29.守護騎士が黄昏に堕ちた日(妹side)
《クシャーエナ、本当にこれで良かったの?》
財餮の操縦席で一息ついていると、艶慾が気遣わしげに声を掛けてくる。
相変わらず、艶やかな声だ。
艶慾というコードネームも、案外あっているのかもしれない。
「どういう意味で?」
《お姉さんとのやりとりよ。一歩間違えてたら、貴方は最愛のお姉さんの心を――》
「ああ、うん……あれはね。さすがに焦った」
お姉様の反応がおかしくなったときは泣きそうだった。
同乗者のカグヤさんがいち早くこちらの目的に気づいて、対応してくれたのは本当に助かった。
「まさか、あんなに簡単に壊れるほど、お姉様の心が傷ついていたのは想定外だったから」
それだけ、シュームライン王国がお姉様を傷つけていた証左だ。
でも、今日からはわたしも同罪。あるいはもっと酷い。
だけどそれも覚悟の上。それを背負ってでも、私は矜持をやり通す。
「カグヤさんが居なかったら、お姉様は立ち直れなかったと思うからね。そこはもう、完全にわたしのミスかな」
《あたしが言いたいのはそういう意味ではなくてよ?》
艶慾の声色が変わる。
《クシャーエナ。貴方のやりたいコトは理解している。だからこうして協力している。
でもね。後輩同士が、仲の良い姉妹が、こうやって傷つけあう姿って、見てる方も辛いのよ? 何より計画が進めば進むほど、貴方の心も体も傷だらけになっていくのが分かってるから……》
分かってる。この人だって元守護騎士だ。色々思うことがあるのは理解している。
夜闇の騎士のみんなは、元々とても優しくて強い人たちだっていうのは承知しているから。
「それでもやるしかないの。
何より、ヨモツレギオンの存在の有無関係なく、わたしは……この身を犠牲にしてでも、お姉様と陛下の名誉と矜持を守りたいから」
《……でも、クシャーエナ……》
《その辺にしておいてやれ》
なおも悔しそうな声を出す艶慾に、老齢の男性――財餮の声が割って入ってくる。
《でも……》
《その計画を理解し、矜持に敬意を払い、キーシップに連なる者としての覚悟に共感したからこそ、我々はクシャーエナにチカラを貸しているのだ。おぬしとてそうであろう》
《……そうね。そうよ。わかってるわ……ごめん、ちょっと黙る……》
艶慾の声の気配が遠くなっていく。
《悪く思わないでやってくれ。アレはアレで、お前さんを心配しているだけだ》
「うん。分かってるわ大御爺様」
《かしこまらなくて良いと言っておるだろう。確かにワシはお前さんから見ればそういう立場のモノだが、すでにアラトゥーニの門を越えた死者よ。
そして今はお前さんが主人であり、我ら夜闇の騎士はその従者。そのように振る舞っておくれ》
「……努力します」
《結構。では、ワシもまた黙りますかな》
「少し、眠るわ。城に戻れば口うるさい人の無駄口を聞くハメになるし、休んどく」
サクラリッジだけでなく、ピシーも四機壊しちゃったし。
絶対、無駄な小言を言ってくるに決まってる。
自分はロクな実力もなければ、戦術も、戦略も、権謀術数も組み立てられないザコのクセに口だけは一丁前のあのバカに。
《うむ、そうするといい。操縦はこちらでしておくでな》
「うん。お願いします」
そうして、私は目を瞑る。
あの時、陛下とヨモツレギオンの前で誓った言葉に偽りは無い。
だから――どれだけ艶慾に心配をかけようとも、この信念だけは貫かないといけないんだ……。
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陛下とわたしの前に、ヨモツレギオンが姿を見せた日のこと――
「黄昏の意志、ヨモツレギオン……」
「我々は個にして群。群にして個。群れの中で唯一自我を持つ我こそが黄昏の意志と呼ばれる者である」
なんかややこしいヤツね。
だけど、そんなことより――
「……守護騎士への恨み辛みを、末裔であるわたしを使って晴らしに来たのかしら?」
最悪、ヨーシュミールごと殺すべきだろう。
ここで取り憑いている馬鹿ごと殺せばことが終わるというのなら、全力でやってのけるけれど……。
「まず一つ。今ココでこの身体を殺したところで、我々の本体は別のところにある故、無意味であると教えておこう」
「……ち」
おっと。陛下の前で思い切り舌打ちしてしまった。
絶対に聞こえたであろう舌打ちに対して、陛下は聞かなかったことにしてくれるようだけど。
「その上で、誤解を解いておこうか」
「誤解、だと?」
陛下が訝しむと、黄昏の意志は「左様」と大仰にうなずいた。
「我々は確かに世界を滅ぼすべく蠢く存在ではあるが、同時に元人間でもある。
死の淵に立とうとも、それでも己の使命や、矜持を背負って拳を握る者に対して、敬意を抱くこそあれど恨み辛みなどはない。
その筆頭が、始まりの双騎士だ。我々は彼女らに恨みなどない。彼女らからしてみれば、我々は封印されて当然の存在であり、その為に戦い抜いた彼女らの意志と矜持には、脱帽する思いだ」
……なんていうか、こいつってヨーシュミールよりまともなのでは?
