後日談 下 結婚式
おはよう、みんな! 今日はイスカとレグの結婚式なんだ!
ティーリアに許可を取って、二人の結婚式は王都の三神教の教会でやらせてもらうことになった。「扉は、閉めなさい」と言われたので、閉めないといけないけれど、ここ王都で、魔族と人族の皆を集めてお祝いだ。
と言うことで、今日は朝から私は皆を集めに人族領と魔族領を駆けずり回っていた。
「いやぁ、お疲れ!」
黒髪の少年を見つけたので、パシンと背中を叩く。
「お疲れ様です。魔王様」
黒いタキシードのような服で正装をしたカケルが私に向かって敬礼した。
「楽しみだね」
「あぁ、そうだな」
なぜか笑顔でぐりぐりと頭を撫でられる。
「エーネ様。イスカ様がお呼びです」
パメラにそう呼ばれて、はーいと私は控え室まで転移した。
「これがイスカのドレスか。すごいな」
目の前にあるのは、まっ黒なウェディングドレス。しかもなぜかスカートの前半分が短く切り取られた斬新なデザインだったけれど、イスカだったら何でも似合うだろう。
「イスカは?」
イスカは部屋にはいない。パメラに聞いてみると、パメラは優しく微笑んでいた。
「どうかしたの?」
そのとき、扉が開く音がしてそちらを振り返る。
現れたのは、アネッサ・ガールベルグと、そのお付きのベテランメイド。
二人の満面の笑顔を見て、すごく、すごく嫌な予感がした。
「魔王様。ごきげんよう」
「ごきげんよう……」
レグとアネッサには直接的なつながりがないから、今日はアネッサは呼んでいない。そのはずなのに、この場にアネッサがいて、部屋の中にメイドが何やらワゴンのようなものを抱えて、続々と入ってきていた。
「アネッサ……これは何かな?」
私の問いかけに、アネッサは笑顔で、手を2回叩いた。
「さぁ、始めますわよ」
かしこまりましたと礼をするメイドさんたちを見て逃げようとしたとき、突如後ろから腕を掴まれた。
「エーネ様、騙してすみません。今日はエーネ様とユーリス様の結婚式です」
「パメラぁ……」
泣きそうな私に、パメラは優しく笑った。
「皆様楽しみにされていますよ」
無駄な抵抗はやめた。アネッサとパメラが手を組んで、私などというちっぽけな存在が勝てるはずがない。というか、今日は聖誕祭の日――つまりはユーリスの誕生日じゃないか。なぜその可能性に気がつかなかったんだ、私。
ただ、私はその場に立っているだけで、どんどんと飾り付けられていく。
「このドレス……」
「魔王様! お似合いですわ!」
スカートは正面から見ると、ほんと膝くらいの丈しかない。しかも、胸元がこれでもかと言うほど、がばっと開いている攻撃的なタイプの服だった。
魔王の漆黒のドレス。自分ではなかったら、興奮しただろう。これを着るのが自分ではなかったら。
「泣きたい」
「魔王様。聖女様も楽しみにしていらっしゃいますわよ」
アネッサの声に、俯いていた顔を上げる。そうだ、私だけじゃない。ユーリスもなんだ。
「ユーリスも、正装しているの?」
「はい、こことは反対側のお部屋で。この世界で一番お美しい聖女様にふさわしい服を、この世界一の服飾人に手配させましたわ」
アネッサはそう言って、自信ありげに笑った。
ユーリスが正装か……きっとすごく綺麗だろうな。
最早逃げることなどできない。もう、諦めるんだ。
鏡に映る自分をしっかりと見つめる。
「アネッサ。エーネの花の髪飾りを付けたいんだ。取ってきていいかな」
「えぇ、もちろんですわ」
魔王城の隠し部屋に置いていた髪飾りをアネッサに手渡すと、ゆるく左側に降ろした髪に、正面から見えるように髪飾りを付けてくれた。
これでよし!
