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短剣育成

「このゴブリンの角を配給された短剣に合成して……と」

 拠点でもらった粗雑な短剣に、倒して切り取ったばかりのゴブリンの角を近づける。

「〈合成〉」

 白く光り輝いてシルエットとなったゴブリンの角が、同じくシルエットとなった短剣へと吸収される。同時に短剣の意匠が変わり、一回り大きくなった。

「よし」

 僕はメタバース・フロンティア内の人類の拠点からさほど離れていない森の中で、一人でにやける。

 

 二〇四四年。

 ニュートリノ通信が一般的になった時代で、それは偶然見つかった。

 ニュートリノ通信でしか接続できない、現行人類が作ったものではない果ての見えない巨大なデータ群。

 解析を試みるも現行技術では不可能であり、結局人類はその地に降り立つしかなかった。

 メタバース・フロンティア。

 データ上の、仮想の空間はそう名付けられた。

 降り立つ際にはあらゆる生体データが反映されたアバターが、選択する職業を一つ付与された状態で、古びた遺跡の魔法陣の上に出現する。

 感じる風も、踏みしめる石の質感も、とてもデータで再現されているとは思えない本物そっくりなこの世界は、ゲームに似ていた。

 現人類が生まれる前に滅んだ人類の娯楽だ、という都市伝説めいた話を吹聴する輩もいる。


 戦士、魔法使い、斥候。様々な初期職業がある中、僕が選んだのは……鍛冶屋。

 なぜ鍛冶屋にしたのかというと……僕がハクスラ好きだからである。

 素材を元にエンチャント、様々な付加効果をつけて、装備をどんどん強化していく。

 敵を倒したら装備がドロップしてランダムで付加効果がついているシステムのものもあるが、ここメタバース・フロンティアの世界では今のところそうではないらしい。

 合成した短剣を見つめる。

「〈装備鑑定〉」


・鋭いゴブリンの短剣+1

 *鋭さ+1

 *

 *


「上手くいってるな。鋭さ+1が付与された効果かな」

 元々この短剣の名前はゴブリンの短剣だったので、そっちには特に影響がないのかもしれない。先発隊としてこの世界に来ていた自衛隊の人が周囲の魔物を掃討した時に手に入れた短剣やら武器やらを配給しているそうで、この武器も元々は魔物の武器だ。

「よし、もっと魔物を殺して武器を育てるぞ~!」

 僕は遠目に見つけた蜂型の魔物へ向かって行った。


 〈合成〉と〈装備鑑定〉は僕が最初から覚えていた初期スキルだ。おそらく他の職業では攻撃スキルだったり、魔法だったりを覚えられるのだろう。

 つまり、今の僕には通常攻撃しか、攻撃手段がない。

 それでもなんとか巨大な蜂を倒すと明らかに素材となりそうな針を斬り落とし、合成させた。


・鋭いゴブリンの短剣+2

 *鋭さ+1

 *毒+1

 *


「武器の名前につくのは『鋭い』のままなんだ」

 一番上のスロットに付与されている効果を元に、武器の名前が変わるのかもしれない。

 

