役者は揃った(1)
先生が法定速度違反をしまくったおかげで、三十分ほどで館脇の家についた。門に寄せて車を停めて降りると、入り口付近に腕を組んだ満島が立っていた。着替えもせずに駆けつけたのか、よれよれのスウェットにサンダル履きだ。不安そうに中の様子を窺い、私たちを振り向きもしない。
先生はそんな満島をスルーして、館脇家の敷地に入る。東奥のスチール製の物置の前で、先日の刑事二人が何やら作業をしていた。脇には、圭吾がこれまた心配そうに様子を見ている。
やがて本郷が、作業を終えて振り返る。脇に大きなビニール袋を抱えた沖田を従えていた。ビニール袋には、木と鉄でできた大きなシャベルが入っている。二人とも手袋をしていた。
「任意でしょうね?」
先生は、挨拶もなしに本郷に聞いた。本郷は「またこいつか」と書かれた顔で敵意を露わにし、
「当然任意の領置です。ですよね?」
斜め後ろの圭吾に、無表情で確かめる。圭吾は怯えたように頷いた。沖田はビニール袋を大事そうに抱えて、困ったような顔で頬を桜色に染めている。
「任意に提出しなければ、令状を取ると言っていたぞ」
満島が管野先生に告げ口をし、本郷が舌打ちをする。余計なことを言いやがってと、言外に訴えていた。
「令状? 何の容疑で? 被疑者は誰よ? 裁判官がハンコを押すとは思えないわね」
先生は、馬鹿にしたように畳みかけた。本郷も負けていない。
「令状は取れると私は踏んだから、申し上げたんです。捜索差押許可状は逮捕状ほど、厳格じゃありませんからね」
「そのシャベルが、何だっていうのよ?」
「当然、発田玄治を埋めたときに使用されたものです。指紋は出ないでしょうが、このシャベルについた土が発田の家のものと一致すれば、発田の家の地面を掘り返した証拠になる」
「一致する自信があるわけね」
「でなければ、提出を求めたりしません」
売り言葉に買い言葉的展開だからか、本郷は捜査上の秘密らしき情報をべらべらと喋った。沖田が不安そうに、先輩刑事の顔を見上げている。こんなに口が軽くて良いのだろうかと私は思ったが、あとで満島に事情を聞いて納得した。本郷は満島に再度任意の事情聴取を行い、その際その事実を満島に確認していたのだ。満島とのやりとりは、先生に筒抜けだと思っているのだろう。
「どうして発田さんを埋めたシャベルが、ここにあると分かったの?」
先生は、落ち着いた態度で聞いた。あまり焦っている様子はない。もしかしたら、想定内の展開なのかもしれない。
「その前に一ついいですか? 満島さんが発田家に出入りしていたとき、館脇華さんも発田の家に頻繁に出入りしていたそうじゃないですか。何故教えてくださらなかったんですか? あまり隠し事をするのはお勧めしませんね。痛くもない腹を探られることになりますよ」
本郷は満島、管野先生、圭吾の順に視線を送り、糾弾するように言った。「いや、僕は本当に知らなくて……」圭吾が涙目になって弁解する。華は発田家に出入りしていたことを隠していたようだし、細かいことを気にしなさそうな彼が、まったく気づかなかったのも無理はない。
「華ちゃんが出入りしていたって、誰に聞いたの?」
先生が聞いた。満島は喋るまい。
「発田玄治が行方不明になった直後、身内のものが挨拶に来たと華さんは言いました。しかし該当する親族が、発田にはいない。発田の身内と称する男性を見たのは華さんだけです。我々は彼女が嘘をついていると踏んだ。まず華さんの祖父に言質を取り、本人を追及したら、あっさり認めましたよ」
「だけど、菓子折持ってきたんですよ? 千疋屋の……」
圭吾が、涙目になりながらも妹を庇う。高級洋菓子店のフルーツタルトがよほど印象に残っているらしい。
「満島さんが用意されたんでしょう? 満島さんのお宅はお金持ちで、お母さんは満島さんの言いなりです。菓子折を買ってこいと頼めば、用意するくらいわけないでしょうね」
満島は口元を歪め、否定も肯定もしなかった。私は先日、満島家への「貢ぎ物」のお裾分けを貰ったことを思い出した。母親に買いに行かせるまでもなく、それは腐るほどあったのだろう。一つくらい拝借しても、家族にはばれない。
私には警察の描くストーリーが、なんとなく分かった。発田玄治を殺したのは満島で、親しくしていた華に証拠隠滅を手伝わせたというものだ。そしてそのストーリーは、あながち見当はずれでもなさそうに思えた。
続く本郷の話は、それを裏付けるものだった。
「先日、折れたシャベルが遺体の近くに埋まっていたと申し上げましたよね? 折れたシャベルが埋まっていたということは、それを埋めるためのシャベルが要る。遺体は家の中央付近に埋まっていたので、埋める作業を外から見られる危険はない。一日二日放置しても、異臭を近所に気づかれることもなかったでしょうから、急ぐことはなかった。しかし一つだけ問題があった。それはシャベルを抱えて発田の家に入る際に、人に見られる危険が高いということです。車も使えない子供となれば、抱えて歩かなければなりません。満島さんのお宅からだと距離もあるし、非常に目立ったでしょう」
本郷は満島を犯人扱いする。
「しかし館脇さんのお宅からなら、裏口を使えば二、三歩で発田の敷地に入れます。あなたは親しくしていた華さんに頼み、シャベルを運ばせた。作業が終わった後は、また元に戻しておけば家族にもまず気づかれない。幸いシャベルは物置の奥深くに放置されていて、家族が使うことはほぼなかったそうです。当時のまま保全されている可能性が高い」
満島は細い目を更に細め、本郷をじっと見つめた。本郷の決めつけを非難することも、反論することもしない。本郷はその顔を、静かに睨み返す。修羅場の場数は本郷の方が多いだろうが、あいにく満島は常識が通用しない奇人である。動揺も常人のように面に出ない。何故か沖田がそわそわし、視線を泳がせていた。
背後に人の気配がして振り返ると、近所の奥様らしき野次馬がひそひそと噂話をしていた。自転車で通りかかったらしい若者も、何事かと視線を送っている。図らずも先生のポルシェが、人寄せの役割を買ってしまったらしい。
「中で話しましょうか」
注目を浴びる呼び水の所有者が、その場を仕切った。たしかに公衆の面前で話す話ではない。その場にいた全員が、その言葉に素直に従った。




