第16話「ヴィヘイトル一味」
ディンフルとヴィヘイトル。
決して仲が良いとは言えない兄弟の再会に、その場の空気が一気に張り詰めた。
「どれ? 俺に勝てるようになったか、抜き打ちで見てやろう!」
突然ヴィヘイトルは、ディンフルたちへ向かって黒いビーム状の魔法を放った。
五メートルほどの幅があった。
「で、でけぇ!」
「下がれ!!」
オプダットが声を張り上げると、ディンフルが四人の前に出てマントで防いだ。それには魔法を相殺する力もあるのだ。
実際にマントはヴィヘイトルの魔法を吸収し始めた。
「やっぱりすごいね、ディンフルさんは!」
「本気で戦い合ってたら、勝てなかったな……」
ティミレッジが感動する横で、フィトラグスも改めてディンフルの偉大さを痛感していた。
一方、ユアはディンフルが心配でたまらなかった。
兄と対峙した時の彼の焦る表情は、超龍戦以外で初めてだった。
もしかすると、ヴィヘイトルに対してコンプレックスを抱いているのかもしれない。そう考えると、仲間の前に出た彼に萌えている場合では無かった。
しばらくは魔法に耐えていたマントだが、だんだんと綻びが出て来た。
「何っ?!」
「よくわかった」
ヴィヘイトルは静かに言うと、魔法を消した。
相手のビームを浴び続けたディンフルのマントはボロボロになってしまっていた。
「そんな?!」
「ディンフルのマントは、どんな攻撃も防ぐんじゃなかったのか?!」
「魔力に耐えられなかったのか……?」
ティミレッジ、オプダットは開いた口が塞がらなかった。
フィトラグスの予想は当たっていた。ディンフルのマントは超龍戦でも強い魔力に耐え切れず、破れたことがあった。
ユアは顔が青ざめ、ディンフルは絶句していた。
マントに気を取られている間に、ヴィヘイトルは一瞬でディンフルの前まで来た。
「速い?!」
「”魔王になった”と聞いてテストをしてみたが、何も変わっていないな」
そう言ったヴィヘイトルが瞬時にしゃがんで足払いをすると、ディンフルは足元をすくわれ、地面に仰向けに倒れてしまった。
「ディン様!」
ユアが叫ぶと同時に、ヴィヘイトルは倒れるディンフルに向かって何発もの青紫色の魔法弾を放った。
ディンフルはすかさず起き上がりユアたち四人へバリアを張ると、大剣を振って魔法弾を相殺してみせた。
魔法弾を消している間になるべく仲間たちから距離を取り始めた。
「ほう。ずいぶんと人間どもを大事にしているのだな」
ディンフルが大剣を振り続けている間に、またヴィヘイトルは彼の真ん前まで瞬間移動して来た。
そしてディンフルの手を払いのけると、大剣が手から離れ、遠い位置に転がった。
「何……?」
武器が離れ、冷や汗をかきながら油断をしていると魔法弾が直撃し、ディンフルは激しく吹き飛ばされてしまった。
「遅い。遅すぎる」ヴィヘイトルは不敵に笑いながら、遠くで倒れる弟を見つめるのであった。
「ディンフルが、敵わないだと……?」
フィトラグスたち仲間は絶望に襲われた。
ディンフルは戦闘力に長けたディファートで、これまでの旅で戦闘に詰まった際、彼の力で解決することが多かった。
しかし、今は完全に押されていた。
「“ディンフルは戦闘力に特化したディファートなのに”って思ってるだろ?」
「間違ってないよ。でも、ディファートの中で一番強いのはヴィヘイトル様だ」
観戦していたクルエグムが腕を組みながら聞いて来た。
ユアたちが返事をする間もなく、レジメルスも口を挟んだ。
「何でかわかるぅ? ヴィヘイトル様も戦闘力がすっごいディファートなんだよ!」
続けてアジュシーラが得意げに説明した。
ユアたちは納得せざるを得なかった。
ディファートの能力が遺伝なのは想像がついていた。先ほどからのディンフルの焦った様子から、「ヴィヘイトルは強い」と薄々と感じていたのだ。
「優しいわね、ヴィヘイトル様は。魔王になった弟が調子に乗らないように、抜き打ちでどれほどの力量か見てくれたのよ」
最後にヴィヘイトルと一緒に来た女性が皮肉をこめて言った。
数ヶ月前までディンフルを倒す目的で旅をして来たフィトラグスたち。
だが今は、その魔王が同じディファートから侮辱されることに憤慨していた。
オプダットとフィトラグスがディンフルへ向かって駆け出した。
「ディンフル! 今、助けるぞー!」
「こんな奴らに負けるな! 超龍を倒した実績があるだろ?!」
ティミレッジはユアへ振り向き、「攻略本は僕らが届けるから、早くリアリティアへ帰るんだ!」と再度忠告し、二人を追って走り始めた。
「邪魔すんな!!」
「ヴィヘイトル様には指一本触れさせない」
激昂したクルエグムがフィトラグスへ斬りかかり、レジメルスがオプダットに蹴りを繰り出した。
二人とも敵の攻撃を剣と拳で防ぐが、それだけでディンフルが張ってくれたバリアが打ち破られてしまった。
