第22話「次の居場所」
夕方のミラーレ。
ユアがリアリティアに帰っている間、仕事初日のとびらは帰るなり、昼間の出来事を聞いて激怒した。
「付き合わなくていいよ!」
とびらと同様に、まりねとキイも憤りを感じていた。
「そうよ! “付き合ったら弁当を毎日買う”なんて、そこまで落ちぶれてないわ! バカにしているわよ!」
「ユアの話ではそいつら、ディンフルの城まで奪って、邪龍の数も増やしているらしい。そんな奴と付き合えるわけないだろ。交換条件まで出して!」
三人は怒り心頭だった。
それをこうやと、心配で駆け付けたシオリとワードは見守るしかなかった。
「ユアちゃんたち、厄介な人と絡んじゃったね……」
ワードが不安げに言いながら、ユアやディンフルに同情した。
ユアは弁当屋に三人衆やヴィへイトルらのことはまだ話していなかったが、クルエグムから誘われた後で打ち明けていた。
これまで黙っていたのは、リアリティアの時と一緒で心配を掛けたくなかったからだ。
しかし、実際に敵の一人が来てしまい、話さないわけにはいかなくなった。
「それでまりねん。ユアちゃん、どうするの? リアリティアでも仕事が無いんでしょ?」
「引き続き、うちで働かせるわ」
「でも、また今日の人が来たりしたら……?」
まりねの自信に溢れた反応に、こうやは怯えながら尋ねた。
売り上げが伸びないのも悩みだったが、店を破壊されるのはもっと怖かった。
ましてや「ネクストドア」はこうやとまりねの愛の結晶のようなもの。そんな大切な店を壊されると、魂を抜かれることと同じだった。
「ディンフルに来てもらうの? 加糖で倒れたんでしょ?」とびらが言い間違えながら尋ねた。
「それを言うなら“過労”! 相当働き過ぎたようだ。そんな状態じゃ来られないだろう」訂正した後でキイが説明した。
「わかってる。ディンフルさんが来られない間は、私が何とかするわ」
「何とかって?」
「ここは弁当屋よ! 調理に使う包丁とかがあるでしょう?」まりねは自信満々に恐ろしい発言をした。
「そうだよ! 包丁なんて剣と一緒じゃん!」さらに、とびらまで元気よく共感した。
(この親子は調理道具で敵に立ち向かうんだな……)
他の者は、まりねととびらを初めて恐ろしい目で見ていた。
(包丁で威嚇なんて、強盗と一緒だろ……)
さらにキイは、この二人は同じ血が流れていることを改めて認識するのであった。
「ところで、ユアちゃんはどこ行ったの?」
「リアリティア。寮を出る手続きをするんですって」
まりねがシオリに答えると他の者は再び驚愕した。ユアがリアリティアで暮らしにくい話を聞いてはいたが、「ついに出るのか」と思っていた。
「じゃあ、ユアちゃんはどこで暮らすんだい?」こうやが心配そうに尋ねた。
「リアリティアで他に住めそうなところが無いから、ここに来るんじゃないかしら? 私は賛成だけど」
「私も!」
まりねに続いて、とびらも明るく声を上げた。二人はもう彼女を迎え入れるつもりでいた。
キイたちは「やっぱり親子だな」と、今度は微笑ましく見つめるのであった。
◇
リアリティアのアクセプト寮。
「出て行くって、どういうこと?!」
ユアが退寮を告げると、寮母が驚きの声を上げた。
「短い間でしたが、お世話になりました」理由は告げず、感謝の言葉だけを伝えた。
「行く当てはあるの?」
「一応……」
「どこ? 詳しく教えてもらっていい?」
寮母に問われ、ユアは言葉をつぐんだ。
「異世界へ引っ越します」なんて言っても「ふざけないで!」と信じてもらえないのは目に見えていたからだ。なので正直に言うわけにはいかないが、こういう時のためのウソを考えて来ていなかった。
