pride
それからまた、しばらくの時が経った頃。僕と紫龍、ルゥ、ライドウの四人は、とある村からの要望を受け、敵の討伐に出向いていた。
多くの集落を支配していたデンジャラスライオンの死、無作為に劣等竜を送り込んでいたジェイド氏の死、アイゼンの牧場襲撃、それに僕らのような表立って神を討伐する存在の登場、多くの要因から、神の支配から開放された村が幾つも出てきていた。
そして、僕たちはそんな村々から依頼を受けて、各地の神の討伐を請け負っていた。人間種の安泰の為、危険の排除の為、そしてどこかの村からまた、戦力足り得る存在を期待して。いずれ来る、竜との対峙にも備えて。
「…今更なんだけどさ、ライドウさん、来てて良いの?」
出産して一月も経っていないと聞いてた、というか実際赤ちゃんも見たんだけど、急に動いて大丈夫?
「?大丈夫だよ、今はダンタリオンが見ててくれているし、集落の皆もいるからね」
「そうじゃなくてさ…」
「ぎゃはは!そいつに道理説いても意味ねえぞ、ジョン。俺はそいつより無茶苦茶な女は一人しか知らねえ」
「そんな人いるんですか、会ってみたいですね」
「いやさ…」
どう考えても君のことだと思うけど、言わぬが花だよね。
と、まあ、歓談なんていつまでもしていたいところだけど、僕たちの歩は間もなく、戦場へと辿り着く。
しかしまあ、大層な戦力だ。ハジメを除いた人間の最上位戦力が集まってる。神を相手取るには手が余りすぎるくらい。だから、今回の相手は、神ではない。
「…あれ、ですね」
「あれが五大竜か、確かに途轍もない雰囲気だね」
今回の相手は、【不死竜】ロストケアセルフ。この大陸の頂点の一角。外見だけで言えば、竜の形をしたスライム。はっきり言って、そんなのを相手取るのにこの人数で良いのかという疑問はまだ、ある。
「大丈夫ですよ、ジョン。あなたがいれば、不死は取るに足らない」
「…その言葉、信じるからね、紫龍」
僕は苦笑して、彼女の笑みに応えた。そして、彼女の笑みは一層、深くなる。
「私が、あなたに嘘をついたことがありますか?」
「なかった、かもね」
そう言われて、僕は今度は本当に心から笑った。紫龍は、良くも悪くも、いつも真摯だ。そんな彼女がそう言うなら、勝ちの筋はあると、僕は思えた。
「それじゃ行くよ?影の―」
僕は言って、ロストケアセルフに視線と、指先を向けた。
「死」
そして、死をもたらす。本来なら、それだけで命の灯は消える。
【N,LLLLLLLLLLLLLLLL】
だが、不死竜は、それだけでは死なない。言葉にならない、恐らく、苦悶の叫びを上げながら、自らの全身の肉を刺の様に伸ばし、その部分だけが死肉の様に爛れて落ちた。つまり、僕が死を与えた部分を切り捨て、コアに到達するのを防いだ。恐らく、本能的に。その程度で済ませるなんて、不死の名は、伊達じゃないということだろう。
さて、ここで問題が二つある。まず、死は一度使った後は、再装填まで多少の時間がかかる。数分程度、使えるまでの時間が必要になる。そして、もう一つ。相手は、木偶じゃない。
【N,LLLLLLL】
ロストケアセルフが、僕たちに向けて、全身から伸ばした触手を襲い掛からせた。リーサルサイド程じゃないが、それでも途方もない程の物量。真っ向から、僕が防ぐ術はない。
「―その為の私たち、でしょう?」
そう言った紫龍が、僕に襲い掛かる触手を全て受け流した。そして、彼女だけじゃない。
「はっ!露払いにしちゃ、過ぎた面子だがな!」
「文句があるなら帰るか?ルゥ」
「言ってろライドウ!」
「何せ、露も最上級の露ですから、ね!」
皆のお陰で、僕は安心して、死の復活を待つことが出来る。本当にまずい時は、影でサポートも出来るしね。
本来ならこれは、ストームこそ最適な人材だったとは思うけれど、あの子はまだ、訓練段階。ここで連れ出して習熟が遅れるより、既に完成していて充分に背中を任せられる三人に任せるのが正解だと思った。そして、実際に正解だった。
【N,】
それから、何度か死を投射した後、遂にロストケアセルフは死亡した。全身が沸騰したように泡を吹いて、体の一部、恐らくコアが揮発した。
「…おいおい、マジか。マジで、五大竜を殺せたってのか」
「現実味なさすぎだね」
ルゥは震える声で、ライドウはため息を吐いて、興奮を抑えながら言う。
