be together
「嬢ちゃんが落ち着くまで見とく。あんたも辛いとは思うが、少し離れた方が良い」
「…うん、頼むよ、アイゼン」
ダンタリオンとライドウさんの娘の、泣き喚く声を聴いた僕たちは直ぐに駆けつけて、見た物はおよそ信じがたい光景だった。あれ程ダンタリオンに懐いていたあの子が、心の底から、彼を恐れていた。それも、理解できない様な理由で。だから、嫌でも僕ら、特に異能を宿す僕たちは。彼女が、異能に、化者に目覚めたのだと。
憔悴しきったダンタリオンを見送った頃、ルゥが口を開いた。
「ジョンよ、お前の見立ては」
「憶測で良いなら」
話を振られた僕はそう前置きしてから、言った。
「考えられるのは三つ。そもそも異能に目覚めてない、幻覚幻聴の類」
「それはねえな」
「同感。その割には、彼女が恐れているのはダンタリオンだけだもんね」
首を振ったルゥに同意して、僕は話を先に進める。
「二つ目、思考を覗いた。つまり、機械竜との戦いを間接的に見たことで、ダンタリオンにライドウが殺されたと錯覚した」
「…無理やり感が拭えねえな」
「所詮、推論だからね。じゃあ、最後、三つ目」
そう、所詮、推測の域を出ない。だから、次に僕が話すことも、ただの推論なんだ。
「未来を見た」
「…今までのよりかは、ありそうな話だな。詳しく話してくれよ」
「しつこいようだけど、確証はどこにもないからね」
神妙な表情になった彼に、僕は念を押すように言って、続けた。
「あの子は言ったよね、人殺しって。それも鬼気迫る表情で。あれは、今まさにその現場を見たような顔だった」
「確かにな。だが、それだけで未来と言えんのか?別に他にも有り得そうな線はあんだろ」
「そうだね。何なら、そう見えたのはただの僕たちの錯覚で、別にそんな表情じゃなかった可能性すらある」
だけど、そう僕は口にして、続けざまに言った。
「だけど僕は、彼女の同類を知っている。僕がいた世界に過去視の持ち主がいた、あの子の瞳は彼の目玉にそっくりだったよ」
冷泉逢魔、院の内の二家とも繋がりが深かった彼はその能力で、弱冠十五歳で管理局入りを果たした。生憎僕らとは関係が薄かったため、会ったのはただの一度きりだったが、その時の印象も一言で済む。気味が悪かった。
誰にも話したことのない過去を、彼は対象を目にするだけで知ることが出来た。だから、彼の語る言葉も、行動も、心を読んでいるかのように、その全てがこちらの何かに触れる。それが琴線か、逆鱗かは、人次第だと思うが、生憎僕には後者だった。
彼女の語った言葉は、彼のそれにかなり近い。知る由の無い事柄を、まるで実際に目にしたかのように語るその姿は、彼の姿を嫌でも想起させる。だから、僕はこの推論を殆ど疑っていなかった。
「…この予想が正しいにせよ、外れてるにせよ、僕たちがすべきことは決まっているさ」
そう言って僕は彼のことを思い出した。カイン、彼が後戻り出来るかは正直分からない。だけれど、可能性は残っているはずだ。だが、このまま彼を一人にさせていたら、その可能性さえ奪われてしまう。綺麗事かもしれないけれど、これ以上僕はもう誰も失いたくない。
「次の目標は、竜の住処だ」
彼の進む道に、僕らも向かう。彼の独断専行を止めるために。
*
「…どうすんだろうね、これから」
雨の降る中、一足早く、竜峰山に戻っていた覚醒者の三人。重々しい雰囲気の中、ぽつりとストームが零した一言に、イヴァンとバーンの二人は直ぐに答えることはせず、少しの間、沈黙を保っていた。
「…今までと、何も変わんねえだろ」
沈黙を破る、イヴァンの一言。彼は、黙する二人を気にしながらも、言葉を続けた。
「神を殺してきた俺らが本当の意味で生き残るためには、竜共を殺さなきゃならない。そんだけの話だ」
「癪だけど、その通りだよね」
イヴァンの言葉を受けて、ストームは納得したように相槌を打つ。
「…だがよ、イヴァン。俺たちはその域に立ててると思うか?」
バーンは自嘲的な笑みを浮かべて、皮肉気に言った。イヴァンもそれを見て、ふと笑う。
「へぇ、弱気だね」
「はっ、お前は考えなしの能天気だろ」
「…私に勝ったこともない癖に、喧嘩売るんだ」
挑発的なストームの言動に苛立ったバーンが剣を抜こうとした瞬間、雷鳴が鳴った。二人はその元凶であるイヴァンに、視線を向ける。
「次は止めねえぞ、俺は旦那程甘くねえからな」
「…つまんな、一人だけ大人になっちゃって」
「いつまでもガキのままじゃいられねえんだよ、お前も分かってんだろ、ストーム」
笑いもせずに言ったイヴァンの言葉に、ストームは不本意ながらも自覚的に襟を正す。イヴァンの発言に、思うところがあったからだ。
