第34話 取り戻した平和
帝国の侵略行為からしばらく経ち、レーラントの街は年末の賑わいを見せていた。毎年、年の瀬になると市場も普段は見られないような品物を売っており、たいていの場合はそれらは高い。だが、雰囲気に飲み込まれるとそれらをついつい買ってしまうのも恒例行事と化している。
娘たちと一緒に買い物に来ているガーネットもその一人だ。過去に類を見ない王国の危機をわずか5人で救い、その内1人が自分の娘ということもあり、母親のガーネットには凶作が数年続いても暮らせるほどの莫大な報酬、男爵位とそれに伴う家名「リーアント」が贈られた。
そんな彼女が手持ちに余裕があって娘たちも暇を持て余しているとなれば、財布のひもが緩くなるのも致し方ないだろう。
昨日はアークライト家の祝賀パーティが開かれ、主賓のウィリアムも普段着ることが無いスーツに身を包んでいた。
その一方で、彼の妻、メアリーは胸元の露出が少ない優美なドレスを着ており、きれいなくびれを晒しだした彼女は実年齢よりも若く見える。
「せっかく貴方の功績が認められて、伯爵位を承ったのですから、そんな浮かない顔をしてはいけませんわ」
「でもね、僕は研究のために権力が欲しいだけであって、権力のために権力が欲しいわけじゃないんだ。それに子爵とんで伯爵とか厄介ごとの火種にしかならない」
「ふふふ。相変わらずですわね。普段なら社交の場は私に任せて……と言いたいところですけど、今日の主役は貴方ですから今回は諦めてね」
「とほほほ」とウィリアムが肩を落とす。だが、逃げ場なしの彼は肥えた貴族から新参者を値踏みするような目で見られたり、権力が欲しいのかクレアの婚約談話まで話されたりと散々な目にあっていた。
そんな父親はいざ知らず、クレアはソフィーを含むクラスメートの談笑に花を咲かせていた。少なからず平民出身がいるということもあり、クラスメートは彼らに合わせて、社交用の服ではなく学園の制服を着用している。彼女が居なかった数か月間の学園の話、そしてクラスメートの知らない自分たちの冒険の話はお互いに興味深いものだ。
その間死んでいたマリアも両者の話を聞いていたが、場酔いしたこともあり少し離れて見つめることにした。壁の花となったマリアを見たものが細々と話す。
「あれは例の……」
「金髪に赤い眼。間違いありませんわ」
「確か男爵令嬢のはず。我が子なら……」
「あら、相手は女神と称される大英雄。しかも教会とのつながりもあるとなれば、伯爵家如きに出番はありませんわ。侯爵の私の子でなければ」
「だが、貴様の長男はこの前結婚したところだろ。盛大なパーティを開いたにも関わらず、それを破棄すれば面知らずな上にバツイチ。そんな男を女神様は認めるだろうか」
「……ですが女神様は愛さえあればどんな相手でも」
「その女神様の前で愛を語り、今まさに破ろうとしている者に愛が生まれるだろうか」
「ぐっ……」
(キツネが負けてタヌキが勝ったか。私はキツネの勝ちに賭けていたが。うむ。賭け事に向いていないな、私は)
マリアがそんなことを思っているとは知らず、癖毛が強そうな金髪青眼の美男子がマリアのそばに来て、美辞麗句の称賛を述べるも、まったく心に響かないマリアはそっけない返事だけをする。あまり押しすぎると印象を悪くすると思ったのか、比較的すぐに引き下がり、父親に何か話をしている。
その後も貴族が数人話しかけてくるので、酔った感じがぬぐい切れぬままソフィーたちの談笑に戻るのであった。
(あのパーティーに母が来たら大変なことになっていただろう。主人が居ない上に、私たちは英雄とまで言われている。下手をすれば手段を選ばないことも……)
「お姉ちゃん、なに難しい顔をしているの?」
「ああ、すまない。色々と考えることがあるんだ。でも、考えても解決しなさそうだから、考えないでおく」
マリアは下手な言い訳はせずに、今さっき考えていたことは心の中で保留する。複雑な心境を察したのかソフィーはこれ以上のことは追求するようなことはしなかった。今、母親と過ごす平凡でありながらも幸せな一瞬一瞬を二人は噛みしめながら過ごしていた。
