第38話 帝国の真実
ソフィーが王国に帰ってからもアクセルは浮かれない様子であった。なぜなら、エルが定期連絡をよこさずに1か月も経っているからだ。最初は任務で手を離せない状況になり連絡できないものだと思ったが、不在の期間がこうも長いと心配になるのは当然だ。
エルのことに気をかけながら、皇子としての職務をこなしているとマリーが入ってくる。
「マリー、何か分かったか」
「エルのことですが、南部の港町に向かったという目撃情報がありました」
「わかった。すぐ行くぞ」
居ても立っても居られないアクセルはマリーと共に港町へと向かう。
南部のさびれた港町に着いたキッドは聞き込みを開始しようとするが、周りにだれも居ない。ちょうど、お昼時ということもあり酒場に入ったが誰もいなかった。
「ここは廃港か?」
「いえ、過疎化は進んでいたけど、去年までは数千人は住んでいたはずよ」
「だとしたら、この静けさはおかしい。気をつけろ、何かが――」
キッドがマリーに忠告をしようとすると、背後から乾いた銃声が鳴り響き、二人を襲う。マリーが無詠唱のプロテクションを張ったおかげでケガをすることもなく、襲撃者の姿を見る。
「ウラギリモノハイジョ」「ハイジョ」「ハイジョ」
「あれは遺跡のロボット!」
「この港町はレジスタンスに襲われたってわけ!?」
「かもしれん。死体が無いのはおかしいが、今は現状の打破が優先だ。1、2の……」
「「3!」」
プロテクションを解くと同時に、二人は左右に分かれ倒れたテーブルの陰に隠れて応戦していく。
「これで誤作動でも起こりなさい。ライトニング!」
「貴様らにはこの銃弾をくれてやる。サンダーショット!」
マリーの雷撃やキッドの撃った弾丸によってロボットの体内に電気が奔り、次から次へ倒れていく。しばらく撃ち続けると、銃撃は止み、慎重にテーブルの陰から覗くと動いているロボットの姿はなかった。
「ふぅ。なんとかなったわ」
「だが油断はするなよ」
銃を携えたままキッドとマリーは、店の外に出ると多数のロボットが銃口を向け、キッドたちを取り囲み、その後ろには居住区を襲った機械のドラゴンまでいた。
「やはりあのドラゴン、レジスタンスのものだったか」
「居住区が滅んだのはドラゴンの暴走ってわけね」
「だが、俺たちにあれを倒す手段はない」
もし、ソフィーがこの場に居ればマリアと一緒に戦うことで打破できたかもしれないが、すでに彼女は帰国している。
「万事休すか……」
キッドがあきらめていた時、突如ドラゴンが動き出し、その銃口をロボットに向けていく。ドラゴンの攻撃を受けていたロボットも応戦し、その破壊を目論む。
「仲間割れ……?」
「暴走にしてもこちらに攻撃してこないのは妙だな? だが、このチャンスを逃すわけにはいかない。今のうちにロボットを破壊するぞ」
ロボットは前方のドラゴン、後方の二人に挟撃される形で攻撃を受けてしまう。複雑な状況に慣れていないのかロボットは対応できずに、なすがままに破壊されてしまう。最後に残ったのはキッドとマリー、そしてドラゴンだけとなった。
周りを見渡したドラゴンは両手を上げ、胸部のハッチを開き、自ら弱点をさらけ出していく。
「抵抗する気はないということか。安心しろ、一撃で仕留めてやる」
キッドは一発の銃弾を放ち、胸部の動力源を破壊する。チカチカと目が点滅していき、その機能を停止しようとしている。
「ス……ナイ……ア、グ……ゼル……マ、……リ…………」
「今、あのドラゴン、私たちの名を呼ばなかった?」
「お前も聞こえたのか。あのドラゴンは一体……」
アクセルが疑問を呈していると、パチパチと乾いた拍手が聞こえる。振り向いた先に居たのは初老の男性、アーグレイの姿だった。
「素晴らしい三文芝居を見せてもらったよ」
「アーグレイ様、なぜここに?」
「君たちは触れてはいけないものを見てしまった。ここで名誉の戦死を与えるつもりが、まさかエルソン君が裏切るとは思わなかったよ」
「エル!? エルはどこに!?」
「どこに? ククク……おかしな質問をする。エルソン君はたった今、君たちが殺したじゃないか」
「今?」
「今、倒したのって……」
二人は動きを止めた機械のドラゴンを見る。まさかという思いが彼らに襲いかかる。
「ご名答。あれはエルソン君だよ」
「アーグレイ、貴様ぁぁぁぁぁ!」
キッドは銃に装填されていた全ての銃弾を怒りにまかせて撃つが、残像が残るほどの速さでアーグレイはキッドの腹部を殴りつけ、血反吐を吐かせる。マリーがあわてて駆け寄り、回復魔法をかけるが、治るまでには時間がかかりそうだ。
「タワーの前でないとこれは制限時間がありますが、貴方を殴り殺すには十分でしょう。貴方には2つの道がある。1つは私たちと手を組むこと。もう1つはここで死ぬことです。聡明な貴方ならどちらが得かお分かりでしょう」
「……1つ聞きたいことがある」
「何でしょう」
「捕まったレジスタンスが解放されたという話を聞いたことがない。それに港町にはだれも居ない……彼らをどこへやった?」
「貴方達が壊してきた人型戦闘用兵器の名を教えましょう。その名は『レジスタンス』」
「「!?」」
「レジスタンスは優秀でした。誰も殺すなと命じれば、街から1人残らず拿捕でき、彼らの原料になる」
「人を何だと思って……」
「古代より、国にとっての人とは資源であり駒でもある。資源を有効活用し、壊れやすい駒を壊れてもすぐに交換できる強い身体にしてあげたのだから賞賛して欲しいものです」