「それを踏まえた上で――だが、それでも……我々はこの世界を許さない。
この世界に住む生きとし生けるものへの恨み辛みは少ないが、それでもこの世界が安穏と存在しているコト自体が許せない。故に殺す。故に滅ぼす」
許せない。
そう口にした瞬間、部屋の中の空気が重くなった。
プレッシャー? 重力が増した?
違う。
ただただ――黄昏の意志が抱く恨み辛みの発露が、そうカンジさせるほどのものなんだ。
封印されるほどの化け物になるくらいの恨み。
悪霊の神に至るほどの辛み。
過去に一体何があったのかな……?
いやでも、一歩間違えばわたしだって彼らの仲間入りしてても不思議じゃないかもしれないか。
「失礼。病人と淑女相手に発するべき圧力ではなかったな」
「…………」
空気が軽くなるのを感じながら、わたしは訝しむ。
黄昏の意志に対して、どう動くのが正解なのかが分からない。
「さて、わざわざこの男の身体を借りてまで、一時顕現したのには理由がある」
「一時顕現?」
「祠こそなくなったが、まだ完全復活までには時間がかかる故な」
「その為に、馬鹿息子を操りでもしたのか?」
「あー……」
睨むような陛下の問いに、黄昏の意志はとても困った様子で頭を掻いた。
「最初はな――そうする予定だったんだが……」
え? まさかそんなことありえるの?
黄昏の意志の様子から、本当に困ったような気配を感じたので、脳裏ですごい勢いで推察が働く。
「こっちが本格的な手を打つ前に壊してくれたんだ」
やっぱり!?
わたしと陛下は二人揃って頭を抱える。
「あー……それと。ジージガング陛下。あなたに追い打ちを掛けるようで大変申し訳のない話をするのだが……」
「気にするな。聞かせてくれ黄昏の意志殿」
殿とか付けちゃってるし!
いやまぁ気持ちは分かるけど。
世界を滅ぼすとか言ってはいるし、実際にそのつもりなんだろうけど、態度が紳士すぎて邪険に扱いづらいというかなんというか……。
「我々は祠の中からこの国――というか王都ラホコへと僅かな干渉を行っていたのだが」
「厄災獣とは別にか?」
陛下の問いに、黄昏の意志はうなずく。
「あれはその干渉の副作用であって、本命ではなくてな」
「あの厄介さで?」
思わずわたしがそう問うと、黄昏の意志はまたも困ったような顔をした。
「本命があまり作用しないのに、副作用が作用しすぎてて正直ビックリしているのだが」
「実は行き当たりばったりだったりする?」
「……否定はせんな」
「しないんだ」
この生きた厄災。なんか色んな意味で厄介なのでは?
「ともあれだ。長い時間の中で封印が弱まり、祠の外へと干渉できるようになってきた時に我々が始めたのは単純なコトだった。
七つの大罪――この世界では、七大悪欲と呼ばれるモノ。お二人はそれを存じているかね?」
わたしはうなずいた上で確認の為に答える。
「傲岸と不遜のまま振る舞いたい欲。憍媱。
怒りのままに振る舞いたい欲。瀾忿。
他者をうらやみ悪意を抱く欲。悋嫉。
何もせず怠惰を貪りたい欲。懈怠。
必要以上に財を増やしたい欲。財餮。
あるがまま暴飲暴食をしたい欲。站饕。
そして、愛欲と情欲に溺れたい欲。艶慾」
その通りだ――と、黄昏の意志は答えてから、続ける。
「我々が行ったのは、祠に近い場所に住む者に対して、それらが心に生じやすかったり、それらの影響を他より受けやすくなる……程度のモノだったのだ。結果として、王都ラホコを飲み込むくらいの範囲に影響を与えるコトになったワケだが……」
呆れたような困ったような顔をして、黄昏の意志は天井を仰ぐ。
「この国の者たちは我々が想定していた以上に、七大強欲に関するタガが外れやすかったようでな……。
守護騎士イェーナに対しての扱いとか諸々は……正直、我々もドン引きするレベル」
「だが、黄昏の意志であるあなたが、タガが外れやすくしていたのでしょう?」
「そこは否定しないが――君や、陛下のように、何の影響のない者も本来はもっといるはずだったのだ。人間とは欲に流される生き物ではあるが、それを押さえる為の理性が備わった存在であるはず故な。
タガは外れやすくなるが、理性というストッパーにそこまで大きな影響を与えるほどのモノでもなかったはずだったのだよ」
……それってつまり、お姉様が追放されたのは、こいつのせいでもなんでもなく、この国の――少なくとも王都で暮らす人たちがあまりにも愚かだったということでは?