「確かにお嬢は舐めすぎだ。だがなバーン、こいつの言葉は的を射てるぞ」
「何がだよ、イヴァン」
「お前は弱気になってる。落ち着けよ、これは良い意味でもある。お前はそれだけ、現実を見てるってことだ」
苛立ったように聞いたバーンを宥めつつ、イヴァンは続ける。
「確かに、俺らはまだ、竜共には敵わねえ。お前の剣術はまだ未熟だし、俺の雷の足はかき回すことは出来ても威力が足りねえ。お嬢は硬いがそれだけ。全員、あの人らに比べて力量が足りなすぎる」
だが、そう言って、イヴァンは拳を強く握った。
「結局、実力不足なんて言ってられんのは、旦那やハジメ、ルゥ・ガルーに紫龍がいてくれるからだ。いなけりゃそんなのはただの言い訳に過ぎねえ。戦わなきゃ、ならねえんだ」
「そして、そんなのはもう、通った道だよね」
「そうだな、俺たちはずっと、そうだった」
熱っぽく語ったイヴァンを、二人はからかうこともなく、ただそうやって同意した。昔を思い出すように、遠い目をして。
「…そういや、お前の昔話は聞いたことがなかったな、バーン」
そんなバーンを見て、イヴァンは言った。バーンは苦笑して、曖昧に言った。
「俺か?つまんねえ話で良けりゃ、話しても良いぜ」
「そう言う前置きは良いから早くしてよ」
「このガキ…」
それからバーンはため息を吐いて、咳払いをした。言葉にしたくない物を口にするための、準備とでもいうように。
「俺が生まれたのは海辺の、小さな村だった。こっから、っていうか、大陸でも一番北西のところにある、小さな村だ。今思い出しても、良いところだったよ。なにせ、神と無関係に暮らせてたんだからな」
「今思えば、とんでもない幸運だよな。それには色んな絡繰りがあった。単純に立地が良かったこと、村人も少なくて襲っても大した益はなかったこと、凍竜の領域、氷結庭園の近くだったこと、そもそも大した資源も得られない場所だったこと。そんだけの好条件がそろって、俺たちは不自由なく生きていけた。幸い、魚は良く取れたからな」
だがな、そう言って、バーンは腕を組んで、二人に尋ねた。
「そんな生活はある日突然終わった。お前ら、なんでだか分かるか?」
「普通に考えりゃ、神か竜ってところだが」
「その口振り、違うってこと?」
「…実際、俺もしばらくはそうだと思ってた。だが、影の旦那の話を聞いて、俺はそれが間違いだと気づいた」
「そいつは、海を歩いてきた。だから、俺たちは最初、理解が出来なくて、戸惑った。なんで、そんな所から人が?ってな。そして、次の瞬間には、血しぶきが舞ってた。そいつの剣の一振りで、知り合いが、漁師のおじさんが、昨日まで遊んでた友達が、一斉に死んだ」
「…嫌、あれは剣じゃなかった。ハジメ師匠が持ってる奴と同じ、あれは、刀だったんだ」
身震いをさせながら、バーンは言った。その身震いが、怒りに起因するものか、恐怖に震えていたのかは、彼らには分からなかった。
「俺は、っていうか、生き残ってた人はみんな、一目散に逃げだした。それでも背後から聞こえてくる叫び声で、更に何人も犠牲になってたのは分かった。俺は、運良く、そいつに殺されることなく、逃げ切れた」
そこまで言って、バーンは一拍置いてから、吐き出すように言った。
「だから、ストームの言う通りだ。俺はただの臆病者なんだよ」
「…普通でしょ。勝てないなら逃げる、真っ当な選択だよ」
「普通じゃ足りねえだろ。今までも、こっから先も、多少なりともいかれてなきゃ話にならねえ」
ストームのフォローも意味がなく、自嘲混じりの笑みを、彼は浮かべ続けた。
「だが、頭は悪かった。村の外が、どれだけ危険か分かってなかった。神だの竜だのがいなくても、魔獣がいるってことが、頭になかった」
「やたらでけえガルムが、俺の前に現れた。ちっこいガルムだって見たことねえ俺は、本気でちびったし、ここで死ぬんだと絶望もしてた」
「だが、ガルムは俺をただ見てるだけで何もしなかった。しない理由があった。気づいたら、手が灼けてた。焦がれるくらいの熱を発していた」
「しばらくしてガルムはどっかに行っちまった。炎にビビったのか、それとも俺がただのガキだと気づいて去ったのかは分からん。だが、俺は単純だったから、この両掌がとんでもないものだと信じて、俺の村を滅ぼしやがった奴に、復讐してやろうと決めた」
拳を握ったバーンだったが、すぐに力なく笑った。
「だが、そいつの姿はもう跡形もなかった。だから俺はひとまず、他の神を相手にして力をつけようと思った。お前らと出会ったのは、それからすぐのことだ」
