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新聞部(仮)【リレー小説】  作者: 「小説家になろう」LINEグループ
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川見簾という男

この回の執筆者は鈴風さんです。

「やぁ待ってたよ。君が新入部員の藍住良太くんだね?」


「いえ違います」


 藍住良太本人ではあるが、新入部員ではない。


 というかどうしてこうなった。俺は仮にも新聞部(仮)の人間なんだぞ……いや別に上手いこと言ったつもりはない。


 俺は川見部長から言い渡された次の使命『演劇部の取材』を受け、来たこともない演劇部の部室へと足を運んでいた。

 演劇部の存在自体知らなかったから部室が何処にあるのか分からず、川見部長の口で聞かされた道順を必死に思い起こしながらようやくここまで来ていた。


 そしたらこれだ。

 なんで俺が演劇部の新入部員になってんの。


「あれ、でも今からそっちに新入部員が行くって川見から聞いてたんだが……」


「あの人のせいか……」


 演劇部部長である小阪先輩から告げられたその言葉に、俺は半ば勘付いていたこともありそれが的中してしまったことに頭を抱える。


 確かにいきなり演劇部の取材に行けだなんて荒唐無稽なことを言ってきたんだ。それなりの何かがあってもおかしくなかった。

 だからといって何故俺は俺自身の意思を一切尊重出来ずに他の部活動へと入れられないといけないのか。


「まぁ、えーと。それじゃあ俺はこの辺で……」


 川見部長がどんな理由で俺を演劇部なんかに入れようとしたのかは知らないが、そんなのはこっちから御免だ。

 演劇だなんて羞恥プレイ、俺の(やわ)なメンタルでは出来っこない。

 素直に回れ右をする。


「いや待て待て、帰すわけにはいかんぞ」


「……なんでですか」


 右腕を一回り大きな腕で掴まれ体が引っ張られる感覚を味わう。

 そこまでして俺を帰したくない理由とは一体なんなんだ。やはり川見部長が一枚噛んでいるのか。


「あいつの代わりに君が来たんだ。まぁ嫌々入部させるつもりはないから、せめてあっちが来るまでは人質になってもらうよ」


「あいつ? ……あぁ、なるほど」


 小阪先輩の発言を聞き、俺はようやく事の顛末を知った。


 あいつとは川見部長のことで、川見部長がこの部に入る代わりに俺が無理矢理入れられそうになっていたということだ。

 川見部長から演劇部に勧誘されているなんて話は聞いたことがなかったが、まぁあの人ならあり得なくもないだろう。


 なんせ伊達に部室で死体を演じてきていない。


 部長のあの死体再現力は確かに世界を見渡しても数人といないレベル。そもそも死体再現する人が数人といない。

 だからそのことを知った小阪先輩は川見部長を演劇部に何としても引き入れたいのだろう。

 流石に三年の人間を入れようとしているところを見ると、それだけ今年の演劇部に力を注いでいることがわかる。

 まぁそれは、単に小阪先輩自身が今年で最後だからと最高の演劇をしたいと思っているんだろう。


「そういうことなら、まぁ分かりました」


「うむ、助かる」


 小阪先輩はグッドスマイルで答えてきた。


 わざわざ俺を身代わりに使ったのも、まぁ単に俺が使いやすいからだろう。

 この前のとは違うが、どうやら俺は人に使われやすいタイプらしい。人に使われるという響きは嫌いだが、誰かに頼られること自体は嫌いではない。

 俺自身その考え方を持っていなかったら入宮兄の話を受けてはいなかったかもしれないわけだし。

 ……まぁ、その結果優子があんなことになっちまったんだからどうしようもないわな。自分の性分(しょうぶん)を呪うぜ。


「それじゃあ俺を人質に取ってる的なこと伝えてもらってもいいですか? じゃないと俺演劇しにきただけみたいですし」


 俺を人質にするのはいいだろう。日頃散々心臓に悪いようなことをしてきたんだ、その分のツケは払ってもらってもいいとは思う。


 だが向こうは俺が人質としてここにいることを知らないだろうから、それを伝えてもらう必要がある。

 もしかしたら身代わりが成功してるか向こうから見にくるかもしれないが。まぁ念には念を、だ。


「あぁ、ちょっと待ってろ」


 小阪先輩はベリースマイルで言うと、着ている制服のポケットから携帯を取り出す。

 さっきまでいた部員は着替えが済んだのか、みんな部室を後にしていた。

 先輩だけはまだ着替えさえ出来ていない状態だ。後輩としては早く終わらせてあげたいところだな。


 やがて携帯を耳元に持っていくと、小阪先輩は電話相手であろう川見部長に用件を伝える。


「藍住良太は預かった。貴様の大事な部員が惜しかったらここまで来い」


 まさかの犯罪者ボイス!


