第49話「両親の再会」
三人衆のアジトである廃墟。
レジメルスは本を読み疲れたのか、ベッドで体育座りをしながら眠っていた。
そこへ、忙しなくクルエグムが部屋に入って来た。
「失敗したらしいな? あれほど言ったのに、奴らにジュエルを渡しやがって!」
レジメルスは目を閉じたまま、クルエグムに対応した。
いつもの気だるい口調だった。
「しょうがないじゃん、邪魔が入ったんだから。自分だって失敗したくせに偉そうに言わないでくれる?」
「てめぇだって偉そうに言える立場じゃねぇだろ!」
「文句あんなら自分で行けば?」
「初めっからそのつもりだったよ! それなのに、お前からいちゃもんつけやがって!」
レジメルスは目を薄く開けると、「だる……」とため息まじりにつぶやいた。
「また、だるいのかよ?! いっつもだな! 見てて鬱陶しいから、いっぺん病院で診てもらって来い!」
クルエグムの怒りも強まり、とうとう相手の口癖にも難癖をつけ始めた。
レジメルスはベッドから立ち上がり靴を履いて歩き始めると、クルエグムの前で止まって横目で彼を睨みつけた。
「ディファートを受け入れる病院なんて存在すんの? あるなら紹介してよ」
それだけ言うと彼は、部屋から出て行ってしまった。
「クソがっ!」取り残されたクルエグムはベッドに置かれたレジメルスの愛読書である本をつかみ、壁に投げつけた。
◇
廃墟の屋上。
二人の様子を離れた場所から、アジュシーラが座って額の目の力で見ていた。
「まーた、ケンカしてる。弁当屋から帰ってから空気悪いなぁ……」
ため息をついてから、額の分を含めた三つの目を開けると、立ち上がった。
「今日はオイラが行くか。ジュエルを壊してあいつらを困らせて、二人をビックリさせてやる!」
イタズラっぽく笑うと、アジュシーラは廃墟を出発した。
◇
ユアたちがチアーズ・ワンドの光をたどって着いた先は、ビラーレル村。
ティミレッジの故郷である。
「今日は僕の村?!」
「キレイに分かれたな。俺の国に、オープンの町に、今日はお前の村か」
「これって、俺らの故郷を冒険しろって言うツナマヨじゃね?!」
「ツナマヨ……?」オプダット以外の三人が首を傾げた。
さすがに訂正役のティミレッジですら、元の言葉が予想出来なかった。
「台本のことだよ!」誰もわからなそうなので、オプダットがヒントを与えた。
「”シナリオ”のこと……?」
ユアが推測すると、「それだ!」と彼が嬉しそうに言った。
「全然わからないよ……」
「“ナ”しか合ってないじゃないか!」
ティミレッジがため息をつき、フィトラグスがつっこんだ。
パーティ内のいつもの光景である。
「あなたたち、何してるの?」
そういう普段のやり取りをしていると、若い女性の声で話し掛けられた。
ソールネムが呆れた顔で立っていた。
「ソールネムさん!」
「変な言い間違いが耳に入ったから、“もしかして”と思って」
彼女も魔王討伐の頃からの関係で、オプダットの言い間違いと仲間による訂正&つっこみは嫌と言うほど耳にしたし、参加もして来た。
「僕たち、ジュエルを探しに来たんです。今度はビラーレル村にあるそうなんですよ!」
「そうみたいね。今日は私も参加出来るわ。昨日はごめんなさいね」
自分の村にジュエルがあるのが嬉しいのか、ティミレッジが興奮しながら説明した。
対してソールネムは冷静に返答しながら、昨日の不参加を謝罪した。
「ティミレッジ!!」
また別の方から女性の声で呼び掛けられた。
今度はソールネムのクールな感じと違い、力強い声だった。
振り返ると、青色のベリーショートヘアに紺色のケープの下に白い上下の服を着た女性・アビクリスがこちらへやって来ていた。ティミレッジの母である。
「ママ!」
ティミレッジが喜びながら母親へ駆け寄った。
彼の母とユアたちは初めて会うが、一行は他のことが気になった。
「“ママ”……?」
フィトラグスは「父上、母上」、オプダットは「父ちゃん、母ちゃん」と呼んでいたので、ティミレッジは「お父さん、お母さん」と呼ぶものだと皆は勝手に予想していた。
なので、まさかの呼び方にユアたち三人はきょとんとしてしまった。
「あっ!」アビクリスがこちらに気付くと突然驚きの声を上げ、ユアたちの元へ来てから一行へ深くお辞儀をした。
「息子がたいへんお世話になっております。フィトラグス王子様と皆様」
いきなりかしこまった挨拶をされ、ユアたちは動揺した。
「いえいえ! こちらこそ、いつもティミーから守ってもらって、逆にお世話になっております!」
「息子さんがいて下さって、本当に助かっております」
「ティミー、良い奴だぜ!」
ユア、フィトラグスは敬語で、オプダットは親指を上に立てながらアビクリスへ対応した。
タメ口で対応した彼の足を、ソールネムが「敬語を使いなさいよ」と言わんばかりに持っていた杖で思いきり刺した。
「助けてー!!」
その時、今度は男性が救いを求める声が聞こえて来た。
