第53話「闇墜ちの暴挙」
ビラーレル村の住宅の屋根の上。
やって来たアジュシーラがそこに座り、村を見下ろしていた。
「ちっちゃ! オイラが住んでたとこは、これの倍ぐらいはあったぞ!」
村の面積を侮辱したところで、隣に人の気配がした。
「すぐバカにするんじゃないの。それじゃあ、エグ君みたいに育っちゃうわよ」
同じヴィヘイトル一味のネガロンスが月をバックに、夜風に長い黒髪とロングスカートをなびかせて屋根の上に立っていた。
「おばさ……ネガロンスさん! 何でここに?!」
一瞬「おばさん」と言いかけたが、すぐに訂正した。
前に一度そう呼んだことがあり、レジメルスからしごかれたのだ。その彼はきちんと名前で呼ぶようにしていた。
逆に、クルエグムはどんなにしごかれても「おばさん」呼びをやめず、レジメルスもついに諦めてしまった。
「何か聞こえた気がするけど、聞かなかったことにするわ。何で私がここにいるかって? あなたの付き添いよ」
「は?」
「もう夜遅いでしょう? こんな時間まで子供が出歩くのは危ないわ。エグ君とレジー君も付き添う気配、無さそうだし」
「いいよ、そんなことしなくても! オイラはもう子供じゃないんだから、付き添いなんていらないよ!」
「シーラ君、いくつだっけ?」
「十三」
「十三はまだまだ子供よ」
「子供じゃないっ!」
保護者目線のネガロンスと反抗期真っ盛りのアジュシーラによる口論が始まった。
だが、長くは続かなかった。何故なら……。
「あれ、弱虫の白魔導士じゃない?」
アジュシーラが指した先には、ダークティミーが閉じたばかりの店のリンゴを食べていた。
商品が入ったワゴンは盗られないように、触れると電撃が落ちる雷魔法札を貼ってカバーをしていたが、彼の魔法で簡単に剥がされていた。
今来たばかりの二人は、ティミレッジが闇墜ちしたことはつゆ知らず。
「あいつ、白魔法しか使えないからオイラでも倒せるよ。ちょっと行って来る」
アジュシーラはすでにティミレッジを見下していた。
そのため一人で襲っても簡単に倒せると思ったのか、魔法で三日月の形をした乗り物を出すと、それに跨って相手のところまで飛んで行った。
「ここで会ったが運のツキ!」
アジュシーラは降りながら、青紫色の魔法弾を一発撃ち出した。
しかしダークティミーはこちらを見ずに片手でそれを受け止め、そのまま消してしまった。
「えっ?!」
そしてリンゴを食べている手を止めると、アジュシーラを思いきり睨みつけた。
「ひっ……!」一瞬だけ怯む彼だが、自分がティミレッジに勝てることは確信していた。
「こ、こんなとこで何してんの? それ、売り物だよね? 食べてもいいのかなぁ? 白魔導士でも、悪い一面があるんだね。普段は良い子ぶってたんだね?!」
アジュシーラは思いつく限り、相手を非難した。
すると、ダークティミーはリンゴを食べ終わると残った芯を捨て、瞬時にアジュシーラの真ん前に移動すると、彼の髪を掴んで三日月型の乗り物から引きずり下ろした。
「うわあっ! な、何するんだよ?!」
「何か言ったか、クソガキが?」
「ク、クソガキ?!」
ダークティミーは相手の髪を掴んだまま床に叩きつけ、彼を見下ろすような形で睨み続けた。
「俺が普段、猫かぶってるって? んなことわかってんだよ!」
言いながらアジュシーラの頭を離すと、今度は手をグーにして相手の頭をぐりぐりと小突き始めた。
これにはアジュシーラも泣き始めてしまった。
「痛いよ~! 何だよ、お前?! そんな乱暴な奴じゃなかっただろ?!」
「その原因作ったのは誰だよ、クソガキが!!」
見かねたネガロンスが降りて来て、冷静な口調でたしなめた。
「やめなさい。子供相手に大人げないわよ」
ダークティミーはアジュシーラからネガロンスへ視線を移した。
その目はやはり相手を睨みつけていた。
「敵にお節介焼きたくないけどあなた、この村の希望なのよね? そんなことしたら、村人たちがどう思うかしら? ”いつも優しい白魔導士が子供をいじめた”って噂が立ったら、魔王や超龍を倒した実績が台無しになるわよ?」
「うるせえ、ババア!」
ネガロンスが子供を叱るように諭すがダークティミーには届かず、逆に悪口で反抗されてしまった。
「バ、ババア……?」
「どう見てもババアだろ! クソガキとババア……プッ! ぴったりの組み合わせだな! 面白れぇ!」
ダークティミーはアジュシーラたちを侮辱すると、口に入っていたリンゴの種を道に吐き捨て、再び飛行能力を使って飛び去って行った。
ユアたちと同じように、残された二人も呆然としてしまった。
「な、何なの、あいつ……? 前に会った時と全然違うし、“面白れぇ”ってエグみたいな言い方じゃん! 何より、オイラとおばさ……ネガロンスさんがぴったりの組み合わせ?! 冗談じゃないよ! オイラはもう子供じゃないんだから、保護者無しでも行動できるっつーの!」
「問題そこなの、シーラ君……?」
アジュシーラは「クソガキ」と言われたことよりも、ネガロンスとコンビに思われたことを不服に思っていた。
それに気付いた彼女は不満からか声を低くし、無意識に青紫色の魔法弾を出していた。
「ごめんなさい、言い過ぎました……」初めて丁寧に謝るアジュシーラ。
煙たがってはいるが、相手はヴィヘイトルの次に強い紅一点。三人衆より上の立場なので、怒らせれば確実に命はない。
「で、でも、悪いのはあいつだよ! ネガロンスさんを”ババア”だなんて!」
「さっきから“おばさん”って言い掛けてたあなたも大概だけど?」
言いくるめられ、アジュシーラは黙るしかなかった。
「それよりもあの力、闇魔法ね。それもかなりの強さだわ。きっと、ありえない量の力を吸収してしまったのよ」
彼女はすでに闇魔法を見抜いており、ティミレッジの態度もそのせいだと把握していた。
魔法使いだが闇魔法が初耳のアジュシーラは「あの弱そうな白魔導士をあんな風にするなんて、闇魔法恐るべし……」と恐怖を抱くのであった。