 よくニュース番組とかで聞く身元をハッキリさせないためにわざと声に加工掛けてる感じの声だったぞ今。


 小阪先輩は、どっちかと言えば爽やかな印象のある人だ。

 ガタイはしっかりしているが、表情は柔らかく決して厳しそうな雰囲気はない。

 だから、そんな先輩がドスの効いた低音ボイスを繰り出したことに俺は心底驚いた。

 今の表情と声のギャップが凄い。


『え誰だよ、小阪じゃないのか!?』


 流石の川見部長でも小阪先輩の声を先輩自身の声だとは判断出来なかったらしい。

 聞いている感じだとある程度親密な仲ではあるようだが、そこは知らなかったみたいだ。


「それじゃあ用件は伝えた。早く来なければ……」


『早く、来なければ……?』


「…………」


 ……え、俺何かされるの。嫌だよ怖い。

 一つ年上で体格も俺より遥かにいい先輩に暴力でも振るわれた日には、もう外に出歩けない傷を負ってしまうぞ……。


 小阪先輩は息を吸うと、そのまま携帯を離して画面をワンタップ。

 こちらに向き直った。


「よし、これでいいだろう」


「え……、俺、どうなるんですか?」


「いやいや何もしないよ。こう言っとけば適当に誇大妄想してこっちに来るでしょ」


「あー、なるほど」


 そうかそうだったのか……本当に何かされてしまうのかと焦ってしまった。正直この先輩はまだ底知れないような感じがして怖い。

 川見部長といい小阪先輩といい、この学校の三年はまだまだ奥深い。

 ……いや入宮兄は単純そうだが。


 と、そこで俺はある疑問をいだく。

 この人はさっき不自然なことを言っていた。


 俺のいる新聞部(仮)は、川見部長や朝倉、菅原が前に属していた新聞部が割れた結果作られたものだ。

 しかし今は最低部員数の兼ね合いもあって学校公認の部活動ではない。

 だから俺が無理矢理入れられ、今は演劇部に取材して新聞を作ろうぜとなっているのだ。……この話は本当なのか分からないが。


 でもそうすると、この新聞部(仮)の存在は学校の生徒は愚か教師すら把握していないものだろう。


 だというのにさっき小阪先輩は、ハッキリと『貴様の大事な部員』と言っていた。


 つまりはこの人は、川見部長が新聞部(仮)を設立しようとしていることを知っている人間ということになる。

 聞いていた感じ二人の仲は良さそうなので、少し抜けている川見部長なら新聞部(仮)の存在をちゃっかり打ち明けていても不思議じゃない。


 ……いや、もしかしたら、もっと知っている人(・・・・・・・・・)かもしれない。


 証拠はないが、ないとも言い切れない。

 それに普通だったらおかしい。三年になって今更演劇部にすることが。


 俺もそれを望んでいる。


 だから、訊いてみることにした。


「あの、先輩」


「ん、なんだ? というか小阪でいいぞ、先輩は堅っ苦しい」


「はい……じゃあ小阪さん、一つ質問いいですか?」


 突然の申し出に少し疑問を抱いたのか、小阪先輩は一度首を傾げる。


「あぁなんだ? 人質にしちゃってるから一つぐらいなら受け付けるぞ」


「ええ、じゃあ……」


 俺はこの時を待っていたのかもしれない。


