第35話 帝国の地へ
ソフィーたちも無事に2年に進級した。1年のとき来ていた制服はきつくなっていたこともあり、新調することになった。それは太ったからというわけではなく、彼女自身が遅れていた成長を取り戻すかのように背丈が伸びたせいだろう。
クレアよりも少し低かった背丈も今ではほぼ同じくらいまで伸び、胸も服の上からわかる程度まで膨らんできた。また、顔つきも幼さは消え、可愛らしさは残しつつも大人の女性に近づいているのがわかる。あと1、2年もすればマリアと同じ身体には確信が持てそうな成長であった。
今、ソフィーの目の前には帝国との国境に設けられている高さ数十メートルの巨大な鋼鉄の門があり、その門前には神妙な顔つきで、商人らの荷物や身分を確認している兵士がいる。帝国に行くことがまずないソフィーは緊張した様子で、列に並んでいた。
彼女がここに居るのは、帝国の使者からソフィーにハンターとしての留学の案内が届けられたからだ。前回の侵略行為のせいで、王国内でも戦争の気運が高まっているこのご時世で友好のきっかけがほしい国王らは貴族になったばかりのソフィーにこの留学を受けるようにと命じた。
立場上、断れないソフィーだったが、帝国については学園で習ったこと以外知らず多少の興味を持っていたこともあり、快く受け入れた。
(お姉ちゃんもついてきてくれるから一人でも大丈夫)
兵士らのチェックを潜り抜けたソフィーはそう思った。王国内でマリアのことを知っている人は多数いるが、マリアがソフィーの中に居ることは一部の人間しか知らない。そのため、マリアは容易に密入国することができた。
(平等を旨とする女神としてはほめられることではないが……今の帝国を見る限りは仕方がないだろう)
2度も戦闘を行ったからいはそれ相応の準備をして、ソフィーたちは帝国に入国した。係官についていくと、駅のプラットホームに着く。そこで、黒塗りの機関車に乗り、大きな汽笛と共に留学先の帝都へと向かった。
最初こそは王国と同じく緑豊かな自然が見受けられたが、暫くするとあたり一面が荒野に変わってしまう。
「まるでロックウェルの街みたい」
(確かあそこも鉱山の街だったか。だが、人一人見受けられないのは妙だな。廃坑にでもなったのか?)
「この乗り物も速いし、馬車みたいに大きく揺れないし、王国にもほしいな」
(設置はともかく魔獣が出没しやすい王国では警備が大変だからな。おそらく無理だろう)
「便利なのに……」
ソフィーはしょんぼりしながらも初めて乗る鉄道にワクワクしながら窓の外を見る。あまり変わり映えしない風景でも矢継ぎ早に変わる様子を見るのは貴重なため、決して飽きさせることはなかった。
そんなとき、大きな爆発音がし、機関車が緊急停止する。ただ事ではない事態にソフィーは身構えると、黒いスカーフで口元を隠し、黒いサングラスで目元も隠した怪しげな男女が銃を持って前方から乗り込んできた。
「たった今から、この車両は曙のレジスタンスが頂いた。てめえらは人質だ。もし変なことをしたらぶっ潰すからな!ヒャハハハハ」
高笑いしたレジスタンスが銃口を客先に向ける。それをみたソフィーは心の中でマリアと相談する。
(反政府組織か。帝国のやり方が正しいというわけではないが、少なくともこのやり方は間違っているな)
(お姉ちゃん、どうするの? 今は従うしかないと思うけど)
(『今は』な。私たちが仕掛けるとしたら、この機関車が動いてからだ)
そして、レジスタンスに乗っ取られた機関車がゆっくりと動き始める。そして、十分に加速したところで、ソフィーは窓の外に顕現したマリアを見送る。今のソフィーにできることは人質となった乗客を守ることだけだ。
マリアは機関車の上空を飛び、運転車両へと向かっていく。移動中であることや空を飛んでやってくることを考えていないこともあり、機関車の上には見張りはだれもいなかった。そのため、あっさりと運転車両の上部にたどりつく。
運転車両の窓を蹴り破ると、機関士と思われる男性2人とその男性を脅しているレジスタンスが突如現れたマリアの姿に驚いていた。その瞬間を逃がさんとマリアはレジスタンスの腹部を殴りつけ、意識を失わせる。
「こいつを縛っておく紐はあるか?」
「はい。緊急用のロープでしたらこちらに」
機関士からロープを受け取ったマリアは手持ちの銃や隠し持っていたナイフを取り上げ、目を覚ましても余計な事をしないようにきつく縛った。
「助けていただきありがとうございます。貴女は一体」
(マリア・リーアントはこの国に入国していないことになっている。余計な情報を与える必要はないな)
「ただの通りすがりのハンターだ。目的地はやはり帝都か」
「はい。でも、レジスタンスがいない今なら止めて……」
「いや、それはまずい。今止まれば、ここで何かあったことがばれる。私が離れた後も貴方には先ほどと同じく帝都に向かってもらう」
「分かりました。お気をつけて」
機関士を助け出したマリアは次に先頭の客車に向かう。レジスタンスが数名、車両内を見回っているが、おとなしく乗客がしたがっているせいで暇なのか、あくびをしている者もいる。
(まずは物音をたてて、気を引き付けるか。パーティカルレイを準備しつつ……)
コンコンと扉をたたく音が聞こえたレジスタンスが見張りの交代でもするのかと不用心に開けると、金色の光が彼らに突き刺さり倒れる。急所を外したとはいえ、血を流したレジスタンスに乗客がざわめく。
