第51話「闇魔導士」
ビラーレル村の近くに現れた大量の邪龍。一行は急遽、退治に参加した。もちろん、ユアは今週から戦い始めたので邪龍戦は初めてである。
フィトラグス、オプダット、ソールネムがメインで戦い、ティミレッジがバリアでユアを守りつつも彼女をサポートした。
一方、泣く泣く参加したサティミダは「来ないでくれ~!」と泣き叫びながらバリアで身を守っていた。
カウンター式(敵に攻撃されると、自動で攻撃を返してくれる)なので、突撃した邪龍は一瞬で消えてしまう。戦わずして退治しているという状態だった。
ディンフルがいれば「何故参加した……?」と呆れ、アビクリスがいれば「このヘタレ野郎!!」と怒鳴り散らしていただろう。
一応、退治には貢献出来ているので、ティミレッジたちは文句をつけられなかった。
◇
夕暮れ。ようやく邪龍は一匹残らずいなくなった。
ユアたちはもうヘトヘトだった。
「あぁ……終わったぁ~」
ユアは邪龍にダメージを与えられるが、一人で仕留めるまではまだ出来なかった。
それでも今日だけでだいぶ戦い、参戦してから一日で最多の討伐数だった。レベル上げにも期待が高まる。
「さあ、早く宿に行こうぜ」
「腹へった~」
フィトラグスとオプダットも疲れ切っていたが、戦い慣れていたからかダメージはあまり無かった。
「みんな、おつかれ様。急な任務に付き合ってくれてありがとう。さっき村長から通信があって、ジュエルの件、邪龍退治のお礼で持って行ってもいいそうよ。像を壊したくないから、一部をくり抜いて取り出す形になるから“少し時間をくれ”って」
「ジュエルがもらえるなら全然いいよ!」ユアが嬉しそうに返事をした。
像をくり抜くには業者の力が必要なので、明日の昼頃まで待たなければいけなかった。
だが、今日みたいに急に邪龍や魔物が襲ってくるかもしれないので、村を守るためにもユアたちは待つことに決めた。
「ティミレッジ~!」
アビクリスが息子の名を呼びながらやって来た。
「ママ! 他の地域に行ってたんじゃないの?」
「ビラーレルに邪龍が出たって言うから戻って来たんだよ。ママも何匹かやっつけたよ。あんたたちは? ケガは無い?」
「大丈夫です。この子以外はみんな、強いので」
ソールネムがユアを指しながら言った。
「超龍と戦ったから、邪龍なんか朝飯前か!」アビクリスはいたずらに笑った。
「それより、パパは?」
ティミレッジが尋ねた。サティミダも参戦していたが、途中から姿が見えなくなったのだ。
「あのヘタレも戦ったのかい? いなくなったってことは逃げ出したんじゃないか? ほっときな」
「相変わらずパパに冷たいな……。僕、探して来る。みんな、先に行ってて」
ティミレッジは、アビクリスに反抗するようにサティミダを探しに走り始めた。
背後から「あんな奴、ほっときなってー!」と母の声が響く。
◇
「ふぅ、やっと終わった……。さて、戻るか」
村のとある場所。
アビクリスの思惑通り、サティミダは途中から抜け出し、邪龍から隠れていた。
「最後まで戦うなんて無理だよ。武闘家とかと違って、魔導士は魔力が尽きたらおしまいなんだから……。魔力回復のアイテムもあるけど、けっこう高いんだぞ」
彼は金銭節約のために回復のアイテムを出し惜しんでいた。アビクリスにバレると抹殺される案件であった。
「久しぶりだな」
サティミダが皆の元へ行こうとすると、低い男性の声が響いた。息子やその一行の声では無かった。
ガタガタと震えながら振り返ると、真っ黒なフードをかぶったローブの男性と、その隣には濃いグレーのローブを来た男性が立っていた。
「うわあ~!!」
黒魔導士にしては暗すぎる見た目だったのでサティミダは驚き、叫びながら尻もちをついてしまった。
「相変わらずだな、お前……」思わず、黒ローブの男も呆れ返った。
「き、君は……ドーネクト?!」サティミダの声が震えていた。
「そうだ。同級生のドーネクトだ。会うのは二十年ぶりぐらいか、サティミダ?」
「な、何で生きているんだ……? 君は、アビクリスが倒したはずじゃ……?」
「アビクリス……久しぶりに聞く名前だが、本当に忌まわしい」
黒ローブことドーネクトはわずかに怒りを交えて言った。
彼は二十年前、若かりしアビクリスに退けられた闇魔導士だ。彼女が英雄と讃えられるきっかけともなった人物だった。
「アビクリスにやられた後は遠くの地に避難していた。そこで、こいつと出会った」
ドーネクトは、隣にいる濃いグレー色のローブの男を指した。
その者はフードをかぶっておらず、黒い髪を肩まで伸ばしていた。
「サティミダさんですね。お初にお目にかかります。私はダーケスト。ドーネクト様の助手をさせていただいております」相手は丁寧な口調で自己紹介をした。
「ドーネクトの……助手?!」
「こいつは本当によくやってくれる。おかげで、アビクリスに一泡吹かせる自信も持てたのだ」
ドーネクトは怪しく笑ってみせた。
「ア、アビクリスに、一泡だと……?」
