新学期ってドキドキするよね(二次元限定)2
さっきまで寝ていたんだろう。むくりと起き上がった彼のつなぎには草が付いていた。
印象的なオレンジ色のポニーテール、思わず「げっ、ポニテ…」って言ってしまったのは仕方ないと思う。
そんな私をケラケラと笑うと、自分の髪を指にくるくると絡めて弄びだした。遠目に見てもわかる、奴の髪はサラサラでツヤツヤ、絶対私より髪質が良い。
「触ってみる?こう見えてけっこう髪には気を使ってんだよね」
ふと投げ掛けられた問いに、頭を横に振って否定できたら良かったんだろうが、私の目はポニテの頭に釘付けになっていた。
だって……草が付いてる。背中だけでなく、ポニテの鮮やかな髪にさえも。
皆さんお気付きだろうか?オレンジと草=緑……人参だ。もしくはミカン。
あぁぁぁ…どうしてそんなに髪に触れるくせに草の存在に気付かない!? ほら、巻き込んでる!オレンジ色に細長い緑が巻き込まれてナポリタンみたいになってる!!
「……わざと、ですか?」
「……は?何が?」
うむ、どうやらギャグのつもりではないらしい。
どうしよう。教えてあげるべき?ほっといても大丈夫?もし仮に教えてあげたとして、何て声をかけてあげるべきなの……?
「そういえば~、君って湊にお姫様抱っこされてた子でしょ!ハヤとも知り合い~?」
「……髪」
「へ?なになに~?聞ーこーえーなーいー」
ポニテ独特のおちゃらけた話し方がいちいちイラつく。胡桃塚のといい勝負だ。
「だ、だから髪に草がっ……」
ビシッとオレンジ色の髪を指差すと、その指ごとするすると綺麗な手に包まれた。
な、んだ、これは。
「じゃあ……」
ポニテの長くて細い指が、私の手首を掴む。その動きはひどくゆっくりで、私はそれをただ目を見開いてみつめていた。
「君が取ってよ」
「……は」
唐突にかけられた言葉に上手く反応出来ないでいると、ポニテは愉しそうに口角をグッと上げた。
「だーかーらー。俺の髪に何か付いてるんでしょ?俺はわからないからさ、君が取ってよ」
あ……からかわれてる。
つまりポニテは、ギャグのつもりはないが、髪についた草に気付いてないフリはしていたと。
こんな時は昔習った不審者撃退法が役に立つ。このように不審者に腕を掴まれた場合は、相手の腕の外側を通るように"の"の字を描くみたいにして回せば良い。
そうすればあら不思議!とても簡単に拘束が外れちゃうんだな!!
「…………え?」
「気付いてるなら自分で取ってくださいね。それでは私はこれで」
驚いて手をみつめるポニテに少し優越感を感じながら、その場を後にしようと踵を返す。
ところが私は、一番大事なことを忘れてた。
「あ、待って!君さっき『この不良共がー!!』って言ってたでしょ。あれ何?」
………そうだった。ポニテにはあれを聞かれてたんだった。
進もうとしていた足は完全に止まり、指先から徐々に血の気が引いていくような気がした。
誰か、ポニテの記憶を上手く操作してさっきの記憶だけ消去できる方は居ませんかー?最悪 ポニテの記憶が全て消えてもかまわないから。
……そんな人が居たら、今頃テレビに引っ張りだこだな。やっぱり私がなんとかしないと……。あ、あそこの大きい石をポニテの頭にぶん投げれば記憶飛ぶかな!?
というように、パニックで私の思考回路がいい感じにぶっ飛んできた頃
「ま、正直どうでもいいんだけどさ。悪い印象を持たれるのはよくあることだし?」
結局自分で草を払ったポニテが立ち上がった。
こいつは……!またからかったな!?
