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【第六章】崩壊した藪の果てに

城ヶ崎勉理事長の不可解な死から数ヶ月後。世間を騒がせたこの前代未聞の事件は、誰もが予想し得なかった凄惨な結末を迎えた。


警察と検察は、三人の容疑者がそれぞれ致命傷になり得る一撃を加えたことは立証できたものの、誰の攻撃が直接的な死因となったのか、医学的かつ合理的に証明することは最後までできなかった。法医学の限界とデジタル証拠の矛盾という厚い壁に阻まれ、ついに検察は「殺人罪」での起訴を断念したのである。


遠藤和馬、一ノ瀬葵、蓮見修介の三人は、殺人罪という極刑を免れ、それぞれ「傷害」および「死体損壊」の罪で法廷に立つこととなった。彼らは人殺しとしての裁きを回避したかに見え、心の底では安堵していたかもしれない。しかし、彼らを待ち受けていた現実は、死刑判決よりも遥かに残酷な「社会的死」であった。


裁判の過程において、彼らが自らを美化し、正義の執行者や悲劇のヒロインを気取っていた偽りのメッキが、木村の狡猾な匿名リークによって次々と剥がされていったのだ。


遠藤和馬が「生徒のため」と語った熱意の裏で、長年にわたり開拓社の経理を巧妙に誤魔化し、巨額の裏金を作って私腹を肥やしていたのだ。城ケ崎の声で「私が何も知らないと思っているのかね」と言われた彼は、さんざん私腹を肥やす片棒を担がされた挙句、自分の罪を知った城ケ崎にスケープゴートにされると思い込んで犯行に及んだのだ。

彼の業務上横領の事実は、法廷の場で冷酷に読み上げられた。傍聴席には彼を即座に解雇した会社の関係者が冷ややかな視線を向け、すべてを知った妻は子供を連れて完全に彼の前から姿を消した。遠藤には実刑判決と共に、一生かかっても返しきれない莫大な損害賠償と借金だけが残された。


一ノ瀬葵の転落は、さらに悲惨だった。彼女が自らの尊厳を守るためにナイフを振るったという悲劇ヒロインとしての虚像は、単なる保身と強欲の裏返しであったことが暴露されたことでもろくも崩れ去った。彼女が城ヶ崎と自ら肉体関係を持ち、その代償として成績の改ざんや私立医学部の事前漏洩問題を受け取ろうとしていた事実が、なぜか流出した理事長とのメッセージアプリでのやり取りによって発覚。

マスコミの格好の餌食となった。

理事長の声で「君との関係は終わりだ」と告げられたことで医学部に進学できる見込みがなくなり、また自分のとの関係を切った理事長は間違いなく自分のことを切り捨てると確信した彼女は凶行に及んだのだ。

18歳を超えていた彼女の実名と顔写真はネット上に永遠のタトゥーのように刻み込まれ、厳格な医師の一族は世間の猛烈なバッシングに晒された。家族から完全に絶縁され、医師にならねばならないという重圧からは解放されたが、これまで享受してきた医師の一族としての経済的な恩恵の一切を失い、デジタルタトゥーの入った罪人として社会に放り出されたのだ。


教育の理想を語ったカリスマ講師、蓮見修介も例外ではなかった。彼が大学院時代に他人の研究データを盗用していた事実に加え、過去に教え子と不適切な関係を持っていたという決定的なスキャンダルが、なぜか検察に提供された予備校の内部資料によって公にされたのだ。

理事長の声で「君は用済みだ」と言われた彼は理事長によってそれらが暴露されることを恐れて犯行に及んだと検察により断じられた。

出版されていたベストセラー参考書は全国の書店から一斉に回収され、テレビ番組の出演映像はすべてお蔵入りとなった。教育者としての信頼も、学者としてのプライドも完全に粉砕され、世間から「嘘つきの卑劣漢」として石を投げられる存在へと転落した。


