第5話 アイテムと詠唱とマップ
腹からやってくるひもじさは、一度意識するとどんどん大きくなってくる。
先ほど屠った一角兎はアイテムとして拾うことはできたものの、解体する知識も技能もないため、すぐには食べられそうになかった。
ーーいやまあ、装備品のナイフを使えば口に入れられるようにするだけなら不可能じゃないだろうけど、できればもう少しなんとかしたい。
火も起こさないといかんし。
ーーあ、火をつけるのは魔術でできるのか? でも燃やすものがない。……火炎の魔術を制御して直接あぶるとか。いやいやいやいやーーーー。
「ああ、くそ。腹が減って考えがまとまらん。どこかに食べるもの落ちてないかなっ!?」
頭を抱えて草原の中心で空腹を叫ぶと、ひだりちゃんがふよふよと俺の前に飛んできた。
「ユーイ、なにか食べるけぷか?」
「いや、食べたいけど、肝心の食べ物がないだろう」
俺の嘆きに、ひだりちゃんは首を傾げる。
「えーと……『くずれたサンドイッチ』と『筋張った肉のビーフシチュー』、『焦げたチャーハン』とかならあるけぷよ?」
ーーーーは?
ひだりちゃんがアイテムウインドウを開き『料理』でフィルタリングする。
そこには確かに、失敗した料理の名前がズラッと並んでいた。
「そうだった!!」
ノーツ・オンラインには『料理』というスキルがあり『食材』があれば料理を作ることできる。作った料理には、HP、MPの回復や、能力強化などの効果があるのだった。
アイテム欄に並んだ失敗作の数々は、かつて俺がチャレンジして無残にも敗北した料理の残骸。
ーーが、何もないよりはマシだ。
「ひ、ひだりちゃん『くずれたサンドイッチ』を……」
空腹に悶えながら注文すると、ひだりちゃんは「おっけーけぷよ☆」と飛び跳ねた。
ポンッと突然空中に姿を現わす、くずれたサンドイッチ。
落ちてくるそれを、慌てて手を出して受け止めた。
ーー結論から言おう。
「マズい…………」
しなしなのキャベツ。
干からびたハム。
カチカチのパン。
そして異様な臭いの酸っぱいドレッシング的な何か。
「いや、ドレッシングいらんだろ、これ……」
料理ベタが余計な隠し味を加えて致命傷にしてしまうーーそんな典型的な失敗作だった。
「……そしてのどが渇いたわけだが」
ドレッシング的な何かが絡みつき、異様な渇きを訴える俺の喉。
ーー水が欲しい。
アイテムの中に微回復薬があるのは確認済みだが、今は水が飲みたい。
だが…………
「川なんて、ないよな……」
改めて周りを見回す。
見渡す限りの草原。
遠くに森と山。
まあ仮に川や湖があったとして、生水を飲むのか、という話だが。
「ひだりちゃん、聖水とかあったっけ?」
俺の問いに、ぽん、ぽん、と空中で飛び跳ねるひだりちゃん。
「5本、あるけぷよ!」
「5本! 5本かぁ…………」
聖水は、非聖職者のジョブが聖属性魔術を使う際に必要なアイテムだ。
この世界で容易に入手できるか分からない限り、できるだけ使用は控えたい。
ゲームでは、空き瓶を持って教会に行き、お布施をして聖なる泉から水を汲んでいたものだが……。
「ん? 空き瓶???」
空き瓶があれば、あとは魔術でなんとかなるんじゃね?
「ひだりちゃん、空き瓶を」
「わかったけぷよ〜〜☆」
早速飛び跳ねて、牛乳瓶のような形の空き瓶を落とすひだりちゃん。
「おっと……!」
瓶をなんとかキャッチすると、俺は左手にその瓶を持ち、詠唱を始める。
「『水の精霊ウンディーネよ。大気より霧を集め、我が手の中の瓶を、清浄なる水で満たせ! 水創造』!!」
詠唱とともに周りの大気がキラキラと光り、瓶の中に集まってゆく。
みるみるうちにかさを増してゆく透明な水。
その光景は、VRの作り物っぽさがない本当の魔法のようでーーーーちょっと感動した。
考えてみれば、この世界に来て初めて使う詠唱魔術だ。
問題なく使えるようで、ほっとした。
持っているアイテムは使ったら補充できるか分からないし、MP:1/1の俺にとっては詠唱魔術が生命線になるだろうから。
ーーごく、ごく、ごく
「うめーー!!」
魔術で作った水は、微かに甘みを感じる優しい味で美味しかった。
とりあえず空腹が満たされ、渇きも癒されたところで、やっと頭が回り始める。
「ーーさて。二人を探さなきゃならないが……その前に街か村を見つけないとな」
一人で野営とか、嫌すぎる。
さっきの戦闘で、この辺りのフィールドには普通にモンスターがいることが分かった。
交代で見張りを立てないと、野営などできたものじゃない。
「しかし街や村っつっても、現在位置も分からんな」
ゲームと違い、視界にマップは表示されていない。
とりあえず、現状のインターフェースがどこまで使えるか確認する必要がありそうだ。
「ひだりちゃん、マップを表示して」
「わかったけぷ!」
ぴょん、ぴょん、と元気に飛び跳ねるひだりちゃん。
だがーーーー
「…………あれ? けぷ」
彼女は、また首を傾げることになった。
「どうした?」
「マップさーばーとのせつぞくができないけぷよ……」
困ったように漂うひだりちゃん。
「アイテムの表示と使用は問題なかったよな?」
「そっちはひだりちゃんのばっくあっぷでーたを読んで使えたけぷけど……マップはさーばーにつなげないと、いちがかくていできないけぷ」
「そうか…………」
やはりここは、いつもの『ノーツ・オンライン』のゲームフィールドじゃないらしい。
じゃあ、どこなのか、って話だが。
「ひだりちゃんの中のデータと、目の前の風景を照らし合わせて位置を推測することはできないかな? ーー例えば、ほら。あの空に見える『幻の惑星』の見え方から逆算するとか」
俺は上を指差した。
それに合わせて空を見上げるひだりちゃん。
するとーーーー、
「おーー! ユーイはかしこいけぷね!! さっそくやってみるけぷよ」
ひだりちゃんは空中でゆらゆらと揺れて、目を閉じた。
ーーーー十数秒後。
「分かったけぷ!!」
目を開け、嬉しそうに飛び跳ねるひだりちゃん。
「ここがどこか分かったのか?」
つい、前のめりに尋ねてしまう。
俺の質問に、ひだりちゃんは「ふふん☆」とドヤ顔をした。
「かなりごさがあると思うけど、マップ上に表示してみるけぷよ。ーーえいっ!!」
掛け声とともに宙に展開するワールドマップ。
その地図上で一箇所、光点が点滅している場所があった。
「これは…………」




