第31話「初日を終えて」
インベクル初等学校(小学校)の放課後。
生徒はまっすぐ家へ帰る者、学校に残って友達と話す者、居残りで勉強をする者、遊具で遊ぶ者など好きなことをして過ごしていた。
そんな中、ビティムという名の女子生徒は、大人が持つような長財布を同学年の女子生徒から持たされていた。
「うちの担任の財布、あんたが預かっててよ」
「ど、どうしたの、これ……?」
「拾ったの。担任が教卓に忘れてったから。けっこう大金が入ってるから、居残りが終わったらみんなで遊びに使おうと思って」
同級生の発言が信じられず、ビティムは見開いた目で相手を見た。
「遊びに行くって、このお金で……?!」
「そう。うちの担任、ムカつくもん。明日、空になった財布を見て、どんな顔するか見てやろうよ!」
リーダー格の女子生徒がそう言うと、三人の取り巻きが「いいね!」と騒ぎ立てた。
「もちろん、あんたも遊びに連れて行ってあげる。どうせ、あたしら以外に友達いないんでしょ?」
ビティムは怖がりで、いつもクラスの男子からいじめられて来た。
目の前の女子生徒たちがそれを見かねてビティムをグループへ誘い込むが、次第に彼女達もいじめに似た行為を行うようになっていた。
誘われた当初は彼女たちに感謝していたが、本性を知ってからは離れたい気持ちが日増しに強くなって来た。さらに最近は「一人でいた方がマシ」とも思うようになっていた。
ビティムは勇気を出して、財布をリーダー格へ投げ付けた。
「何するのよ?!」怒るリーダー生徒。
「悪いけど……預かりたくない」
「あたしの言うこと、聞けないの?!」
「聞かなかったらどうなるかわかってるの?!」
「また一人ぼっちだよ!」
「男子からいじめられても、助けてあげないよ!」
四人から一気に責め立てられ、ビティムは怖くて泣きそうになった。
しかし、彼女たちの言いなりで悪いことをするのも気が引ける。
「何をしてるのですか?」
どうすればいいのかわからないでいると、怒鳴り声を聞いたロアリィが五人の元にやって来た。
助け船が来たと思い、ビティムは内心喜んだ。
ロアリィは五人に話を聞く前に、床に落ちた長財布が気になった。
「この財布は誰のですか?」
硬直する生徒たち。
ビティムが「ティーチェル先生のものを拾いました」と言おうとすると、すぐにリーダーが機転を利かせて言った。
「ティーチェル先生のものですが、ビティムさんが盗もうとしていました」
驚いて相手を見るビティム。
逆にリーダーは、彼女の視線を避けるように床を睨みつけていた。
つられるように他の三人も「私も見ました」「教卓からこっそり取っていました」「だから私たち、ビティムさんを注意してたんです」とリーダーに合わせた。
「ち、違います……! そんなことしてません……」
ビティムが反論しようとするが、驚きと恐怖で声が上手く出せなかった。
彼女の訴えが聞こえなかったのか、ロアリィは「職員室へ来て下さい」と冷たく言った。
◇
ビティムは本当のことを言えず、職員室でティーチェルに怒られてしまった。
彼女が帰った後、入れ違いでフィトラグスが入って来た。ロアリィの送迎のためだった。
「ロアリィ様をお迎えに上がりました」
フィトラグスを見たティーチェルが、彼を部屋の隅に呼び出した。
「ロアリィ先生、本日はとてもよく頑張って下さいました」そう言った後で「しかし……」と、彼女の表情が曇り出した。
「ちょっとドジが目立ちました。今日は作文の返却があったのですが間違えて別の子に返したんですよ。それで、勝手に読まれた生徒が泣き出してトラブルになって……」
フィトラグスが息をのむと、ティーチェルはさらに続けた。
「もう一つですが……。今日はテストもありました。テスト用紙はいつも人数分を複写してから渡していたのですがロアリィ先生、答えの用紙を複写して生徒に渡したんですよ」
「答えの方をですか……?」
「一から複写し直しになったのですが時間が無くなって、テストも別の日になりました。子供たちの中には“せっかく勉強して来たのに”って怒る子もいて……」
フィトラグスは、彼女が思った以上のドジをやらかしたことが信じられなかった。しかしすぐに、「初日だから仕方ありませんよ」とフォローした。
ティーチェルも初日で緊張していたゆえの失敗だと把握していた。
ロアリィもその都度反省し、次から気を付ける意思を見せていたので、ティーチェルはこれからの彼女に期待することにしていた。
業務はこれで終わり、ロアリィはフィトラグスと共に城へ帰ることになった。
フィトラグスらが去った後、外から職員室の様子を窺う視線があった。
