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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第三章 陥落
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宿命desire

 終わっている。この世界は、終わっている。

 世界の表しか知らない一般人も、裏を知っている異能者も、時にそう言って、今を諦めた。


 僕は、僕らは、そんな諦めが大嫌いだった。終わっていると思うなら、変える努力をするべきだと、声高に言っていた。行動が伴っていたとは、腹が裂けても言えないけれど、少なくとも気概だけはあった。


「なぁ、タクト。君、人を殺せるか」

「…何?藪から棒に」


 いつだったか、海辺にそう問われたことがある。僕は怪訝な顔をして、彼に問い返した。


「やむを得ない状況、そうだな、例えばその人を殺さなければ、世界が滅ぶ状況で、君はそれを殺せるかい?」

「あー、何となく分かったよ」


 20世紀の終わり、世界は滅亡する寸前だった。何とかの予言とか大王って言いたいわけじゃない。【救済】、この世に生まれた、神と名を冠するに相応しい存在、神格者の六番目。彼女はその力で世界を滅ぼしかけた、らしい彼女は、滅ぼす前に恋人に殺された。


「そうだな、僕があの人と同じ立場だったらきっと、殺せないと思う。最後まで殺さない選択肢を模索して、最後には」

「手遅れになる、か」

「言いたくはないけどね」


 微笑を湛えて先に答えを言った海辺に、僕は苦笑した。そして、そんな僕の肩を、誰かが叩いた。

 

「なら、俺が殺せばいい。何のために俺がいると思ってる」

「…何度も言わせないでよ、篝。僕らは友人だから一緒にいる、それだけ。それ以上の理由なんてない。そうだろ?海辺」

「当然。言うまでもないな」


 僕の問いを受けた海辺は微笑を浮かべて頷いてから、首を振った。


「だが必然は存在する。誰もやらなければ誰かがやるしかない。やるなら、篝しかいない。翁火の爺様は動かないのであれば、必然」

「話にならないな」


 薄ら笑いのまま言う海辺の言葉を打ち切って、僕は鞄を手にした。


「帰るのか」

「うん、悪いけど、海辺お願い」


 篝に言って、僕は教室を出ようとした。


「なあ、タクトよ」


 それでも、海辺は僕に声を掛ける。


「お前は生きろよ」


 瞬間、海辺は燃えて消えた。篝と一緒に。


 これは、夢だ。現実じゃない。これは、この後の彼らが辿り着いた終わり。二人は、この後、紫城美月を暗殺しようとして、失敗して、死んだ。


 あいつのことだ。海辺は、きっと知っていたんだろう。この世界がいずれ、滅んでしまうことを。きっと、決めていたんだろう。篝を差し向けて、紫城美月を殺すことを。そして、予測していたんだろう。暗殺は失敗して、【征服者(コンキスタ)】が本格的に始動してしまうことを。


*


「―ン、ジョン!」

「うっ、ごっ」


 誰かに背を叩かれて喉に溜まっていた血液がどろっと口腔から飛び出して、僕の意識は戻る。今のは、走馬灯、か。ああ、クソ。事ここに至っても、僕は無力だ。


「戦局、は」

「…終わったよ」


 ダンタリオンに肩を借りて、僕はそんな、失意が滲んだ言葉を聞いた。


「僕らの負けだ」


 そして、その失意は、現実と言う形で、僕にも襲い掛かった。

 見るに堪えない、光景。木々は焼け落ちて、地面は抉れ、仲間は倒れている。僕らが負けたという、現実。二度と戻らない、ものさえ。


「ミスター、ライドウさん…」


 二人の外傷は大きく、最早生命活動を行っていないだろうということが嫌でも理解できた。ミスターは右半身が抉れ、ライドウさんの頭部は撃ち抜かれ、スイカの様な赤色が見えた。


 ダンタリオンは、泣いていた。当然だ、言うまでもない。デッドは疲れ切ったようにしゃがみこんでいて、紫龍はうなだれて、ハジメは苦虫を噛み締めた様に、アイゼンは気を失ったままで、フアイはミスターの遺骸を見て悼むように目を閉じた。


 竜峰山の麓、僕らはそこで機械竜と相対した。この山を登ろうとした奴を止めるために、僕らは向かった。勝てる目算はあった。だが、奴は想定以上に強力だった。恐らくは、漂流物によって失っていたはずの武装を補填したんだろう。紫龍からの情報にない武器を、奴は使っていた。


「…勝利などとは、口が裂けても言えんな」


 フアイがつまらなそうに呟いた。ああ、そうだ。それでも、戦果はあった。

 目の前にもう一つ、目を引くものがあった。機械竜、その遺体、残骸?動きを止めた機械竜が、そこにはあった。総力を尽くして、五大竜の一角を、二人殺したのだ。

 