「エーネ様。おめでとうございます」
私の姿を見て、感極まったように目元を押さえて泣いているパメラを見てもらい泣きしそうになる。そんなパメラを優しく抱きしめた。
「パメラ。行ってきます」
パメラに宣言してから、こんなの履いたらもう一歩も歩けないだろうと言いたくなる、ピンヒールにゆっくりと両足を通した。
私は魔王だ。
そう何度も念じてから、実際に一歩も歩けなかったので扉の前に転移で移動すると、イスカとラウリィが待ってくれていた。
「魔王様、よくお似合いです!」
「おめでとうございます。魔王様」
文句を言いたかったはずなのに、二人の笑顔を見ているとそんなことどうでもよくなってしまう。
「ありがとう。イスカ、ラウリィ」
優しく笑ってくれている二人の手をぎゅっと両手で握った。
「アーガルは?」
「アーガルは『わしが先に見るわけにはいかねぇです』と向こうで待っています。もう泣いていましたけど、マーシェが付いていてくれてますよ」
イスカのその言葉に「そっか」と笑ってから、二人の手を離した。
「行ってくるね」
「行ってらっしゃいませ。魔王様」
いつものようにラウリィが開いてくれた扉をゆっくりとくぐった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうして神の像を見上げていると、あの日からずっと僕は夢を見ているのではないかと思う。
あの日――それはいつだろう。
エーネが僕の世界に現れた日。それとも僕に初めて口づけをくれた日だろうか。
夢ならそれでいい。僕がずっと夢を見ているなら、僕はそれでいいんだ。
視線を神の像から、僕が入ってきたのと反対側の扉に向ける。
ゆっくりとその扉が開いた。
黒いドレスを着たエーネが、足もとを慎重に確認しながら教会の中に入ってきた。魔力を投げかけて、吸い込まれるようなその魔力の流れに、『エーネだ』と確信する。
エーネがゆっくりと顔を上げて、僕の顔を見てなぜか目を丸くした。
そして――
「ユーリス!」
突然、エーネが僕の目の前に現れた。地面に落とさないように慌ててエーネの細い腰を抱きしめて、ゆっくりと地面に降ろす。地面に立って、いつもより少し高い視線で僕を見上げたエーネは、僕の顔を見て楽しそうに笑った。
「ユーリス、髪型も服もすごく格好いいね!」
格好いい――いつも綺麗だとは言ってくれるけれど、格好いいとは初めて言われたと思う。少し照れるけれど――今は僕が照れている場合じゃない。何をエーネに先に言わせているんだ。
「エーネ、綺麗だよ」
僕の心からの言葉に、エーネは瞬時にむっと嫌そうな顔に変わった。そして、はっと気がついたかのように、少し横を向いて、これでしょうと言うかのように髪飾りを自慢気に僕に見せてくれる。
エーネの花。僕の愛している花。確かに綺麗だけれど、僕が一番綺麗だと思っているのはそれじゃない。
もっと気のきいた言葉を送ろうとして、エーネの姿をよく見ようと目線を下げた。
エーネの顔、首――その下の真っ白な肌が目に入った瞬間、慌てて目を逸らす。世界中できっと誰よりも僕が見たい景色。だけど、今、直視しすぎるのはまずい。
エーネの胸元からすぐに視線を降ろして、エーネの体の回りを豪華に覆う黒のドレスが見えた。その更に下に白い足が見えて、また目を逸らしそうになって首を固定する。
顔を上げると、エーネと目が合った。僕の目をいつもまっすぐ見つめる綺麗な色の瞳。
「綺麗だ」
結局僕はそれしか言えなかったけれど、エーネは僕の言葉に満足してくれたのか、少し照れた様子で僕から視線を逸らした。
「よろしいかしら?」
司祭様の声に慌てて視線をそちらに向けると、司祭様がいつもの穏やかな顔で僕らのことを待っていた。僕はそのときやっと招待客の存在を思い出して、逃げるようにエーネと手を繋いだ。
「始めよう」
「うん」
二人で司祭様の前まで転移して、司祭様と、その後ろの神の像を見上げる。
僕たちは僕たちの神様の前で、永遠の愛を誓った。
司祭様のお言葉が終わって、僕の隣に立っているエーネに手を伸ばす。
「エーネ」
エーネは僕の方を向いて、昔と変わらない顔で優しく笑って――その顔が固まった。
「エーネ?」
どうしたのだろう。エーネはしばらく僕の胸元をじっと見てから、ゆっくりと顔を上げた。
「ユーリス。あの……アイロネーゼ様が『おめでとう』って……」
「アイロネーゼ様が?」
「うん。『良かったね。お幸せに』って……」
神から直接言葉が贈られたのだろうか。少し泣きそうな声のエーネを抱きしめて、優しく額に口づけた。
「ユーリス……」
「うん」
「私、今までずっと勘違いしていた……ユーリスはあのときからずっと――ごめん。ごめんなさい」
「うん」
何のことかは分からなかったけれど、僕に謝るエーネの唇を塞ぐと、司祭様に怒られた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
幼い頃の僕に、今の僕の世界の話をしても、僕はきっと信じない。
あの白しかない世界に住んでいた頃の僕は、色で埋まる世界を知らない。だから、想像もできない。
でも、できることなら僕は、あの頃の僕に、僕が見ることになる世界を教えてあげたい思う。
きっと、幼い日の僕なら、喜んで僕の話を聞いてくれるだろうから――
アイロネーゼ様。今日も僕は、幸せです。
「ユーリス」
そんなことをのんきに考えていていた僕に対して、エーネはその日の夜、僕の想像を遙かに超えて――
いや、僕の魂を消し去るつもりなのではないだろうかという服で僕の部屋にやってきた。
Fin.
最後までありがとうございます。これで本当にお終いです。
初長編は魔王と勇者ものかなと、軽いノリで始めたのですが想像以上にのめり込みました。皆様も楽しんで頂けたのなら幸いです。
笹座
すみません、この下でポチッと評価頂けると嬉しいです。
完結から時間が経ちましたが、今でもご感想お待ちしております!