「へ~え。あのロアリィって女、フィトラグスの婚約者なのか。何で教師やってんのかわからねぇが、面白くなりそうだぜ!」
透明化したクルエグムが、いつの間にかフィトラグスらを見つけていたのだ。
そして、ロアリィの数々の失敗を知ると、粗探しを企むようにほくそ笑むのであった。
◇
インベクル王国の食堂。
ティミレッジら仲間はそれぞれの家に帰り、フィトラグスはロアリィと一緒に食べるため、食堂にはユア、ディンフル、サーヴラスの三人しかいなかった。
「聞いて! あのね……」
「スライム相手に苦戦していたようだな」
ユアを遮り、ディンフルが冷たく言いながらスープを飲んだ。
「さ、最初はね……。でも途中から慣れて来て、レベル3まで上がったんだよ!」
「もうそこまで行かれたのですか?」
サーヴラスが驚きながら聞く横で、ディンフルは呆れてため息をついた。
「まだ3なのか……? 一日もあれば、10は軽くいけるだろう?」
「いやあ、それがスライムしか出なかったから、そこまでしか行かなくて……」
「場所を変えればよかろう! 少し離れると、ゴブリンやら人食い花とか出て来る筈だ!」
「人食い花って、あの気持ち悪いの?!」
「戦うとそのようなことは言ってられぬぞ!」
ユアは褒められると思って報告をしたが却って怒られてしまい、意気消沈した。
見かねたサーヴラスが必死にフォローし始めた。
「し、しかし、スライムだけで3まで上げるなんて、逆にすごいですよ! 特に緑色のスライムはフィーヴェでは最弱と言われているモンスターで、経験値もあまり溜まらないはずです。それなのにレベル3まで行ったのは……」
「甘やかすな! 今回は弁当屋や図書館で働くのとはわけが違うのだ!」
再びディンフルが遮ると、サーヴラスが「弁当屋と図書館……?」と目を丸くした。
「何でもない。忘れろ!」ディンフルは焦りながら打ち消した。やはり、ミラーレでの仕事経験は部下には知られたくないようだ。
「ところで、もう少し栄養のある食事は出ないのか? 近々復帰を望んでいるのだぞ! 休養だけでなく栄養も必要だ!」
ユアに文句を言った後は、食事に不満を漏らすディンフル。
二人そろって「置いてもらって文句言うなよ……」と思ったが、あとが怖いので口には出さなかった。
おそらく、動き回って来た生活からいきなり休むことになったのでストレスが溜まっているのだろう。
するとここで、ユアがあることを思い出した。
一旦食堂から離れて、戻って来た彼女の手にはいつものリュックがあった。
「栄養と言えばこれっ!」
そう言いながら、ユアは細長い缶の飲み物が入った箱を取り出した。一ダースはあった。
超龍戦でディンフルに飲ませた「ニュートリション・ドリンク」(通称・ニュードリ)だった。
「それは、口の中が痛くなる飲み物……?」
「これを飲めば元気が戻るよ。ただし、一日一本まで! 飲み過ぎると逆に良くないから。あとは……」
初めての炭酸がトラウマになったディンフルの反応を待たずに、ユアは次に漫画本を十冊ほど出した。
「ずっと寝てて暇なら、読書にどうぞ!」
表紙には「チョビオの冒険」と書かれていた。
「チョビオ」とは、リアリティアではイマストよりも人気の2Dアクションゲーム「ちょびヒゲブラザーズ」の主人公の名前。
ディンフルはリアリティアに来たばかりの時、このゲームにドハマリしてしまい、一晩でクリアした。
そのため、ユアが育った「グロウス学園」という養護施設で、先にクリアしたかった子供たちと園長から怒られてしまった。
「これは絵本か? 小さい絵がずっと続いているが……」
「フィーヴェに漫画ないの?!」
ディンフルは初めて目にするであろう漫画をパラパラとめくりながら尋ねた。彼の反応ではフィーヴェにその文化はないようだ。
「小説にすればよかった……」と後悔するユアであった。
「だが、気を遣っていただき感謝する。このニュードリを飲み、本を読みながら復帰に向けて頑張ろう」
最後にディンフルはユアへ穏やかな顔を向けて見せた。
その顔を見た彼女は「漫画でも良かったかも?!」と感激するのであった。
サーヴラスは、初めて目にする缶とリアリティアの書物を不思議そうに見つめていた。
「せっかくだし、お前にも缶の飲み物とやらを味わってもらう。口が痛くなるから覚悟しておけ」
ディンフルがイタズラっぽく脅しに近い文句を言うと、サーヴラスはきょとんとした。
台詞は少々怖いが、魔王がそのような顔で言うのが意外だったため、どう反応していいかわからなかったのだ。
同時にディンフルに優しい表情が増えたのは、ユアのおかげではないかと思うのであった。




