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1 勇者死す

第一話を投稿します よろしくお願いします。

魔王城


勇者ユウヤは重い扉を押し開けた。

その瞬間、血のような嫌な匂いが鼻をつく。

広間は静まりかえっていた。

黒き巌で築かれた広間の両脇には人骨をくみ上げた灯籠が並んでいる。

青白い炎からは床を埋め尽くす金銀財宝が鈍く光った。

古くは魔物が力を誇示するため、人間の文化を模して築いたといわれる城。


暴力と権力が渦巻く醜悪な雰囲気がこの部屋には立ちこめている。


その遥か後方の玉座。一息ではユウヤの間合いまでたどり着けない位の距離に魔王は腰掛けていた。

魔王はその裂けた口元をにぃっと歪ませ、ゆっくりと口を開いた。

「……なんと勇敢なことか。お前一人で来るとはな」


黒鉄の王座に座る巨躯の怪物。

二本の角に血塗られた王冠。

人の姿をしたそれは、爬虫類のような強靱な肌が薄い光を鈍く弾く。

その筋肉の隙間からはいくつもの無数の目が覗いていた。


手には王権の象徴である杖。

それは支配の証であると同時に、この空間の均衡を保つ楔のようでもあった。


「うるさい……!!」


ユウヤは拳を握りしめた。

その瞬間、頭の奥に焼けるような痛みが走る。

レックスが無残に裂かれている。

フィナが血を吐く。

セバスが皆をかばって崩れ落ちる。


見たくもない光景が脳裏に流れ込んできた。

幼なじみの最強の仲間達だったのに。生き残ったのはユウヤだけだ。


苦痛に顔をゆがめる。


「どうした、ずいぶんと苦しそうではないか……」


呪いだ。数年前、魔物から受けた恐怖の呪い。


本来なら教会で祈祷を受ければ解ける。だがその教会はもうない。魔王軍が真っ先に滅ぼしたからだ。


それ以来心身を蝕む呪いを解くことが出来ずに耐え続けている。


呪いは俺の脳裏に一秒ごとに死んでいった仲間や民の恐怖が再生する。不安が倍増する。脳の内部を爪で引っかき回されるような不快感と絶望が俺の中でのたうち回る。


「くっ……!!」


呪いを解く術など勇者である俺には持ち合わせない。セバスがここに居れば解けただろうか。


「少し来るのが遅かったようだな。お前がさまよっている間に王国は滅び、民は死に絶え、残る人間はお前だけとなってしまったようだが……もう、お主のその勇者としての責任に意味はあるのか?」


勇者だから。そう言いかけて口を閉じる。王国も守るべき民も仲間さえ死んだ。

(なら俺は何のためにここにいる?)


魔王を倒す。差し違えてでも倒す。その意識だけが抜け殻のように残っていた。


「そうか。答えられないか。では一つ、土産話をしてやろう」


魔王は手を掲げた。魔力とともに現れたのは、一本の剣。


「それは……!!」


喉が震える。そんな馬鹿な。見間違えるはずがない。


なぜそれをお前が持っている。


「驚いたか?」魔王は愉快そうに目を細める。


ユウヤはその剣を求めて何年も旅を続けてきた。


邪悪なる者を打ち砕く聖剣。神が創ったと言われ、初代勇者が魔王を討った際に用いられたとされる伝説の剣。その刀身には大いなる力が宿っており、魔族は触れることすら叶わない。

魔王は聖剣でなければ倒せない。


ユウヤはそれを旅立ちの日に失った。何度諦めようとしても諦めきれなかった。


それが今、魔王の眼前にある。


魔王はそれを見つめたまま、静かに両手をかざした。


掌から極小の魔力の渦が生まれる。五元素のいずれにも属さない、すべてを破壊せし奔流。


渦が脈打つたび、空間がきしむ。


「やめろ……」


それが、聖剣の内に入り込む。


バキン。

乾いた音が響いた。

聖剣の刀身に黒い亀裂が走る。


ミシ……ミシ……。

聖剣は音もなく崩れ去って行った。


「して、そのぼんくらで我を刺すつもりか?」


ユウヤは腰の剣へ手をやった。そこにあるのは聖剣ではない。

旅の途中で商人にぼったくられて買った安物の鉄剣だ。

魔王の前ではただの鉄くずに等しい。


勘のいいレックスならまだマシなものを選んだだろう。と乾いた笑いが漏れた。


(本当にそうだ。俺は昔から馬鹿で無能で、聖剣も仲間もなくしてばっかりだ)


(それでも……)