「ひったくりよ!」
そんなときを打ち壊す輩もいる。女性のカン高い声と走り去ろうとするボロ切れのような服を着ている怪しげな男性が人ごみに紛れて走り去ろうとしている。
(さすがにこの人ごみでは魔法は撃てんな……)
魔法に自信があるマリアでさえ、無関係な人々を巻き込むリスクを考え撃つの躊躇い使用を控える。だが、その状況を打ち破るかのように1発の銃声が発する。その弾丸は歩行者の腕や買い物袋が織りなすトンネルを潜り抜け、逃亡者の手元に着弾する。
手傷を追った逃亡者は獲物を落とし、その場から離脱するもポツポツと落ちた血痕により、あえなく憲兵に捕まることとなった。すぐそばに居た銃弾1発で事件を解決した男を二人は見る。年は自分らよりも数歳年上だろうか、黒髪で整えられた髪はどこか気品を感じるも、サングラスの奥から見える鋭い眼光は狙った獲物は逃さないという野生を感じ、その相反する印象が彼の魅力を引き出させる。
「貴方はいったい?」
「俺か? 俺はアク……キッドとよんでくれ。こちらにも事情があるんでな。憲兵には俺のことを伝えないでほしい」
キッドはその場から立ち去っていく。人ごみに紛れた彼は少しするとその姿が最初からなかったかのように消えた。
「すごいよね。あの人」
「ああ。だが魔法を使うこの国であれだけの腕をもつ銃使いはそう居ないはずだ。クラインたちに聞く機会があれば、すぐに正体がわかるかもしれないな」
「やっぱり偽名だよね……」
「名乗るときに言い淀んでいたからな。私でも気づく」
「あまりよそ様の詮索はしない。買うものは買ったし、そろそろ家へ帰るよ」
ガーネットの言葉に先の男のことはいったん忘れ、家族3人は帰路に着く。
そのころ、変装のためかけていたサングラスを外したキッドは従者のアーグレイと共に豪華な飾りつけが施された馬車に乗って帝国の国境に向かっていた。
「アクセル皇子殿下。どうでしたかな、この度の視察は?」
「父がそれなりに本気を出して潰そうとした街を見たが、思ったより良い街じゃないか。特に……なんという店かは忘れたがあそこのサラダは良い」
「あそこは近くに農地があるゆえ、保存用の魔法と組み合わせて鮮度の高い野菜が食べれると評判ですからな」
「輸送技術は劣るが、保存技術では優れていると……やはり来てよかったと思う。紙の上では学べないことが多い」
「……本題に入りますが、彼女たちについては?」
アーグレイの言葉に柔和な表情をしていたアクセルは犯人を撃ったときと同じ真剣な眼差しに変わる。
「あの騒ぎを解決できないようでは俺たちの相手じゃないよ」
「通行人が多かったゆえ、撃たなかったとも見れますが」
「その甘さが命取りになる。所詮、魔法は本人の力量に左右されやすい欠陥攻撃だ。その点、銃は撃てばまっすぐ、自分の狙い通りに当たる」
「銃撃戦もかいくぐったという報告もありますが」
「それは魔法使いとの戦い方を知らない素人だからだろう。それにこちらには切り札の弾丸がある」
アクセルは1発の黒光りする弾丸を取り出す。その弾丸の効力を知っているアーグレイは無暗な乱用を控えるようにとアクセルに忠告する。
「わかっている。切羽詰まった時以外は使うつもりはないさ、アーグレイ。例の件だが、彼女らを招待するとしよう。彼女たちの実力を見ておきたいんでね」
「姉の方は招待できませんぞ。あちらは学園の生徒ではないので」
「制服を着ていてもかい? それは妙だな」
「ええ。妹の方は信頼できる情報を集めましたが、姉の生い立ちが不明慮なところが多く裏付けができておりません」
「あとでその情報を回してくれないか。不明慮でも噂話程度でも構わん」
「承知しました。では準備に取り掛からせていただきます」
アクセルはしんしんと降り始めた白い雪を見ながら、どこか羨ましそうな顔を浮かべ自分たちの国へと帰るのであった。




