第36話「惨事」
インベクル神殿。
ユアたちがチアーズ・ワンドの光に導かれ、ジュエルの前までたどり着くと、社会科見学に来ていたロアリィとその生徒たちがやって来た。
「奥の宝石に何をしようとしているのですか?!」
「え? み、見ていただけですけど……?」
「なら、その光は何ですか?! それでガラスを割って、奪おうとしていたのではないですか!?」
突然疑われ問い詰められたユアが怯えながら答えると、ロアリィがチアーズ・ワンドの光を見て決めつけた。
チアーズ・ワンドの光はジュエルを探すためのもので、ユアたちには「ガラスを割る」という発想は無かった。
「ロアリィ様、落ち着いて下さい。我々はジュエルを奪おうとしに来たのではありません。このライトの光も、ガラスを割らない安全なものです」
ユアの横からソールネムが冷静に説明した。
ここでうろたえると却って怪しまれると思ったからだ。
そこへ、ロアリィの後ろにいた児童もユアたちを庇い始めた。
「ロアリィ先生、この人たち怪しくないよ」
「超龍を倒してくれた人たちだよ」
「フィトラグス様と一緒に旅してたんだよ」
子供たちの意見でロアリィの目の色が変わり始めた。
昨日一昨日の反省で、児童の話をしっかり聞こうと努めていたのだ。
中には「ピンクの髪のお姉ちゃんは知らないけど」「誰?」という声も聞こえたが、フィトラグスの婚約者が気になるユア本人はそれどころでは無かった。
◇
「私の仲間です。悪者ではありません」
報告を受けたフィトラグスが急遽駆け付け、ロアリィに説明してくれたことで、ユアたちの潔白は証明された。
「申し訳ありません! 奥の宝石が国宝だと伺っていたので“守らねば”と思い、つい早とちりをしてしまいました……!」
ロアリィは深く頭を下げて一行に詫びると、ユアたちも笑って許し、その場は丸く収まるのであった。
そして彼女が去って行った後、フィトラグスは神殿に残り、仲間たちと話をした。
「すまないな。ちょっと、そそっかしいお姫様なんだ。許してあげてほしい」
「ちょっとビックリしたけど、通報されなかったから大丈夫だよ。それより、フィットこそ大丈夫?」
突然、ティミレッジがフィトラグスの身を案じ始めた。
「何が?」
「あの方、セスフィア様に似ているじゃん」
亡き婚約者の名前を出されると、フィトラグスは苦笑いをした。
「ま、まぁ、そっくりだよな。でも、中身は全然違うんだ……」
彼はロアリィが昨日と一昨日にやらかして来たことを話し始めた。
特に、セスフィアがしっかり者だと知っているユア以外の者はただ驚くしか無かった。
「みんなの前で悪事をばらしたり、悪口をわざわざ本人へ伝えるって……、大丈夫なの、あの方?」
ソールネムが一番血の気が引いていた。
セスフィアの人柄も知っていたためロアリィにも同じように期待をしていた。だが今の話で、婚約者がセスフィアとは真逆の人物だと知り、絶望に似た感情を抱いたのだ。
「悪事をばらされた子は“先生の顔を見たくない”って休んでいるそうだ。でも、ロアリィはその都度受け止めて、次へ活かそうとしてくれる。根は悪い方ではないんだ」
「それはそうだけど……」
ユアは「その都度受け止めて、次へ活かす」という台詞を聞いて、自分も弁当屋や図書館でドジを働いていたことを思い出していた。だから相手の気持ちもわかるが、姫は自分とは比べものにならないレベルのミスをしている。
「もし自分が教師だったら同じ、もしくはもっとひどいミスをしていたかも?」という考えがユアの中で過ぎった。
「本当に、あの方と結婚するの?」
ソールネムに聞かれた瞬間、フィトラグスは思い出していた。
ロアリィは、今は夢を叶えるため奔走しているが、本来は婚約者として訪れていた。ただの教師体験だけならまだしも、結婚し夫婦になることを考えると今から不安が募った。