 この周囲は自衛隊の人が掃討してくれたおかげで、まとまりをもって行動している魔物はいない。いるのはさらに遠くから迷い込んできた、はぐれ魔物くらいである。

 だから僕でもなんとか戦えている。二匹を相手にするのは流石に厳しい。

 再び見つけた巨大な蜂を倒して、その針を合成した時に、短剣に変化が起こった。


・毒の滲むゴブリンの短剣+3

 *鋭さ+1

 *毒+2

 *


「名前が変わった……」

 名前に影響するのはスロットの位置ではなくて、プラスの値だったようだ。

「それより……空きスロットに効果が付与されるのかと思ってたけど、効果を重ねることができるのか!」

 こうなったらやることは一つである……そう。

「重ね掛け、しまくるぞ!」

 僕は更なる獲物を求めて森の奥へと足を踏み入れた。



「……あのゴブリンは今までの奴とは明らかに違うな……」

 あれからはぐれ魔物を狩りまくり、だいぶ短剣を育てた。


・毒の滲むゴブリンの短剣+9

 *鋭さ+4

 *毒+5

 *


 巨大蜂の針を三本合成したあたりから斬りつけた後の魔物の動きが目に見えて鈍るようになった。おかげでとても楽に倒せるようになった。

 放置しておいても毒で勝手に死ぬのかと思ったが、代謝が良いのかなんなのか、しばらくすると毒を分解したようで再び元気になる。

 斬りつければ斬りつけるほど毒も強くなっていくようなので、とにかく一撃離脱するよりかはとにかく手数を浴びせた方が楽、というのが今の結論だ。


 それより、今僕が姿を隠して様子を伺っているゴブリンである。こちらもはぐれ魔物のようで一匹でいるが、他のゴブリンと比べて体格がかなりいい。普通のゴブリンは人間の子供程度の大きさだが、このゴブリンは大人の男性くらいはある。

 手には野球バットほどの長さの、しかし太さはその三倍ほどの、岩から削り出したような長い棍棒を持っている。

「ホブゴブリン……? どうするかな……、いや、待てよ?」

 あることを思いついた僕はホブゴブリンが持つ棍棒に視線を集める。これでホブゴブリンが大体どれくらい強いのかわかるかもしれない。

「〈装備鑑定〉!」


・地霊の宿る岩の棍棒+1

 *スキル〈隆起〉

 *

 *


「どぇぇええええええっ……」

 思わず大声を出しそうになり、慌てて口を塞いだ。

 確かにエンチャントでスキルを習得できるっていうのはハクスラゲームではかなり一般的ではあるけど、この世界でもよくあることなのか? それともかなりレアなのか?

「どちらにせよ、欲しい」

 ゴールは決まった。あとはそれをどう達成するかだ。


 僕は草木の生い茂った深い森の中を、葉の間から漏れ落ちてくる日差しをなるべく避けつつ、音の出ないように移動する。

 目指す先はホブゴブリンの進行方向の先。そこで待ち構えて最初の一撃を確実に当てる作戦だ。

 ホブゴブリンはやはり掃討された地域の外から来ているのか、僕らの拠点、遺跡の方へと向かって歩いている。

 緊張の数分が経過し、僕がしゃがんで潜んでいる茂みの二メートル前を、ホブゴブリンが。

 今、通過した。

 