サティミダは相手の言葉に衝撃を受けつつも、自身の元妻が脅かされることに恐怖を抱いた。
「今のを聞いてどう思った? 俺に怒りを感じたか? それとも、俺に敵わないから代わりにお前が一泡吹かされたいと思ったか?」
「そ、それは……。あっ! でも、アビクリスがやられるのもイヤだっ!」
一瞬、自身への攻撃を怖れたがすぐに正気に戻った。
やはり元パートナーとは言え、大切な人が傷つくのは一番耐えがたかった。
「安心しろ。今回はアビクリスに用は無い」
「へ?」
「お前の息子、もう成人していたよな?」
ティミレッジについて聞かれ、サティミダは息をのんだ。
「ティ、ティミレッジに何の用だ……?」
「パパ!!」
サティミダが聞いたところで、聞き覚えのある声がした。
ティミレッジ本人が両者の元にやって来たのだ。
「おぉ? いいタイミングだな」
ドーネクトはティミレッジを見て、さらに笑った。
「あ、あなたは……二十年前に村を襲った闇魔導士?!」
勉強家の彼は村の歴史について網羅しており、村を脅かしていたドーネクトについても報道紙の写真ですでに知っていた。
「俺を知っているとは、話が早い!」
「ティミレッジ、逃げろ!!」
サティミダが叫ぶと、ドーネクトの助手・ダーケストが先手を打って魔法を使った。
すると、ティミレッジの足元から黒い触手が四本現れ、彼の両腕と両足に巻き付いた。
「な、何これ?!」
「む、息子に何をするんだ?!」サティミダが怯える声で叫んだ。
「そろそろ見頃だと思ってな」
ドーネクトは笑いながら、触手に縛られているティミレッジへ近付いて行った。
サティミダも行こうとするがダーケストが新たに出した触手が足に巻き付き、動けなくなってしまった。
「君は覚えていないかもしれないな。とても小さかったから」
ドーネクトはティミレッジの真ん前まで来ると、相手のローブの前を無理矢理開け、インナーを引きちぎった。
「何するんだ?!」ティミレッジが困惑して叫ぶ。
「も、もしや……? ダメだ!!」
何かを思い出したサティミダは触手から逃れようと必死にもがいた。
それには見向きもせずにドーネクトは、露わになったティミレッジの体を見つめ続けていた。
「うむ。俺には見えるぞ! 二十年前に埋めた闇の魔法陣が!」
「闇の魔法陣……?」
ティミレッジは戦慄しながら復唱した。
彼の胸には何もない。だがドーネクトいわく、そこには何かがあるらしい。
「そして、成人した君の魔力も順調に育っている。それと魔法陣の力を合わせて、俺の右腕になってもらうぞ!」
「右腕? 君には助手がいるじゃないか!」
「私は左腕です。だから、右腕が必要なのです」
後ろからサティミダが疑問を投げかけると、ダーケストが冷たい口調で解説した。
ドーネクトはティミレッジの理解を待たず、彼の胸元に手を当てた。
すると、黒い線で描かれた歪な形の魔法陣が姿を現した。
「な、何これ……?」初めて見る物体に、ティミレッジの顔が青ざめた。
「やはり、覚えていないか。俺がアビクリス……君の母親に倒される前に埋め込んだ闇の魔法陣だ。普段は肉眼で確認出来ないが、君の成長と共に魔法陣の力も育って行き、大きくなってから俺の右腕になってもらうために埋めたのだ」
ドーネクトの説明にティミレッジは絶句した。
これまで、自身の体に謎の魔法陣が埋め込まれている等つゆ知らず、両親からもそんな話を聞いたことが無かった。
「アビクリスは知らんだろう。知っているのはサティミダのみだ。何故なら、君に魔法陣を埋め込む際、近くで見ていたからな」
ティミレッジは目を見開いて父を見た。
しかし、すぐ冷静になった。何故なら、サティミダが心身共に弱かったのは昔からなので、自分の息子が悪い目に遭わされても助けられる自信がないことを理解していたからだ。
「自分の子供すら守れないなんて、親失格だなぁ?」
ドーネクトは言いながら、ティミレッジの胸元に浮かび上がった魔法陣に手を掛けた。
すると魔法陣から青黒い光が現れ、彼の体を包み始めた。
「うわあああーーー!」
ティミレッジの悲鳴が響き渡った。
ドーネクトは楽しそうに笑い、サティミダは恐怖に震え、ダーケストは腕を組んで涼しい顔で見つめていた。
「ティミー!!」
そこへ、心配したユアたちが駆け付けた。
「ん? お前たちは魔王ディンフルや超龍と戦った一行……?」
「あなたは、村を脅かした闇魔導士?!」
ドーネクトとソールネムが互いに確認し合った。
ユアたちは青黒い光に包まれたティミレッジの異変に気が付いた。
「ティミーに何をした?!」
フィトラグスに問い詰められると、ドーネクトは再び笑いながら説明し始めた。
「二十年前、小さかった彼に闇の魔法陣を埋め込んだのだ。成人してから、俺の右腕にするためにな!」
青黒い光が無くなると、ティミレッジの姿が変わっていた。
白かったローブは真っ黒の上下になり、その上から紺色のマントを羽織っている。
そして、開かれた目からは一切の輝きが無くなっているのであった。




