第17話「覚醒」
ディンフルはヴィへイトルに圧倒され、フィトラグスとオプダットはクルエグムとレジメルスの必殺技を受けた後でネガロンスの妖気にやられ、ティミレッジはアジュシーラの魔法弾の直撃を受けてしまった。
男性陣四人が倒れ、唯一戦えないユアは立ち尽くすしかなかった。
生来からある力でリアリティアへ逃げ帰ることも可能だったが、大好きな人たちを見捨てたくはなかった。
「みんな倒れちまったけど、どうする?」
耳元で青年の声がした。いつの間にかクルエグムが背後まで来ていた。
ユアは思わず彼から距離を取った。
「逃げるなら今だぞ。こいつらの死に様を見たくなければな」
「死に様……?」
「これからトドメだよ。俺らに楯突いたからよぉ。ヴィへイトル様に逆らった奴で、生きて帰れた奴はいないんだぜ」
「トドメを刺す」と聞いてユアは身震いがした。
ディンフルはこれまで人間を嫌い魔王になっても、人一人殺して来なかった。
対照的に兄のヴィへイトルは平気で人を殺す。弟のディンフルとは格段に違う人物だと確信した。
「そんなことしないで……」
ディンフルたちを見捨てて帰る方が怖く、ユアはクルエグムに懇願するが恐怖で声が出なかった。
「何か言ったぁ? 聞こえなかったー!」
遠くでアジュシーラがおどけながら言った。
「“そんなことしないで”だってよ。怖ぇなら、とっとと帰れ。今なら見逃してやる」
「簡単に帰らないよ。そのお姉さん、こいつらが好きでこっちに来たんだから。フィーヴェの人じゃないでしょ」
アジュシーラが否定した。いつの間にかユアの情報を知っているようだった。
遠くでレジメルスもマスクを整えながら「こっちの匂いもしないしね」と付け加えた。すでに、ユアが別世界の者だと理解していた。
すると、クルエグムは今度はユアの肩に手を回し、自分の方へ抱き寄せた。
「面白ぇ! フィーヴェ以外の奴なんて初めてだぜ!」
ユアは咄嗟に腕をふりほどこうとするが、やはり恐怖で力も出なかった。
「どっちみち、さっきの続きもしたかったしなぁ」
先ほどクルエグムはユアを魔法弾で殺そうとした。
ニヤリと笑うと、彼女が離れないようにしっかりと固定した。
その時、ディンフルが傷だらけの体を起こして斬りかかった。
「危ねっ!」クルエグムはすぐさま逃れ、大剣を避けた。
ディンフルはユアの前に降り立ち、敵一味へ大剣を向けた。
万全でないのか息遣いが荒く聞こえた。
「この子は関係ない。近づくな……!」
主にクルエグムと睨み合っていると、飛んできた魔法弾がディンフルに直撃した。
「まだ起きれるのか。無駄にしぶといところも相変わらずだな」
飛ばしたのはヴィへイトルだった。
ディンフルは今度こそ起き上がれそうになかった。
「ディン様!」
「ユア……逃げろ……」
「みんなを見捨てたくない……!」倒れる彼の手をユアは強く握りしめ、涙声で言った。
「そんなに居てぇなら、全員ぶっ殺してやる!」
クルエグムは、ディンフルとユアへ向かって魔法弾を出した。
一発が強力なので、次に当たると生き残れる保証がない。
「もうダメだ」と思った瞬間、ユアのリュックが強烈に光り始めた。
漏れた光が、クルエグムの魔法弾を消してしまった。
「な、何?!」
ユアがリュックを開けると、前に老師から「お守り」としてもらったペンライトがまばゆい光を放っていた。
それを取り出すと、ヴィへイトル一味がまぶしさで目をくらました。
彼らにダメージを与えられるチャンスがやって来た。
「みんなを傷つけないで!!」
ユアの叫び声と共にライトの先端からビーム状の光が発射され、ヴィへイトルの腹部に直撃した。
「ヴィへイトル様!!」
クルエグム、レジメルス、アジュシーラ、ネガロンスが一斉に声を上げた。
当のヴィへイトルはダメージを受けたのか、わずかに顔を歪めるだけだった。
「てめぇ!」
手で顔を覆いながらも、クルエグムがこちらへ向かって来た。ヴィヘイトルを傷つけられたからか、声には怒りが感じられた。
すると突然、ユアが後方へ引っ張られた。
