第3話「束の間の平穏」
ラーメンを食べ終え、店を出る五人。
せっかくなので全員で電車に揺られ、ショッピングセンターへ遊びに行った。
そこは以前、ユアとディーン(ディンフル)が訪れた場所だった。
ディーンは一度来ていたが、二度目となる今回も店の前で目を輝かせた。
入店し、三人が人生初のエスカレーターに驚いた後で本屋へ向かった。
ここでは本好きのティム(ティミー)が興奮した。
「フィーヴェの本屋より広い!」
そう言いながら片っ端から物色していく。
特別、本が好きではないラルス(フィトラグス)とダット(オプダット)も店内の本の量に驚いていた。
文字に関して心配は無かった。
彼らがキャラクターとして出ているイマストVこと「イマジネーション・ストーリーV」はリアリティアの全世界対応のゲームソフトで、海外の言語や音声も収録されている。
その影響か、ディーンたちの目には初めは見たことがない文字(リアリティア文字)として映るが、見ているうちに故郷・フィーヴェの文字へだんだん変換されていくのだ。
会話する時もそうだった。
以前ディーンが海外の者に話しかけられた時、ユアにはわからない言語に聞こえたが、彼は普通に自分たちと話している言語と同じだと感じた。
そして反応すると、言葉が自然と相手の国の言語に訳されて聞こえるのであった。
ティムだけが別のコーナーを見ている間、ユアは他の四人をゲーム本のコーナーへ案内した。
イマストVが発売されてもうすぐ半年。今でも新しいイラスト集が出たり、最近ではコミカライズするなど勢いは衰えていなかった。
「はわわわ……。今日はコミックスの発売日だったんだ。買わなきゃ!」
ユアは迷うことなく、コミックスを手に取った。
その間、ディーンたちは過去のイマストシリーズの作品の攻略本を見つけていた。
「これが俺らの先輩か?」
ラルスが取ったのはイマストⅣの攻略本。
自分たちが出ているのは五作目なので、Ⅳの面々は先輩に当たる。
ユアは表紙に描かれているキャラクターを一人ずつ指して紹介していった。
初めは楽しそうにしていたが、最後に薄茶色の長い髪をハーフアップにした男性の番になると、ユアの表情が曇った。
何故ならそのキャラ・エンヴィムは、ユアがイマストⅣの世界に行った際、彼女を庇って命を落としたのだ。
これをきっかけにユアは「第二のエンヴィムを作りたくない」と一時、空想世界に行くのを断念していた。
「あとで俺が話す」
ディーンはユアを気遣って言った。
するとそこへ、他のコーナーへ行っていたティムが本を一冊持ってやって来た。
「ディーンさん。両替の魔法をお願いします」
彼の手には、ユアが住んでいる国が大まかに紹介された旅行の本があった。
ティムは好奇心旺盛の勉強家で、異世界中では「幻の世界」と呼ばれていたリアリティアに誰よりも関心を持っていた。
旅行の本を選んだのもユアが住む国を知るためだった。
「なるほど! 旅行の本だと、リアリティアのことを手早く知れるからね!」
「本来ならお前の口から伝えるべきだが、それは無理なのか?」
感心するユアへディーンが提案するが、彼女は勉強が大の苦手。
頭がパンクしそうになり、思わず肩を落とした。
そして、ディーンには両替の魔法がある。
金欠で困っていたユアの前で、フィーヴェの通貨を一瞬でリアリティアの紙幣と硬貨に変えたことがある。
その魔法でティムは換金してもらい、欲しい本を手に入れた。
◇
次に向かったのはゲーセン。
ユア以外は耳を塞いで移動していたが、少しずつ慣れて来ると手を離して歩けるようになった。
「二度目だが、この大音量は勘弁だ……」
苦言を呈するディーンへユアがプリクラを提案する。
「ねえねえ! プリクラ撮らない?」
「断る」
以前は二人で撮ったが、リアリティアのプリクラには目が勝手に大きくなる仕様があった。
それが気に入らないディーンは、即座に辞退した。
しかし、事情を知らない他の三人は興味津々。
「気になるなら四人で行って来い。私は外で待つ」
ディーンを外で待たせ、ユア、ラルス、ティム、ダットの四人でプリクラを撮った。
機械の中から出て、完成したシールを見た三人はぞっとした。
「何だこれ……?」
「これが、僕たち……?」
「すげぇ……。リアリティアの娯楽って化け物にもなれるんだな」
いつも陽気なダットでさえも苦笑いした。
横から「これでわかっただろう?」とディーンが言った。
「で、でも、全部の機械がこんな感じじゃないよ! 中には目が大きくならない筐体もあるから!」
「初めからそちらを使え!!」
プリクラ機をフォローするユアだが、ディーンに怒られてしまった。
撮ったプリクラは、代表してユアが持ち帰ることにした。
◇
次に向かったのは、一階の食料品売り場。
ディーンもここに来るのは初めてで、入る前から胸を躍らせていた。
「リアリティアの食材を見れるのだな。楽しみだ」
(こんなに嬉しそうにする魔王、初めてだ……)