 今まで何度も抱いていた謎が、今明かされるかもしれない。


 ──そして俺は、意を決して尋ねた。



「小阪さんは、元新聞部だったりしませんか?」



「……ふむ」


 長身で体格もがっしりしている。

 そんな先輩が、俺を品定めでもするように上から視線を送ってきた。


 やがて腰に落ち着けていた腕を組むと、先輩は口を開く。


「なんでそんなこと訊くんだ? 俺は今演劇部なのに」


「いやぁ特に理由ないんですけど、ただそんな感じがしたというか、そうだったらいいなというか」


 もし俺の予想……いや予想でもない、俺の願望が叶うのなら、この先輩は元新聞部だ。


 根拠も何もないが、ただそうだったらいいなと、純粋に俺は思う。

 ここまで川見部長にはあしらわれ続け一向に真実を知れそうに無かったが、この先輩からなら新聞部での真相を教えてもらえるかもしれない。


 それに、もしかしたら川見部長は、自分からは言いにくいと思いわざと小阪先輩に言わせようと俺をここに連れてきたのかもしれない。


 ……それは考え過ぎか。俺の方が誇大妄想してるな。


「それで、どうなんですか?」


「んー……」


 小阪先輩は腕を組みながらウンウンと唸る。

 打ち明けるべきかしないべきか、答えを渋っているように見える。確かに川見部長の事情を知っているのなら俺に真相を言いたくないのにも頷けるだろう。


 そして再び手を腰に落ち着けると、先輩は口を薄く開いた。



「その通り。俺は元新聞部員だよ」



「……あぁ、合ってた」


「それにしてもよく分かったな、何にもヒントなんて無かっただろうに」


 それもそうだ。俺自身確証もなく言ったことだし、ただ俺からすればそうだったらいいなと思っていただけだ。


「確かにヒントなかったですね。まぁ色々考えてたらそんな考えも浮かんだってだけです」


「色々って?」


「いや、なんで急に川見部長は演劇部に俺を向かわせたのかなぁとか、小阪さんと川見部長はどんな関係なのかなぁとか」


 俺は特に誤魔化すこともなく言う。


「なるほどね。一応言っとくと、川見が藍住くんをこっちに向かわせた理由は詳しくは知らない。それと川見とは君の言った通り新聞部時代からの知り合いだよ」


「新聞部の時の知人だったんですね……」


 川見部長の普段を知らないから、小阪先輩と川見部長はクラスメイトで友人関係なのかなとか思っていたが、それは見当違いだったようだ。


「それじゃあ川見部長の代わりに俺が来たって言ってたのは、川見部長を小阪さんが勧誘してたってことでいいですか?」


「合ってる。あいつの死体再現力は校内一だからな」


「死体の真似する人なんて日本でもあの人ぐらいでしょ……」


「いやいるぞ、元新聞部員にな」


「マジっすか!」


 元新聞部は割と真面目な集団だとおもっていたが、何だか俺の思い違いな気がしてきた。


「そもそも川見が死体になり始めたのもそいつのせいだろうな。変に影響を受けちまったみたいだ」


「川見部長以上の変人がいるのか……」


 高校二年にしてこの学校の底知らなさに驚いている。いやマジで。

 と、俺は気になったことがあるので小阪先輩にその疑問を訊いてみることにした。