声がした方を見ると、青色のはねた髪にグレー色のローブを着た四十代ぐらいの男性が、筋肉隆々の男数人に追いかけられていた。
「待ちやがれ! 魔導士なら魔法で稼いでるんだろ?! 持ち金、全部よこせー!」
魔導士を狙った暴漢たちだった。
普通は魔法で対処するところだが、逃げている男性には戦う意志が見られなかった。
「よし! 経験値稼ぎのために!」
「俺も行く。ああいう悪党は許せないのでな」
「俺も! 超龍だけじゃなく犯罪者もやっつけて、みんなでえいようになろうぜ!」
「“えいゆう”!!」
最後にオプダットが言い間違えるとユアとフィトラグスで訂正し、悪党たちへ向かい始めた。
が、三人より先にアビクリスが足早に駆けて行った。
「あれ……?」
あっけに取られる三人へ、後ろからティミレッジが「心配しなくていいよ。色んな意味で……」と、まるで何かを諦めたような口調で言った。
「色んな意味で」という言葉が引っ掛かるユアたちだが、この後すぐに理解するのであった。
アビクリスは逃げている男性を背に立つと、勝ち誇った顔で悪党たちを見た。
「魔導士のくせに生意気な!」と声を荒げる悪党たちだが、勝負はすぐについた。
アビクリスが黒魔法ではなく武術の技を、彼らへ一発ずつ食らわせたのだ。
「残念。魔導士は魔導士でも、”魔導士 兼 武闘家”なんだよ!」
彼女が自信たっぷりに言うと、悪党たちは勝ち目が無くなったのかそそくさと逃げ去って行った。
観衆から一斉に拍手が起きた。
「いいぞ、アビクリスさん!」
「さすが、ビラーレルの英雄だ!」
ユアたちも一緒になって拍手をした。
「ティミーの母ちゃん、最強じゃねぇか!」
「かっこいい!」
「母上はあんなに気が強いのに、何でお前は似なかったんだ?」
オプダットとユアがアビクリスを讃え、フィトラグスはティミレッジの性格へ疑問を抱いた。
本人は「さあ……?」と曖昧に返すしかなかった。
「さてと……」喝采を受ける中、アビクリスは息を吸うと……。
「いつまで縮こまってんだ?!」
いきなり被害者の男性へ怒鳴りつけた。
男性は座り込んで頭を抱えて膝に顔を埋めたままだったので、やっと悪党たちがいなくなったことに気が付いた。
集まっていた村民たちは拍手と賞賛の声を一斉にやめると、急いでその場から離れ始めた。
「あれ……?」
再び唖然とするユアたち。
アビクリスに怒鳴られた被害者の男性は涙で濡らした顔を見せながら振り向いた。
「ア、アビクリスじゃないか?! 僕を助けてくれたんだね?! てことは、また僕と、け……」
「相変わらずだね、あんたは! いつになったらそのビビリ癖が直るんだ、このヘタレ野郎!!」
ついさっきまで英雄と讃えられていたアビクリスが、今度は被害者に暴言を吐き始めた。
英雄らしからぬ言葉遣いにユアたちは戦慄した。
「いくら何でも、その言い方は……」
「あ、ティミレッジも一緒だったのかい?」
ユアが怯えながら止めに入ると、被害者の男性がこちらに気が付いた。
名指しされた本人は気まずそうに顔を背けていた。
「ティミー、その人とも知り合いか?」
「同じ村なんだから、知らないことはないだろう」
オプダットとフィトラグスが言うと、ティミレッジは仕方なく被害者の男性へ返事をした。
「わけあって戻って来たんだよ。それより、久しぶりのママの前なんだから、もう少し男らしくしてよ、パパ」
ユア、フィトラグス、オプダットは驚きの声を漏らした。
悪党に襲われていた被害者はティミレッジの父・サティミダだったのだ。
「サティミダさん。黒魔法が使えないなら、自衛用のアイテムは持っていて下さいよ。そうでなくても、あなたは気が弱いんですから……」
後ろからソールネムがうんざりしながら忠告した。
続けてアビクリスも怒りを交えて言った。
「あたしが戻って来たから良かったものの、そうでなかったらどうしてた?! あんた一人じゃ、持ち金どころか身ぐるみまで剥がされてたぞ!」
「そ、その時はティミレッジたちに助けてもらうよ。ちょうど帰って来てたし……」
「僕らにも頼らないでくれる……?」
サティミダが完全に人任せにするように言うと、ティミレッジが不満げに返した。
彼が誰かに怒り混じりにつぶやくのは初めてだったので、ユアたちはただ絶句するしか無かった。
「まだ人任せに生きてんのか?! ティミレッジだって魔王や超龍と戦って世界に貢献してるのに、あんたは逃げてばっかりじゃないか!」
「ご、ごめんよ、アビクリス~! それより久しぶりだね。何年ぶりだい?」
サティミダは泣いて謝ると突然けろっとし、普通に挨拶をした。
「話を変えるな!! 気弱中の気弱なくせに何で立ち直るのだけはそんなに早いんだ?! 言っておくが、あんたに会いに来たわけじゃない! 仕事で戻ったんだ! 勘違いするな!」
また怒鳴られ、しゅんとなるサティミダ。
見ていたユアたちは胸を痛めたが、ティミレッジとソールネムは冷めた目で見ていた。
同じ村で暮らす二人にとっては、気が強すぎるアビクリスと気が弱すぎるサティミダは日常茶飯事なのだろう……。




