大海原家 食堂広間
「玉一とうふ茶屋の豆腐と二山会のなめこのお味噌汁、味噌は特選亀ヶ城味噌。産直二咲ファームのキュウリの浅づけ、塩は耶麻の山塩、荒浜産シャケの塩焼き、塩は浪士の塩です」
大海原家の食堂広間。
和洋折衷の内装に、おちついたダークブラウンの調度品で統一された重厚な雰囲気の室内。
朝のさわやかな陽射しが窓から射しこむ。
メイドの制服を身につけた多香乃が、カートに炊飯器と味噌汁のナベとおかずのトレーをのせて運んできた。
「こちらはひじきと大豆の煮物。二井海草店のひじき、桜本青果のにんじんと大豆、玉一とうふ茶屋の油揚げをつかっております」
一品ずつていねいに長テーブルに置く。
「先日は探偵助手のお仕事ごくろうさま。多香乃さん。懸賞金の振り込み、きのうあったよ」
「助手の仕事をした覚えはありませんが」
多香乃が答える。
「多香乃さんが男性の車にホイホイ乗っていくような人でなくてよかった」
「わたしをどんな人間だと思っていらっしゃるんですか」
多香乃が眉をよせる。
「犯人、被害者に仕事にかこつけてずっと言いよってたんだけど、被害者さんがべつの人と交際はじめたから殺したんだってさ」
「そうですか」
多香乃がそっけなく返事をする。
「被害者さんがデートに出かけようとしてたところを訪ねて、問いつめてガツン」
告は日本茶を口にした。
「しつこくつきまとう人なんてロクなもんじゃないって証左ですね」
多香乃がカートを押す。
「多香乃さんは大丈夫? しつこいつきまといとかない?」
「あります」
多香乃が答える。
告は顔を上げた。
「どんな人? はやいうちに警察に相談したほうがいいよ。うちでもできるかぎり従業員は守るつもりだけど」
「従業員ではないのでけっこうです」
多香乃がカートを押す。
「もとの職業に戻れとしつこく言ってくる元雇い主がいます」
「そうなんだ。気をつけてね」
告はそう返した。
箸を持ち、味噌汁のなめこを食べる。
かたわらに置いたタブレットを横目で見た。
「多香乃さん、多香乃さん」
告は、食堂広間を出ていこうとした多香乃を呼び止めた。
「あたらしい事件なんだけど資料見ない?」
多香乃がふり返る。
「まだ廃業する気がないんですか? いい加減にしたらいいのに」
多香乃がカートをドアのまえに置いて、つかつかと長テーブルに近づく。
「これこれこれ」
告はテーブルの上に置いたタブレットの画面を指さした。
多香乃が、かがんで画面を見る。
大きな鉄筋の建物に囲まれた場所。駅前のビル街か。
植木の植えられたスペースからレンガの通路に体を乗りだすようにして倒れている制服の少女。
手元には、細いマジックペンでミミズののたうつような線が描かれ、最後に「99」と記されていた。
終




