける必要性がないコミュニティのように。
魔族を繋げているのは契約でも規約でもなく、互いを思いやる絆なのだと。
「……エルザ様の仰る通りかもしれませんねぇ~」
私の持論を黙って聞いていたミルーエは、広げていた翼を丁寧に畳みつつ、どこか自嘲するように眉をしかめて苦笑した。
そして一緒に城の天守を見上げると、何かに想いを馳せるように目を細める。
「元来、私たち魔族に街や城を築くという風習はなかったのです。あるのは敵対勢力を排除し権威を示すための“砦”だけで」
たとえば、ゴブリン族が数十人程度の部落を好んで形成するように。魔族にとっては“部族”こそが街であり国の役割を果たしていた。
それによって身内間の結束は強くなるが、代わりに主義主張の違う部族が頻繁に衝突し、下手をすれば同族同士の殺し合いに発展することもある。
そんな血みどろの魔族社会だからこそ発生したのが、実力ある者が全てを統括するべきだという“魔王”の概念なわけだ。
「しかし、五年前に魔王様が王権を主張した際、ガルトライオ司令は同時に社会の構造改革を呼びかけました。彼は街を作り城を築いて、私たちに国家という枠組みをもたらしたのです」
当然ながら、最初は多くの批判と混乱が巻き上がったけれど。智将様の孤軍奮闘により、この国は僅か五年でここまでの体裁を整えた。
それこそが、私の抱いたチグハグさを生み出す要因となっているのだろう。
「果たしてどちらが魔族の生き様として正しい姿なのか。私たちはまだ、その答えを得ることが出来ないでいるのです」
でも、ミルーエの“答え”はもう決まっているよね?
「えっ?」
満面の笑みで問い直すと、ミルーエは驚いたようにこちらへ振り向いた。
私は三つ編みを弄りつつ目を閉じ、それから彼女にニイッとはにかんでみせる。
――だって、メイドさんとして頑張ってるキミはとっても輝いてるんだもん☆
「………………」
自信満々に言い切る私の微笑みを、ミルーエは「そんなこと考えもしなかった」という表情で見つめ返してきた。
彼女の視線が少しくすぐったく感じた私は、鼻を掻きながら青空を見上げる。
次第に夏が近づいているのだろう。頭上には人の領土から流れてきた渡り鳥が、西の山脈を目指して羽ばたき続けていて。
ミルーエは小さく肩を竦めて吐息を吐くと、私を置いて一人歩みを再開する。
「……ところでエルザ様はこれからどうされるのですかぁ~? 司令の警告通りぃ~部屋で大人しくわたしと過ごしますかぁ~?」
うーん。ミルーエたんとの蜜月というのも、大変魅力的ではあるんだけど。
でもせっかくオカンが不在なのだから、普段なら出来ないことをやりたいと思っちゃうのが人情なんだよねえ。
「まるで普段からわたしと蜜月してるみたいに言わないでもらえませんかぁ~♪」
彼女を追いかけながら腕を組んで唸る私に、ミルーエは正面を見据えたままニッコリ笑顔で駄目出しを返した。
一方で私は彼女のセリフが聞こえないフリをしつつ、この数日をどう過ごすべきか大真面目に頭を悩ませる。
とは言っても、私に選べる選択肢などそう多くはない。
保育所の子供たちと城内を冒険したり、厨房を借りてコッソリお料理したり、書庫に忍び込んで蔵書を漁ったりするのがせいぜいで。
もしくは、ミルーエと一緒にメイドさんの業務を手伝うというのも悪くないかもしれない。
「でもでもぉ~それもわりと普段からやってませんかぁ~?」
そして、その都度ガルトライオ様に現行犯で取り押さえられ、魔王様と仲良く彼からのお小言を喰らってしまうのがこの私だった。
そこまで己を顧みたところで、ミルーエがジトッとした目で振り返ってくる。
「司令の弁ではありませんがぁ~エルザ様はもう少しご自身の立場を考え直されては如何でしょうかぁ~?」
むしろ、これこそが魔王様のペットとしてあるべき姿だと思うのだけど。
私は三つ編みを振って余計な一言を発散させると、やれやれ系主人公のような無気力顔で仕方なさそうに嘆息を漏らす。
本当に何のイベントも起きないと、日記のネタにも困ってしまうもんね。
こうなれば私も心を鬼にして、最後のとっておきに手を染めるとしましょうか。
「……すでに言い回しが犯罪者じみているのですがぁ~。それはそれとしてぇ~、最後のとっておきとはいったい何のことなのですかぁ~?」
肩を落としてうな垂れてから、ミルーエは若干興味深そうに視線を戻した。
対して、私は怪しくほくそ笑みつつ周囲の魔族通りを確認し、そしてビシッと右人差し指を天に向かって突き立てる。
この絶望的なまでに暇な状況を打破する最強の一手。
それは言い換えるなら、スリリングでエキサイティングにブラッシュアップされたエクスペリエンス。
すなわちマイナーなフェーズをブレストにソリューションしコミットした、いわゆる一つの意識高い系サティスファクションということだよ。
「なるほどぉ~わたしもエルザ様にコミットしたくなって来ましたよぉ~♪」
ミルーエは手近に転がっていた石ころを拾い上げると、笑顔を崩さぬまま私に向かっておおきく振りかぶり始めた。
それはコメットじゃないかな!?と必死にツッコミを入れた私は、えほんと咳を払って勿体ぶるのを止める。
さっきも言ったけど、魔王様も四天王もいないこの状況を満喫するためには、やっぱり普段味わえない非日常を楽しむことが大切だと思うんだよね。
それもちょっとやそっとではない、大人が隠したえっちぃ本を捜索するときが如く、ハラハラドキドキ刺激的な体験こそがマストバイだと考えるわけですよ。
以上を踏まえて私が導き出した結論。
――すなわち、マックロック・エロスケベ様が使っている隠れ家の捜索さ!!
「え゛っ?」
私が大見得を切るようにカッコつけて腕を突き出すと、ミルーエは今まで聞いたこともない濁音を発して絶句していた。