「そんなの、やってみなきゃわかんねえだろ!!」


ユウヤは剣を抜いて、力強く大地を踏みしめ、一息に魔王に向かって走り出した。


「氷よ、奴を穿て」


魔王がつぶやく。

次の瞬間、無数の氷のつぶてが飛来した。


「……だらああああ!!」

すばやくそれを切り伏せる。

しかし、一つ二つ取りこぼしたそれが、手や足に突き刺さる。


「がっ!!」

凍てつく冷気が傷口から流れ込み、四肢の感覚を奪っていく。


剣を握る指はボロボロと皮が剥がれ、足は骨の随までがギシギシと固まっている。

それでも止まらない。


「炎よ。焼き尽くせ」

魔王の手から出る太陽のような灼熱の炎は魔王城の床を覆い尽くす。


今度は灼熱が押し寄せた。


床を埋め尽くした炎が津波のように迫る。


「ぐああああっ!!」


肉が焼ける臭いがした。


骨の髄まで火を流し込まれたような激痛。


意識が白く染まる。


それでも――


「フィナの魔法に比べたら……!!」


焼けた足を無理矢理前に出す。

一歩。また一歩。

何度倒れそうになっても、体は前へ出た。


「うおおおおおおおおお!!!!」


魔王が目前に迫っている。

ユウヤはただ、感情のままにその切っ先を奴の懐へ突き出した。


ドスン。


手応えはあった。だが、何も起きない。


魔王は微動だにしていなかった。その浮かべた下卑た笑みすら崩れない。


「……やはりな。そんなまがい物では我は倒せんよ」


その瞬間。ずんという重い衝撃が胸を貫いた。


見ると左胸からは赤黒いものが滴っている。

魔王の手から伸びる杖が心臓をつらぬいている。


息が荒くなっていく。

どくん、どくんと心臓の音に合わせて意識が遠ざかっていく。


「安らかに死ね。勇者よ」


遠く魔王の嘲笑が聞こえる。その中で、俺の意識は途絶えた。


世界が遠ざかっていく。落ちる。深く落ちていく。その中にあるかすかな意識が、現実を受け止めていた。


「俺は死んだのか……」


眠い。ものすごく眠いはずなのに、意識だけはしっかりしている。


意識の中に何かが見える。それは影絵のようにそれはゆっくりと動き続ける。


……。そうか、これがにわかに言われている死ぬときに見る夢という奴か。


それを黙ってみていた。


幼少期、家族がいて、友人たちがいて、おとぎ話が好きだった。

青年期、自分の才能に気づく。水晶が選んでくれたんだ。あの時は嬉しかったな。


旅立ちの日。それから十年の時間が流れる。


そう。聖剣を探していたんだ。あの日自分がなくしたものを探してたらこんなに遅くなってしまった。


(実は魔王が握っていたのだとしたら、一体俺は何のために旅などをしていたのだろうか)


……考えても仕方ないことだ。終わったことだ。悔しいのはみんな同じなんだ。


そして静かに、眠りにつく。


だが、


どくん。心臓が脈打つ。


どくん。どくん、それは大きく強くなっていく。


この鼓動が不思議と俺の眠りを妨げる。

……!!


見ていたはずの景色が逆行していく。

魔王城から離れ、旅がさらに戻っていく。


「なんなんだこれは……?」


そして、とうとう最初の街まで戻ってしまった。


なぜ戻っているのだろうか。


どくん、どくん。


俺に生気が戻ってくる。


深く落ちていたはずの意識が覚醒し始める。


不思議と痛みは消えていた。


代わりに、懐かしい声が聞こえる。


……!!


ねえ。


どこかで聞いた声だ。


――ねえ、起きて!!


重い瞼をゆっくりと開いた。


「起きて、お兄ちゃん!!」


何者かに叩かれ、ユウヤはベッドの上で目を覚ました。


「はっ!!……はぁっ、はぁっ!!」


朝日がやけにまぶしい。何年ぶりだろうか。こんな朝は。


目の前には石造りの壁と、木製のベッド。


開け放たれた扉の向こうには光り輝くかつての王国の町並み。

行き交う街で子供達が駆け回り、活気ある商人たちの声が響き渡る。

魔王軍の戦火はどこにもない。


目の前には、見覚えのある少女が立っていた。


「うわ!!」


ユウヤは驚いてベッドから転げ落ちる。

少女も驚いたように目を丸くする。


「もう、お兄ちゃん大丈夫?」


その声を聞いた瞬間、背筋が凍った。


まさか、そんなはずがない。


「……リリア?」


妹だった。


(何で……だって、お前はあの時……)


ユウヤの記憶の中には、燃え尽きた王都。

この家は灰と化し、遺体が転がっていた。


「遅刻しちゃうよ、今日、王様に呼ばれてるんでしょ?」


ふと視線の端に、姿見が映る。


そこにいたのは、若い自分だった。


傷がなく、清潔な服に張りのある肌。


ずっとボサボサだった髪はきれいに整えられている。


(まるで、十年前の旅立ちの……)


ユウヤは理解が追いつかないまま、呟いた。


「なあリリア……今って何年だっけ?」


「聖国歴742年虎の月、ほら、預言書の勇者が旅立つ月でしょ!!」


バシッと背中をたたかれた。

……742年。


その数字を聞いた瞬間、息が止まった。


あり得ない。確かに10年前だ。


それに聖国歴など国が滅んでとっくに廃れた昔の言葉だ。


しかし確かにリリアが生きているし、自分も若返っている。


その時、家の前に馬車が止まる。


「ユウヤ殿はおられるか!!」


そうだ。この日俺は勇者として旅立つことを命じられる。


そして仲間になるのが、


王国始まって史上最強の英雄たちともてはやされた俺たち四人。


スラム育ちの斥候で俺の親友レックス。

街一番の神童で魔法バカのフィナ。

慈愛の怪僧セバス。そして勇者の俺、ユウヤ・ジークハルト。


俺たちは魔王を倒して、必ず世界を救う。そう思っていた。


だが、そのパーティーは魔王と戦うよりもずっと前に、あっけなく壊滅する。


それも、この始まりの街でだ。


続く

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