「安心するのは早いですよ。ロストケアセルフはある意味、一番倒しやすい五大竜でした。再生機能も、母さんのお陰で劣化していましたし。本番は、これからです」
紫龍は冷静に、それでも嬉しさは感じられて。全員の、安堵と仲間意識が、心地よかった。良い空気で、僕たちは帰路につこうとした。瞬間だった。
「おい、待て」
深刻そうな声音で、ルゥが僕たちに呼びかけた。僕たちは、緊張感を持って振り向く。そして、何かが聞こえた。
【legion】
その鳴き声には、聞き覚えがあった。僕は必死で、その鳴き声の出所がどこかを探した。
最悪だった。それは、ロストケアセルフの死骸があった場所から聞こえてきた。そして、最悪は続く。それは既に、ロストケアセルフの死骸の半分を、自らにしていた。
「ジョン!」
「影の―」
ルゥが僕を呼ぶよりも早く、僕はフレームを作った。すぐに仕留めるため。きっと今がこいつらを確実に仕留めるための、最後のチャンスだったから。
駄目だった。死は再装填なんかされてなくて、死は僕の身体に表出した。喉から血があふれ出る。あふれ出て、口からこぼれて、喉が詰まるほどの大量の血液で、息が出来なくて。僕はその場に崩れ落ちて、レギオンは既に死骸を侵食しきっていて、何処かへと消えていった。
「…大丈夫か、ジョン」
「ごめん、僕の、せい、で」
「お前のせいじゃない。お前に任せるしかない、俺らの責任だ」
満身創痍の僕はそのまま、ルゥに抱えられて、集落へと戻ることになった。
この時レギオンを仕留められなかったのが、最大の失策だったと、今でも思わずにはいられない。
*
「―て、起きて、タクト」
…あれ、僕は何をしていたんだっけ。なんで、眠っていたんだっけ。何か、大事なことをしていたような、気がしているのに。ただの、夢?分からない、泡を掴むように曖昧な出来事は、割れてしまって、僕は今、目の前にあることに意識が移っていく。
「…光?何でここに?」
「?何でも何も、私がいて何かおかしいか?」
…嫌、何もおかしくない。そうだった、昨日からおじさんの家に泊まっていたんだった。
「ごめんごめん、寝ぼけてて」
「からから、相変わらず仲良しだね、君ら」
ベッドから起きると、前の席の海辺から揶揄われた。あーうるさいうるさい。少しは黙っててほしい。
「海辺くんが言います?」
保健室の扉から現れた薬人がそう言って笑う。僕も、つられて笑った。
「何を笑ってるんだよ」
これは、僕?僕の顔を覗き込む僕、僕が僕を視認した時、教室の中央に吸い込まれて行って、僕たちの身体は溶け合っていく。
僕は廊下を走る。息を荒げて、全部から逃げるために。責められるのが怖くて。
「なんで、お前だけ」「俺たちは死んだのに」「なんで」「死んだ」「終わった」「なんで」「なんで」「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
でも壁にも廊下にも顔が浮き出てきて、皆から責められて、僕は泣いて、でも走って。転んで。
「お前が、いれば」
横になった僕を、篝が踏みつけた。踏みつけて、何度も何度も、踏みにじる。
『僕たちは生きていたのに』
冷たい瞳で僕を見下ろしたまま、篝は―嫌、待て、なんで、篝が表に出てる。なんで、火が灯ってるあいつが、影に潜んでいない。
「う、お、え」
酷い吐き気に襲われて、ようやく目が覚めた。くそったれ、嫌な夢を見せてくれる。
目が覚めたとはいえ、未だ僕はこの作り物の世界に囚われている。一度、上書きする必要があるか。
「…影の領域」
周囲全体に影を展開、そして、僕はその影を砕くために、手を振り上げた。
「―いってらっしゃい」
「…ただいまは、もう言えないけどね」
最後に聞こえた父さんの声と僅かに見えた影に僕はそう言って、振り上げた手を降ろした。
*
「ぶ、っはぁ!」
本当の意味で目が覚めた。そうだ、僕は、僕たちは、新たな神の出現を聞いて、その対処に向かったんだった。それで、僕たちは捜索中に、あんな、夢のような世界に送り込まれた。
「…なんだ、もう、夢から醒めてしまったのか。可哀そうに」
それをした張本人が、心の底から哀れむような瞳を、僕に向けた。
【阿片窟】イェロウ。それがこの神の名、既に数多の神を夢の世界に堕とした彼はある種、ありがたい存在なのかもしれないが、生憎、彼は人間の為にそうしてる訳じゃない。ただの自己完結、自慰行為。
