ep.20-1 犠牲
私だって、白龍だって、本当は戦いたくない。
みんなで仲良く暮らしていたい。敵なんて本当はいらない。
でも、現実はそう簡単にはいかないことを、私はこの数ヶ月で痛いほど思い知った。犠牲だって十分なほど払ってきた。
なのに、私はまた闘いに赴いている。
――今回も、誰か死ぬのだろうか……?
私は、眼下に流れる東京の街並みを見下ろしながら、ふとそんなことを考えた。
モニターには白龍を含めた4機の進路が表示されている。オートパイロットで飛行しているため、操縦レバーが勝手に動く。
「杏子ちゃん!今日も頑張ろうね!」
モニター越しに親指を立てる優月に、私はグーで返す。
「ユズこそ、久しぶりなんだから頑張ってね」
「わたしは強いから大丈夫!」
「ほんとぉ?」
「ほんとほんと!」
優月はほんのり笑みを浮かべた。少し無理をしている気がしたのは気のせいだろうか。
「それよりも、ラグールさんはどう?」
「どう、と言いますと?」
「メッサを殺しちゃったこと……どう思ってるのかなって」
「……しょうがないですよ」
ラグールは諦めを込めながらそう言った。
「メッサは立派な騎士でしたが、許されないことをしました。きっと彼女もそれは理解しているはずです」
「そう……かな」
「それよりも、橘」
智の声が割り込んでくる。
「白龍の様子はどうだ?」
「……あんまり普段と変わらないかな」
見る限り、レバーもペダルも普通の機械のように動いている。覚醒とは程遠い状態だ。
「でも、どうして?」
「白龍の状態によって戦略が大きく変わるからだ。主軸に据えていいのかどうかを判断する」
「へえ……」
私の口から感心の声が漏れる。神谷くんが戦略家のように思えた。
しばらくすると、東京湾の雄大な海が見えた。敵機はまだ出現していない。
不思議な感覚だ。敵が現れる前はいつもそうだ。空間動は目には見えないのに、計器には数字として表される。
そして、ある瞬間を境に世界が一変する。
「各機、警戒を怠るな」
智の冷静な、だけど張り詰めた声が降る。
――やっぱり、戦わないといけないのだろうか。
「杏子」
「ん?なに?ラグールさん」
「もし、敵がまた市街地を、人々を人質に使うようなら」
画面の向こうのラグールが妙に落ち着いた声で言う。
「私を……使ってください」
「……どういうこと?」
「私を囮にしてください。黒鉄ならある程度の攻撃まで耐えることができます」
脳が言葉を受け入れることを拒絶した。それは聞きたくない言葉だった。
「……そんなこと、言わないでください。全員で、生きて帰るんです」
「全員で……」
「はい。誰ひとり欠かさず、です」
その時だった。スピーカーから中津川さんの叫びが聞こえる。
「各機その場で停止してください!空間動の増加が止まりました!」
反響する声がより緊張感を掻き立てる。
「1キロ先!10秒後、出現します!」
頭の中でカウントが始まる。悲劇への、冷酷なカウントダウンだ。
10、9、8、7、6、5。
4。
3。
2。
1。
「出現します!」
空が割れた。青空に瞬間的に闇が生まれる。光を一切通さない、虚無の空間が網膜を通り抜ける。
そして、中から敵機が出現した。2つの巨躯が海に影を落とす。
「2体……」
私の口からぼそっと言葉が漏れる。
1体は桃色の機体色に、2門の巨大な砲門を両肩に乗せた細身のボディを特徴とした機体だ。
その後ろから、黄色の機体が現れる。両腕と両肩に堅牢なシールドを有した重機のような巨体。
2機は正反対のコンセプトを持っているように感じた。
「オウラン……コウオ……!」
ラグールが機体の名前らしき単語を呟く。
「え?どっちがどっち!?」
「ピンクの機体がオウラン、黄色の機体がコウオです!しかし、あのように改造しているとは……!」
話が勝手に進んでいく。ひたすらに取り残されてばっかだ。
「気をつけてください!あの重装備ではどのような攻撃が来るかわかりません!」
「各機、指定した位置に散開!」
青麟から地図が共有される。私は操縦レバーを操作し、白龍を地図上の点の位置に移動させた。コウオの斜め後方、2機を刺せる位置。
しかし。
「敵、動こうとしてない……?」
2機は全く微動だにしていない。なにかを構えるでも、砲門を都市に向けるわけでもない。ただ、静止していた。
私にとって、それはひたすらに不気味な光景でもあった。いつ攻撃が飛んでくるか、いつ民間人に刃が向かれるかわからない。
――なにを企んでいる……?
そう思った時だった。
「ハクリュウの操者、聞こえていますか?」
「え?私?」
いきなり名指しされ、私は一瞬たじろいだ。今までにないパターンだ。
「私はハレリール。コウオの操者です。そして、こちらが」
「タマナです。オウランの操者です。はじめまして」
敵パイロットから丁寧な名乗りが届く。2機は相変わらず動こうとしていない。
「実は、とあることをお伝えしたくてあなた方の世界、アザーズに来ました」
「アザーズ……?」
私は言葉を繰り返した。こちらがフロンティアと呼んでいるのと同じようなものだろうか。
「それで、なんの用ですか?」
「単刀直入に言います。私たちは戦うために来たのではありません」
「……え?」
「私たちは、あなた方と和解したいのです」
思わぬ内容に、私の思考が追いつかなかった。