「さて、だいぶ横道に逸れてしまったのだが、本題を話そう。我々がここに姿を見せた理由だ」
そう言って、黄昏の意志はわたしに手を差し出してきた。
「君の内側に黄昏と呼ばれる心の斜陽が生じているのを確認した。
その恨み辛み。復讐心。我々に利用される気はないか?」
「……!?」
背後で陛下が息を呑むのを感じる。
「世界を滅ぼすほどの恨みはないわ」
「世界を滅ぼしかねないほどの黄昏は感じているがね」
否定はしない。
否定はできない。
「貴方に利用されるメリット。わたしにあるの?」
「我々の持つ黄昏のチカラを与えよう。君が元々持つ魔力と合わせればこれまでの二倍……いや三倍の魔力運用を可能とするだろうな」
チカラは、確かに欲しい。
「いつまで協力すれば良いの?」
「私が完全復活する。君の気が済む。その二つが満たされるまで」
「最後にはあなたと敵対するかもしれないわ」
「それはそうだろう。君はどこまで堕ちようとも守護騎士としての矜持は捨てないだろうからね」
「リスクはある?」
「七大強欲に流されやすくなる。もっともそれも意志のチカラでねじ伏せられる程度だ」
「貴方に操られたり、意志を奪われたりは?」
「出来なくはないが可能な限りする気はない。この国の守護騎士たちには敬意があると言っただろう?」
「契約満了後はチカラを返せばいいのね?」
「いや。最後に敵対する時に、我々へチカラを返す必要はない。
守護騎士とは正しく決着を付けるべきであると考えている。故に、最後は我々と君たち守護騎士姉妹で、どちらが生き残るかの決着をつけたいところだ」
「この国の大半の人間よりも紳士なのね」
「ジージガング陛下の前でこういうのも何だがね。あまりにも心が弱すぎるのだよ、この国の民は」
黄昏の意志に、恐らく嘘はない。
それを踏まえて、思考を巡らせる。
……考えようによっては、元々の選択と大きくは変わらないかもしれないな。
「陛下」
わたしは陛下へと向き直る。
「黄昏の意志に答える前に、まずは陛下からの問いに答えたいと思います」
「守護騎士としての選択だな」
「はい」
守るべきは、民ではない。国ではない。
守るべきは、大好きなお姉様と、大切な国王陛下。二人の誇りと名誉だ。
「この国に留まります。ですが、それは国を守る為ではありません」
「…………そうか。そうだな。そうなっても仕方があるまい。それだけのコトを、我が息子と君の両親、そして民たちがしてしまったのだ」
裏切り者だとか、謀叛者だとか、陛下は言わない。
ただ静かに、わたしの宣言を受け入れた。
そんな陛下だからこそ、わたしは名誉を守りたいのだ。
「黄昏の意志。わたしは――あなたと契約するわ。お互いに利用し合うためにね」
ヨーシュミールの姿をした黄昏の意志に背を向けたまま、わたしは告げる。
「これよりわたしは黄昏の騎士。
守護騎士でありながら災厄の化身である『この世ならざる異形』の手を取った破滅の魔女。
陛下の病は我が呪い。殿下の乱心は我が誘惑。民は我が妄言と共に発する魔力に狂わされた。
邪魔であった姉は、我が策略によって追放され、守護の姉妹と称された鎧は、『この世ならざる異形』完全復活の邪魔になる故に一つは破壊され、一つは厄災の魔女と共に黄昏の鎧へと堕ちた」
陛下が目を見開く。
「クシャーエナ……お前は……」
恐らく、わたしがやろうとしていることの意味に気づいたのだろう。
「数多の汚名、数多の汚泥、この国の淀みと澱……その全てをわたしの中の黄昏の心が請け負います。だから、陛下は――」
「皆まで言うな、クシャーエナ。それを全て言わせてしまっては国王として、為政者として恥である」
そう口にすると、陛下は歯を食いしばり、うめき声をあげながら身体を起こした。
手を貸したかったけど制される。
見てられないとばかりに黄昏の意志も手を貸そうとしたけど、やっぱり制させた。
そして、しっかりと身体を起こした陛下はゆっくりとわたしに頭を下げてから、告げる。
「守護騎士クシャーエナ――いえ、古より我が国を守りし守護の騎士様。
我が国の終焉に居たるまで、我が国をお守り頂きありがとうございます。
その覚悟と矜持に敬意を。そして正しく国を終焉させるコトで報いたいと思います」
黄昏の意志は何も言わない。
だけど、シュームライン王国騎士式の最敬礼を取り続けながら、わたしと陛下のやりとりを見守っていた。
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あの時の夢を見て、改めて思う。
大好きなお姉様の汚名を雪ぐこと。
大切な陛下の矜持を守ること。
正しく国が終わりを迎えること。
そして――ヨモツレギオンを倒すこと。
その全てを達成する為に、わたしはヨモツレギオンの手を取ったのだから。
例えこの身と心の終わりが破滅でも、この信念の貫けるところまで、突き進むしかないのだから……。
そして全てが終わった最後の最後に、わたしはお姉様にお願いするの。
この厄災の魔女に堕ちた悪い子を、歴代最後となるキーシップの守護騎士として討ってください――と。




