第19話「居てはダメ」
前回までのあらすじ
超龍を倒したユアたちはそれぞれ忙しい日々を送っていた。
そんな時、弁当屋には変な客が来店したり、女子寮にはかつての友人がやって来た。さらに、ユアは知らぬ間に上げられた盗撮動画のせいで、再びリアリティアに居づらくなる。
フィーヴェに行くと、今度はディンフルの元部下含む、彼の兄一味が襲って来るのであった。
ディンフルのアジトだった古城。
今ではその兄・ヴィへイトルの一味が乗っ取っていた。
入口へ繋がる長い廊下。
外へ出ようとするクルエグムへ、レジメルスとアジュシーラが太い柱にもたれながら声を掛けた。
「お出掛け?」
「行き先はやっぱりディンフルのとこ?」
レジメルスが気だるそうに、アジュシーラがイタズラっぽく聞いた。
「違ぇよ。昨日、ヴィヘイトル様へ一撃くらわせた女のとこだよ。だからシーラ、お前の目で調べてくれ」
クルエグムに促され、アジュシーラが前髪をめくると額に第三の目が現れた。
彼は「別にいいけど、何しに行くの?」と言った後で全ての目を閉じ、意識を集中し始めた。
「何でもいいだろ」クルエグムは邪悪な笑みを浮かべながら答えた。
「エグの好きにすればいいけど、あまりちょっかい出さない方がいいよ。女の子なんだから。昨日だって、殺そうとして……」
レジメルスが気だるく言うが、ユアを気遣っているようにも見えた。
「傷つけねぇよ。ちょっと、からかって来るだけだ」
「それをちょっかいって言うんだけど……。あ、そうそう」
レジメルスはクルエグムへ指摘をした後で、一冊の本を手渡した。
「あの子んとこ行くなら、返しといてくれる?」
それは、アジュシーラがユアから取り上げたイマストVの攻略本だった。
「これ、あいつのじゃん。もう読んだのか?」
「何書いてるかわかんないもん」
「りょーかい」
クルエグムが了承し本を受け取ると、レジメルスが別の話題に切り替えた。
「あと、ヴィへイトル様から伝言。”ディンフルと手を組んだフィトラグス一行は厄介だから、見張るように”って」
「見張る? てことは、またあいつらと会わなきゃいけねぇのか……」
「それで、僕ら専用のアジトを用意してくれたみたい。場所は追って説明するって」
ユアに会うのは積極的なクルエグムだが、男性陣相手とは気が引けるようでため息をつきながら言った。
しかしレジメルスから「自分たち専用のアジト」と聞くと、今度は目を輝かせた。すでに古城があったが、三人衆……つまり、自分がリーダーのアジトは初めてだったからだ。
「俺ら専用か。ヴィへイトル様には感謝だぜ!」
そして、自分が崇拝するヴィヘイトルからの贈り物だったので余計に嬉しがっていた。
クルエグムが嬉々としていると、アジュシーラが閉ざしていた三つの目を開いた。
「エグ。あの人の居場所、わかったよ」
「サンキュー。お前の目の力、本当にすげぇよな!」
「一回出会った相手の居場所を探れるもんね。めちゃくちゃ重宝するよ」
アジュシーラから情報を得たクルエグムは感激し、レジメルスがその能力を改めて振り返り、感心した。だが、額の目の能力はこれだけではなかった。
「相手の現在地だけじゃないよ。過去にどんな動きをしたかもわかるんだよ」
アジュシーラが得意そうに言うと、レジメルスが「隠し事は出来ないね……」と、何故か不服そうな顔をした。
クルエグムは居場所を聞き出すと鼻で笑い、攻略本を片手に城を出た。
◇
数時間前のリアリティア。時刻は真昼だった。
ユアはミラーレで一泊した後、午前中にリアリティアのアクセプト寮に戻って来た。
昼食を終えたら、この寮を拠点にしながらミラーレで仕事を探す予定にしていた。
過労で倒れたディンフルや、現れた敵組織に苦労するフィトラグスら仲間が気になるが、「ヴィへイトル一味は俺たちが何とかするから、しばらく来ないでくれ。攻略本を取り戻せたら連絡する」と言われ、帰らざるを得なかった。彼らもユアを危険に巻き込みたくなかったのだ。
彼女もそれをわかっていたが、やはり胸の内では仲間たちが気掛かりだった。
考えながら食堂で一人食べていると、アヨとギャル組のヒースとズノが目の前にやって来た。
今日は休日なので、大学は休みで食堂は利用者で溢れていた。
「どうしてくれんの?」
突然ヒースから喧嘩腰に話しかけられたユアは驚いて、食べていた手を思わず止めてしまった。
「な、何が……?」
「とぼけんなよ! あんたがまた有名になったせいであたしら、生活しにくくなってんだよ!」
ヒースはフロア中に響き渡るほどの声量で怒鳴りつけた。
昼食時で賑やかだった食堂内が一気に静まり返った。
ユアは言い返せなかった。最近上げられた動画のせいで自身が働けなくなったり、街も歩きにくくなっていた。
ふと「何で寮の者に迷惑が?」と思ったが、昨夜見た光景を思い出していた。
フィーヴェへ飛ぶ際、アクセプト寮の裏庭に出てしまい、入口で寮母とユア目的で来た若者たちが言い争っている様子を見てしまった。