「お前は間違っている!」
「なにを? 人道的理由ならば却下ですぞ。命のやり取りをする戦において人道などくだらない」
「ぐっ……」
「言い返せないということは正しいということです。再度、問います。我らにつくかどうか!」
言い淀んでいるキッドに向けてマリーはキッドの足もとに転移魔法の魔法陣を展開させる。
「マリー、なにを?」
「答えは出なくてもいい。だけど、間違っているのは私でも分かる」
「やめろ、マリー!」
「この国を治せるのはアクセル、貴方だけよ」
「マリィィィィィ!!」
キッドの姿が消え、残されたのは魔力を使い果たしたマリーとアーグレイだけとなる。そして、マリーは懐から1発だけ装填された銃を取り出し、こめかみに銃口を突き付ける。
「なるほど。それが貴女の選択ですか」
「死んでもあんたの言いなりはごめんよ」
鳴り響く銃口はマリーに1輪の花を咲かせ、その生涯を終わらせる。アーグレイは用がなくなった駒をしり目にセントラルタワーへと戻るのであった。
マリーが命を賭して転移させた場所をキッドは眺める。
(夕日の反対側に国境の門がある……ここは王国か)
王国に不法入国してしまった身だが、今はそれを気にしている場合ではないと考え直し、キッドはダメージが抜けきらない体を引きずって西へと進む。だが、日が沈み、しばらく歩いているうちに身体に限界が来て、倒れてしまう。
(……もうここまでか。すまない、エル、マリー)
そう思っていると、1人の男性が「おい、大丈夫か」と声をかけてくる。声を出すのもままならない状況で男性は、サングラスを外した自分を見た後、驚いたような顔をし、キッドを馬に乗せる。
「じいさんのところなら、あんたを連れて行っても問題ねぇだろうよ。つーか、なんで帝国の皇子様がこっちにいるんだ?」
「れ、……れーらん……とに…………」
「レーラントだ? またアイツらやらかしたのか」
(彼女の知り合いなのだろうか……)
「どういう理由かは分からねぇが、治療が先だ。そのあとで、理由を聞いてから向かってやるよ。たまにはあいつらの顔を見ておきたいからな」
彼の言葉を聞いて安心したキッドは静かに目を閉じる。そんな彼を見たキースは馬を王都へと向かわせるのであった。
その日の放課後、ソフィーはクレアを始めとする友達と話していると、血相を変えたエミリア先生が教室にやってくる。
「貴方達、今度は何をやらかしたのよ!」
「何もしていないけど」
「そうですわ。私たちをトラブルメーカーみたいに呼ぶのはやめてくださる?」
「去年、ト・ラ・ブ・ルだらけだったの忘れたわけじゃないわよね」
「まあ、去年は激闘の1年だったわ」
「うん。大変だったよね」
「そんな簡単に片づけない。なにがどうなったら騎士団の人と帝国の皇子が訪問してくるのよぉ!」
「騎士団って誰だろう?」
(私たちのことを知っている騎士団は限られている。まあ、会いに行けば分かるだろう)
ソフィーはエミリア先生と一緒に応接室へと向かう。中に入ると、キースとアクセルの二人がいた。
「よぉ、元気にしていたか」
「キースさん!お久しぶりです」
「しばらく会わねぇうちに大きくなりやがって」
キースがワシワシとソフィーの頭をなでる。久しぶりに会った親戚同士みたいな光景にアクセルはついていけなかった。
「そちらの方は……?」
「? ああ、素顔をさらすのは初めてだったな。これで分かるか」
アクセルがサングラスをかけて、キッドに変装する。
「キッドさん!」
「いや、バレバレだろ……」
キースが思わずツッコミを入れる。どう間違えたら、サングラスだけで変装になるんだと思うが、この二人はそれでごまかせていたらしい。そして、アクセルはこれまであったことを包み隠さず、全て話した。
「人をロボットに……!?」
「ああ、そうだ。アーグレイだけであれだけのことができるわけがない。俺の父も絡んでいるはずだ。ソフィー、君に頼みがある。帝国を救ってくれ」
「ずいぶんと人任せだな」
「お姉ちゃん」
「自分たちで戦いの火種を作って、ピンチになったら助けを求めるのはどうかと思うぞ」
「マリア・リーアント、君の言うとおりだ。だが、今の俺にはなんの力もない!」
「力が欲しいか?」
「……欲しい」
「何が欲しい?」
「……まだ答えは出ていない。だが、『今』の帝国を倒せる力が欲しい!」
「私は弱い者の味方だ。その者が望むならこの力を使おう」
マリアの言葉を聞いてアクセルはぽたぽたと涙を流す。まだ希望はある。そう感じたからだ。
「騎士団とギルドにはこのことを伝えて、町や村を守らせている。このレーラントは俺様がいるから心配するな。お前の生まれ故郷にだってクラインとアリスを向かわせているんだぜ」
「あの二人なら安心だね」
「ああ、そうだな」
「後ろは任せて、お前らは帝国で暴れて来い!」
「善は急げだ。ソフィー、身体を借りるぞ」
「久しぶりだね」
マリアの姿が消えると、ソフィーがマリアに変身する。この状況を飲み込めないアクセルは困惑した様子でキースを見るが、何も戸惑っていないため、さらに困惑させるだけの結果となった。
「さあ、飛ぶぞ!」
アクセルをガッチリと抱きかかえたマリアは空高く飛びあがる。国境の門の上空を飛行するとは思っていないのか兵士たちは気づかず、マリアたちは素通りしていく。向かう先は帝都セントラルタワー、帝国との最終決戦の地へと羽ばたいていった。