解体ショー開幕!(1)
なるべくたくさんの人に解体ショーを見てもらうため、椅子や机も全て外に運びだした。血抜きなどの下準備も完璧だ。最近は自粛傾向にあったらしいが、米や酒なども用意してある。
「時にリーリャ、その格好はなんだ」
「魚を扱うときは、この格好が勝負服だってパパが言ってた」
マグロを前にしたリーリャは、どこで手に入れたのか分からないが濃紺の法被を羽織っている。センターで分けられ前髪はねじり鉢巻で止められており、後ろはシニヨンスタイルとでも言うのであろうか。普段は下ろしている髪をくるくると巻き上げられ、控えめに挿されたかんざしが、ふんわりとした緩みを引き出している。
明らかに日本由来の格好だが、過去に俺のように転生してきたやつがいたのかもしれないな。
金髪、巻き髪、はちまきという下手すればギャル味が強すぎる格好だが、整った顔のせいかどこか気品も感じさせる。時折覗くうなじに、不覚にもドキっとした。
「………………………………変?」
まじまじと見すぎたのか、緊張した面持ちでこちらを伺う。
「かわい……いや、気合入っててて良いと思うぞ」
危ない危ない。勝負服だと言っているのに容姿を褒めてどうする。
俺の言葉に満足いったのか、ふん!っと力を込めるジェスチャーが愛らしかった。
開始の時間が近づくと、街で宣伝をしてくれていたシーラが戻ってきた。ありがたいことに顔なじみと見られる人たちを何人か引き連れている。それとは別に、狙い通りしっかり親御さんたちを連れてきてくれた子供達もいる。
俺は早速、来店してくれたお客さんたちに声をかける。開始前のわずかな時間も未来への投資につなげるためだ。
「ようこそお越しくださいました!新しく働き始めました堂前あきらと申します。さあ、こちらへどうぞ」
来てくれた人たちをテラス席へとご案内しながら、新たにチラシを渡していく。
寝不足になったのはこいつを作っていたせいだ。
「あれ、堂前さん?もう来てくれた人に渡しても意味なくないですか?」
引率していたシーラの疑問を受け、周りのお姉さん方が渡された紙に目を通す。
「えーと、なになに。次回から使える200ゴールド引き?あら、また来ると安くしてくれるのね」
喜ぶお姉さん方とは対照的に、やや恨めしそうな目線のシーラにちょいちょいっと袖を引っ張られる。
「ん、どうした?」
「クーポン?堂前さん、値上げするとか言ってたのに安くする券配ってもいいんですか?」
俺は得意げに胸を張ると、納得してもらえるようちゃんと意図を説明することにした。
「いいか、シーラ。お店の運営の必勝パターンがあるんだが何だと思う?」
「うーん」とあごに手を当てながら考えこむ。
「やっぱり、丁寧な接客ですかね?お客さんの名前覚えるとか」
「ああ、それも正解の一部ではある。つまりな、番大切なのは常連客をつくることなんだ」
飲食店の基本として、一人のお客さんにどれだけ長く通ってもらえるかが重要だ。この世界では人口も移動手段も限られているように見えるので尚更だろう。
今回のように珍しいイベントや普段食べたことのない物を提供すれば一回は来てもらえる。だが、美味しくても特殊だったりすると一回は食べるがリピートはされない
間を置いて定期的に開催するのは効果があるだろうが、それだけでは日々の売上はまかなえない。
月並みな言葉だが、地域に愛される普段使いできるお店にならなければいけないのだ。
「常連客ですかーもちろんなってくれたら嬉しいですけど、それが一番難しいと言いますか……」
「至極全うな意見だな。そこで、常連になってもらうために必要なことは、とにかく、三回来てもらうことだ」
「……なるほど。三回来てしまえば、そのお店はもう生活の一部ということですね」
「ああ、そういうことだ。理解が早いな」
常連化曲線は二次曲線を描いて急激に立ち上がる。つまり、一回目から二回目、二回目から三回目のリピート率は低いが、それ以降からリピート率が格段に跳ね上がるというわけだ。
褒められて嬉しそうな顔をしているシーラにさらに畳み掛ける。
「もちろん全てのお客さんを大切にしなければいけないが……どうしても一回目のお客さんはリピート率は低い。だから値段を下げてでもなんとかもう一度来てもらう。そして、次に来てくれた時こそ料理と接客が中心になってくると思うからな。シーラの出番だぞ」
「はい!!今も開始まで、お客さんとお話してきます!」
「頼んだぞ!シーラと話したら、きっと皆また来たくなるさ」
「もう!なんですかそれー!」
少し照れた顔を浮かべたシーラを見て、意外とからかいがいのある子なのかもしれないと思った。