18
天宮篝による強硬政策と男性デモ騒動は、日本社会に大きな問いを投げかけた。
事件後、政府は国家出生支援センターの在り方を全面的に見直した。
これまでの制度は人権上の問題があるとして改正され、収容者は家畜のように扱われるのではなく、通常の刑務所と同様の処遇を受けることとなった。
また刑期や罪状の基準も再整備され、再犯防止と更生支援を両立する制度へと変わっていった。
同時に、性犯罪や家庭内暴力に苦しむ女性たちのための相談窓口も全国的に拡充された。
女性が安心して声を上げられる社会。
それは篝がかつて目指した理想の一つでもあった。
そしてもう一つ、大きな変化があった。
男性デモを主導した日南人は、新たな道を選んだ。
NPO法人を設立し、看護師や保育士、介護士など、今なお女性中心とされる職場で働く男性たちのコミュニティづくりを始めたのだ。
同じ悩みを持つ者同士が支え合う場。
職場で孤立しないための相談体制。
偏見や差別に対する啓発活動。
その取り組みは少しずつ社会に浸透していった。
女性だけではない。
男性だけでもない。
誰もが自分らしく生きられる社会へ。
時間はかかった。
それでも人々は少しずつ歩み寄り始めていた。
男性も女性も。
互いを敵としてではなく、一人の人間として見つめ直そうとしていた。
その様子を遠くから見守りながら、日南人は静かに空を見上げる。
高く澄んだ青空だった。
ふと、啓太の顔が脳裏に浮かぶ。
誰よりも優しく、人の痛みに寄り添える男だった。
(見ているか、啓太)
日南人は目を細めた。
(お前の分も、俺が人に寄り添い支えるから)
風が吹く。
どこか照れ臭そうに笑う。
「お前みたいに、少しでも優しく人を導けるかな……なんてな」
返事はない。
けれど。
背中を撫でる風は、不思議と温かかった。
まるで――
『日南人なら大丈夫』
そう啓太が背中を押してくれたような気がした。
日南人は小さく笑う。
そして前を向いた。
人々の未来へ向かって。
――――――――
数か月後。
中央アジアの小さな国、キルギリス。
広々とした草原の向こうで、山々が穏やかに連なっている。
澄み切った風が吹き抜けるテラスで、篝は温かい紅茶を口にしていた。
「いい国でしょ?」
そう言って微笑む篝の表情は、以前よりずっと柔らかかった。
向かいには朱音、玲、花梨、真琴、美咲が座っている。
「確かに落ち着きますね」
朱音が周囲を見回した。
篝は遠くの街並みに目を向ける。
「ここも問題はあるんでしょうけどね。でも、家族との時間をすごく大切にしているの」
広場では子どもたちが元気に走り回っている。
ベンチでは夫婦が談笑し、老人たちは将棋のようなゲームに興じていた。
「政治も市民に近いし、みんな自分の暮らしを大事にしてる」
篝は少し笑った。
「私、ずっと社会を変えようとしていたけど……」
そこで言葉を止める。
視線の先には、一組の家族がいた。
父親と母親。
その間で、小さな女の子が楽しそうに両親の手を握っている。
三人とも笑顔だった。
篝はその光景を見つめたまま呟く。
「私も、あの人たちみたいな笑顔を見たかっただけなのにね……」
風が静かに吹いた。
朱音は優しく微笑む。
「篝さんは責任感が強すぎたんです」
「責任感?」
「ええ。誰かを守りたい気持ちが強すぎて、自分まで傷ついてしまった」
篝は少し困ったように笑った。
玲が腕を組む。
「ワークライフバランス無視して働きすぎただけで、方向性は間違えてへんよ。それに…」
玲は花梨を抱き上げ、篝に身体を向けた。
「あの時篝が動いてくれたから愛しい花梨に出会えた。父親はあんたみたいなもんや」
花梨も両手を篝に向けて伸ばし、抱っこをせがむ。篝はそれに応えて花梨を受け取り抱きしめた。
「そうね、花梨は私にとっても宝物だわ」
花梨は篝お姉ちゃんと呼び抱きしめ返した。
篝は抱きしめながら美咲と目が合う。
「私もあなたに救われたから今ここにいます。篝さんのこと大好きだから真琴さんにあなたのことをたくさん聞いて、本まで書いちゃう熱狂的なファンですよ」
そう言い、美咲は自著の本を篝に向けた。
「…すごいわよね。私自身よりも私のこと知ってるみたいで」
「そりゃそうですよ!自分より他人ののほうが客観視できますから」
篝は全肯定されるのに慣れてないためか、少しくすぐったそうに構える。
「それにこちらは性犯罪対策と社会構造の検証についてまとめた本です」
美咲は誇らしげに胸を張った。
「かなり売れています」
「それ絶対私のおかげじゃないでしょ」
「いいえ、半分くらいは篝さんのおかげです」
「半分もあるの!?」
一同が笑う。
その様子を見ていた真琴が身を乗り出した。
「ねえ篝」
「なに?」
「今度はこの国での生活を取材させてよ」
「あら、どうして?」
真琴は目を輝かせる。
「元英雄の休暇生活とか絶対売れるじゃん」
篝は呆れた笑顔でため息をつく
「私、今休職中の身なんですけど」
「タイトルは『世界を変えた女のスローライフ』!」
「却下」
即答だった。
だが真琴は諦めない。
「じゃあ『元独裁者のほのぼの田舎暮らし』」
「もっと却下」
今度は全員が吹き出した。
「真琴さん!」
美咲が呆れたように声を上げる。
「休暇なんですから仕事の話はやめてください」
「えー」
「えーじゃありません」
賑やかな声が青空へ溶けていく。
篝は笑いながら、手元のスマートフォンを手に取り身を乗り出す。
「これ、父から届いたの」
篝はスマートフォンに届いた書類のデータを朱音たちに見せた。
そこには、国家出生支援センターの解体に伴い新設される、
警察庁直轄の『女性・児童心理支援課』の組織図があった。
「私はまだ休職扱い。父が私の席を空けて待っているの。
この国にいながら、オンラインで被害女性たちのカウンセリングや
相談に乗る窓口の責任者として戻ってこないかって」
篝は少し不安そうに遠くを見つめる。
「……また私が、警察という権力を持ったら、暴走しないかしら」
その言葉に、朱音はまっすぐ篝の目を見て、力強く微笑んだ。
「私が駆けつけて、いつでも止めに行きますよ!」
篝は驚いたように目を見開き、それから、ふっと優しく微笑んだ。
「……それなら心強いわね」
お互い、信頼と自信に満ちた笑みで笑い合った。
篝は笑いながら仲間たちを見渡した。
かつては誰も信じられなかった。
世界は敵ばかりだと思っていた。
けれど今は違う。
失ったものは戻らない。
それでも。
これから誰かが失わずに済むのなら。
誰かが恐怖に震えずに済むのなら。
誰かが家族の温もりを守れるのなら。
それで十分だった。
篝は空を見上げる。
その横顔に安堵した朱音も空を共に見上げた。どこまでも青く、穏やかな空だった。
その未来が、少しでも優しいものであることを願いながら。
――完――
フェムユートピアはこれにて完結です。
見つけて読んで頂き本当にありがとうございました。