ティミレッジが駆け付けると、先ほどと同じようにアジュシーラが目の前にやって来た。
「君らにオイラたちを倒せるかなぁ?」
「倒してみせる!!」
アジュシーラの言葉に反発するようにフィトラグスは思いきり剣を振り、必殺技を繰り出した。
「ルークス・ツォルン!!」
衝撃波と白い光がクルエグムに襲い掛かる。
しかし相手が剣を一振りしただけで、必殺技は一瞬で消えてしまった。
「何だと?!」唖然とするフィトラグス。
続いてオプダットが地面に必殺技を繰り出した。
「リアン・エスペランサ!!」
物理攻撃と共に出た衝撃波が地面を砕いて隆起させ、レジメルスを中へ閉じ込めた。
「そこでおとなしくしてな!」
オプダットが相手に背を向けヴィヘイトルの元へ行こうとすると、隆起した地面が一瞬で砕け、中からレジメルスが出て来た。
「ウソだろ……?」同じように必殺技が破られ、オプダットも血の気が引いた。
「“おとなしくしてな”……? こっちの台詞だから」
冷たく言いながら近づいて来るレジメルス。
「グルーム・フレイユール」
レジメルスは跳ね上がり、宙を蹴った。
蹴った場所から、弓型をした青緑色の衝撃波が何発も繰り出された。
うろたえるオプダットは避けられずに衝撃波を受けてしまった。
「オープン!」
「お前の相手は俺だろう?!」
オプダットを気遣うフィトラグスへ、クルエグムも距離を詰めて行った。
「フューリアス・ヴェンデッタ!!」
相手の剣先から何発もの黒と赤紫色二色の刃の形をした衝撃波が現れ、フィトラグスに直撃した。
「フィット!」
目をそらすティミレッジへ、アジュシーラが青紫色の球体をたくさん出しては投げつけて来た。
ティミレッジはすぐに気付くと、バリアを重ねて張り続けて防御した。
「君たち人間の魔力は限界があるんだから、そんなことしても無駄だよ! ヴィヘイトル様から力をもらっているオイラたちは、君らの何倍も魔力を持っているんだ。先に倒れるのは君たちだよぉ~!」
球体がぶつかる度にバリアが減って行く。だが、白魔導士のティミレッジには防ぐことしか出来なかった。
状態異常の魔法を使おうとも考えたが、ヴィヘイトル一味は白魔法が効かなかった超龍よりも強いと感じられ、使うべきなのか迷っていた。
その時、ずっと傍観していた女性がようやく動きを見せた。
彼女は宙に黒い魔法陣を召喚し、呪文を唱えた。
すると地面から黒いオーラが現れ、倒れているフィトラグスたちを包み込んだ。
「これは、妖気……?」
「“ようき”って、俺のことか?!」
「違う! お前の方は明るい“陽気”だろ! 俺が言っているのは妖しい方の“妖気”だ!」
こんな時まで思い違いをするオプダットへ、フィトラグスはつっこみを忘れなかった。
敵の必殺技を受けた二人は重傷ながらも、女性が出した妖気の異変に気付いていた。
「この邪悪な気を長い間吸うと、人間は命を落とす。その後は私の奴隷として、生きている者を苦しめ続けるのよ!」
「それって、アンデッドか……?!」フィトラグスが体の痛みに耐えながら聞いた。
「その通り。申し遅れたけど、私の名はネガロンス。ネクロマンサーよ」
「な、何だよ、“根暗満載”って?!」
「“ネクロマンサー”な!」
初めて言葉を聞くオプダットが聞き返すも名前までは覚えられなかった。フィトラグスは訂正するも、意味までは教える余裕がなかった。
何故なら、早くも妖気が二人の体を蝕み始めていたからだ。
「ダメだ。このままじゃ……」
体の力が抜け、フィトラグスたちは目を開けていられなくなって来た。
「リリーヴ・プリフィケーション!」
その時、アジュシーラから距離を取ったティミレッジがこちらへ向かって浄化技を使った。
水色と黄色の優しい光が降り注ぎ、黒い妖気を消してしまった。
「浄化なら任せてよ!」
「サンキュー、ティミー……」
フィトラグスとオプダットは息も絶え絶えに礼を言った。
安心したのもつかの間、ティミレッジにアジュシーラの魔法弾が直撃した。
「オイラを無視するなんて、いい度胸してるね!」
アジュシーラは相変わらず無邪気な笑みを浮かべていたが、腹の底では邪気が溢れていた。
そんな彼をネガロンスが「やめなさい」と制止すると、倒れたティミレッジを見下ろしながら声を掛けた。
「あなた、浄化技が使えるのね? 面白い。私が相手になってあげるわ」
ティミレッジにはもう起き上がるほどの力と魔力が残っていなかった。
嘲笑するネガロンスへなす術がなかった。
「みんな……」
ディンフル、フィトラグス、ティミレッジ、オプダットが倒れて動けなくなった。
リアリティアへ帰るように言われたユアだが、頭の中が真っ白になっていた。
目の前で繰り広げられている光景は、自分が知るイマストVの世界ではなかったからだ。