 短剣を構えたまま全力で駆けだす。威嚇と気合入れのために叫ぶ。音の塊をぶつけるつもりで。

「うぉぁぁああッッッ!!!」

 ホブゴブリンは僕が駆け出した瞬間には茂みの音でこちらを振り向いていた。表情には驚愕と焦りが浮かんでいる。

「ゴァァァァアッッッ」

 怪物じみた咆哮を吐き出しながら振るうのは横の薙ぎ払い。雑で大振りになったそれを、僕はしゃがみ込んでかわす。

 そのまますれ違いざまに、ホブゴブリンの太腿を、深く斬りつける。

 反対側の茂みの手前まで走り抜け、身体を反転させると、苦悶に表情を歪めるホブゴブリンが見えた。片手で押さえている切り口は紫色に腫れ始めている。

 ホブゴブリンは斬られた太ももから視線を僕へ向ける。その瞳は怒りと本能的な殺戮衝動に燃えていた。

「……ふー」

 呑まれかけた僕は息を細く吐き出す。落ち着きを取り戻すとホブゴブリンの瞳を睨み返す。

「どうした? 来ないのか?」

 挑発の言葉を口にすると、言葉を解さないまでも意味は伝わったようで、その表情がさらに歪む。

「ガァァァアアアッッッ」

 咆哮とともに駆け出したホブゴブリンは両手で肩の上に棍棒を振りかぶり、斜めに振り下ろす。

 しかし深く斬られた太もものせいで駆ける速度が遅い。振り下ろしを始めた直後に後ろの茂みへと飛び込んでかわす。

 ホブゴブリンが茂みに足を踏み入れようとした瞬間に逆にこちらから飛び出し、今度は逆の脚の太ももを深く斬りつけた。

「グギィィィイイイ」

 苦痛の声を漏らし、よろめくホブゴブリン。もはやまともに歩くこともできないはずだ。


 そして、僕の予想は裏切られる。

 ホブゴブリンは歯を食いしばり棍棒を前に構えてその場に立ったまま動かない。

「……回復を待っている?」

 魔物の回復力はすさまじい。これほどの深い傷でも数十分あれば治してしまうだろう。

「感情に任せて攻撃しても僕を殺すことはできない、それよりは防御に徹して回復を待つ……か?」

 確かにあの脚ではそもそも僕に追いつくことすらできないだろう。

 逃げることも可能ではありそうだが……。

「……ゴァ?」

 嗤った。ホブゴブリンが、だ。黙って状況分析を始めた僕に対して、ホブゴブリンは「来ないのか?」と嘲笑うように声を漏らした。

「ハハ、ハハハ……」

 やり返された。さっき僕がした挑発を、言語は通じないながらも。

 それに手負いの敵に背を向けるなんて、僕の名に傷がつく。


 僕は駆け出した。やることは一つ。ホブゴブリンのカウンターの一撃をかわし、とどめを刺す。

 射程はホブゴブリンの棍棒の方が長い。必ず一回は攻撃を回避する必要がある。


「ゴァァァアアアッッッ!!!」

 ホブゴブリンの裂帛の気合を乗せた振り下ろし。しかしその軌道はわかりやすい。僕は横に飛び退いてその振り下ろしをかわす。

 しかしホブゴブリンは途中で棍棒を止めた。人間の筋肉では到底できない急停止だった。

「ーーッ、回避の動きを見せすぎたかッ?」

 ニタリを笑みを浮かべたホブゴブリンは横薙ぎに棍棒の軌道を変える。

 棍棒は無防備な僕の脇腹に吸い込まれ、あばらを粉々に粉砕する。


 かと、ホブゴブリンは思ったかもしれない。

「どぉぉらぁッッッ!!!」

 その場で跳び上がった僕は、背中に棍棒が空気を斬り裂く感触を感じながら、バク宙の要領で空中で一回転する。

 ホブゴブリンの目の前に着地した僕は、驚愕に染まるホブゴブリンの瞳を横薙ぎに斬り裂き、返しで叫び声を上げようとした喉に突き刺し、ひねる。

「グ…………」

 呻き声は森の中へと消えていった。



「……〈隆起〉を使って来なかったな。知らなかったのかな?」

 せっかくスキル〈隆起〉を使える棍棒だったというのに、ホブゴブリンは使って来なかった。

「まあ認識できなきゃ、ないのと一緒か……さてと合成はどうしよっかな」

 目の前にはホブゴブリンの角と棍棒が置かれている。僕は手に取った短剣を見つめる。


・毒の滲むゴブリンの短剣+9

 *鋭さ+4

 *毒+5

 *


「なんか……次の強化が最後な気がする。うん、なんとなくだけど」

 それで問題になるのが角と棍棒、どちらを短剣に合成するか、だ。

「そもそも武器を武器に合成できるのか? 出来たとしてエンチャントはどうなる? ちゃんと引き継がれるのか?」

 いきなり育てた短剣に試して失敗するのは嫌だったので、棍棒を他のゴブリンが落とした武器に合成してみた。

「おー、これは……」

 そしてできた短剣を、育てた短剣に合成する。


・毒の滲む地霊の短剣+10★

 *鋭さ+4

 *毒+5

 *スキル〈隆起〉


「おぉ~」

 僕は育て上げた短剣を感慨深く眺める。

 名前に★がついたということはこの短剣に付与できる効果はこれが限界なのだろう。

 着実に、僕がどのゲームでも使う基本ビルド、魔法ローグに近づいて来ている。


「〈隆起〉」

 短剣を手に、魔法を試しに発動してみる。精神力が一度短剣に集まって、それから地面に触れている足から地面に伝わって、目の前の地面に集まり、その部分から巨大な土の塊がせり上がる。

「触った感じは、踏み固められた土って感じか。場所によって変わるのかな? 形はイメージによって変わりそうだな」

 それより大事なのが、発動条件だ。足から地面に精神力が伝わっていったことを考えるに、おそらく体の一部が地面に触れている必要がある。

「そこら辺の検証も含めて、動きの練習をして、今日は帰るか」

 既に日は傾いてきている。僕はこの世界に来て最初の拠点での夜はどうなるのかと時折気を取られつつ、〈隆起〉を絡めた戦闘中の動きの訓練を始めた。

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