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メイドの土産 〜ボンボン探偵✕毒舌メイドの事件簿〜  作者: 路明(ロア)
【3】沈黙する者は安全であるらしいけど、けっきょく殺されていらっしゃる

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大海原家食堂広間 2

 多香乃(たかの)が、カートを押してしずかに食堂広間のドアを開ける。


「お出かけになられましたか?」


 年配男性のしぶい声とともに、執事の大江 正房(おおえ まさふさ)が食堂広間の一角の庭につづく廊下から顔を出した。

 多香乃がふり向く。

 目を丸くして大江(おおえ)の姿を凝視した。

「大江さん、大海原(わたのはら)家にもどっていらし……?」

「や、これはまだ早かったですか。失礼いたしました」

 大江がそそくさと廊下のほうにもどる。

 食堂広間の大きな窓から見える庭の茂みのまえを、大柄な正装の姿が去っていくのが見えた。

 多香乃は、大柄なスーツの姿をぼうぜんと見送った。

「……もどっていらしたというわけではない? どういう」

 多香乃が、ゆっくりと告に目線を移した。


「僕としては、これアラビア語かペルシャ語じゃないかと思うんだよね。アラビア語とペルシャ語の見分け方って、一つしかしらないんだけど」


 (つげる)はタブレット画面をながめながら味噌汁(みそしる)を飲んだ。

 なめこのヌルヌルを舌に感じる。

「……どういうことですか、告さん」

 多香乃が眉をよせる。

 告は味噌汁の茶碗をテーブルに置き、おひたしを口にした。

 タブレット画面をスクロールする。


「ペルシャ語って、もともとパピプペポの発音を表記する文字がなかったんだけど、近年になって既存の文字に点を一つ加えた文字をつくって、それで表記できるようにしたんだよね」

「告さん……」

 多香乃の眉間のしわが険しくなる。

 告はだし巻き卵を(はし)で分けた。

 ゆっくりと口にする。


「パピプペポがないのに、“ペルシャ” って呼び名はどうしてたんだっていうと、これは他称で自分たちは “イラン” って言ってたから何の問題もなかったわけで」

「説明していただけますか、告さん」

 告はだし巻き卵をモグモグと口にした。


「告さん」

 多香乃の声音が低くなる。

「このパピプペポをあらわす文字がアラビア語にはないから、まあこれがあればかんたんに区別がつけられるんだけど」

「……告さん」

 多香乃が睨む。

「だし巻き卵おいしいよ」

 告は答えた。

「説明をさきにしてください」

「確率的にはアラビア語だと思ったほうが可能性あるかなって。今回のはあきらかに日本人が書いた見よう見まねのやつだし」

 告はふっくらと炊けたご飯を口にした。


「なんで見よう見まねって……」

「多香乃さん、教会の出勤時間は大丈夫?」

 

 多香乃がエプロンのポケットに入れたスマホをとりだす。

 時間の表示を見て、パタパタとカートの取手をつかみドアを開けた。

「またあしたねー」

 告は味噌汁を飲みながらそう声をかけた。

 



「失礼いたしました」


 五分後。

 執事の大江があらためて庭に通じるドアから現れ、一礼した。

 想定外のことがあろうが何だろうが、身につけた正装がきちんと決まっているのはさすがだ。

「べつに戻ることなかったよ、大江さん。そのまま多香乃さんに朝食運んでもらえばよかったのに」

 告はデザートのヨーグルトを口にした。

「ご当主さまとおなじテーブルでいただくわけにはいきません。お台所の使用人用テーブルでいただきます」

 大江がそう返事をする。


「僕、一人で食べるのさみしいんだけど」

「ご幼少のころからお一人ではありませんか」

 

 大江が言う。

「いっぺんでいいから大勢の家族で肉のとり合いして口汚く罵倒(ばとう)しあって食べてみたくない?」

「……何を見た影響てすか」

 大江が白い眉をひそめる。

「このまえかけた間違い電話。小さい子が出たんで、間違えましたすみませんって切ろうとしたら、“今日焼き肉なの”って言われて、うしろから小学校高学年くらいの男子女子の(ののし)り合う声が」

 ヨーグルト用のスプーンが、陶器の器でカチャカチャと音を立てる。

八十島(やそしま)さまにお願いしては」

「警察官だから一般人ムダに罵倒したら立場がヤバい」

 告はため息をついた。

 食べ終わった器にスプーンをカランと置く。

「多香乃さんのあの毒舌っぷりなら、いっしょにお食事すれば 何かおもしろい罵倒がくるかと思ったんだけど」

 告は、椅子の背もたれに背中をあずけた。

 おもむろに壁の時計を見る。

「まあいいや。出かけてくるね」

「お気をつけて」

 大江が一礼した。





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