第23話「今後の目的」
弁当屋に別れを告げたユアは、ミラーレの公園にやって来た。
異世界への移動はどこからでも出来るが、ディンフルと出会ったこの場所からが一番しっくり来ると思っていた。
だがここは、クルエグムに告白された場所にもなってしまった。
「イマストのキャラでも、あんな人と付き合うなんて冗談じゃない! 絶対に懲らしめてやる!」
自分専用の武器をもらったからか、気が大きくなっているユア。闘志を見せると、まずはリアリティアへ飛んだ。
異世界同士の移動は出来ないため、ミラーレからフィーヴェへ飛ぶにはリアリティア経由でなければならなかった。
◇
リアリティア。
着いた途端、ユアは持って来ていた花柄のチューリップハットを深く被った。少しでも人の目に触れると大騒ぎになると思ったからだ。
幸い、人通りの多い場所に出ても、誰も振り向かなかった。
皆、それぞれの事情で忙しいのかせっせと歩いていた。この方がユアにとっては都合が良かった。
しかし、歩いて人気のない場所へ行かなければならない。
その場で異世界へ飛ぶと、今度は別の意味でニュースになるからだ。
歩いていると、ユアはショッピングモールの前にいることに気が付いた。
「こんなところに降りたんだ?!」
最後に来たのは、変身したディンフルと仲間たちを連れて来た時。
リアリティアには当分来ることはないので、ショッピングモールともしばらくお別れだった。
「そうだ……!」
ユアは何かを思い付くと、真っ直ぐ店内へと入って行った。
◇
一時間後、フィーヴェ。
ユアはインベクル王国の真ん前に到着した。
インベクル城まで来ると、城門のところで門番に止められた。
「あの、ユアと申します。今日はフィトラグス王子様に会いに来ました」
たどたどしい敬語で門番に説明するユア。
「ユア様と言えば、リアリティアからいらっしゃった方ですね? あいにく、フィトラグス様はご不在です」
「不在?」
「何でも、仲間のティミレッジ様たちと今後のことを話し合うと、城外へ出て行かれました」
幸いにも門番はユアを知っていた。
しかしフィトラグスは、仲間たちのところに行っていた。その話し合いにユアは今すぐにでも参加したかった。
「今日は戻りますか? それとも、そのまま旅とかに出たりとか……?」
「それはわかりかねます。ですが、フィトラグス様は報告をしっかりして下さる方なので、旅に出る際は一度こちらへ戻られると思います」
国へ戻ると言うことは、国王や女王に報告するためだ。それを聞いてユアはほっとした。
昔、アヨから置き去りにされた経験から、無断で誰かがいなくなるのは耐えがたかったのだ。
門番は話がわかる者で、フィトラグスが戻るまで城内に置くことを許してくれた。
彼いわく国王から「ユア殿が来たらどんな事情でも通せ」と言われていたのだ。
ユアは国王にも信頼されていることを嬉しく思ったが、「こんな私を……?」と信じられない気持ちの方が大きかった。
過労で倒れたディンフルも心配だった。
リアリティアから持って来た荷物を客室へ置くと、彼に会うべく廊下で会った使用人に部屋まで案内してもらった。
ディンフルは、大きなベッドの上で寝息を立ててぐっすりと眠っていた。無理矢理起こして話すわけにはいかなかった。
あきらめて、物音を立てないように部屋を出ようとすると、そこへサーヴラスが入って来た。
「わっ!!」
思わず、二人同時に声を上げた。
ディンフルの方を見ると、一度寝息は途切れたものの、またすぐに立て始めた。
眠り続ける彼を見て、二人そろって安堵のため息を漏らすのであった。
◇
中庭のテラスに移動すると、サーヴラスはユアに紅茶を入れてくれた。
「ありがとうございます。あと、すいませんでした。驚かせてしまって……」
「こちらこそ、申し訳ありませんでした」
サーヴラスは紅茶をユアへ差し出すと、自身もテラスの席に着いた。
「まさか、またお会い出来るなんて思いませんでした。ディンフル様から“帰れ”と言われたそうで、もういらっしゃらないかと……」
「は、はぁ。確かにディン様……じゃなくて、ディンフル様からそう言われましたけど、こっちに来たかったので」
サーヴラスはユアの会話に返答する前に、言い方を正した。
「“ディン様”でけっこうですよ。ディンフル様より伺っております。“部下以外で様付けをされたのは初めてだ”と」
「ディン様が私のことを話してたんですか?」
ユアが驚いた顔で尋ねると、サーヴラスは微笑みながら答えた。
「ええ。ディンフル様は、ずっとあなたの話ばかりされております」
「そうなんですか?!」
ユアは声を上げずにいられなかった。
ディンフルが、部下に自分の話をしていることが予想外だったのだ。
「具体的には、どういうお話を……?」
嬉しくもあったが、ユアは恥ずかしがりながらも聞いてみた。
「そうですね……。“包丁を扱うのが苦手、計算は間違える、火力の調整が出来ずに料理を焦がす、山で滑落したり、階段から落ちて捻挫するなどのドジが多い”という話はされておりました」
これらはすべて、ディンフルと出会った時期にミラーレで起こったことだった。
ユアにとっては本当に恥ずかしいことだったので、肩を落としてしまった。
「で、でも、“失敗してもその都度、活かす向上心を持っている”とも褒めておりました!」
察したサーヴラスが慌てて付け足した。
今度はポジティブな話題だったので、ガッカリしていたユアは起こした顔を輝かせた。
「よかった……」
