ep.19-4 目的
『たすけて……』
「あなたは……」
暗闇の中。自分の足元すらおぼつかない中。私は真っ直ぐに手を伸ばしていた。
『たすけて……キョウコ……』
「待って!あなたは、あなたは誰なの?」
声ははっきりと聞こえない。相手の姿も見えない。
「というか、ここ……」
――どこなんだろう?
私は周りをぐるりと見回した。
なにもない。あるのは光を一切拒む暗闇だけ。ただ、目を凝らすと"なにか"が見えた。
ちょっとだけ薄い黒で構成された、道のようなもの。
「ここを行けば……いいの?」
私は歩いた。道らしきものは延々と続いていて、終わりが見えない。
歩く、ひたすらに歩く。次第に道らしきものの色が明確になっていく。黒から灰色へ、そして濁った白へ。
歩速が速まる。足が回転し、腕が振られる。体育の成績が中程度の私にとってはこれが限界だった。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
息が切れる。なのに、不思議と疲れは感じない。
どれくらい走ったか自分でもわからなくなった時、視界の先に光が見えた。黒の中に一点の白が際立って見える。
走った。一生懸命、疲れない足を連れて。光は徐々に大きくなった。
――もう少し……!
私はもう一度光に手を伸ばした。声もよく聞こえる。
『助けて、タチバナ・キョウコ……!』
「あなたは……!」
声の主がわかった、その時だった。
光は急速に拡大し、私の全身を包み込んだ。
「えっ?えっ!?」
気づくと、私は空にいた。一面の青空の下、落ちるわけでも上がるわけでもなく、磔にされたかのように空に制止していた。
「なに、ここ……」
私は地上を見下ろした。そこは、色のない世界だった。
木々は枯れ、家々は荒廃している。湖の水までも消えようとしている。
酷い。それが、私の抱いた唯一の感想だった。
「どこ?どこなの!?エレーナ!」
私は声の主を叫んだ。エレーナ。東京タワーで友達を、仲間を、弟を殺そうとした相手。
「出てきなさい!言いたいことが沢山……」
私が言葉を言い切ろうとした瞬間、巨大な音が耳元で響いた。
――ピピピ……。
――ピピピ……。
「ゆ……」
私はゆっくりと目を開いた。見慣れた天井が網膜を刺す。
「夢……?」
意識が現実へと戻っていく。耳そばのスマホに手を伸ばし、アラームを止める。
06:30。ほんのり明るい空。微妙に整っていないアパートの一室。
どうやら、私はただ寝ていただけらしい。
―――――
「そんなことがあったんですね」
「そう!不思議だよね」
iARTSの医務室。私はラグール相手に朝の出来事を洗いざらい話した。
「ほんとはアリアさんにも聞いてほしかったんだけど」
「アリアは多摩の遺跡にいるので……」
白龍の覚醒後に遺跡の解析が急激に進んだらしく、アリアはその協力として今日はいないらしい。
「まあ、黒鉄弍式も使えないし仕方ないかあ……」
「それよりも、杏子。いまの話が気になります」
「え、どうして?」
ラグールは少し俯いた。なにかを考えているみたいだ。
「黒い空間があったんですよね?」
「うん」
「それは、おそらく世界線の狭間の空間です」
「世界線の……狭間?」
私はベッドに身を乗り出した。純粋な興味があった。
「はい。私がフロンティアからこちらに来る時も、同じような空間を通りました。そして、光の先には東京の空が……」
「それって、夢と同じ……。なら」
「杏子が見た大地は、フロンティアのものかと」
私の胸になにかがストンと落ちた。あれがフロンティアの大地なら……。
「でも、あの大地、すっごい荒れてた……。人どころか生物が生きていけるとは思えなかった」
「ですが、それがフロンティアです。エルハとコルテーグの戦争が始まった頃から、ずっとそうです」
――ずっと……。
にわかには信じられなかった。アリアに垂れ流された記憶では、草原も、海も、綺麗な街もあったのに……。
「大変だったんだね……」
「……はい。私にとって、生と死は身近な存在でした。毎月のように身近な者が死んでいく、過酷な世界でした」
私にとっては、想像できない世界だった。毎日怠惰な生活を送り、テレビを見つめ、友達と何不自由ない生活を送る私にとっては。
――でも。
「……私、行ってみたいなあ」
「え?」
「フロンティアにだよ。ラグールたちの世界、前世の私が守ろうとした世界、見てみたい」
「それは……」
「できれば、ラグールさんやアリアさんと一緒に行きたい!いいよね?」
ラグールは言葉に詰まったように閉口した。沈黙が流れる。
「……でも、行く手段が」
「だいじょぶ!白龍が覚醒しきったら世界線なんて超えられるよ。ねえ!」
――キィン。
「うん」という声が聞こえた。
「ありがと!」
「……杏子は、変わったお人なんですね」
「えー、なにそれイヤミ?」
「いえ、褒め言葉ですよ」
――行きたいなあ……。そう心の底から願った。
けれども、突然響いたサイレンとアナウンスがそんな願いを打ち砕いた。
『空間動観測!繰り返す!空間動観測!場所は市原市沖7km!白龍、真鶴、青麟、黒鉄壱式の転送準備をお願いします!』
戦争の合図が、鳴った。