「今だ……!」
ディンフルが抱き寄せたのだ。
彼が手を上げて魔法を使うと、ユアたち五人は白い光に包まれた。
◇
ユア、ディンフル、フィトラグス、ティミレッジ、オプダットの五人は空間移動した。
着いた先は薄暗くてわからなかったが、どこかの広い部屋だった。
男性陣四人はすぐには起き上がれなかった。それほどダメージが大きいのだ。
「みんな、大丈夫?!」
ユアが皆を心配して声を掛けた。好きなキャラがダウンする姿は精神的に応えた。
そんな彼女の手も震えていた。老師から渡されたペンライトを無我夢中で向けると、敵へ攻撃することが出来た。それも、ゲームとしてではなく物理的にだ。
しかも当たったのは敵の親玉・ヴィヘイトル。すぐにディンフルが移動魔法を使ってくれたが、遅れていればクルエグムから報復されていただろう。
「フィトラグスに皆さん! これは何事ですか?!」
扉が開き、入って来たクイームドが慌て始めた。
「母上がいるってことは、インベクル城なんだな……」
灯りが点いた。着いた先はインベクル城の王の間だった。
安全な場所へ戻ったと確信した一行は、心から安堵するのであった。
◇
四人は白魔法で傷を回復すると、全員フィトラグスの部屋へ移動した。
戦いを振り返りたくても不安からか、誰も一言も発さなかった。
「ヴィへイトルら……、強かったな」
フィトラグスの声に覇気が無かった。
正義に燃える彼でも今回の戦いは厳しく感じていた。
「まさか、ディンフルに兄貴がいたとはな」
オプダットも声のトーンにいつもの明るさが無かった。
「前に施設の話の時に、お兄さんのこと言わなかったよね?」
ユアも不安そうに尋ねた。
リアリティアで再会した際、ディンフルは自身も施設で育ったことを打ち明けた。
その時は「幼い頃に親と離れて施設に入った」と言っていたが、兄の話は出なかった。
「言いたくなかったのだ。ヴィヘイトルは昔から残酷で、子供の頃から人を殺していた」
うなだれるようにソファに座っていたディンフルが言った。
衝撃の事実を知ったユアたちは言葉を失った。先ほども実の弟を圧倒していたが、残虐非道な性分は幼い頃から形成されていたのだ。
「やがて人間とディファートの両者から問題視され、十四で逮捕された。それ以来会っていなかった」
「十四で逮捕って……」ティミレッジは声が震えていた。
「どちらにせよ、昔から馬が合わなかった。だから“兄は初めから存在しなかった”と思って、これまで生きて来た」
ディンフルの壮絶な過去をまた一つ知り、四人は沈黙した。
「それよりもユア。先ほどの力は何だ?」静寂を打ち破るように、彼の方から話を変えた。
「これのこと?」
ユアはリュックを開け、老師からもらったペンライトを取り出した。
それを見た瞬間、気落ちしていた仲間たちの目に光が宿った。
「それ、すげぇよな! あのヴィヘイトルに一撃くらわせたんだぞ!」
「そいつのおかげで助かった」
オプダットとフィトラグスの顔に笑みが戻った。
「これは……」
「わしが言おう」
ユアの説明を遮るように、老師・イポンダートが魔法で姿を現した。
「おじいさん!」
驚いたのはユアだけでは無かった。
「イポンダートじいさん!」
「ひょ~! 久しぶりだな!」
「ご無沙汰しております! 超龍戦でもお世話になりました」
フィトラグス、オプダット、ティミレッジも面識があった。
イマストVの中で三人+ソールネム、チェリテットは老師・イポンダートの元で修行をし、強力な力を手にする描写があったのと、春頃の超龍戦でも絡んでいたのだ。
これはユアも知っていたので特に驚きはしなかった。
彼の登場でさらに驚愕する人物がいた。
「イポンダート……まだ生きていたのか」
ディンフルはソファの肘当てにつかまりながら立ち上がった。
「相変わらず失礼な物言いじゃのう、ディンフル!」
ユアたちは一斉に驚きの声を大きく上げた。ディンフルも老師と面識があったのだ。
これは誰も予想だにしていないことだった。