見ていたラルスが恐怖に似た感情を覚えていた。
しかし言葉には出さなかった。口にすれば、また面倒くさくなるからだ。
一人ずつ専用のカートを押して、端から端まで見て行く。
フィーヴェへの土産にもなると思い、男性陣四人は次々とカートの中へ入れた。
「コーヒーか。リアリティアではまだ豆を買っておらぬ」
「この菓子、見たこと無いな。チョコも入ってなさそうだし、買うか」
「これ、何て野菜だろう? 帰って、ソールネムさんにも分けて研究しよっと!」
「リアリティアのカレーって袋に入ってるんだな?! うまそうだ!」
ディーン、ラルス、ティム、ダットはすっかり買い物に夢中になっていた。
一見ほほえましい光景ではあるが、リアリティア事情を知るユアは心配になった。
「たくさん買ってるけど大丈夫……? リアリティアって物価が上がってるから、自分の財布と相談した方が良いよ」
彼女の一言で我に返った四人は、カートに入れたものを一つずつ見返した。
そして今回は必要ないと思ったものは売り場へ返しに行った。幸いにも、全部常温だったので後から返しても困るものは入っていなかった。
会計を終え、ユア以外の四人はパンパンになった袋を一つずつ持って歩いていた。
「お金足りて良かったね」とユア。
「うむ。物価が上がっていると聞いたが、フィーヴェの方が断然高い」
「そうなの?!」
ディーンから衝撃の事実を告げられ、思わず声を上げた。
さらに、ティムとダットも付け足した。
「フィーヴェも超龍が復活する前の災害や戦いの被害に遭った場所への救済が関係して、物価が上がってるんだよ」
「だから今の買い物はとても安く買えたぜ!」
フィーヴェ最大にして最強の魔物・超龍が復活する前兆として地震、豪雨、火山の噴火、豪雪など地域によって様々な災害が同時に起きていた。
聞いたユアはすぐに納得した。
話を聞いていたラルスは話を変え、ユアへ感謝した。
「ありがとな、ユア。案内してもらったおかげで色んなものを買えた。良い土産が出来たぜ。また来てもいいか?」
急にお礼を言われ、ユアは少しだけ緊張した。
案内をしただけでここまで感謝をされるとは思っていなかった。
「も、もちろん。私で良かったらいつでも案内するよ!」
横からディーンが口を挟んだ。
「リアリティアに来る時は同行させてもらう。移動も両替も、私がいなければ出来ないからな」
顔を輝かせていたラルスは一気に不詳顔になった。不仲のディーンも一緒でなければならないことが不満なのだ。
察したティムとダットが必死になだめる。
「ま、また四人で来ようよ! 僕もまた来たいもん!」
「俺も! またラーメン食いたいぜ!」
二人に言われ、ラルスはホッとした。
彼とディーンの二人きりでは気まずくなることは明らかだった。
ユアもそれを理解しており、四人で来ることを提案したティムたちへ心の中で感謝した。
人気のない場所に来た五人はここで別れることになった。
四人が帰る前にユアはお土産として、一人ずつに物が入った袋を配った。
中にはラーメンの絵が描かれた正方形の袋が一袋、缶コーヒーが一本ずつ入っていた。
「これって、ラーメンか?」ラルスが尋ねた。
「そう。お湯で煮て作れるラーメンだよ!」
「自分でラーメンが作れるの?!」
得意げに説明するユアへティムが驚きの声を上げた。
「うん。味はお店で食べるものと違うけどね……」
「あれに近いものがフィーヴェでも食べれるなら、全然いいぜ~!」ダットが喜びを表す。
「そして、これは?」
ティムは缶コーヒーを取り出した。
「コーヒーだ。お前たち、缶は初めてだったな? 帰ったら開け方を教えよう」
リアリティアのコーヒーが気に入ったディーンが得意げに言った。
よく缶のものを飲んでいたため、開け方には自信があったのだ。
別れを告げると、ディーンの魔法で男性陣四人は帰って行った。
ユアも余韻に浸りながら寮へ帰って行くのであった。
◇
楽し気なユアの様子が、暗い部屋の壁にプロジェクターのように映し出されていた。
映像の出所は機械ではなく、一人の少年の額にある目だった。その少年は目が三つあった。
「すっかり仲良しだね」
三つ目の少年はオレンジ色の天然パーマで、歳は十歳を少し過ぎたぐらいだった。
映像を見ながら、不満そうにつぶやく。
「だる……。ますます見損なったよ、元魔王」
少年に続いて、青緑色のはねた髪に黒いマスクを着けた青年が気だるそうに言った。
最後の「元魔王」を強調しながら。
「見限って正解だな。所詮、優しい奴は魔王にはなれねぇってことだ」
黒マスクの青年の次は、赤紫色の長い髪に尖った耳の青年が冷静に言った。
「中途半端なディンフルと違って、真の魔王はあの御方しかいねぇ。あの方なら、確実にフィーヴェを手中に落として下さる。覚悟してろよ、人間ども!」
引き続き尖った耳の青年が乱暴に言うと、他の二人と共に闇に包まれた部屋で怪しく笑った。