「い、いつの間に敵が……」
「最初から居たさ」
意識を失ったレジスタンスの問いに答えたマリアは、さすがに戦闘の音が聞こえたのか隣の客室からレジスタンスがやってくる様子を見て、シャイニングプロテクションを乗客席に張った。
「これで心おきなく戦えるな」
「乗客の心配をしても無駄だ。お前はここで死ぬんだからな」
銃弾の雨がマリアに向けて降り注ぐ。それをプロテクション越しに見ていた乗客は彼女の悲惨な未来を想像し、目をそむける。だが、彼らが次に見たのは銃身を切られたレジスタンスと、手傷を負っていないマリアの姿だった。
「いったいなにが……」
「一瞬、消えたと思ったら、目の前に現れて……」
(わざと消えてから彼らの前に顕現してみたが、これはこれで使えるな。妹が近くに居ることが前提なのが惜しいところだ)
転移魔法まがいのことをしたマリアは素早く面を食らったレジスタンスを制圧し、機関士から借りたロープで捕縛する。応援に駆け付けた仲間が戻ってくる気配がなければ、彼らが取る方法は一つしかない。
(後は頼んだぞ、妹)
一方、ソフィーは後方の車両からわんわんと泣いている自分よりも小さな子供を人質に取ったレジスタンスが前方車両に居るであろうマリアのところへと向かっているのが見えた。
(お姉ちゃんと戦ってまともに勝てないから人質作戦かな……)
ソフィーは後ろに向かったレジスタンスの数を思い出し、その人数と同じ分だけ来たことを確認し、腰につけていたダガーを手に取る。
「その子を放してください」
刃物を持っているとはいえ、女の子が銃を持っている自分らには向かっているのを見て、ゲラゲラを笑いだす。武器の差は歴然としているため、人質を使うまでもなく、ソフィーに銃口を向ける。
「俺たち言ったよな。変なことをしたらぶっ殺すってな!」
ソフィーはリフレクションで弾丸を跳ね返し、レジスタンスの銃を撃ち落とす。それと同時に投げつけたダガーもリフレクションで跳ね返して人質を取っていた男性に突き刺し、人質を解放させる。
「こっちに来て!」
「うん!」
子供が急いでこちらにやってくるのを見計らい、プロテクションで乗客の前に壁を作る。銃で撃っても割れない魔法の壁にイラついたレジスタンスは前方車両に向かった仲間と合流しようとしても、そちらもプロテクションで封じられていた。
そして、前方からやってきたマリアの手によって、レジスタンス全員の捕縛が完了し、誰ひとり犠牲を生みだすことなく、帝都へとたどり着くのであった。
「だから金髪の女にやられたんだよ」
「お前たちの言う女とやらは乗客の中に居なかったぞ。集団で幻覚でも見ていたんじゃないか」
「嘘だ!俺たちは確かに……」
「さっさと歩け!反旗を翻したお前たちに人権はあると思うなよ」
レジスタンスが憲兵に明け渡され、ソフィーはその様子を見ながら乗客らと共に駅から降りていく。そこには、王国のような石壁づくりの家ではなく、鉄筋コンクリート家が立ち並び、窓には王国ではまだ高価なガラスが嵌めこまれている。
また、中心部にはセントラルタワーと呼ばれる雲の上まで届くのではないかと思うほどの巨大な塔が建っていた
その近代的な光景にソフィーははしゃぎながら、あちこちの店を見つつ宿泊施設に向かった。そこではスーツ姿の若い男性がソフィーを迎え、一人で過ごすには十分に広いベッド付きの部屋に案内される。
ソフィーはベッドにダイブすると、アークライト家の自室のベッドとそん色ないふかふかのベッドにご満喫のようだ。しばらくごろごろして堪能した後、マリアに問いかける。
(ねえ、お姉ちゃん。もう誰も居ないから顕現しても良いよ)
(……まあ、これは妹の留学だからな。あまり、私が外に居るのも良くないと思う)
(別にいいのに)
(こういうのは1人でいろいろと見聞きしたほうがおもしろいと思うぞ。あと、明日は朝早いから、もう寝たほうがいいぞ)
(はーい)
せっかくの広い部屋でマリアと遊べなくなったソフィーは自室に備えられたお風呂に入った後、特にすることもなくベッドに入るとぐっすりと寝るのであった。
「殿下。西部で暴れていたレジスタンスの拿捕、成功しました」
「被害状況は?」
「レジスタンスを除けば、幸いにも重軽傷者0人です」
アクセルは職務室で従者の報告を聞いた後、彼を下がらせた。レジスタンスにわざと要人がいると情報を流し、行動を起こさせたのは良かったが、犠牲者が出ることは避けられないだろうと思っていたからだ。だが、彼女は不慣れな場所にもかかわらず被害者無しの功績を叩き出したのだ。
(どのような犠牲も出さずに人を救い出す。本当に女神みたいだな)
手元の机にはコダインで売られている女神人形や目撃情報から作られた女神の絵が並べられている。それらに共通しているのは金髪の女性という点だ。
(調書によればレジスタンスや乗客は金髪の謎の女性を見たという。集団ヒステリーの幻覚として片づけられたようだが、おそらく本当に居たのだろう)
どうやって国境を越えたかは問題ではない。相手が神ならば自由自在に姿を現せるのだろうとアクセルは勝手に決め付けていた。
「それほどまでにこの少女を固執するか……ならば、この少女が何を持っているか見させてもらう」
アクセルはソフィーの似顔絵を机の上に投げ捨て、職務室をあとにするのであった。
新規小説の準備をしています。
明日には投稿予定。