「こ、こっちに言われても……。動画を上げたのは私じゃないし……」
「そういう問題じゃない! あんたがここにいると、みんなが迷惑するって言ってるの!」
ユアが怯えながら反論すると、今度はズノが怒鳴りつけた。
お調子者で笑っているイメージが多い彼女だが、今日は目一杯怒りを表していた。
「もう大学は諦めて、どこか知らない人しかいない場所で就職したら? その方が今のあんたにはよっぽどいいわよ」
最後にアヨが突き放すようにアドバイスをした。
「だからリマネスの家で暮らしとけば良かったでしょ! 恩を仇で返すから罰が当たったのよ!」
「あんたが寮に来てなかったら、変な奴に絡まれたりしなかったのに!」
「そうだよ!」
アヨ、ヒース、ズノが口々に言って来るが、ユアはやはり怖くて言い返せなかった。
そこへ、見かねたギャル組のリーダー・ソウカが止めに入った。
「まあまあ、何も出て行かすことないじゃん。みんなで責めたら可哀想だよ~。ユアっちも被害者なんだから」
彼女に言われて、ヒースとズノが怯んだ。ギャル組の中では、リーダーの言うことは絶対だからだ。
しかし、アヨだけは容赦なく言い続けた。
「立派な加害者よ! リマネスはユアのためを思って動画を上げてたのに、被害者ぶって悪者にしたじゃない! 今回投稿した人たちだって、きっとリマネスの味方よ! だからユアを良く思わずに、今も追跡してるんでしょ?!」
春の生配信でユアは、リマネスにされて来た数々を暴露し自分が被害者だと世界中に訴えていた。
それでもアヨは相手の味方をやめる気はなく、ユアは彼女が信じられなかった。
今回の投稿者の意図はわからないが、アヨの言葉でだんだんと彼らもリマネスの味方なのかと思うようになって来た。もし違うなら、動画中にユアをけなすことは書かないからだ。
確実に言えるのは、アヨがユアの味方をする気は微塵もないことだった。
「いなくなってよ」アヨは静かにつぶやいた。
「あんたのせいでみんなが迷惑してるのよ! 今すぐ出て行ってよ!」
ユアの顔から血の気が引くと、アヨはまたすぐに声を張り上げた。
施設にいた頃はリマネスの件を除いては仲良くしてくれた彼女だが、別々の高校に入ってから仲違いし始めた。
高校入学後、初めて遊んだ時の陰湿さを考えれば、「いなくなってよ」「迷惑している」は前々からのアヨの気持ちなのではと思い始めた。
耐えられなくなったユアは食事をそのままに、部屋へ駆け込んでしまった。
◇
すぐに同室のタハナが食事を持って部屋に入って来ては、心配そうに尋ねた。
「ユア、大丈夫……?」
ユアはベッドに潜ったままで、答えなかった。
「気にしなくていいよ。ソウカの言うようにユアも被害者だし、すぐに警察が何とかしてくれるよ。ラッカもタイシも心配してるよ。私たちなら大丈夫だから」
タハナの励ましで少しだけ気が楽になった。アヨとは違い、彼女は優しい穏やかなトーンで話してくれたからだ。
「アヨのことも許してあげて。グロウス学園を出てから別の女子寮に行ってたらしいんだけど、みんなに無視されて出て来たんだって。今のアヨにはここしか無いから、プレッシャーで敏感になっているだけだよ」
励ました直後、タハナはアヨの味方をするような発言をした。
ユアは強くショックを受けた。せめて「ひどい言い方だよね」と共感して欲しかったが、彼女からそれらしい言葉はなく、ひたすらアヨを庇い続けたからだ。
一瞬だけ軽くなったはずの心がまた重くなり、ユアは「やっぱり、寮に居場所は無い」と強く感じるのであった。
◇
昼食を終えると、ユアはミラーレへ行く準備を整えた。
行き先は異世界だが、一応寮母には「出掛けてきます」と断った。
すると、「仕事を探すように急かされているらしいけど、気にしなくていいわよ」と優しい言葉を掛けてもらった。
寮母は昨夜、ユア目当てで来た若者を相手に苦労していた。
きっと、街に出ればそういう者たちが群がって来るために心配してくれているのだ。
しかし、ユアは押し切って寮を出た。
建物周辺に見ている者がいるかもしれないので、異世界へ飛ぶ時は慎重に辺りを見回した。
耳を澄ますと、言い争う声がした。
玄関の方から楽しそうな男性の声と嫌がる女性の声が聞こえると、ユアは嫌な予感がした。
こっそり見ると、玄関の前で好奇心旺盛そうな若い男性三人組へ、タハナ、ラッカ、タイシが困惑の表情を浮かべていた。
男性は昨日来た者たちとは違う人物だった。
「頼むよ~。ユアちゃんの近況をどうしても知りたいんだ」
「帰って下さい!」
やはり、相手はユア目当てで来ていた。
昨日は寮母とラッカが対応に追われていたが、今日はタハナもタイシも一緒だった。ラッカが必死に追い返そうとするが男性たちは退かず、他の二人は怯えて見ていることしか出来なかった。
それを見たユアの胸は、ますます苦しくなるのであった。
(アヨたちの言う通り、私はここに居ちゃダメだ……)