 失ったものはあれど、得たものもあった。そのプラスの面だけを見ることはどうしても出来ないけれど、それでも目を向けなければ。そうでなくちゃ、二人に顔向けできない。

 

*


 それから、二日が過ぎた。

 ライドウは、人狼たちの風習に合わせて、荼毘に付されて、僕もその葬儀に参加した。だが、ミスター・ファルカスの遺骸は。


「だから、何度も言わせないでください。それでは、我々が戦っている意味がない」

「…もう、そんな綺麗ごと言ってる場合じゃねえんだよ。死竜」


 ミスターの遺骸を巡って、紫龍とアイゼンが言い争っていた。アイゼンが彼の遺骸を喰らって神になると提案し、紫龍がそれを止めて。


「あんたは良いさ。神とも、竜とさえ戦える実力を持ってる。影も、ルゥ=ガルーも、そして、ライドウも。だが結果はどうだ。めぐり合わせ次第じゃ、こんなに簡単に人は死ぬ。分かりきった、ことじゃねえか」


 そう言う彼の声はだんだんか細くなっていって。グランドホルンとの戦いでも、そうだった。アイゼンは、得意の殴り合いでさえ、相手にならなかった。そんな彼が、力を求めるのは、至って自然な帰結だ。

 だが、それを止めたい紫龍の気持ちは、もっと分かる。だって、もう。


「あなたがそう思う気持ちは同意は出来ませんが、分かるつもりです。けれど、あなたも知っているでしょう?力を求める気持ちに、終わりはない。彼の二の舞になりたいんですか?カインの様に―」

「俺が、なんだって?」


 コン、と、杖が血を叩く音がした。振り向くと、カインがいた。見る影もない姿の、カインが。異様に増強した上半身の筋肉、焦点が合わない眼球、震える口元。

 姿を見るのは数ヶ月ぶりだが、その時から前兆はあった。理性を失う、前兆が。言及こそしていないが、彼は明らかに他の神を口にしている。そうと確信できるほど、彼はおかしくなっていた。


「あんたにゃ言われたくねえよ。竜に育てられたあんたには」

 

 爛れるように胡乱な瞳で紫龍を睨みつけ、カインは言った。


「考えてみれば、あんたおかしいよな?なんで竜に育てられたってだけで、そんなに強いんだよ。そういうあんたこそ―」

「やめなよ」


 紫龍に詰め寄ろうとしたカインを、僕は止める。そんな僕を見て、彼は嘲るように笑った。


「…はっ、人外同士で仲間意識でも目覚めたのかよ。なら俺にも向けてくれよ、それ」

「おい」

「悪かった悪かった。お前らに助言してやった俺が馬鹿だった」


 デッドに窘められた彼は悪びれる様子も無く、背を向けてこの場を去ろうとした。


「そういや、あんた、竜殺すとか言ってたな。決めた、俺が先にやってやる」


 が、彼は最期に振り返って、紫龍を指差して言った。


「竜の住処をぶっ壊して、皆殺しにして、五大竜も殺してやる」


 そんな、世迷い事としか思えないようなことを。


*


「おとうさん」

「…どうしたの?」


 ダンタリオンは、袖を引っ張る娘にそう、問いかけた。

 彼らは未だ、ライドウの墓前にいた。


「おかあさんは、いつ帰ってくるの?」


 彼女の死を理解できず、死を受け入れられず、彼らはそこに立ち尽くす。


「もう、お母さんは、戻ってこないんだ」

「…なんで?」


 乾ききった声で、ダンタリオンは言って、どこかでそれを理解していた娘も弱弱しい、か細い声で問い返す。


「…死んだんだよ。ライドウは、死んでしまったんだ。僕の、せいで」


 涙ながらに、父親としての仮面が外れかけた彼の言葉、それと同時に、一つの、異変が起ころうとしていた。


「なんで、なんで、なんで」


 その小さな身には耐えきれない程の悲劇に、少女は泣く。ぼろぼろと大粒の涙をこぼして、項垂れて、地面に手を付けて。


「あ、あ、ああああああああああ!」


 化物が、目覚めてしまう。


 狂ったような叫びをあげる少女を、ダンタリオンはすぐに抱き寄せようとした。だが、その手は拒絶される。酷く、怯えた、視線と共に。


「ひと、ごろし」


 それは、父親に向けた視線とは到底思えない程に、冷たすぎて、もう後戻りは出来なくて世界は、変えられない宿命へと進む時針が、動いてしまう。

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