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ep.1-1 Awakening

数ヶ月前・東京某所


杏子(きょうこ)、進路希望決めた?」

「全っ然、(あおい)は?」

「ミートゥーだわ」


 電子音のチャイムが鳴り響く教室で、痛い言葉が鼓膜を刺激する。前の席に座る友達・小野寺葵(おのでらあおい)は、黒髪のボブの先端を左手の人差し指で触れながら、得意分野の英語で返す。


「まーでも決めないとなぁ……」

「葵はいいじゃん、英語ができるんだから留学もできるし」

「それ、慰めになってます?」


 男女問わず混ざり合った喧騒の中でほんのわずかに心が冷えたのは、今どき珍しくなった秋風のせいだけではないだろう。


 進路希望。高校1年生にとっては定例行事であるそれは、多くの学生にとっては将来の人生を大きく左右する一大イベントだ。だから、私のように苦悩することは決して珍しくもない。大抵は時間が解決する。


 私の場合は理科、特に化学と物理が得意だから、本当なら理系がいいのだろう。けれども、答えを決めることは、私にとってなによりも恐ろしいことであった。


「あっ、そういえばさあ、新宿に結構いいカフェがあるんだよね。今日行く?」

「ごめん、今日は弟が修学旅行から帰ってくるから無理。日曜にしない?」


 両手をパチンと合わせて申し訳なさそうに謝る。存外音が大きくて少し驚いた。葵は肩をすくめる。


「いいよ、弟くんは大事だからね」

「ごめんね葵、日曜は絶対行くから」


 私にとっては弟がいちばんというのは、葵との共通認識の一つであった。


 私にとっての唯一の家族、その意味は計り知れない。




 少し遅れていた電車に飛び乗り、2つ離れた駅で下車する。駅近くのスーパーマーケットで買い物をし、アパートに戻ると、弟の威勢の良い声が響く。


「ただいま」

「おかえり、お姉ちゃん」


 狭いアパートのせいか、声は無駄に反射した。私は『橘杏子(たちばなきょうこ)』と書かれたキーホルダーをつけた鍵を、床の小物入れに投げ入れた。ちょっとだけ茶髪のショートヘアが鍵に反射する。


「どうだった?京都旅行は」

「楽しかったよ、姉ちゃんと一緒に行きたかった」

「私はもう行ったからパスで」


 えー、と露骨にガッカリしてみせる弟を横目に、私はスーパーのレジ袋をどさっと置く。弟を振り向くと、リュックサックをガサゴソと漁っていた。


「思い出した、これこれ」

「ん?なにこれ」

「僕も分からないや」


 弟の手に握られていたのは、勾玉っぽいなにかであった。白と黒が混ざったような色をしていて、傷がところどころに入っている。妙な存在感を帯びている。


「これ、どこで拾ったの?」

「公園だったかな?少し窪んだところにあったんだ」


 なんか持ってきてはいけないもののような気がする。ひょっとして、歴史的文化財とかその類なのではという懸念が頭をよぎる。


「それ、先生に言った?」

「ううん、言いそびれた」


 はぁ、とため息をつく。誰かの貴重品だったらと思うと恐ろしい。


「それ、来週の月曜に渡してきなさいよ」

「えー?」

「えーじゃない」


 分かったよ、と弟は不貞腐れて言う。


 私は再度勾玉に視線を落とす。見た目は普通の勾玉だけど、なにか特別なものを感じる、ような気がする。根拠はない。


「ねえ、その前にこれ、友達に見せてもいい?」

「いいけど、どうするの?」

「見せるだけだよ、あとで返すから」


 私は勾玉を受け取ると、財布の中に仕舞おうとした。


「ん?」


 勾玉が光ったような気がした。気のせいか?と思い、再び同じ動きをした。


 やっぱり光った気がする。勾玉の先にあるものは、両親の仏壇だった。


 私の両親は、私が小学生の頃に交通事故で亡くなった。その場に居合わせなかった私と弟は、親の死に目に会えなかった。電話で訃報を聞いた瞬間、頭がまるでバグったかのように世界が歪んだのを記憶している。


 いっそ——いっしょに死ねていたら。


 私の人生における、唯一の後悔だ。


―――――


 廃墟が立ち並び、ところどころから火が上がっている。歩く人は全て俯き、今にも泣き出しそうな暗い表情を携えている。


 そんな荒廃した町を見下ろす山の中腹に、西洋風の城がある。民家とは全く異なる建築技法、建築素材で建てられている。その城の中央にある大広間、長さが100メートルにも及ぼうとするレッドカーペットの終着点に、金で飾られた豪華絢爛な玉座がある。


 玉座には、長い髭を伸ばしたいかにもな男がふんぞりかえっている。首には数々の宝石があり、赤い甲冑を装備している。いかにも王様然とした姿だ。


 その前には、紫髪の青年がひざまづいている。玉座の男とは違って軽装だ。


「必ずや、必ずや生捕りにしてみせます」


 青年はそう言うと、深々と礼儀をし、大広間を後にした。真横に並ぶ数十人もの従者の見送りを気にもせず、城の扉を幾重にも開ける。暗い通路を抜け、最後の扉を開けると、またしても大きな空間に出た。


 高く積み上げられた石造りのドーム状の中央には、高さ20メートルにも届くような、巨大な機械仕掛けの魔物、『機動神』がいた。


 光沢のある黒色、手と足爪は金でコーティングされ、肩や肘、膝には先端の鋭い突起が備わっている。両脚には青年の家紋のようなものが数メートルに渡って刻み込まれている。


 青年は、機動神の真横にある階段を上る。ドームの天井が近づいた頃、機動神の心臓部がガバッと開いた。


 青年は乗り込むなり、あらかじめ決められた手順を踏んだ。


「整備良好、兵装も異常なし」


 青年は満足した様子で宣言する。


「目標、トウキョウ。ハーケンドール、出る」


 ドームの巨大な扉が重く開く。轟音が響き渡る。


 機動神はその足をゆっくりと動かすと、山の切り開かれた平地に出た。


 左手に握られた大剣が天高く掲げられる。


「神よ!我を導きたまえ!」


 青年は狭い心臓部で声を荒げた。


 すると、その声に呼応するがごとく、1本の太い雷が機動神頭部の角に降り注いだ。


 瞬間、魔物の全身が発光し、そして消えた。


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