「そいえば小阪さん。なんで三年の部長をわざわざ入れようとしたんですか? どうせすぐに卒業するのに」


 それに小阪先輩は川見部長のやろうとしていることを知っているはずだが、わざわざ演劇部に誘う理由はなんだろうか。


 色々気になることは多いが、とりあえずあんまり詮索するのも悪い。

 あくまでも先輩とは初対面なのだ。


「川見を誘う理由かぁ、まぁ言う通りすぐ終わりなんだけどな。でも、どうせ入った演劇部なら最後ぐらいは楽しみたいだろ?」


「あぁ……そうですね、その通りです」


 先輩達は新聞部でのいざこざがあって素直に部活動を楽しめていなかったのだろう。

 だから最後に入った演劇部でぐらいは普通に楽しみたいんだ。


 俺だってきっと、自分が本当に楽しめるような部活動を探すために転部を繰り返していたんだと思う。


 少なくとも今は、新聞部(仮)での生活は、今までよりは楽しいと感じている。


「それじゃあ質疑応答は終了だ」


「あ、もう一つだけ!」


 新聞部(仮)での日々は、今まで生きていた日常を外れまるで非日常だ。


 それを俺は楽しいと思っている。


 だからこそ、知りたいとも思う。

 昔の新聞部で起こったことを。


 あまりにも不躾かもしれないが、それでもいい。

 だから俺は先輩に尋ねた。


「先輩達がいた時代の新聞部で、一体何があったんですか?」


 先輩にとっても恐らく言いたくないことだろうし、川見部長が知られたくないのも知っているだろうから言ってくれないかもしれない。


 けれど俺は訊く。


 そして俺の質問を受けて、先輩はこちらに向けていた視線を外に外す。



 しばらくの沈黙の末、ひとつの溜め息のあと小阪先輩はゆっくりと重たげな口を開けた。



 * * *


 朝倉と菅原は、部長である川見に断りを入れて図書室へと来ていた。


 5月末に控えた中間テストに向け図書室には、自主勉強に励む者や読書に明け暮れる生徒など様々な人がいる。

 そんな中二人は勉強をするわけでもなく、だからといって本雑誌を読むこともなく迷惑のかからなそうな端の席に腰掛けていた。


 菅原は手に持っていた学生鞄から一冊の紙束を取り出す。

 中身が気になる様子で、朝倉は対面席から少し身を乗り出してきている。


 そして机の上に置かれたそれを早速手にすると、朝倉はいつものように足を組んで一番上のページに目を移した。



『職員棟視点の日記 藍住良太』



 そう書かれた一枚目をめくるとさらに読み進める。

 少しのドキドキと、少しの不安。

 目指すべく新聞部(仮)の部活動昇進には、藍住良太の存在が必要不可欠だ。


 最低部員数に関してもそうだが、彼には何かある。

 新聞部(仮)でなければ発揮されない何か、特別なもの。


 だから朝倉は、良太がどれほどの実力を持っているのか測っておきたかったのだ。


「…………」


 黙々と読み進める。


 目の前にいる菅原は、ただただ朝倉が手に持った日記を読む姿を見つめていた。

 そんなことにも気付かず、朝倉は約5分ほどかけてその日記を読み終える。


(つ……、つまらない……)