今は修行でいない弟のノティザが彼女の失敗で危ない目に遭ったとしたら……。起こりえないことなのに、容易に想像出来てしまった。
「比べてしまうんだ、セスフィアと……」
「そうだよね。だって、セスフィア様とフィットは友達のように仲が良かったし、誰もが“必ず結ばれる”って期待していたよ」
ティミレッジは、セスフィアが生きていた当時の周囲の声を思い出しながら言った。
「残念ながら似ているのは顔だけだ。セスフィアはどんな時も俺を導いてくれた。“頼りない年上”と思われたに違いない……」
「そんなことねぇよ! セスフィア様と会ったことはないが、フィットと過ごせて幸せだったと思うぜ!」
「私もそう思う。だって報道紙で見た二人、いつも幸せそうだったもん」
オプダットとチェリテットがそろってフィトラグスを励ました。
「話を戻すけどロアリィ様は来たばかりだし、今は失敗ばかりだから悪いところしか見えていないのよ。これから経験を重ねれば、良い姫様として見られると思うわよ」
「だといいんだが……」
最後にソールネムからも励まされるが、フィトラグスはどうも腑に落ちなかった。
これ以上、悪いことが起きないことを祈るばかりだった。
ロアリィの話はそこで終わり、話題が変わった。
「そういえば、みんなは何でここにいるんだ?」
「ジュエルが見つかったの! あれ!」
ユアは奥のガラスケースに入れられた赤い宝石を指さし、「これが教えてくれたんだよ!」とチアーズ・ワンドが教えてくれたことも話した。
「あれはインベクルに古くから伝わる国宝の宝石。あれが、ジュエルの一つなのか?!」
「そうみたい。フィットから国王様に頼んでくれないかな? チアーズ・ワンドが教えてくれたからウソは無いと思うんだ。僕たち、あれが必要なんだ」
「お願い!」
ティミレッジとユアが両手を合わせて頼み込むと、オプダットたち三人もフィトラグスへ懇願するような眼差しを向けた。
「旅に必要なものなら、許可して下さるかもしれない。頼んでみるよ」
彼がそう答えると、ユアたちは喜びの歓声を上げた。
フィトラグスは早い方がいいと思い、急いで城へ戻って行った。
◇
愛馬に跨り、城へ戻っていると人通りの少ない通りから男性の罵声が聞こえた。
不審に思ったフィトラグスが馬を一旦止め、引き返して声の方へ向かい始めた。
曲がり角の向こうで「俺から逃げやがって!」と、中年男性が同じ歳くらいの女性を引っ叩き、その子供が必死に止めていた。
「何をしている?!」
フィトラグスは馬から降りながら、中年男性へ問い詰めた。
気付いた三人が振り向く。そこにいた子供は、昨日学校で会ったエスクだった。
「フィトラグス様……」涙声で訴えるように声を絞り出した。父親が来たため、学校を休まざるを得なかったのだろう。
「こいつらが俺から逃げ出したから連れ戻しに来たんだよ!」
「エスクとその母上は、父上からの暴力に耐えかねてこの国に来たんだ。今も手を上げていたな?!」
「二人が俺の言うことを聞かないからだ!」
「そんなことをしているから逃げられるのだろう!」
「うるせえ! てめぇ、何者だ?!」
国の王子であるフィトラグスに暴言を吐く父を見て、エスクと母親はぞっとした。
慌ててエスクが「”フィトラグス様”と言って、インベクル王国の王子様だよ!」と教えた。
「王子……? ちょっと偉いからって、家族のことに口出すんじゃねぇ!」
父親が殴りかかるも、フィトラグスはその拳を受け止め、相手の背中へねじり伏せた。
「いててててて!」父親が大声で悲鳴を上げた。
「”守りたい”と思ったから、結婚したんじゃないのか?! 暴力や罵声で支配する奴に、家族を作る資格など無い!!」
この後すぐに兵士が押し寄せ、エスクの父は現行犯逮捕されるのであった。