「そういうことしか話して下さらなかったのですが、どうも話が見えなくて……。包丁だったり火力だったり、何か料理をされていたのですか? あと、山にも登られたのでしょうか?」
詳細は教えてもらえなかったようだ。
おそらくディンフルは、自身が魔王の状態で弁当屋と図書館で働いていた話をサーヴラスにはしたくなかったのだろうと思った。
今でこそ人間を受け入れているが、ミラーレで働いていたことは彼にとっては黒歴史になっているかもしれない。
なので、ユアは彼を気遣い「な、何なんでしょうね……?」と敢えて言葉を濁した。
「“だからこそ心配だ”とも話しておりました」
サーヴラスは突然真剣な表情になり、話を切り替えた。
「イポンダートさんから武器をいただいたと聞いた時、ディンフル様は身の毛がよだったそうです。“あのユアが戦うとは……”と」
「そんなに? 私って、そんなに信用されてないんですか……?」
「私の予想ですが、大切にしているからこそ言ったのだと思います」
サーヴラスの言葉に今度はユアの身の毛がよだった。もちろん、いい意味で。
「ディンフル様とは魔王になってからのお付き合いですが、一度も恐ろしいと思ったことがありません。何故なら、敵にも部下にも優しかったからです」
「へ……? 以前聞いた話では、みんなディン様の指導がきついから脱走したそうですね? ディン様が力ずくで連れ戻したそうですが」
「力ずくなんて……。確かにディンフル様の指導は厳しかったです。でもそれは、部下が敵の攻撃で死なないために敢えて行っていたそうです。そして逃げ出した一人ずつには、“お前の未来の全責任は私が取る。必要だから、戻って来て欲しい”とお声を掛けたそうです」
思っていた話と違い、ユアは唖然とした。
これを話してくれたディンフルはまだ人間嫌いの真っ盛りで、ユアとも出会ったばかりで心を開いていなかった。おそらく彼女を脅すためにウソをついたのだろう。
サーヴラスの話によると、実際に連れ戻された部下は最終的にディンフルを慕い始めたという。
推しの新たな魅力を知り、ユアの心は興奮で満たされていた。
(やっぱり優しいんじゃん! あのツンデレ魔王め!)
「しかし、例外もおりました。今回皆さんが対峙したクルエグム、レジメルス、アジュシーラの三人は、どう頑張っても連れ戻せませんでした」
クルエグムの名前を聞いたユアの高揚した気分は一瞬で冷め、胸の中がモヤモヤし始めた。
「ディンフル様には気配を辿って人を探す力があります。初めは反応が出たのですが、途中から感じなくなったそうです」
「どうしてですか?」
「ディンフル様の兄・ヴィへイトルが絡んでいるかと……」
サーヴラスの推測にユアは納得するしか無かった。
三人衆は「ヴィへイトルから力をもらった」と言っていた。さらに、ディンフルのマントも無効にする兄の魔力なので、気配を消す魔法を使えることも考えられたのだ。
「ユア?!」
名前を呼ばれ振り向くと、フィトラグス、ティミレッジ、オプダット、ソールネム、チェリテットが立っていた。
今度は国王と話すために城へ戻って来たようだ。
「フィトラグス様へ御用があって、来たそうです」
サーヴラスが代わりに説明した。
彼も元々フィトラグスたちとは敵同士だったが、ディンフルが仲間になったので同じく味方になってくれた。様付けと敬語はその証だった。
「悪いがそんなに時間は取れないぞ。これから父上と話さなければならない」
「もしかして、旅に出るの?」
「そうだけど、今すぐじゃないよ。イポンダートさんを交えて話し合って来たんだけど、これから“ジュエル”ってものを探すように言われたんだ。しばらく故郷を空けることになるから、フィットは国王様たちに許可をもらわないと」
ティミレッジが答えると、ユアは「ちょうど良かった」と思い、何も考えずに口走った。
「私も連れて行って!」
大声で頼み込むとフィトラグスたち仲間は唖然とした。
「連れて行くって……?」
「その、ジュエルっていうのを探す旅に!」
オプダットが珍しく気後れしながら聞くと、彼女は再び大声で言った。
目の前の五人は、今度は険しい表情を浮かべて顔を見合わせた。
「正気か? 前のフィーヴェへ戻る旅と違って、ハードになるかもしれないんだぞ。ヴィへイトルらもいつ襲って来るかわからないし……」
「そ、それなら私、戦えるから!」
フィトラグスに反対されると、ユアはチアーズ・ワンドを取り出し、戦う意志を見せた。
「まだ一回しか使ってないだろ! ディンフルもダウンしてるし、あいつらが来たら守れる保証はないんだぞ!」
「その時は考える。どっちみち、私も戦わなきゃいけなくなったから」
「どういう意味だ?」
ユアは固唾を飲み、ゆっくりと説明した。
「クルエグムがミラーレの弁当屋に来たの」
フィトラグス一同と、隣で聞いていたサーヴラスが目を見開いた。
「ミラーレって、とびらちゃんたちの弁当屋だよね?」
「何であそこに、くる……くる……くるくるぱー?」
「“クルエグム”な! くるくるぱーはお前の頭だろ!」
オプダットが敵の名前を思い出せないでいると、フィトラグスが怒りを交えてつっこんだ。
ユアの報告だけでも驚く一行だったが、ここでティミレッジが別のことに気が付いた。
「ちょっと待って。ユアちゃんって、リアリティアで働いていなかったっけ? 何でミラーレにいたの?」
「それは色々あって……」
ユアが説明をしようとすると一人の兵士が、国王の時間が取れたことを知らせに来た。
あとは王の間で、国王と女王を交えて話すことになった。