バタバタしていたので、考える余裕が無かったのだ。
「すいませんが、言えません……」
「お願い。グロウス学園の園長さんと時々連絡取っていて、その都度あなたのことを報告しているのよ。次の受け入れ先がわからないと、園長さんも心配するわよ」
園長を出されるもやはりユアは答えられず、しばらく考えてから口を開いた。
「すみませんが、今回は教えたくありません。ここで言うと、また動画目当てで探し出す人が出ると思うので」
動画の話を持ち出され、寮母は黙ってしまった。先日、彼女はユア目的で寮を訪ねた若者に苦労させられた。
そして今日も、タハナたちが同じような者に話しかけられる事態も起きていたのだ。
「私がいると、これからもそういうことが起こりえます。誰かに居場所を伝えるとどこかで漏れて、いつか嗅ぎつけて来ると思うんです」
ユアがそう伝えると寮母は「……わかったわ」と渋々返事をした。寮の利用者をこれ以上、辛い目に遭わせたくないことも事実だったからだ。
「落ち着いたら連絡します」相手を安心させるためにユアは最後にそう言った。
◇
退寮の手続きを終えると、ユアは自分の部屋へ行き、荷造りを始めた。
学園を出た寂しさを和らげてくれたのは、ここで出来た友人たちだった。
しかし、学園からの幼馴染・アヨが来てから変わってしまった。
アヨに友人を取られただけなら残れると思った。空想組以外でも、ギャル組を除けば多少話せる人たちがいたからだ。
だが、ユア目的で来る者によって仕事を失い、寮にまで押しかけて来ると周囲にも迷惑が掛かるようになってしまった。
寮の人のためにも、ここを出なければならなかった。
ユアが荷造りをしていると、部屋にタハナ、ラッカ、タイシが入って来た。
全員、急いで来たのか息が上がっていた。
「ユア!」
「出て行くって本当?!」
「イヤだよ! 行かないで!」
ユアは荷造りの手を止め、三人へ向いた。
「急にごめんね。私がいるとみんなに迷惑が掛かるから……」
「そんなことない!」ラッカが遮った。
「あんなの一時だけだよ! ユアが出て行くことないって!」タイシも必死に言い聞かせた。
「ユアは私たちが守るから、ここにいて! あなたは何も悪くないじゃない……!」
頼み込むタハナの目は涙で潤んでいた。
同室で、三人の中では特に仲良しだった彼女。突然の別れが受け入れがたいのだ。
「ありがとう。でも、ごめん。もう決めたことだから。落ち着いたら連絡するから、また四人で遊ぼうよ!」
三人はユアの固い決意を感じると諦めたのか、それ以上は言わなくなった。
再び会う約束を交わすと、ユアは荷物を詰めたトランクを持ち、友人たちに見送られながらアクセプト寮を後にした。
◇
ミラーレ。
退寮したばかりのユアは弁当屋「ネクストドア」を訪れた。
早速まりねととびらが、嬉しそうに出迎えた。
「おかえり~!」
退寮の手続きをする話を聞いてから、彼女が戻って来ると予想していたのだ。
ユアは自分の部屋にトランクを置くと、一階のまりねたちのところへ来た。
「お願いがあるの」
真面目な顔で、とびら、まりね、こうやへ向かい合った。
まりねたちはユアが何を言うのかわかっていたが、敢えて聞くつもりでいた。
三人も、真剣に向かい合った。
「私が戻るまで、トランクを預かって欲しいの」
まりねたちは開いた口が塞がらなかった。
てっきり「またここに置いて下さい」と言われると思っていたからだ。だが、予想はまったく外れてしまった。
「“戻るまで”って、どこに行くの……?」
呆気に取られながらとびらが尋ねると、ユアは「フィーヴェ」と一言答えた。