予言しよう。私はこれからナポリタンを食べるとき、怒りで三回はフォークでパスタをグサグサしてから食べるだろう。
「ポニテ……お前はっ」
「スットォォオーーップ!ストーップ!」
「!?」
私が勇気を振り絞り、文句を言ってやろうとしたのを大声と大きな手振りで遮ったポニテは、日曜の朝に活躍する戦うヒロインのようなポーズを取ると
「世界に祝福されし正義の化身、小野寺 ナオ!……つーわけで、俺はポニテじゃなくて小野寺 ナオっていう立派な名前があるんだな☆」
「…………えっと」
なんか高校生男子にはキツすぎることを言ってきた。
何か反応を返してあげたい、じゃないとポニテが辛すぎると思う。でもコミュ障な私はこういうときに気の効いた言葉が出てこないんだよごめん。
「……つ、つまり、自己紹介がしたかっただけということですよね?」
「………………うん」
あぁ、この言葉は違ったみたいだ。ポニテもとい、小野寺が目に見えて落ち込んだ。近くにあった木の幹に寄りかかり、深いため息を吐いている。
これは私が悪いんだろうか……。と疑問に持ちつつも、次の言葉を探した私は
「か、葛城…由優です」
「ん?」
「……二次元に夢みる乙女JK、葛城 由優。…君じゃなくて立派な名前があるので」
小野寺と同じ気持ちになってみることにした。
結果、死にたくなった。
肝心の小野寺は驚いたように目を見開いて黙ったままだし。
「……」
「……」
顔に熱が集まるのがわかる。おい小野寺、なんか言え!
助けを求めるようにちらっと視線だけを向けると、そこには瞳を煌めかせ、無邪気な笑みを浮かべる小野寺がいた。
「……見つけた」
弧を描いた唇がぼそぼそとなにかを呟くが、私の耳にまでは届かない。
幹から手を離し、軽い足取りでこちらにやってきた小野寺はガシッと私の肩を掴んだ。
「おもしろい!!…おもしろいよ由優ちゃん!今までこれに乗ってきてくれる人なんていなかったからな!?本当最高っ!!」
「はぁ……」
何はともあれ、元気を取り戻してくれたみたいで良かった。そしてあの自己紹介、今までもやってきたんだね。辛いなら止めればいいのに。
私のノリがよほど気に入ったんだろうか、ろくに梳かしてもいないからボサボサな私の髪を、上機嫌でその指に巻つけると
「ねぇ、他にはどんな反応すんの?……例えば」
こういうのとか? と、顔を近付けてきた小野寺は、あろうことか巻つけていた私の髪に口付けを落とした。
反射的に顔を引くが、髪が超ビィーンってなった。束で抜けるかと思った。マジ痛い。ちなみに内心はパニックのあまりカオス状態です。
涙目で睨み付ける私を、小野寺は満足そうに見つめる。悪趣味だ。こいつも加賀屋側の人間だった。
なんとか離して貰おうと引っ張るが、その度に小野寺は嬉々として更に巻つけてくる。
こうなったら仕方ない。
私はオレンジ色へ向かって手を伸ばし、グッと引き寄せると
「離さないと、毟りますよ!?」
気を使っているというその髪を人質?に取って脅してみた。
すると、小野寺の顔がみるみるうちに色を無くしていく。
「由優ちゃんまでハヤみたいなことを……」
そこからの小野寺は素早かった。サッと私から距離を取り、髪を庇うと「髪は乙女の命なんだぞ!?」と涙目で抗議してきた。誰が乙女だ。
ようやく痛みから解放された自分の髪をそっと撫でてみるが、見事なまでに指に引っ掛かった。さっき引っ張った小野寺の髪はサラサラしてたのにな。
……もう少し髪にも気を使ってみようか。
「ぐすん……あ、そういえばどうして由優ちゃんはこんな時間にここにいるの?」
「……あ」
そうだ私、教室から逃げてきたんだ。
「え……その」
あなたたちの所の朝村くんを殴ったせいです。とは言えず、視線を泳がせた時、偶然にもみつけてしまった。
校舎の二階の窓からこちらに向かってブンブン手を振っている朝村くんを。少し殴った所が赤くなっているのが遠いここからでもわかる。私これでも目は良いんだよね。
さて、朝村くんは何故手を振っているのだろうか?先輩の小野寺に何か用事があって…とかなら全然良い。だが、どっちかというと私に向けて振っている気がするんだよね。
Q.私は何をしましたか?―A.彼を殴りました。
Q.彼は何者ですか?―A.不良です。
Q.不良が殴られた相手に向かって手を振っている、つまり?―A.仕返しに来たんでしょうかね。
わずか一秒足らずでこの結論にたどり着いた私は、小野寺が引き留めるのにも構わずにその場から逃げ出した。
だって朝村くんが窓枠に足を掛けて、飛び降りそうなフォームしてるんだもん。言っとくけどそこ二階だからな!?常人なら普通に骨折する高さだからな!?
もつれそうになる足を必死に回転させながら考える。
……新学期早々何やってんだ私。颯斗、やっぱりゲームソフトは三本だ。