「まあ、好きにすればいい。現実が君の幸福を祈ってくれるというなら、引き留めたくもないしね。最も、そうは見えないが」
そして、何より、この話し方が気に障る。人のことを見透かしたような、上から目線の話し方はまるで、海辺のようで―
「…ああ、クソ」
夢から醒めたばかり、というのは言い訳に過ぎないが、それでも言い訳したいくらいだ。違う、あいつはこいつとは違う。
「生憎、悪夢はごめんなんでね」
「悪夢?否、君にとっては理想の夢だよ。当ててあげようか?君が望んでいるのは、贖罪だ。罰を与えられて、赦されたいと思っているのさ。君は」
ああ、嫌気が差す。覚えがあるし、自覚もある程度はしてる。だけど、だから何だ?知っていることを言われても、動じる訳がない。
「知ったことじゃないな。僕が望んでいる?馬鹿にするな、自分の願いなんて、自分が一番良く分かってる」
「知りたまえよ。自分のことを自分が最も理解できるというのは、勘違いに過ぎないんだよ。そも、人には四つの窓があり―」
「もういい、あんたの御託は聞き飽きた。それに、言わせてもらうと」
このまま話を続けられるのはご免だ。相手のペースに呑まれるのも、この長話を聞き続けるのも。大体、そもそも、こいつは話が下手くそすぎる。
「がっ!?」
奴の影を踏んで、イェロウの身体を引き寄せて、僕は頭突きを喰らわせた。これは、ただのストレス発散。
「あんたの考えることは手に取るように分かるぞ、詐欺師さん」
付け忘れてた、正確に言えば、三流の詐欺師。せめて、一流になってから出直してこい。
「お前みたいな奴が何の策もなしに僕の目の前に現れる訳がない。きっと、死に対する策は練ってきたんだろう。それに僕の仲間たちの分も。動機は恐らく、僕たちの心を折るため。下らないな、下らな過ぎて反吐が出るくらいだけど」
能力だよりの三流だから、付け入る隙なんて、どこにでもある。僕の真似事だって、時間稼ぎくらいには通用する。こっちの、対抗策を開放する時間くらい。
「今日ばかりはその傲慢さに感謝するよ、海辺」
「英雄の書―」
僕は真っ先に、ダンタリオンを夢から解いた。彼があのジェイド氏から賜ったという異能。まだ、誰にも知られていないはずの、彼の切り札。彼は手に持った本を開いて、イェロウに押し当てた。
「封印!」
「な―」
押し当てた瞬間、イェロウの身体が変質していく。文字へと変換され、本に吸い込まれていく。
英雄の書、本にありとあらゆるものを封印することが出来る異能。封印したものはいつでも好きなタイミングで解放可能。解放したものは、元いた場所に送り返される。
封印に必要な時間は恐らく、その対象の強い程、或いは抵抗が激しい程、長くなる。無敵の能力ではないが、だからこそ僕の死が通用しない相手にも通用する目がある。それに、イェロウは身体能力が高い神ではない。殆ど、抵抗の意志さえ見せない。スムーズに彼は、本の中へ飲み込まれていく。
「…ああ、悲しいなあ」
辛うじて残った半分以下の口腔で、彼は言った。そして、左手で、ダンタリオンを指差した。
「君は、救われるチャンスを永劫逃した。君も、君も」
ダンタリオンからデッドに、ライドウに、差す指を移して、彼の手は封印されていく。だが、口だけは最後まで残って、彼は最期の言葉を口にした。
「それが私は」
悲しくて堪らない。それが聞こえることはなかったけれど、嫌でも、あいつの言いたいことが分かった。
「…大丈夫?ダンタリオン」
「う、うん。大丈夫…」
イェロウが消え去ったのを見てから、僕は尋ねた。ダンタリオンが冷汗を流していて、動揺していたのは目に見えていたから。
「何を見たのかは聞かない、あんなの、ただの夢だ。気にすることじゃない」
「…そう、だよね。うん」
明らかに、安心はしていなかったが、それでも彼は無理やり納得させようと、深く息を吸っていた。それで良い。今は疑惑があるかもしれないけど、所詮、夢は夢だ。夢が未来を語ることはないし、夢が真実をもたらすことはない。目を覚ました二人と共に、僕らは帰路についた。
今思えば、そんなのは僕の理想に過ぎなかったんだろう。何故なら、僕らの快進撃はここで終わるから。誰も失わない勝利は、ここで終わるから。もう、継ぎ接ぎだらけのプライドは砕かれて、待ってるのは、バッドエンドだけ。
KCD1と2をやりました。ここ数年で一番良かったです。