「フィーヴェって今、大変なんでしょ? 邪龍はあの告白野郎の一味のせいで増えているし、仲間たちもそいつらに敵わないし、ディンフルさんだって今は寝込んでいるんでしょ?」
「だから行くの」
ユアは自信に溢れた目でまりねを見つめていた。
「”だから”って、何をするか考えているのかい?」
次にこうやが聞くと、ユアは背負っていたリュックの外ポケットからチアーズ・ワンドを取り出した。
「何、それ?!」
とびらが興味津々で聞いた。
ミラーレにもペンライトはあったが、とびらとは無縁のグッズだった。
「これは“チアーズ・ワンド”って言って、戦えない人が持つための武器。老師の人からもらったの」
「老師?」
「フィーヴェの人たちもお世話になってるおじいさん」
「いつの間にもらってたの? つまり、それがあるから危険なフィーヴェに飛ぶつもりじゃ……?」
まりねに聞かれると、ユアは大きく頷いた。
「武器をもらったからって危険だわ! 私は反対よ!」
まりねはもちろん反対し、とびらとこうやも不安そうに顔を見合わせた。
「わかってるよ。まりねさんが心配して反対するのは。でも、私はここに居ちゃいけないの」
「どうして? 弁当屋も図書館のみんなも、あなたの味方よ。また告白野郎が来たら、私ととびらでやっつけるわ!」
「ダメだよ、そんなの!」ユアは慌てて反対した。
「却って危ないよ! まりねさんたちはあの一味をよく知らないから、そう言えるんだよ。私はわかってる。昨日も実際に会って、どれほど危険かわかったから」
自信に満ちていたまりねは、ユアの実体験を聞き、口を閉ざした。
「私がいると、あの人はまたやって来る。それならフィーヴェにいて、みんなと一緒に戦った方がいいと思うの。もっと危ない目に遭うのはわかってる。だけど、ここにいて自分以外の人に迷惑が掛かる方がよっぽどイヤなの!」
ユアがそう主張すると、その場に沈黙が流れた。
確かに包丁しか戦力がない弁当屋よりも、戦術が星の数ほどあるフィーヴェの方が却って安心かもしれなかった。
これには、さすがのまりねも言い返せなかった。
「僕は賛成だよ」しばらくすると、こうやが口を開いた。
まりねは驚いた目で彼を見た。
「せっかく武器ももらっているんだもんね。もし、今ユアちゃんを止めて、行かなかったことを後悔させるぐらいなら、行かせた方がいいと思うんだ」
「何より、ユアからの申し出だしね」
続けてとびらが言った。
まりねは今度は彼女へ視線をやった。
「私も賛成だよ。だってこれって、告白を受けたくないから敵に立ち向かうんでしょ?」
とびらの言葉に、まりねは気付かされた。
ユアが告白を受けなければ店は潰され、ディンフルも城を返してもらえず、フィーヴェに邪龍が増えてしまう。
彼女はそれらを阻止すると同時に、クルエグムと付き合わないために反発しようとしているのだ。
ユアを危険な目に遭わせるのは、親代わりのまりねとしては避けたいことだ。
しかしこうやの言うように彼女を引き止めて、本人を後悔させることはもっと考えたくなかった。
二人の発言で考えた末に、まりねは静かに口を開いた。
「わかったわ。精一杯、みんなを助けてあげて」
重いトーンだが、まりねはようやく賛成してくれた。
これにユアは大きな喜びを感じるのであった。
「ありがとう」
「ただしっ! 絶対に生きて帰るのよ! 誰かを死なせるのも絶対にダメ!!」
ユアがお礼を言うと、いつもの雷を落とすトーンに戻った。
母親が娘を躾けるような口調だった。
「わかってる! みんなで生きて帰るよ! それまで、私の荷物をお願いします!」
ユアは元気よく言うとチアーズ・ワンドをしまい、いつもの黄色いリュックを背負うと、三人に見送られながら弁当屋を出るのであった。




