第二話:神速の瓦解
備後の夜風が、血を吐いた喉に冷たく染みる。
俺が本能寺の 真実 を書き換えたその瞬間、遠く備中高松の地で、一つの巨大な 歴史のうねり が急停止した。
羽柴秀吉。
後に天下人となるはずのその男は、信長の死を知るやいなや、驚異的な速度で毛利と講和し、京へと軍を返す――いわゆる 中国大返し を成し遂げるはずだった。
「……だが、お前の走る道は、もう俺が塗り潰した」
俺の視界、暗闇の向こう側に、光り輝く数条の 糸 が走っている。
それは秀吉がばら撒いた 信長様の仇を討つ という大義名分の糸だ。その糸が軍を繋ぎ、兵たちを狂奔させている。
俺は再び、重くなった筆を執る。
右手の感覚は依然として消えたままだ。今度は左手で、自身の命を墨に変えるつもりで巻物に書きなぐる。
『羽柴軍の足元、泥濘と化し、その進軍は「主殺し」の業火に焼かれる』
ズ、と脳が重力に引きずられるような感覚。
眼球の裏側で火花が散り、視界が半分ほど真っ赤に染まった。
「がっ……はぁ、はぁ……!」
代償だ。因果を歪めた報いが、網膜を焼き、寿命を毟り取っていく。
だが、書き換わった。
その瞬間、備中から播磨へ続く街道が、季節外れの豪雨に見舞われたかのように底なしの泥沼へと変貌した。
さらには秀吉の陣中に、俺が放った 黄金の嘘 が感染していく。
『光秀は帝の密命を受けた。むしろ、信長様を死に追いやったのは秀吉の裏工作ではないか?』
一度生じた疑念の泥は、秀吉の必死の弁明すら飲み込んでいく。
情報を制する者が勝つのではない。情報を 確定 させる者が勝つのだ。
「……報告! 羽柴軍、姫路を前にして進軍停止! 兵の半数が離反し、秀吉殿は……孤立しております!」
草庵に駆け込んできた家臣の震え声を聞きながら、俺は冷たくなった右手で、闇の中に浮かぶ 秀吉 という名の崩れかけた糸を見つめていた。
「猿よ。お前が積み上げた嘘の城は、俺のたった一行で崩れ去る。……これが、足利の、いや、俺という男の戦い方だ」
歴史という名の物語が、俺の筆先で悲鳴を上げながら形を変えていく。
次に狙うは、この混乱を静観しようとする 狡猾な古狸 の首だ。
「いかがでしたでしょうか。
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明日も20時に更新します!」




