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第4話 ユグトリア・アップデート

 

 『ユグトリア・ノーツ』というゲームがある。


 オープニングアニメーションと主題歌で有名な古典RPG「ノーツ」シリーズ。


 その五作目にあたる「ユグトリア・ノーツ」と、二十作目にあたる「ユグトリア・ノーツ セカンドストーリー アンサングわれぬ物語・ノーツ」は、どちらもシリーズ史上、最大のヒットを飛ばしたと言われる名作だ。


 片や2DメインのオフラインRPG。もう一方はVRのオフラインRPG。

 時代と技術に隔たりはあるものの、舞台となる世界と時代はほぼ同じ。


 前作では、田舎出身の主人公の少年が、幼馴染の少女と世界を救うために旅をするという、オーソドックスな冒険物語を描いていた。


 一方続編は、現実世界の売れない営業マンが前作の世界の田舎領主のドラ息子に転生してしまい、前作で描かれなかった世界の真の危機を救う、という異色の内容となっていた。


 特に後者は、ヒロインの健気さ、一途さにやられたプレイヤーが多く「子ブタ姫、尊い」というユーザーコメントは名言として今に語り継がれている。




 さて。


 VRMMO「ノーツ・オンライン」の舞台となっているのはシリーズ第一作「シルフェリア・ノーツ」の世界・シルフェリアだ。


 一作目もとても評判が良くファンも多い作品だったが、前述の二作にはわずかに及ばない、というのが世間の評価だった。


 もし舞台が前述二作の世界・ユグトリアなら、より多くのユーザーを獲得できただろう、ということは「ノーツ」ファンの間では一時期よく言われていた話だ。


 そんな話がありながらも「ノーツ・オンライン」は、自分で考えた詠唱とポーズにより新たな魔術を創り出す『詠唱合成スペルリンク』システムの採用で世の厨二病患者たちの心を鷲掴みにし、リリースから二年で特定・・から強い支持を受けるようになっていた。


 が、その一方で、気軽に遊びたいライトユーザー層からは敬遠されるという、二律背反アンビバレンツな問題を抱えるようになったのもまた事実だった。




 そこで運営は、大胆なテコ入れを図る。


 サービス開始から二周年を迎えた今年の春、普通・・のプレイヤーを呼び込もうと、大型のアップデートをぶち上げたのだ。


 それが、ユグトリア・アップデート。


 シリーズで最もファンの多い二作の舞台となった異世界・ユグトリアを新規のフィールドとして追加し、新旧二つの世界を行き来できるようにしようとしたのだ。


 だが、事前告知の上で鳴り物入りで実施したこの大型アップデートは、残念ながらうまくいかなかった。


 ウケるウケない以前に、システムのバグによりユグトリア側に行くことができず、結局実施の一週間後には「システムの全面的なチェックが終わるまで、新フィールドの解放を延期」ということになったのだ。


 その結果、アップデート時に追加されたフィールドだけが、立ち入りできない状態で残された。




 ーー今、俺が見ている半透明の青い星は、二ヶ月前に失敗したユグトリア・アップデートの置き土産。通称『幻の惑星ほし』と呼ばれているものに違いなかった。




「……ますますわけが分からないな」


「けぷ?」


 寝転がったまま漏らした独り言に、ひだりちゃんがふよふよと浮かびながら首を傾げた。


 ーーこの子、首ないけど。


「『幻の惑星ほし』が見えてるってことは、ここは『ノーツ・オンライン』の中のはずだ。そもそもあの惑星ほしはゲーム内に残されたバグデータみたいなもんだし。ーーーーなのに、なんで俺は生身なんだ? 百歩譲って今の状態が生体探査フルスキャンのデータだったとして、ユーイのキャラクターデータはどこにいったんだよ」


 俺の独り言を聞いていたひだりちゃんが、尋ねてくる。


「キャラクターをユーイに切り替えるけぷか?」


「切り替えが、できるのか?」


「わからないけど、やってみるけぷよ!」


 そう言って跳ねるひだりちゃん。

 だがーーーー


「……けぷ?」


「どうした?」


 ひだりちゃんは困った顔をしてふよふよ漂う。


「ユーイのデータにも、他のキャラクターのデータにも、アクセスできなかったけぷよ」


「じゃあ、俺はずっと生身のまま…………あっ!」


「どうしたけぷ?」


 肝心なことを忘れていた。


「ひだりちゃん、ログアウトだ! ログアウトしてくれ!!」


「わ、わかったけぷ!」


 嫌な予感がした。

 このVRゲーム現実リアルが入り混じった世界で俺は…………。


「ーーーーダメけぷ! アカウントの管理命令コントロールコマンドに応答がないけぷよ。どうなってるけぷ???」


 ああ、やっぱりーーーー


「ログアウトできない」


 再び、涙があふれた。




 俺が立ち直るまで、ひだりちゃんは色んなことを試してくれた。


 ログアウトの再試行。

 ローカルプログラムの強制終了。

 あげくは、システム管理AIへの緊急連絡エマージェンシーコールまで。


 何度も。何度も。


 およそ考え得るすべてのことを試し、そして、すべて上手くいかなかった。


「……ありがとう、ひだりちゃん。もういいよ」


 俺は、俺のため一生懸命に手を尽くしてくれた相棒を労った。


「けぷ? でも、ユーイは…………」


「今は、きっとどうしようもないんだろう」


 そう言って、俺は上半身を起こし、立ち上がる。


「ひだりちゃんがいてくれるだけ、幸運ラッキーなんだよ。きっと」


 草原を吹き抜ける風を感じながら、俺は当分の間、この世界で生きていく覚悟を決めた。




「それはそうと…………」


 ーーぐうううう


「腹が減ったな」


 どういう仕組みなのか、覚悟を決めたら空腹が襲ってきた。


 ふと、先ほど倒した一角兎ホーンラビットの死骸に目をやる。


 真っ二つになったそいつは、普通に動物の死体だ。

 血抜きして解体すれば、火を通せば食べられそうではある。

 がーーーー


「なあ、ひだりちゃん」


「何けぷ?」


「魔物や動物を解体するスキルなんて、あったっけ?」


「んーーーー、ひだりちゃんのデータベースにはないけぷよ?」


 ですよねーー。

 そんなの俺も聞いたことないもん。


 そもそも「ノーツ」では、モンスターを倒すとその骸はすぐに光の粒子になって消えてしまう。

 残るものがあるとすれば、ドロップアイテムだけだ。


 死体が残ること自体、ゲームとは違っている。


 …………。

 こいつって、アイテムとして拾えるのかな?

 俺じゃきれいに解体できないし、街とかに持って行って売れるもんなら売りたいが。


「ひだりちゃん。このウサギ、アイテムとして収納できるかな?」


「んーー。分かんないけぷ! とりあえずやってみるけぷね」


 ふよふよとウサギの上に行って「えいっ!」と飛び跳ねるひだりちゃん。


「ーーおおっ?!」


 すると二つに分かれたウサギの死体は、キラキラと輝きながらひだりちゃんに吸い込まれたのだった。


「アイテムとして収納できたけぷよ!」


 ひだりちゃんが空中にアイテムウインドウを表示すると『一角兎ホーンラビットの死体×1』というのが増えていた。


 うん。これは便利だ。

 それはそうとーーーー


 ぐうううううううう!!


 一角兎にくを見たら、空腹がひどくなってきた。



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