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14.【外伝】ランドール第二王子の事情

「ランドール、お前が望むなら、王位だってあげよう。だけどオリガだけはダメだ」


 いつだったか兄上は僕に真剣な目をして言ったことがある。おかしな兄上だ。まるで僕がオリガを望むみたいじゃないか。


 オリガは毛並みのいい黒猫みたいだ。ツヤツヤとよく毛づくろいされた黒髪に、ちょっとつりあがった金色の瞳。人懐っこいようで、距離を取るところも。


 バカだな、兄上。例え僕が欲したところで、オリガの目には兄上しか映っていないというのに。



 頭のおかしい宰相のせいで、兄上はオリガに気持ちを伝えられなくなった。物欲のない兄上がたったひとつ欲しいもの。オリガの伴侶の座だ。それを得るため、兄上は茨の道を歩む。


 オリガはまっすぐに兄上を見る。兄上はオリガが見ていないときだけ、狂おしい目でオリガを追いかける。ふたりはまるで月と太陽だ。くるりくるりと一定の距離を保って踊る。



 何も欲しがらない兄上がたったひとり愛する女性。兄上がオリガと結ばれるその日まで、僕が兄上の虫除けになろうと決めたんだ。



 物事を冷静に見れない欲にかられた貴族たちが、兄上に娘たちをけしかける。ほら、兄上の仮面が今にも壊れそうじゃないか。


「お前じゃない、私が欲しいのはお前じゃない。オリガ、オリガ」


 兄上の心の声が漏れてしまいそう。だから、兄上に近づく女は全て僕がいただいてしまう。僕たちは裏でこう呼ばれている、堅物王子と日替わり王子。




 つい最近、ようやく兄上はくびきから解き放たれた。肉食獣が獲物を前にして、どこから食べようかとグルグル回っているように見える。兄上の目が隠しきれない情欲で濡れている。オリガは全く気づいていないが。


 僕はそんなふたりを見ると、嬉しくて寂しい。もう僕が兄上の防波堤になる必要はないんだ。これからは、オリガが兄上を公私ともにガッチリと守るだろう。



 お役目がなくなって、僕は少し空虚になってしまった。空の巣で呆然としてる親鳥のようだ。



 そんなとき、僕の前におもしろい女が現れた。彼女は僕の知らない僕を見てる。


「ランドール殿下、あなたはテオドール殿下の代用ではございませんわ」

「うん? そうだね」


 そんな風には思ったことはないが、周りからはそのように思われているのだろうか? いや、それはないな、僕と兄上では違いすぎる。




「ランドール殿下はよくがんばっていらっしゃいます」

「ありがとう。でも、王族に対して、がんばってるとは言わない方がいいよ。僕は構わないけどね」


 すごいことを言う子だな。僕のどこを見て褒めてるつもりなのやら。




「ランドール殿下、手作りのクッキーです。よければ召し上がってください」

「君の手作りかい? それは嬉しいな。……うん、おいしいよ。ありがとう」


 か、かたい……。それに口の中の水分が全部もっていかれる……。これは後でフーにでもあげるか。フーも食べないかもしれない……。フーが、フーフー怒っている様子が目に浮かんで、おかしくなる。




「ランドール殿下、ふたりで旅に出かけませんか? 王子である前に、あなたはひとりの人間です」

「兄上とオリガが不在の今、僕まで抜けるわけにはいかないよ。でもいつか旅はしたいな」


 うん、それはいい考えだ。兄上とオリガが戻ってきたら、少し旅に出てもいいかもしれない。


「どこか行きたいところはあるの?」


「えっ、えーっと、ランドール殿下に海は似合わないから……森の中の湖とか? あそこは勇者の剣が突き刺さってるからダメか。うーん、雪山に登ってオーロラ見るとか? 寒いし、しんどいから却下。砂漠の古城はロマンチックだけど、あそこ幽霊出るんだよね。あ、城と言えば……」


 ブツブツと大きな声でひとりごとを言っていたパメラが、大きな目を輝かせた。


「シューバル公国のロワン城に行ってみたいですわ。レノン湖のほとりに建っていて、朝日に照らされた湖は、心が洗われるようなのですって。夕方は幻想的でどこか耽美な雰囲気だそうですわ」


 ほぅっとパメラがため息を吐く。


「シューバル公国は寒いですから、暖炉にあたりながら温かいワインを飲むんですって。湖で釣りもできますし、舟遊びもできるのですわ」


「ふふっ それは楽しそうだ。いいよ、シューバル大公のことはよく知ってるから、聞いてみよう」


「えっ、本当ですか?」


 パメラがびっくりして目を丸くしている。素の表情の彼女は、いつもの何か企んでるときとは違って、少しあどけなくなる。


「君、普段からそういう顔すればいいのに。色々画策しないでさ」


「えっ……」


 パメラが真っ赤になってモジモジしている。


「僕の何を知っているつもりか分からないけど……。そろそろ君の前にいる僕を見てみたら?」


 パメラはハッとした顔で僕をまじまじと見つめる。


「まあ、時間はたくさんあるから。ゆっくり僕を知っていけばいいよ」


 額に軽く口づけすると、パメラは固まった。しばらくすると、消え入りそうな声で、はいと言った。


 うん、まあ、こういうのも悪くないかもしれない。


 僕もそろそろ好きな人を探してもいい時期だ。

 この子を好きになるかはまだ分からないけど、暇だから試してみようか。


 ランドールはとろけるような笑みを浮かべ、真っ赤な顔でうつむいているパメラを見つめる。





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― 新着の感想 ―
[良い点] やだ…めっちゃ素敵だった…好きじゃ!!!
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