彼らは殺人者にはならなかったが、守りたかったはずの人生のすべてを失った。


一方、この「完璧な藪」を安全な場所から設計し、三人の破滅を嘲笑っていた教務スタッフの木村もまた、絶対的な勝者であり続けることはできなかった。


木村の唯一にして最大の誤算は、所轄署のベテラン刑事である佐伯の「執念」を完全に見くびっていたことだった。

佐伯は、三人の容疑者の自白が交錯する迷宮に直面しても、決して捜査の歩みを止めなかった。彼は遠藤や一ノ瀬が証言した「十一月なのにサウナのようだった」という、部屋の異常な熱気という物理的な違和感・城ケ崎の体内から大量の睡眠薬の成分が発見されたことから第四の容疑者の存在を確信し、他の3人の容疑者を放っておいて予備校のシステムを徹底的に調べ上げたのだ。


佐伯の執拗な要請を受けたサイバー犯罪対策課が、IOT空調システムの膨大なログを何週間もかけて復元した結果、事件当夜にシステムの深層部にアクセスし、手動で温度設定を暴走させていた管理者権限の痕跡が発見された。そして、その権限を持っていたのは、第一発見者を装っていた教務スタッフ、木村ただ一人だったのである。


警察の捜査の手は、突如として木村へと伸びた。

もちろん、木村が城ヶ崎のコーヒーに睡眠薬を混入したという直接的な証拠はすでに完全に洗浄されており、殺人や殺人教唆の罪で彼を立件することは不可能だった。木村自身も、取り調べに対しては「確かに帰宅前に温度変更をしたが、それは理事長の依頼で、異常な温度になったのは空調システムの不具合だ。」とシラを切り通した。


しかし、事件が「三人の自白による迷宮入り」で長期化すると高を括っていた木村にとって、佐伯の執念による想定外の早期捜査介入は、致命的な時間的猶予を失わせた。警察の家宅捜索が早まったことで、木村自身が城ヶ崎の命令で行っていた予備校資金の横領と、特定生徒の成績データを改ざんしていた裏帳簿の処分が、完全に間に合わなかったのである。


数日後、木村は城ヶ崎殺害の罪ではなく、予備校に対する「業務上横領」の容疑で、あっけなく手錠をかけられた。


取調室で冷たい手錠の感触を味わいながら、木村は己の策に溺れた愚かさを呪った。城ヶ崎の死を「裁かれない罪」にすることには成功した。しかし、彼がその複雑な殺人トリックの構築に心血を注ぎすぎた結果、本当に守りたかったはずの自分自身の身の安全を守ることはできなかったのだ。完璧な知能犯を気取っていた男は、ひどく平凡な経済犯罪者として鉄格子の中へ消えていった。


こうして、城ヶ崎勉殺害事件は、実質的な殺人犯を一人も法廷で裁くことなく幕を閉じた。

その意味では、木村は城ヶ崎に対する復讐を完遂したと言えるし、三人の自白者たちもまた、自分たちを苦しめた元凶を「自らの手で殺した」という歪んだカタルシスを得ることはできた。


しかし、この凄惨な事件に関わった人間は、一人残らず深い絶望と不幸のどん底へと叩き落とされた。

誰一人として救われず、全員が破滅していくこの結末は、あの熱気に包まれた密室で絶命した城ヶ崎勉が残した、底知れぬ「呪い」だったのだろうか。


本当のところ、誰の攻撃が城ヶ崎の命を奪う決定打となったのか。そして、城ヶ崎が死の間際に何を思い、誰を憎んでいたのか。

客観的な真実のすべては、彼らの身勝手な欲望とデジタルデータの海が混ざり合う、深く冷たい藪の中へと永遠に沈んでいった。真実を知るのは、すでにこの世に存在しない亡霊ただ一人である。

ということで管理システムというデジタルで作った「藪の中」でした。

いかがでしたでしょうか。

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