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Beginning

 夢の中。果てしない、夢の中。


 黒い、ただひたすらに黒い世界。なにもない世界。


 私、橘杏子(たちばなきょうこ)は、走っていた。ひたすらに、走っていた。


 どこに向かうでもなく、なにに走るでもなく。ただひたすらに、走っていた。


 遠くに微かに光が見える。指ですり潰せそうな小ささの、微かな光。


 それを見つけた時、私は足を速めた。多分人生で最も速く走っているのに、少しも疲れは溜まらない。


 光は次第に大きくなっていく。指のサイズから、掌へ、腕へ。


 何分、いや、何時間だろうか。ようやく光に達した時、私は飛び込んだ。


 その先にあったもの。それは。


 海だった。


 海の上空。その向こうには街が広がっている。親によく連れていってもらっていた赤と白の塔、東京タワーがある。


 ――とすれば、ここは東京湾?


 その時、私の横で声が跳ねた。見ると、レモンイエローの髪をした少女がシートに座りながら叫んでいた。


『うるっ……さい!黙って!!』

『しかし聖堂(せいどう)さん!これ以上は危険です!撤退してください!』

『しかしもでももない!』


 少女が鋭く伸ばした足が空を切る。


 私の頭に少女の思考が流れてくる。複雑な思考の中に、聞いたこともないような固有名詞が散らばっている。


『ちっ……。左脚と右脚半分、それに右腕も喪失。おかげでバランサーはガッタガッタ。アイカメラだって半分逝ってる。よくこれで動かせてるわね、わたし』


 どうやらモニターらしき空間の中に、ロボットのような人型の図が表示される。少女が言った通りの場所が赤く点滅している。


『ごめんね……真鶴(まなづる)。いつも傷つけちゃって。いつも……こんなにしちゃって。ほんとに、ごめんなさい』


 少女はロボットを真鶴と呼んだ。それがこの機体の名前だろうか。


『でも、負けるわけにはいかないんだ。ここで負けたら、東京が火の海になっちゃう。それだけは、避けないと』


 少女はレバーをグッと握った。モニターが空高くを見上げる。


 その先には、漆黒のロボットがいた。銃をこちらに向けている。


『わたしを殺す……?そんなの』


 少女がレバーを動かすと、モニターに照準が現れた。敵機の心臓部を狙っている。


『100万年早いわ!!!!』


 少女がボタンを押すと、巨大な銃弾が放たれた。弾は敵機が放った弾と空中で交差し、そして。


 敵機の心臓部を貫通した。東京湾の空に、赤くて黒い華のような爆発が散る。


『はあっ……はあっ……』

『お疲れ様でした……。だ、大丈夫ですか?』

『大丈夫よ、心配させたわね』


 少女は額に手を当て汗を拭った。


『ありがとう、真鶴。わたし、仲間に会えるかなぁ……?って、機械が話せるわけないか』


 少女は笑みを浮かべた。どこか、儚げな笑顔だった。


『あれ?誰かわたしを見てる?』


 少女は私の方を振り向いた。どうやら私は見えていないらしい。


『気のせいか……』


 少女が呟いた時、私の視界が急に開けた。よく見た天井が網膜を刺す。


 ピピピ……。ピピピ……。


 私の手がスマホへと伸び、アラームを止める。


 背中を床敷きのベッドから起こし、陽の差す窓の外を見つめる。


「あれ……私、夢、見てた……?」


 起きてから数秒しか経っていないのに、夢の内容はすっかりと忘れていた。




『機動する世界の狭間で』


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