そこまで言うと、場に一瞬の沈黙が訪れた。話が終わったことを理解したストームは、彼に問う。
「ハジメちゃんに弟子入りしたのって、その村を滅ぼした奴に対抗するため?」
「…どうかな。そのつもりだったが、今になって思い知らされてるよ。俺は、そう大した奴じゃねえってな」
「そんなこと」
「あるだろ。俺もお前らも、神でさえも、大したことねえ。あいつらに、比べれば」
バーンはまた、自嘲するように笑って、言葉を続けた。
「紫龍が化物なのは、まだ分かる。凍竜に育てられたんだから、強くもなるだろ。ルゥ・ガルーもな。人狼でありつつ、化者を持ってる。だが、あいつらは何だ。ニホン人であるジョン・ドゥ、それにそこに辿り着いた師匠。あいつらは、おかしいだろ」
「話に聞く限り、ニホンって所は大層平和な国らしいじゃねえか。神も竜もいねえ、それどころか戦う必要もねえ。なのに、なんであいつらは、ここの誰よりも強い?意味が分からねえ。分からねえのに、強い。だから、あいつらこそ、特別な存在なんだ」
それから、バーンはイヴァンに視線を向けて言った。
「…イヴァン、お前はさっき、旦那や師匠がいなくなったら、俺らが頑張るしかないって言ってたよな。俺も同意したけど、悪い、やっぱ取り消すわ」
弱弱しい声音で、彼は言う。イヴァンはただ目を瞑って、その続きを待つ。
「俺はずっと不安なんだよ。あいつらがいなくなったら、俺らはどうなっちまうんだよ。あいつらが死んじまったら、ニホンに帰っちまったら、特別を失ったここはまた、神や竜に支配される常に戻るんじゃねえか、ってな」
「そうならねえために、俺らは今頑張ってんだろ」
「…そうだよな。それは分かってんだ、でも不安は消えねえ。消えちゃくれねえんだ」
そこまで言って、バーンは二人に背を向けた。
「はっ、ガラにもなく饒舌になっちまった。もう寝るよ、これ以上醜態晒したくねえしな」
そのまま、彼はこの場を去っていった。バーンの姿が見えなくなった頃、イヴァンはストームに尋ねた。
「…藪蛇だったか?」
「気にするほどでもないでしょ。あれで折れるような奴なら、とっくに折れてる」
「俺が言ってるのはバーンじゃねえ、お前だよ、ストーム」
「私?何が?」
イヴァンの言っている意味が分からず、ストームは怪訝な表情を彼に向ける。イヴァンは少しだけ、逡巡する様子を見せながらも、ストームに向けて言った。
「一度目は気づかなかった。だが、バーンが口にした時はハッキリ分かったぜ。あいつの方がはっきり言ったからな。考えりゃ当然だよな、お前にとって、俺にもだが、あの人は特別だ。だが、俺とさえ比べ物にならねえだろ、あの人に抱いてる思いは」
「はっきり言ってよ、いい加減うざいよ」
「…旦那が帰っちまったら、お前はどうする?」
その、イヴァンの言葉に、ストームから表情が消えた。それでようやく、ストームはイヴァンの言いたかったことに気付いて、真っ赤になった顔を伏せた。
「…何で知ってんの」
「あ?マジで言ってんのかお前、気づいてねえ奴なんかいねえよ。よっぽど鈍感な奴くらいだろ、マジで」
「…ころす!みんな殺して私も死ぬ!」
「やめろ!マジで死ぬからやめろ!」
涙目で竜巻を展開し始めたストームをイヴァンは必死に宥めた。
「…ごめん。動揺した」
「俺の方が動揺してるわ」
竜巻を収めた彼女に、安堵と苛立ちを覚えながらイヴァンは言った。罰が悪そうに頬を掻きつつ、彼女は質問に答えた。
「それで、なんだっけ。お兄さんがもし帰ったら?どうもしないよ、私は。でも、覚悟は決めてる」
遠い目を向けて、ストームは続ける。
「お兄さんの居場所はどう考えてもあっち。お兄さんが本当に居た場所じゃないのは知ってるけど、それでもハジメちゃんの発言を信じれば、極めて似ている所。帰れるところがあるなら、帰るべきだよ」
「…だな。だが、ここで選択肢が増える」
寂しげな表情のストームに向けて、イヴァンは指を立てた。
「おまえ、ついてけよ」
「…は?」
そんな、唐突なイヴァンの発言にストームは首をかしげた。気にせず、イヴァンは続ける。
「俺らの故郷はとっくに滅びてる。ならニホンについてっても問題ねえだろ」
「あ、え、う?そう、なのかも?」
慌てふためくストームの様子を見て、イヴァンはからからと笑った。
「まあ、まだ先の話だ。それまでゆっくり、覚悟決めろや。どっちにするにしても、な」
「…うん」
ストームは小さく頷いてから、イヴァンをじとりと睨んだ。
「礼は言わないからね」
「貰えるとも思ってねえよ」
じゃれあうように言い合って、二人は別れた。