 彼の日記を読み終わった朝倉は、第一にその感想が頭を()ぎった。


 文章自体は普通だったが、今回の指示はあくまで"校舎視点"の日記。

 だが良太の書いた日記はまるで指示されたそれではない。

 一般的な三人称視点で書かれたものならまだしも、彼のは一人称寄りの書き方だ。


 校舎視点というのなら、人物から俯瞰して三人称で書くべきだろう。校舎の中に登場人物がいるのだから。

 だが一人称視点だとそうはならない。


「…………」


 ひとことで言えば、藍住良太の日記は中の下レベルだった。

 朝倉自身もそこまで上手いかと言われればいささか不安だが、それでも彼に負けないほどの文章力は持ち合わせている自信はある。


「どうだった?」


 机越しに菅原が尋ねた。

 彼女が待っているのは朝倉が日記を読み終えることではなく、朝倉から聞く日記に対しての感想だ。


 眼鏡をずらしつつ目頭を指で押さえると、ひとつの溜め息のあと感想を述べた。


「簡潔に言えば、酷かった」


 指をピンと立てると、そう半目で朝倉は本音をぶちまける。

 わざわざ彼女に嘘を言う必要もないし、恐らく菅原もこれを読んで同じ感想を抱いているだろう。

 そう思ったからこそ言えたのだ。


「……ぷっ」


「え?」


 朝倉の感想を聞いた菅原は、口に手を当てながら笑っていた。


 その光景を見て朝倉はつい純粋に疑問の声が(こぼ)れる。


 それもそうだ。

 菅原が笑うなんて普通ではない。とてもじゃないが朝倉では彼女を笑わすことはできない。


 それぐらいに、久しく見ていなかった彼女の緩んだ表情を目にして、朝倉は不思議な気持ちになっていた。


「え、今なんで笑ったの?」


 彼女が笑った理由が知りたくて訊く。


「いや……藍住良太の日記。本当に酷いから……ぷっ」


「あ、あぁ」


 まだまだ笑いは覚めない様子。


 そして菅原の言葉を受け、朝倉は考える。

 ただ単に酷い日記を読んでたまたま同じ感想を持って。それだけで鉄仮面の菅原が頬を緩ませるものなのだろうか。


 ……いや、恐らく違う。


 彼のモノだから、菅原は笑ったのだ。


 仮にこの日記が他の人のでも、きっとこうはならない。


(藍住くんは、本当になにか持ってるんじゃ……? 彼は元いた文芸部を理由なく抜けて転部を繰り返していた。それも謎だし、そもそも何故川見部長は藍住くんを……)



 良太を新聞部(仮)へ引き入れようとしたのは部長の川見だ。



 だが彼は三年であり下手に動くことの出来ない立場にあるため、代わりに同じクラスである朝倉が良太を勧誘することになった。


 きっと川見は、何か良太について知っているのだ。

 でなければ、ただ部活にすら在籍出来ない不良まがいの生徒に目をつけるのは不自然だろう。


 朝倉は長考の末、再確認を済ませると下げていた顔をあげた。


「ホント酷いよね藍住くんの。今時の中学一年生レベルよ」


「いや、あれはもう小学生レベル……」


 何をイメージしているのか、なにか話すたび菅原は笑う。


(これも全て、藍住くんのおかげ……ってことなのかな)


「よしっ」


 笑みを湛えながら朝倉は席を立つと、声を上げ隣の椅子に置いてあった鞄を持ち上げた。


「部室戻ろうか美乃ちゃん」


「うん」


 区切りをつけるといつもの表情に戻り、菅原は自身も鞄を手にして椅子から立ち上がる。


 そして先導して歩き出した朝倉のあとを、彼女は今も日記のことを思い返しながら無表情で追っていった。




「二人ともおかえり〜」


「どうもです。あれ、藍住くんは?」


 部室へと帰ってきた朝倉たちは、中から聞こえた挨拶に返事を返すと室内を見渡し、そして抱いた疑問を訊いてみる。


 同じ感想を持ったようで、後ろから現れた菅原も首を傾げていた。


「藍住くんは部活動に出かけたよ」


 笑いながら川見は言う。


 その表情を伺いながら、朝倉は何か裏がありそうな気配を感じる。

 新聞部時代からの付き合いだ。表情の変化と語調で何となく分かるのだろう。


「部長、何かしましたか?」


「と、言うと?」


 尋ねると、逆に川見は疑問で返してきた。


 一つ溜め息をつき、朝倉はいつもの定位置へと腰を掛ける。

 空き教室にある椅子だからか、もしくはしばらく使い続けてきたからか、すっかり椅子の足が不安定にギシギシとしていた。


 菅原も自分の場所に腰を掛けるも、その椅子は何ともない様子。

 彼女がここに来ても身じろぎせずにただ本を読んでいるだけだから、その分椅子にかかる負担も少ないのだろう。

 もしくは、菅原なら足の歪みによって読書が阻害されるから、と椅子を逐一変えているかもしれない。


 そんなことを考えて、朝倉は川見の方に向き直ると再び問いただすことにした。


「藍住くんはどこに行きました?」


 彼女は、新聞部(仮)の長である川見のことをイマイチ信用出来ていない。

 それは付き合いが長いからこそ思うことで、彼が藍住良太に対してどう思っているのかは把握出来ない限りは油断も出来ないのだ。


「あー、藍住くんは部活動の一環として演劇部に取材に行ったよ」


「演劇部……?」


 演劇部、という言葉を聞いて朝倉は少し思案する。

 確か演劇部には誰かがいたはず……。


「って、小阪先輩がいるじゃないですか!」


「そういえばいるね。まぁアイツがいれば取材も楽だと思うよ?」


「思うよ?じゃないです、小阪先輩は元新聞部員なんですよ?」


 川見、朝倉、菅原の元新聞部員である三人は、過去に起きた新聞部でのことを藍住良太には秘匿にしている。

 だが恐らく、新聞部を辞めて演劇部に入った小阪先輩はその事情を知らない。


 だからといってわざわざ過去のことを思い出すようなことはしないだろうが、それでも小阪先輩がつい口を滑らせてしまわない保証もない。


「それは言われなくても把握してるよ。まぁ、その時はその時だよね」


「……」


 ボソッと呟いた最後の方の言葉。

 川見の視線は眼鏡に当たった光の反射で伺えなかったが、それでも何処か以前までの彼とは違った。


「呼び戻してきますね」


 朝倉はひとこと、口元が笑っている川見に向かって言うと部室を出ていく。


 菅原はそれを、本を片手に見つめていた。


「……」


 机に肘を置いた川見も、それをただ黙って、制止させることもなく見送っていった。


 * * *


「あれは去年の──」



「ちょっと待ったぁああ!!」



 小阪先輩からようやく聞ける。

 今まで散々知りたかった、過去に起こったという新聞部での出来事を。


 だがその時、突然後方からバァンッ!という破裂音にも近い音が響いた。


 慌てて振り返るとそこには朝倉が。


 川見部長は独断で俺を演劇部に送りつけ、それに気づいた朝倉が新聞部でのことがバレるのを心配して止めにきた。

 ……そんなところだろうか。


「まぁ、そんな簡単には聞けないか」


「何を!?」


「いえ何もです……」


 朝倉が鬼神の如き形相で睨んでくる。

 怖すぎて弱々しい生返事を返してしまう。


「おう久々だな朝倉。何か用か?」


 やはり先輩と朝倉も知り合いのようで、小阪先輩が質問すると朝倉は腕を取って何やらこそこそと話し始めた。

 恐らく新聞部のことを話したのかどうかの確認だろう。


 しばらくして解放された先輩。

 解放した当の朝倉は、再び俺の方に向き直ると柔らかくなった表情で言った。


「特に何もなかったのね、よかった。藍住くん、部長が言ってた部活動は無しだから。帰りましょ」


「お、おぅ……」


 朝倉が矢継ぎ早にそう言うと、俺は腕を組み取られ見事に引っ張られる。

 まだ先輩から話を聞きたかったが、こいつの束縛からは流石に(のが)れられそうにない。


「じゃあまたね、藍住くん」


 朝倉に引っ張られながら部室を後にする。


 その去り際、小阪先輩は関節をキメられている俺を心配するわけでもなく、ただ相変わらずのグッドスマイルで送り出してくれた。


「何も聞いてないよね!?」


 遠くからの喧騒が廊下に響く中、再び朝倉は騒がしく訊いてきた。


「お、おう……」


 勢いに押されてつい曖昧な返事をしてしまう。

 だがまぁ、小阪先輩に合わせるのなら肯定せざるえない。


「何その返事。やっぱり何か聞いたの!?」


 さっき以上に仰々しく訊いてくる朝倉。


 演劇部の部室に繋がる廊下から新聞部(仮)の部室までの10分間、俺がずっと質問攻めに合ったことは、まぁ言うまでもないのかもしれない。

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